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「宇田川源流」【日本報道検証】 中国共産党は全人代で「台湾統一」を推進すると強調している


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます。

 さて今回は3月5日から始まっている中国の最高意思決定機関と言いながらも、もう片方では「決まったことを発表し、集団で集団の責任にする会議体」とされている全人代、全国人民代表者会議が行われ、その中で「台湾の独立」や「民族の統一」ということを強く強調したことが話題になっています。実際にアメリカがイランと戦争状態になっている状態での台湾有事は、さすがに日本もかなり大きな被害が出てしまいますので、これからの中国の動きには、どうしても神経質になってしまいます。そのような意味でこの内容を注目したいと思います。

現在の中国における政治的な動き、特に全人代(全国人民代表大会)で示された方針は、周辺国にとっても非常に重みのある、そして懸念を抱かざるを得ない内容へと変貌しています。

 李強首相が政府活動報告において、これまでの「反対」から一歩踏み込み「断固として打撃を与える」という言葉を選択したことは、単なる言葉のあやではありません。中国共産党にとって、言葉の選定は政策の優先順位と覚悟を対外的に示す最重要のシグナルです。これまでの「反対」が現状維持を妨げる動きを牽制するニュアンスだったのに対し、「打撃」という表現は、具体的な行動??それが法的手段であれ、軍事的な威圧であれ??を辞さないという積極的な攻撃性を含んでいます。特に2030年までの経済運営を定める「第15次5カ年計画」において中台関係の「主導権」を握ると明記した点は、中国がもはや米欧や台湾の動向に反応する側ではなく、自らのタイムスケジュールで事態を動かす「仕掛け人」になるという宣言に他なりません。

<参考記事>

中国、台湾への統一圧力強化へ 「祖国統一の大業を推進」5カ年計画で政策具体化

3/5(木) 21:19配信 産経新聞

https://news.yahoo.co.jp/articles/446d18c8c296076e79b6fa1f0de628d80ec5c8c7

中国、「民族の団結」妨害の外国組織・個人の法的責任追及 政府が法案、ウイグルなど念頭

3/5(木) 20:43配信 産経新聞

https://news.yahoo.co.jp/articles/a56126e94c1520c9d67f798d3b33135e8ca4529a

<以上参考記事>

 この強硬姿勢の裏付けとして注目すべきが、国内における「リーガル・ウェポン(法的武器)」の構築です。新設される「民族団結進歩促進法案」は、一見すると国内の調和を目的としているように見えますが、その本質は新疆ウイグル自治区やチベットなどでの少数民族政策に対する国際的な干渉を遮断するための巨大な防壁です。第10条に盛り込まれた「外部勢力の干渉を受けない」という文言は、人権問題というカードを使って中国を批判する欧米諸国の動きを、中国国内法によって「犯罪行為」や「浸透工作」と定義し直すものです。これにより、中国当局は「法に基づいた統治」という建前を維持しながら、批判者を法的に訴追したり、国内の引き締めを正当化したりすることが可能になります。

 軍の粛清についても、非常に重要な視点をご指摘されています。近年のロケット軍幹部の交代や国防相の解任といった一連の動きは、単なる汚職への対処というよりは、習近平国家主席への絶対的な忠誠心を持つ組織への作り替えと見るのが妥当でしょう。もし武力統一という極めてリスクの高い決断を下すのであれば、軍内部に迷いや反対意見を持つ勢力が残っていることは致命傷になります。つまり、これらの一連の「掃除」は、最高指導部がボタンを押した瞬間に、軍が迷いなく、かつ迅速に動くための「研ぎ澄まされた刃」を作るプロセスであると考えられます。

 さらに、日本の南西諸島に関する懸念についても、地政学的な文脈から切り離すことはできません。台湾統一を目指す軍事作戦において、台湾の目と鼻の先に位置する与那国島や石垣島、宮古島といった南西諸島は、中国軍から見れば「米軍や自衛隊の介入を阻むための障壁」であり、同時に「作戦を妨害する拠点」でもあります。中国が台湾を「主導権」を持って併合しようとする際、これらの島々を無効化、あるいは一時的に占拠して防衛ラインを構築することは、軍事戦略上のセオリーになり得ます。「併合」という形をとるかどうかは別として、台湾海峡での有事が日本の一部を巻き込む軍事的な必然性を伴っている点は、現在の日本の防衛政策の転換にも大きく影響しています。

 このように、2026年の全人代で見られた変化は、思想・法・軍・戦略のすべてが「一つの目的」に向かって収束し始めていることを示唆しています。それは単なる憶測を超え、中国という国家が「現状維持」から「現状変更」へと明確に舵を切った、歴史的な転換点として記録されるかもしれません。

 2026年の春、東アジア情勢はかつてないほどの緊迫感を持って語られています。中国が全人代で見せた強硬な姿勢、特に「打撃」という言葉の重みと、それを支える「民族団結進歩促進法案」による法的な外壁の構築は、彼らがもはや国際社会の顔色を伺う段階を終え、独自の正義を貫徹する準備が整ったことを示唆しています。こうした中で、アメリカが中東でのイランとの衝突により軍事的・政治的リソースを著しく消耗しているという現状は、日本の安全保障にとって極めて重大な「隙」を生み出しており、これに対する日本の備えは、もはや平時の延長線上では語れない段階にあります。

 まず、目前に迫った3月19日の日米首脳会談において、日本が最優先で取り組むべきは「同盟の役割分担の再定義」と「アメリカの関心をインド太平洋へ繋ぎ止めるための具体的な提案」です。イラン対応で疲弊するアメリカに対し、日本は単なる「守られる側」ではなく、自衛隊の統合司令部の本格運用やスタンド・オフ・ミサイルの南西諸島への先行配備といった、自国の防衛力を主体的に強化する姿勢を明確に示さなければなりません。これにより、米軍の負担を一部肩代わりしつつ、アメリカ国内に蔓延する内向きな世論や、疲弊による「アジア撤退論」を封じ込める必要があります。日本が盾となり、アメリカが矛としての機能を維持できるよう、補給や後方支援の枠組みをより強固にすることが、対中国への最大の抑止力となるからです。

