「宇田川源流」【年初放談】 株価と円安に悩まされた令和7年の反抗か?経済の予想
さて、三賀日が終わり、本来ならば本日から「仕事始め」だが、今日が日曜日なので本日まで休みの人も多いのではないか。「年初放談」も本日を最後にして、明日からは、なんとなく普通の日に戻そうとしているのですが、なかなか「正気」が戻らないところが大きな問題である。さすがに本日は酒を抜いて、明日に備えることにしながら、半分は夢気分で今年最後の「年初放談」を書こうと思っております。
さて、「日本の政治」「国際社会」とくれば後は「経済」でしょう。しかし、経済なんて言うことは、ほとんど予想は不可能です。ノーベル経済学賞を授賞した人でも、明日の株価を当てることはできないので、経済の予想というよりは「希望的観測」ということが言えるのかもしれません。
まあ、能書きはよいので、まずは昨年の予想を見てみましょう。
<令和7年の経済>
・ 全てにおいて遅れている日本は、経済の復興が遠く、またそのような中で働き方改革や従業員の権利ばかりに着目し、結局日本全体がつぶれてゆく方向に向かう。
・ 世界経済は、戦争による分断で徐々に色分けしてゆくことになり、21世紀の冷戦構造になってゆく。
・ AIに関しては、日本が最も遅れているので、AIの企業の多くが日本に来るが、経済に関係はなく、経済犯罪が多くなる。
<以上昨年のブログより抜粋>
さて、やはり答え合わせをしてみましょう。
まず1項目目。経済復興が遠いのは、見ていてわかる通り、というよりは日々生活で実感じているのではないか。同時に「権利ばかり」で「義務」や「責任」を回避する方向で経済が回っている。「経済が悪化しているのは政治が悪い」と常に責任転嫁している人々やマスメディアの話が多く、そのような感覚では「自分の事として働く人が少ない」ということになります。このことに一石を投じたのが、まさかの高市首相の「流行語大賞」でしょう。「働いてx5まいります」ということで「過労死するのでは」などというが、まあ、そのような働かないことを美化している状況ではとても経済の復興はあり得ないでしょう。
2項目目、まさに冷戦構造になってきています。「中国・ロシア・北朝鮮・イラン」とそこに与する国々ということになり、また、アメリカはベネズエラなどをその枠の中に入れているということになるのではないかという感じがします。とくにG20で南アフリカのサミットに出席しなかったということなどは象徴的なことなのかもしれません。このベネズエラとアメリカの関係や、アフリカなどのグローバルサウス等は今後どのように「色分けされる」のか、興味深いところです。
3項目目は経済犯罪は多くなったのですが、AI企業が日本に来るということはなかったということで、ただ、NVIDIAなどがあり、半導体がい本の主力になりつつあることはなかなか面白いことではないでしょうか。この辺が日本の経済の復興のきっかけになる可能性が高いのかもしれません。
毎年必ず聞く言葉がございます。「今年こそ景気が良くなるらしい」。この言葉は、花粉症と同じで、毎年来ることだけは確実ですが、来たからといって嬉しいとは限りません。2026年の経済も、まさにその延長線上にございます。
まず2026年の経済を一言で申し上げるならば、「数字は元気だが、人は疲れている年」になるでしょう。GDPは成長している、株価も悪くない、企業収益も出ている。しかしなぜか生活は楽にならない。この「成長しているはずなのに実感がない現象」が、2026年にはいよいよ完成形に近づきます。
世界経済に目を向けますと、アメリカは2026年も相変わらず強そうに見えます。ただしその強さは、全力疾走を続けている人のようなもので、「まだ走れるが、止まったら一気に来そう」という種類のものです。金融政策は引き締めたり緩めたり、まるで蛇口をひねりすぎて適温が分からなくなったシャワーのようです。市場はそのたびに一喜一憂し、専門家は「想定内です」と言いながら、毎回少し驚きます。
中国経済は2026年、「崩れないが、弾まない」状態を維持します。不動産は重く、内需は慎重、輸出は世界の顔色次第。それでも「大丈夫だ」と言われ続けるため、周囲の国々は「大丈夫と言われ続けるうちは、まだ様子見だな」と判断するでしょう。成長率は数字として存在しますが、熱量はやや低め、いわば“常温経済”でございます。
ヨーロッパは2026年も、理想と現実の板挟みです。環境を守りたい、財政規律も守りたい、しかし生活コストは下げたい。その結果、「どれも正しいが、全部は無理」という結論に落ち着きます。会議は多く、合意文書は立派ですが、成長率は控えめ。ヨーロッパ経済は2026年も、「姿勢は美しいが、足取りは慎重」という評価を受けるでしょう。
さて、日本でございます。2026年の日本経済最大のテーマは、「値上げに慣れたが、給料には慣れていない」という状態です。物価は上がる、しかし賃金の上昇は「感じる人だけが感じる」。企業は賃上げをしたと言い、政府は賃上げが進んでいると言い、国民はレシートを見て黙り込みます。この三者の温度差が、2026年も見事に維持されます。
円安・円高については、もはや誰も断言しなくなります。「為替は不安定です」という、天気予報のようなコメントが定着し、「外れなかった人が勝ち」という世界になります。2026年、日本で最も安全な経済予測は、「不透明感がある」という一文になるでしょう。
株式市場はというと、2026年も元気です。ただし元気なのは主に指数であって、個人の実感ではありません。株価が上がるたびに「景気回復か」と言われますが、翌日には「生活が苦しい」というニュースが流れます。経済ニュースと家計の現実が、完全に別番組として進行する一年になるでしょう。
<令和8年の経済の予想>
・ 日中関係の悪化やアメリカの関税など、様々な意味で日本の経済復興はうまくゆかず、また、円安傾向もそのまま継続する。高市内閣は国内の物価高対策だけで手いっぱいで国際的な為替などにはなかなか対処できないということになる。残念ながら生活や良くならないのであろう。
・ ヨーロッパ情勢や中東の情勢の悪化や世界の二分化から、地下資源の価格が高騰し、環境とは別あ意味で化石燃料の考え方が変わってくるのではないか。まだ完成するわけではないが、「建前」の投資ではなく、「本音」で環境問題なども言われるようになり、「それどころではない」経済状態が世界を覆う。
・ 日本は、コメ問題を含めて、「地方創成」「産業構造改革」というような感じで、全体の構造改革の必要性が言われるが、その内容を政府主導にしている間はうまくゆかない。では誰がやるのか?ということになり停滞がそのまま続く。
そして2026年の最大の特徴は、「皆、慎重なのに、誰も止まれない」という点です。企業は投資に慎重、消費者は支出に慎重、政府は財政に慎重。しかし世界全体は動き続けているため、止まると負ける。結果として、「アクセルは踏んでいないが、ブレーキも踏めない」という奇妙な経済運転が続きます。
最後に、2026年の経済を総括いたしますと、「大崩れはしないが、大満足もない年」です。危機は回避され、破局も起きない。しかし「良くなった」と胸を張れる人も少ない。言い換えれば、経済が私たちに求めてくるのは、期待ではなく耐久力でございます。
どうぞ皆さま、2026年は景気予測を信じすぎず、悲観しすぎず、財布の紐だけは現実的に締めつつ、体と心の余裕だけは締めすぎないようお過ごしください。