 さらに、4月初旬の米中首脳会談を控え、日本はアメリカに対して、中国が狙う「主導権の掌握」を許さないための外交的なスクラムを主導しなければなりません。中国は、アメリカの疲れを見透かしたように、米中会談で「台湾問題は内政であり、干渉は許さない」という主張を一段と強め、何らかの譲歩を迫ることが予想されます。日本はこれに先立ち、台湾海峡の平和と安定が日本の存立に直結すること、そして南西諸島への武力侵攻は日本への直接侵攻と見なすという明確なレッドラインを、日米共同声明などで再確認させておく必要があります。これは、アメリカが中国との取引の中で台湾や日本の離島を「交渉材料」にしてしまうリスクを未然に防ぐための、不可欠な外交的予防線です。

 物理的な防衛の面では、南西諸島における「拒否力」の強化が急務です。中国が「民族の団結」を盾に、沖縄や先島諸島に対して世論工作や心理戦を仕掛けてくる可能性を想定し、サイバー空間と認知領域における防衛を強化することが求められます。特に、全人代で示された「外部勢力の干渉を許さない」という論理は、将来的に沖縄の米軍基地反対運動などを中国が「民族的自決の支援」という名目で利用し、日本の主権を内側から切り崩す大義名分になりかねません。これに対し、日本政府は地方自治体との連携を密にし、離島住民の避難計画の具体化や、通信インフラの冗長化を物理的な武器の配備と同じ速度で進める必要があります。

 加えて、経済安全保障の観点からも、第15次5カ年計画で中国が進める「自立自強」への対抗策を講じなければなりません。中国が台湾の「主導権」を握るということは、半導体などのサプライチェーンの急所を握られることを意味します。日本は、アメリカや同志国との間で、中国を介さない重要物資の供給網を4月までに再確認し、経済的な弱みを握られて外交的な沈黙を強いられる事態を避けなければなりません。イラン情勢に気を取られている間に、静かに、しかし確実に進められている中国の「法による支配の書き換え」に対して、日本は国際法を遵守する諸国との結束を呼びかける「自由で開かれたインド太平洋」の旗振り役として、これまで以上に強いリーダーシップを発揮することが求められます。

 このように、2026年の日本が取るべき道は、疲弊したアメリカを支えつつ、中国の強硬な野心に対して「隙を見せない」という極めて高度なバランス感覚を要するものです。軍事的なハードパワーの整備と、法執行や経済連携といったソフトパワーを組み合わせた多層的な抑止力こそが、台湾統一というシナリオを「現実」ではなく「歴史的な願望」に留め置くための唯一の手段となるでしょう。

「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 無駄な殺し合いをなくさせるという夢を信じたくなる人


 毎週水曜日はNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」に関して、適当な感想文を書いている。一緒に歴史を楽しむという感じでドラマを見るというのもなかなか面白いのではないか。単純に私にとっては連続しているドラマを見るのはこの大河ドラマだけなので、他のドラマに関しては何も見ていないので、何か続き物の創作物を見るのは、これだけということもある。

さて、まずは史実にあるものを見てゆきたいのであるが、その中で戦国時代のドラマの中で、今回は前回出てきた「美濃三人衆」、つまり安藤守就、氏家卜全、稲葉一鉄についてみてみよう。

「美濃三人衆」と呼ばれた安藤守就、氏家卜全、稲葉一鉄の三人は、斎藤道三の時代から美濃国(現在の岐阜県)を支えてきた宿老であり、ドラマの主人公である豊臣秀長とその兄・秀吉にとって、織田家臣団の中での「立ち位置」を決定づける極めて重要な存在です。

 彼らが信長に帰順したことは、秀吉が墨俣の一夜城伝説などで頭角を現していく時期と重なります。当時の秀吉・秀長兄弟は、まだ織田家の中で確固たる地位を築く途上の「成り上がり」であり、美濃の土着勢力として絶大な影響力を持つ三人衆は、若き兄弟にとって仰ぎ見るような格上の重臣たちでした。

 安藤守就は、三人衆の中でも特に知略に長けた人物として知られ、秀吉が美濃攻略の足がかりを得る際に重要な役割を果たしたとされています。秀長は兄の右腕として、こうした海千山千のベテラン国衆たちとの調整や、降伏後の彼らの処遇を巡る実務に奔走したはずです。

 氏家卜全は武勇に優れた人物でしたが、長島一向一揆の戦いで織田軍の撤退を助けるために命を落とします。この時期、秀長は軍事的な後方支援や戦後処理の経験を積んでおり、卜全のような実力者が命を散らす過酷な戦場を目の当たりにすることで、のちの「調整役」「守りの秀長」としての資質を磨いていったとも考えられます。

 稲葉一鉄は、頑固一徹の語源とも言われるほど妥協を許さない性格で、三人衆の中で唯一、秀吉が天下人へと昇り詰める時代まで生き残りました。一鉄は本能寺の変の後も美濃で独自の勢力を保ちますが、秀吉政権が盤石になる過程で、秀長は一鉄のような自尊心の高い旧勢力と、急速に膨張する豊臣政権との間の「緩衝材」として機能しました。

この安藤守就と関係あるのが、豊臣秀吉の草創期の名軍師竹中半兵衛になります。竹中半兵衛に関しては、また詳しく書くこともあると思いますので、今回は褐炭に美濃三人衆についてまとめてみました。

<参考記事>

【大河ドラマ 豊臣兄弟!】第9回「竹中半兵衛という男」回想 「直の願った平和な世を作ってみせる」 小一郎を救った直と父との賭け 美濃を攻略、加速する信長の野望

2026.03.08 美術展ナビ

https://artexhibition.jp/topics/news/20260308-AEJ2854196/

<以上参考記事>

 基本的に史実といわれるものとは全く異なる内容であるし、また他の記録にある内容とも全く異なる。はっきり言ってしまって、ストーリー的にもまったくつじつまが合わない状態になってしまっているが、その様にストーリーを変更させることで、今回のテーマを「際立たせたい」という事であったと考えられます。

今回の内容は「無駄な殺し合いをなくさせる」ということが一つのテーマではなかったのではないでしょうか。

今回のドラマは、前半と中盤と後半の三つに分けられます。他の豊臣秀吉を扱った大河ドラマであれば、「竹中半兵衛の調略」から「稲葉山城落城」迄は何回か回数を分けるのですが、今回はそれを全て一回でやってしまうということになりました。それは「無駄な殺し合いをなくさせる」とい信念を持った「竹中半兵衛(菅田将暉さん)」と「直(白石聖さん)」という二人の人が、小一郎(仲野太賀さん)に期待しているということになります。今回の主人公である小一郎が尾張国中村の農民から兄を追って武将になったのは、戦いをなくすためということであったはずです。

戦国の世の中で無駄な殺し合いをなくさせるということは、その時代のすべての人が考えていたはずです。そもそも多くの人は「自分の領国」の仲での平和を願っていたし、そのために領国を守っていたのではないでしょうか。その様に考えれば、織田信長(小栗旬さん)も、また、兄の藤吉郎(池松壮亮さん)も皆同じではなかったかと思います。

しかし、そうではない君主もいました。それが斎藤竜興(濱田龍臣さん)であったということになります。そして、日本流に「正義は勝つ」ではないですが「無駄な殺し合いをなくさせる」という勢力が勝つようになってゆくということになっています。

そして、最後にそのことを小一郎に気づかせるのが直の父坂井喜左衛門(大倉孝二さん)ということになります。

ここからは回想シーンになりますが、父と直が、話す内容が今回のテーマでしょう。祝言に来てほしいと懇願する娘に、藤吉郎と小一郎の兄弟がどうしても許せない父は「結婚を許してやったのだからもういいではないか」と参列を断ります。しかしとことん食い下がる娘です。「小一郎はみなが満足しないと気が済まない人」といい、「争いごとは無くせなくても、無駄な殺し合いは無くすことができる。とことん話し合って、考え抜けば道はある」と夫になる人の考え方の根幹を伝え、だからこそ父とも和解したいという小一郎の思いを伝えました。父は「バカバカしい。そんな世など来るわけがなかろう」と相手にしません。しかし直は「小一郎ができる方に、へそくり全額の500文を賭ける。もしかしたら本当にそんな世ができるのでは、とだまされたくなるのが私の旦那さま」というのです。

このやり取りこそが、今回の、そして「小一郎の魅力」を最も端的に言い当てた内容ではないかと思います。多分、この後小一郎の妻となる慶(吉岡里帆さん)が出てきますが、多分直ほど小一郎のことを理解しない関係になるのかもしれません。お互いを理解し、そして信用すること、そうすれば騙されてみたくなる関係になりまた相手を信用したいと思う関係になる。今の人々の中にどうしても必要な人間関係の極意が、ここに語られているのではないかと思いますし、また、藤吉郎と竹中半兵衛の間も、また、安藤守就(田中哲司さん)ら美濃三人衆が織田家に味方した理由もすべてその小一郎のまっすぐな魅力ではなかったかと思います。

一つお「心根」をもとに、テーマを構成し、その為に、史実の関係を変えてゆくということが、本来は「史実と違う」と言って価値がないかのように言ってしまうのですが、っそれ以上に大事なストーリーがあるということが、このドラマの忠臣なのかもしれません。

「宇田川源流」【日本報道検証】 立憲民主党議員の偏向報道要請をなぜメディアは報じないのか?


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます。

 さて今回は「立憲民主党議員の偏向報道要請をなぜメディアは報じないのか?」と題して、一部野党議員の謝ったメディア認識や、またそのような誤った認識がSNSで拒否され、同時にその結果2月の総選挙で雇おうが大敗を喫していることからも全く学ばないということに関して、その内容をメディアは何も報じないということに関してみてゆきたいと思います。

日本の政治空間において、メディアが果たすべき役割を「権力に対する監視」から「権力への無条件な批判」へと履き違える風潮が、一部の野党議員の間で根強く残っています。杉尾秀哉議員や石垣のりこ議員が主張する「客観報道をしている場合ではない」という言葉は、本来中立であるべき報道機関に対し、自分たちの政治的立場に加担せよと迫るに等しい危うさを孕んでいます。ジャーナリズムの根幹とは、何が起きたのかという事実を正確かつ多角的に報じることであり、特定の政治勢力の代弁者となって世論を誘導することではありません。しかし、こうした「批判こそが正義」という独善的な価値観に囚われた議員たちは、メディアが事実を淡々と報じる姿勢を「不十分」と断じ、自らの主張が浸透しない原因をメディアの怠慢に転嫁してしまいます。

 このような誤った認識は、国会審議のあり方そのものを歪める構造的な要因となっています。メディアが「権力の横暴を暴く」という劇的な物語を求めることを期待するあまり、野党側は政策的な代替案の提示よりも、スキャンダル追及や手続き上の不備を突く「審議の中断」を戦略的に選択するようになります。カメラが回る中での激しい糾弾がメディアに「批判的に」報じられることを目的化したパフォーマンスは、結果として法案審議を停滞させ、国民の生活に直結する重要な政策決定を先送りにさせます。この「決められない議会」の代償を払わされているのは、他でもない主権者である国民です。予算案や重要な法案が政争の具として滞るたびに、日本社会が本来享受すべき機会や利益が損失として積み重なっている事実は、重く受け止められなければなりません。

 こうした旧来型の「批判第一主義」とメディアへの依存体質は、デジタル化が進む現代社会において「オールドメディアの敗北」という形で明確な拒絶を突きつけられています。SNSやインターネットメディアの普及により、国民は既存メディアが取捨選択した情報だけでなく、国会の生の議事録や多種多様な視点に直接触れることが可能になりました。その結果、特定の政治的意図に基づいた偏向的な姿勢や、事実を軽視して感情に訴える手法はすぐに見透かされ、かえって有権者の離反を招いています。第51回総選挙における野党の大敗は、メディアを味方につけて権力を叩けば支持が得られるという昭和・平成的な成功体験が、もはや現代の有権者には通用しないことを象徴する出来事であったと言えるでしょう。

<参考記事>

立憲・杉尾秀哉議員と石垣のりこ議員が与党批判しないメディアに苦言 ネットから疑問の声殺到

2026年03月04日 19時04分内外タイムス

https://news.nifty.com/article/domestic/government/12184-5005762/

<以上参考記事>

 この混迷した状況を打破し、日本の議会民主主義を本来の姿に戻すためには、まず政治家側が「メディアは利用するものではなく、国民に判断材料を届ける独立した存在である」という基本に立ち返る必要があります。メディアに批判的な論調を強要するのではなく、客観的な事実に基づいた論理的な政策論争を行い、その内容の質によって国民の支持を問う姿勢が求められます。野党に求められるのは「権力への抵抗」という自己満足的なパフォーマンスではなく、政権を担う準備があることを示すための「建設的な代替案」の提示です。逆にメディアを利用したこのような議員は、議会がしっかりと懲罰を与えるべきでしょう。実際に、中道改革連合の岡田克也前議員は、テレビ討論の中で「国民感情をコントロールする」と発言し、批判を受けております。そのような発言そのものが、国民から忌避され、中道改革連合はかなり議席数を減らし、当然に岡田克也議員も落選したのではないでしょうか。選挙というような手段の前に、本来立法府が自浄作用を持つべきであろうと考えられます。

 また、メディア側も「権力監視」という言葉を「何でも反対」の免罪符にすることをやめ、ファクトチェックの徹底と公平な時間配分に基づいた報道を徹底すべきです。特定の勢力の主張に迎合せず、事実関係を淡々と報じることが結果として最も国民の信頼に資するという原点に回帰することが、信頼回復への唯一の道となります。

 さらに、国民の側にも情報の取捨選択能力を高める「リテラシー」の向上が不可欠です。感情を煽るセンセーショナルな報道や、政治家のパフォーマンスに惑わされず、どの議員がどのような発言をし、実際にどのような成果を上げたのかを客観的なデータに基づいて判断する土壌を育む必要があります。議会における不毛な足の引っ張り合いに厳しい視線を注ぎ、「審議の中断」を成果ではなく「職務放棄」とみなす世論が形成されることで、政治家は自ずと生産的な議論へと向かわざるを得なくなるはずです。

 メディアと議会の共依存関係が招く「国家の機能不全」を打破するためには、表面的な改善ではなく、システムそのものを根底から作り変える「劇薬」とも言える改革が必要です。現状、一部のメディアと野党議員は、批判をエンターテインメントとして消費する「怒りの経済学」の中に安住しており、そのことが結果として日本の国力を削いでいます。この閉塞感を打破するための、より踏み込んだ、そして時に過激な視点を含む改革案を詳述します。

 まず着手すべきは、メディアが享受している「第四の権力」としての不可侵性を解体することです。現在、日本の主要メディアは記者クラブ制度という排他的な情報独占システムに守られ、権力を監視するポーズを取りながら、実際には自分たちの都合の良い「物語」に合致する情報だけを増幅させています。この不健全な独占を排除するために、記者クラブを即刻廃止し、官公庁の会見や資料へのアクセスを完全にオープン化すべきです。情報の入り口を平等にすることで、特定の政治的思想に偏った「切り取り」を行うオールドメディアは、ファクトチェックを武器にする新興メディアや個人ジャーナリストとの熾烈な競争に晒されることになります。

 さらに過激な提案として、放送法における「政治的中立」の解釈を厳格化し、違反が疑われる報道機関に対しては、国民が直接的に不服を申し立て、第三者機関がデジタル技術を用いて「事実と主観の比率」を数値化・公開するシステムを導入すべきです。事実を淡々と報じることを「不十分」と断じるような、主観を事実に優先させる報道姿勢を貫くメディアに対しては、電波利用料の劇的な引き上げや、公共放送としての適格性剥奪といった経済的なペナルティを科す検討も必要でしょう。メディアが「事実よりも感情」を売る商売を続ける限り、日本の民主主義は常に情緒的なポピュリズムに振り回され続けるからです。

 政治の側においては、審議を中断させることで政権にダメージを与えようとする「ボイコット戦術」に終止符を打つ必要があります。現在、一部の議員がメディアの耳目を集めるために行う審議拒否は、国民から負託された「決定する義務」の放棄に他なりません。これを是正するためには、正当な理由なき審議の中断が発生した場合、その中断時間に応じて、当該政党に交付される「政党交付金」を分単位で自動的に削減する仕組みを導入すべきです。国会運営に費やされる膨大な税金を考慮すれば、議論を止める行為は国民に対する「経済的損失の強要」であり、実質的な背任行為として定義し直すべきなのです。

 また、質問主意書や質疑の内容が、単なるメディア報道のトレースや根拠のない誹謗中傷に終始した場合、その議員の活動実績をAIによって客観的に評価し、次回の選挙において「公費による選挙活動」を制限するなどの制約を設けることも検討に値します。「メディアが報じないから自分が糾弾する」という独りよがりの正義感は、議場を個人のパフォーマンス会場に変質させています。議会は「闘技場」ではなく「設計局」であるべきであり、建設的な修正案を提示できない議員に対しては、発言権そのものを制限するような強硬な議事規則の改定が求められます。

 究極の改革案は、メディアという「フィルター」を介さずに、議会の議論を国民がダイレクトに評価し、政治に反映させる仕組みの構築です。現在の歪みは、メディアが「国民の代弁者」を自称しながら、実際には自分たちの商売に都合の良い意見だけを選別していることに起因します。これを打破するために、重要な法案の審議プロセスにおいて、リアルタイムで国民がオンラインを通じて賛否やフィードバックを送る「デジタル国民投票」的な要素を国会審議に組み込むべきです。

 これにより、メディアが「国民はこう怒っている」と捏造する虚構の世論を、実際の数値化された民意によって即座に論破することが可能になります。メディアが特定の野党議員の過激な発言を「正義の声」として報じたとしても、背後のデジタルデータが「国民の8割は冷ややかな視線を送っている」ことを示せば、その議員の言動は政治的生命を絶たれる結果となります。

 結局のところ、メディアと一部野党の癒着は、情報が国民に届くまでの「情報の非対称性」を利用した古い時代の遺物です。このフィルターを破壊し、事実が感情を凌駕し、建設的な議論がパフォーマンスを圧倒する環境を強制的に作り出すこと。それこそが、現在のような「決められない、進まない、責任を取らない」という停滞した日本政治を蘇生させる唯一の道と言えるのではないでしょうか。

「宇田川源流」【日本万歳!】 世界でも難しい免許試験を行っている日本の運転技術


 毎週月曜日は「日本万歳!」をお届けしている。日本の素晴らしい内容は、世界が認めているところであることは間違いがない。その内容に関して、報道されている内容や、日本への評判をここで話をし、そのうえで、日本のすばらしさを分析し、その内容を広めてゆく。そのうえ、日本のすばらしさは、日本人の国民性や日本人の慣習などが元となっている場合が少なくない。昨年の「日本万歳!」では、大谷翔平氏など、何人かの例外を除いて日本人の場合は基本的には日本人全体の集合体が大きな力になってくるのである。

 さて、今回の内容は、日本の技術や日本のすばらしさを最も多く物語るものの一つであろう。

 日本は、何かを作る場合、多くの人に作るようにしてる。日本人はその内容を製造するときに、その製造物を使う人を考えて作る。そして外から見えない部分まですべてこだわって作る。他の国ではなかなかそこまではいかない。他の国は、基本的に見えるところはしっかりと行うということになるのであるが、しかし、見えないところは基本的には何もしない。日本以外の国の商品で細部まで、それも見えないところまでしっかりとこだわった内容などはほとんど存在しない。

 昔の船乗りは、編み物が得意であったという。海で働き筋骨隆々の男が、なぜか、細かい編み物が得意というのは、なかなか不思議なものである。実際に、閉鎖した空間の中においては人間は徐々に細かい所にこだわるようになる。閉鎖されているので、細かいところまでこだわらないと早々に終わってしまうということにになる。そのことから、徐々に細かい所にこだわるようになり技がつくようになる。

 日本は、漁船のように小さくはないが、それでも世界レベルからすれば小さなものということになる。そのうえ江戸時代は260年間鎖国をしていた。いうなれば、編み物を細かくしている漁船のような環境になるのである。そのためにかなりこだわりそして質の高い製造を行うのである。そのうえ、その製造物をしっかりと手入れしているのである。

<参考記事>

「外免切替」審査の合格率が大きく低下 去年10月に審査の厳格化 警察庁

2026年3月2日 18時22分 TBS NEWS DIG

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12198-4997798/

<以上参考記事>

 外免切替の試験が本来の厳格さを取り戻したことで合格率が低下したというニュースは、単なる手続きの変更という以上に、日本という国が道路交通においていかに高い練度を求めているかを象徴しています。これまでは一種の特例的な側面もありましたが、改めて日本の試験基準に照らし合わせることで、日本人が日常的に当たり前だと思っている「運転」という行為の質の高さが浮き彫りになったと言えるでしょう。

 日本の道路環境は、海外、特に広大な土地を持つ北米などと比較すると、驚くほど緻密で複雑です。都市部では住宅が密集し、電柱が道に突き出し、歩行者や自転車がわずかな隙間を縫うように行き交うという、世界的に見ても極めて難易度の高い空間が広がっています。このような環境で日常的にハンドルを握る日本人は、無意識のうちに極めて高度な空間把握能力を養っています。数センチ単位の車幅感覚を研ぎ澄ませ、狭い路地での対向車との離合を阿吽の呼吸でこなす姿は、まさに職人技に近いものがあります。

 こうした「狭隘な空間を制する技術」のルーツを、かつての大戦で空を駆けたゼロ戦のパイロットに見出すという視点は非常に興味深いものです。当時、欧米のパイロットが機体のパワーと物量に頼る戦術を主流としていたのに対し、日本人のパイロットは機体の軽快さを最大限に引き出し、目で見える範囲の空間を完全に掌握するような繊細な操縦技術で世界を驚かせました。この「限られた条件の中で最大限の精度を発揮する」という資質は、現代の日本のドライバーにも脈々と受け継がれているのかもしれません。

 日本の教習所で行われる、クランクやS字走行といった独特の課題も、単なる意地悪な試験ではなく、こうした日本の複雑な地勢に対応するための必須技能を叩き込むためのものです。脱輪せずに細い道を曲がり切るためのハンドルを切るタイミングや、後輪の軌道を予測する能力は、他国では見られないほど徹底して磨かれます。外免切替で多くの人が苦戦するという事実は、裏を返せば、日本で免許を持つということ自体が、世界でもトップクラスの精密な操縦技術を習得していることの証明に他なりません。

 また、技術面だけでなく、周囲の状況を察知し、歩行者や他の車両に配慮しながら一瞬の判断を下す「気配り」のような精神性も、日本の運転文化の質の高さを支えています。混沌とした都市の迷路のような道において、事故を起こさずスムーズに流れを作るためには、単なる操作技術以上の、周囲の空間全体を俯瞰するような知性が求められます。このように、日本人が日々何気なく行っている運転という行為は、実は高度な空間認知能力と、繊細な手足の制御、そして高い集中力が融合した、誇るべき文化的・技術的資産であると言っても過言ではないでしょう。

 このようなニュースを読んだときに、単純に外国人のことばかりを考えるのではなく、本来は日本人が外国の面世よりも高いレベルを求められており、そのような免許を多くの人が合格している日本人の優秀な技術力を考えるべきではないかと私は考えます。

【有料メルマガのご案内】20260309  有料メルマガ「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」

2026年10号 アメリカとイスラエルのイラン攻撃における日米同盟の信頼性と認識の欠如


 皆さんおはようございます。 メールマガジン「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」主催の宇田川敬介です。

 このメールマガジンは、いつも目にするニュースなどとは少し違う観点から様々な内容を見てみたいと思います。

様々な今の話題や世界情勢を、なるべくわかりやすく、あまりニュースでは見ることのできない内容を見ながらその内容を見てゆきたいと思います。

さて今回は、すでに様々なところで解説がされています2月28日から、始まってしまったアメリカとイスラエルによるイラン攻撃に関して、そこに関する日本のリスクについてみてみましょう。

そうはいっても、エネルギーの問題などを書くつもりはありません。

ホルムズ海峡の封鎖が続けば当然に日本のエネルギーは枯渇しますが、日本だけではなく、他の国のエネルギーも枯渇します。

日本の備蓄が多いか少ないかという子がありますが、基本的にはそのようなことは、他の国も同じの事なので、単純なリスクとはならないでしょう。

そもそも、ホルムズ海峡の封鎖が、それほど長く続くとは考えられません。

実際ンいホルムズ海峡の封鎖に連動して中国が台湾攻撃を行い、台湾海峡やマラッカ海峡なども封鎖されるというような事態になった場合、かなり大変なことになりますが、その時は別なことをまた考えないとなりません。

日本の場合は太平洋航路がありますので、アメリカからの輸入を考えるということになりますが、その内容は、単純にイランの戦争のリスクではないということになるのです。

実際にエネルギー問題や経済問題は、あまりここで語らなくても多くの人が語ってくれるので、その情報を見ればよいのかと思います。

もちろん様々な情報がありすぎて、なんだかわからないかもしれませんが、その内容を注意深く見てゆけばよいのかもしれません。

さて、では本当のリスクはどこにあるのでしょうか。

★ イラン戦争で明らかになった本当の日本のリスク

 日本の本当のリスクは「日本の孤立化」という事でしょう。

その意味で高市内閣は「日米同盟を基軸にしたFOIP(開かれたインド太平洋)」ということを主張しています。

しかし、実際に今戦争が起きているのはイラン、つまりインド洋です。

先日もスリランカ沖でイランの軍艦が沈没した(撃沈された)ということがあり、まさにインド洋がそのまま戦場位なっているということになります。

国会では予算委員会の審議が続いていますが、FOIPと今回の戦争を関連して質問している野党がいないことも非常に情けない事態ではないでしょうか。

さて、そのような高市内閣の中心的な政策運営における内容でありながら、何故事前に知らされなかったのでしょうか。

このような細かいところから、見てゆきたいと思います。

今回のアメリカとイスラエルのイラン攻撃に関して、日本の危機について考えています。

経済的な危機または資源枯渇のリスクということに関しては、すでに様々なところで言われていますし、現地の邦人救出ということに関しても同様に政府がすでに行っています。

今回はこれ以外の、リスクについて考えてゆきたいと思います。

そこで今回は、本来考えなければならないのは、日米同盟なのに日本に事前に通知がなかったという事実、これは、高市内閣が台湾有事発言など本音で話してしまうことからアメリカが事前に作戦が露見することを避けたのではないかといわれています。

また、もう一つは日本人があまりにもイランや中東を知らない、イスラム教や現地の文化風習や習慣などを知らないということ、宗教や民族に関しては無知を通り越して全くわかっていないということであり、メディアの解説者でもイランはシーア派しかいないというようなことを平気で言うようになっています。

この二つ以外にもリスクはあるのですが、今回はこの二つに絞ってみてみましょう。

場合によっては来週も同じように他のリスクを見てゆけばよいかもしれません。

この二点は、単なる中東情勢の波及というレベルではなく、日本の安全保障構造そのものに関わる問題です。・・・・・

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「宇田川源流」【土曜日のエロ】 中学生が最多「ディープフェイク」の問題


 今週も土曜日のエロの日になった。まあ、エロもデジタルの時代になってきて、そのまま何かほかの話になってくるのではないかという気がします。

さて、そのエロの話の前に今週何があったかを見てゆきましょう。

今週の話といえば、2月28日から始まったイスラエルとアメリカによるイラン攻撃でしょう。アメリカとイスラエルの攻撃に関しては、日本で報道されていつものと、全く報道されていない内容の二つがあるようです。実際に、「核問題」という事や「イランの体制変換」ということがあげられていますが、ではなぜ「イランの体制変換」が突然出てきたのかということなどがしっかりとわかっていないとアメリカの本音や、作戦の詳細はわからないのではないでしょうか。残念ながら、日本にはそのようなことをしっ回と解説できる人がいないようです。

それくらいのこともわからないで、スパイ防止法や国家情報局に反対する人がマスメディアの中に多いということが、あまりにも滑稽で笑ってしまいます。そもそも、イランといえば「シーア派の国」というようなことを言いますが、では「本当にシーア派の人しかいないのか」とい簡単な疑問にこたることができない人が少なくないのです。そのような「その国に行けば当たり前の情報」が全くわかっていないということが、大きな問題になるのですが、日本はすでにそれらの情報をしっかりとわかっていないとならないということになります。

態度だけ大国で情報もろくにわからないということでは、本当に子供と一緒でしかなく、そのような人々であれば、すぐにフェイク情報に流されてしまうのではないでしょうか。

<参考記事>

「性的ディープフェイク」被害は中学生が最多 「性被害」低年齢化の傾向

2026年2月26日 15時32分 日テレNEWS NNN

https://news.livedoor.com/article/detail/30656904/

<以上参考記事>

 性的ディープフェイクの被害が中学生に広がっているというニュースは、非常に深刻で、親世代やそれ以上の世代の方々にとっても衝撃的な内容だと思います。なぜこれほどまでに低年齢化が進んでいるのか、そしてご質問にある「昔の妄想や手描きの絵」と「現代のディープフェイク」にはどのような決定的な違いがあるのか、その背景を紐解いていきます。

 まず、中学生の被害が目立つ大きな理由は、彼らの生活がスマートフォンやSNSと切り離せないものになっており、そこで共有される「日常の写真」がそのまま悪意ある技術の素材になってしまうからです。今の子供たちは友人同士で自撮り写真を送り合ったり、SNSに顔写真をアップロードしたりすることが当たり前になっています。かつては個人のアルバムに収まっていたような写真が、今はデジタルデータとしてネット上に溢れており、それが悪意を持つ者の手に渡りやすくなっています。さらに、ディープフェイクを作成するAIツールが簡略化され、専門知識がなくても、誰でも数秒で精巧な偽画像を作れるようになったことが、この被害を爆発的に増やした要因です。

 さて、ちなみに、私たちオッサンが小さいころ、まあ、中学生時代などの「性的な妄想がもっとも盛んであった時」等は、好きな女性の裸などを妄想していたり、江の上手い人はその絵を描いてみたり、または、他のヌード写真と組み合わせる(私はやらなかったなあ)などのことが会ったと思います。まあ、ある意味で、中学生くらいの若者にとって性的に興味が出るということはそれほどおかしな話ではないし、また、そのようなことは大人が止めても止まらないということが普通なのではないかと思います。とくに私のような男子校にいた場合は、女性などは妄想でしか存在しない状態でありそれ以外は犯罪の域に達してしまうので、今のディープフェイクのような「思考」はいくらでもあったような気がします。

「好きな人を妄想して絵を描くこと」と「ディープフェイク」の最も大きな違いは、その「リアリティ」と「拡散性」、そして「被害者の人格の侵害度」にあります。

 かつての妄想や手描きの絵は、あくまで個人の頭の中や、物理的な紙の上という限定的な範囲にとどまるものでした。そこには描き手の主観が入り、ある種の「空想」としての境界線が明確に存在していました。しかし、ディープフェイクは本人の実際の顔写真を利用し、AIによって精巧に合成されるため、パッと見ただけでは本物か偽物かの区別がつきません。これは、単なる「想像」の域を超えて、あたかも本人が実際にその行為をしたかのような「視覚的証拠」を捏造されることに等しいのです。

 また、手描きの絵は物理的な実体があるため、勝手に増殖することはありません。一方でデジタルデータであるディープフェイクは、一度ネット上に流出すれば、瞬時に世界中に広まり、完全に消去することはほぼ不可能です。被害を受けた中学生にとっては、自分の顔が知らないところで性的な対象として消費され、しかもそれが一生消えないかもしれないという恐怖は、単なる「隠れて絵を描かれる」といったこととは比較にならないほどの精神的ダメージを与えます。

 つまり、昔の妄想が個人の内面における「自由な想像」であったのに対し、現代のディープフェイクは、他人の顔という個人情報を勝手に使い、その尊厳をデジタルの力で徹底的に踏みにじる「暴力」へと変質してしまっているのです。技術が進化して便利になった反面、人の尊厳を守るための境界線が、デジタルによって極めて脆くなっているのが現状といえます。

 さて、ある意味で「自由な妄想」が、いつの間にか犯罪になってしまうというようなことになってしまうのはよくないのではないかと思いますし、また規制するだけでは意味がありません。今の文部科学省や社会はただ規制するだけ、「見せない」「タブー視する」などということでは、犯罪が地下化するだけであろうと思います。実際に、私たちの年代は、「エロ本」等は身近にあり、いけないものであると思いながらも隠れてみていたのは間違いない事実でしょうし、そのような経験をしていた人は少なくないはずです。現在、スマートフォンのようにそのようなコンテンツが身近にある若者に何をすべきかということを考えてみましょう。

現代において、中学生の性的なエネルギーと健全な社会を再調整するためには、以下の三つの視点が重要になると考えられます。

 まず一つ目は、「想像力」の対象を「実在の個人」から切り離す教育です。昔の妄想や手描きの絵が許容されていたのは、それが一個人の尊厳を直接的に破壊する武器になり得なかったからです。しかし今は、スマホ一つでクラスメイトを「素材」にできてしまいます。中学生に対して「性的な関心を持つな」と言うのは無理がありますが、「実在する身近な人間を、本人の同意なく性的に加工して消費することは、単なるエロではなく人格の否定であり、暴力である」という倫理的な境界線を明確に教える必要があります。まあ、考えてみれば、昔も「18歳未満禁止」と書かれた本屋貸しビデオのコーナーがあったような気がします。そこに意識して入ってゆくのですが、まあ、それはある意味で勇気のいる行為で一つの抑止力になっていたのではないでしょうか。

 二つ目は、デジタル・プラットフォーム側の「インフラとしての責任」です。個人のモラルだけに頼るのではなく、AIが生成した画像には自動的に「これは合成である」という電子的な刻印(ウォーターマーク)を強制したり、実在の人物の顔を性的に加工する行為を技術的にブロックする仕組みを整えたりすることが不可欠です。中学生が「隠れてやる」ことを物理的に難しくする、あるいは「それは偽物である」と誰の目にも明らかな状態にすることが、被害者を守るセーフティネットになります。まあ、本屋、ビデオ店等での抑止力でしょう。これも、今ではそのような責任が難しいですが、昔は本屋やレンタルビデオ店の店員が若いきれいな女性であったりすると、より抑止力が強く働いたことを思い出します。

 三つ目に、大人が「性の話題」をタブー視しすぎないことです。規制を強めれば強めるほど、子供たちは大人に相談できなくなり、ネット上の歪んだ情報だけを頼りにするようになります。中学生という多感な時期に、性的な欲求や関心を持つこと自体は自然な成長の証であることを認めつつ、それを「他者を傷つけない形でどう扱うか」を親子や学校でオープンに語れる空気感が必要です。かつての「大らかな時代」にあった、適度な距離感と寛容さを、デジタルのルールの中にどう組み込むかが鍵となります。実際に我々は、大人だけではなく様々なところで、そのような「大人の話題」の中にあったのではないでしょうか。我々も今の若者も同じであると考えれば、もっとオープンに話をしてしまうことが重要ではないかと思います。

 規制という「壁」を作るだけでなく、正しい知識という「地図」を渡すこと。そして、技術という「道具」の危うさを教えること。このバランスこそが、今の時代に求められる健全さではないでしょうか。

「宇田川源流」【現代陰謀説】 敵スパイの捕獲に関してイギリスでも苦労しているが日本はスパイ防止法だけで大丈夫か?


 毎週金曜日は陰謀説の日である。毎週現在進んでいると思われる陰謀に関して、その陰謀の内容をしっかりと解説している。逆に、世の中で「陰謀論」といわれることの中で、まあ、どうにもならないような内容をすべて排除するということを目標としている。何でもかんでもどこかの団体やユダヤ人の陰謀というような話をしていても、あまり大きな意味はない。そのような陰謀論を語ることそのものが陰謀論であるというようなことになっているのであるが、本人たちは「自分こそ陰謀を暴いた」として、大きな陰謀を仕掛けている人の「駒」となってガセネタを吹聴しているということになる。まあ、どうにもならないとしか言いようがない。

 さて、陰謀の主役といえば、様々な団体や国家などが存在するのであるが、実際にはその実行犯が存在するのが普通である。その実行犯というのは、工作員とかスパイと言われる人々の事を言う。スパイというと日本では、娯楽映画の007シリーズをイメージする人が多い。それだけ日本人というのは映画なごの作品に影響されやすいということであり、マスコミ等に感化されやすいのであるが、当然それらは作品、つまり作り物でしかなく、本物とは似ていても、全く違うという場合が少なくない。実際に、イギリスで007の映画を見た情報部MI6の職員は、映画はあくまでも娯楽作品であり、映画のように街中でカーチェイスや、銃撃戦をやり、基地らしい所で大爆発をおこせば、翌日の新聞のトップになりすぐに懲戒であると笑つていたと、BBCが報じている。逆に言えば、それほど繊細で厳しい仕事であり、陰謀論者が言うような計画的なものではないのである。他人の心を動かすのは、それほど難しい事であり、例えば身近な異性の心もままならないので恋愛小説という分野が成立するのだが、敵国のそれも見ず知らずの集団を動かす事が、そんなに簡単にできるはずがない。陰謀論は、そのような失敗まで計算しているかのごときありえない話をまことしやかに言うのである。

<参考記事>

英諜報機関 スナネズミでスパイ捕獲を計画していた 実現には至らなかった「小さな問題」とは

2026年2月25日 10時20分 よろず~ニュース

https://news.livedoor.com/article/detail/30647881/

<以上参考記事>

 さて本日の話しはスパイを発見するということを見てみましょう。日本に限らず、というか他の国では当然に他国からのスパイを発見するということに関して神経をとがらせています。そのような中での失敗談は「面白い」エピソードとして伝えられることになります。

イギリスの国内諜報機関であるMI5が、かつてスナネズミを「生きた嘘発見器」として活用しようとしていたという驚きの計画が、元長官などの証言によって明らかになっています。

 この計画は冷戦時代の1970年代に考案されたもので、スナネズミが持つ非常に鋭い嗅覚と、人間のストレス反応を察知する能力に着目したものでした。人間が嘘をついたり、強い緊張状態にあったりすると、汗とともにアドレナリンが放出されますが、スナネズミはこのアドレナリンの匂いを敏感に嗅ぎ分けることができると考えられていました。

 具体的な運用案としては、空港の入国審査官のデスク横にスナネズミを入れた特殊なケージを設置し、扇風機を使って乗客の体臭を密かにスナネズミの方へ送り込むという仕組みが検討されていました。訓練を受けたスナネズミは、強いアドレナリンの匂いを察知すると、パブロフの犬のようにレバーを押して異常を知らせるよう仕込まれる予定でした。

 しかし、この革新的に思えたアイデアには致命的な欠陥がありました。スナネズミは確かにアドレナリンに反応しましたが、その原因が「スパイ活動による緊張」なのか、あるいは単に「飛行機恐怖症によるパニック」や「重い荷物を運んでいることによる身体的な興奮」なのかを区別することができなかったのです。

 実際にイスラエルのテルアビブにある空港で試験的に導入された際にも、テロリストではなく、ただ飛行機に乗るのが怖くて怯えていた一般客ばかりに反応してしまい、結局このプロジェクトは実用性に欠けると判断されて歴史の闇に葬られることとなりました。

 この例に限らず、国家とスパイというのは、様々な攻防戦があります。その内容の中で少し変わったエピソードをご紹介しましょう。スパイの世界といえば、映画のようなスマートな活躍を想像しがちですが、実際には人間の思い込みや奇妙なアイデアが引き起こした滑稽な失敗談が数多く存在します。

 冷戦期にアメリカのCIAが多額の予算を投じて計画した「アコースティック・キティ」は、その代表格と言えるでしょう。これは、猫の体内にマイクとアンテナを埋め込み、ソ連大使館の近くで放して会話を盗聴しようとした極秘プロジェクトでした。科学者たちは猫を動く盗聴器に改造することに成功しましたが、いざ実戦投入という場面で、放たれた猫は標的のベンチに向かうどころか、道路を横切ろうとしてタクシーに轢かれてしまいました。どれほど高度な技術を駆使しても、猫という気まぐれな生き物を制御しようとした根本的な見通しの甘さが、数百万ドルの予算を瞬時に消し去ったのです。

 また、心理的な盲点を突いた作戦として、第二次世界大戦中にイギリス軍が行った「ミンスミート作戦」は、現代でも情報の真偽を見極める教訓として語り継がれています。彼らはホームレスの遺体に偽の機密文書を持たせ、イギリス軍の将校を装ってスペインの海岸に漂着させました。これを発見したドイツ軍は、遺体の身元を疑うことなく、偽の文書に書かれた「ギリシャへの侵攻計画」を真実だと信じ込み、戦力をそちらへ移動させてしまいました。これは、人間が「もっともらしい証拠」を目の当たりにすると、それが意図的に配置された罠である可能性を忘れてしまうという、確証バイアスの恐ろしさを教えてくれます。

 さらに、2010年頃に発覚したロシアの潜伏スパイたちの事例は、現代的な視点で非常に興味深い教訓を残しています。彼らはアメリカの一般市民として何年も生活し、近所付き合いも完璧にこなしていましたが、情報のやり取りには「ステガノグラフィー」と呼ばれる、画像データの中にメッセージを隠す高度な手法を用いていました。しかし、彼らが最終的に摘発された一因は、あまりにも「普通すぎる善人」として振る舞いすぎたために、逆に周囲から不自然に思われたり、古風な秘密工作の手法を現代のデジタル監視網の中で使い続けていた矛盾にありました。

 これらのエピソードから学べるのは、どれほど複雑な戦略や最新技術を用意しても、それを扱う人間の性質や環境の変化を無視しては成功しないということです。アコースティック・キティの失敗は、制御不能な要素を計画に組み込むリスクを教えてくれますし、ミンスミート作戦は、情報の出所を多角的に検証することの重要性を説いています。現代のビジネスや情報社会においても、一つの情報に振り回されず、常に「これは誰かが意図して見せているものではないか」と疑う視点を持つことが、最大の防衛策になるのかもしれません。

「宇田川源流」【日本報道検証】 アメリカ・イスラエルがイランを攻撃した今後


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます。

 さて今回は2月28日の夜に衝撃が走った、イスラエルとアメリカによるイラン攻撃に関して、まだわからないところが非常に多いのですが、その内容をわかる範囲で見てみましょう。

今回の事態の背景には、数年前から続くイスラエルとイランの「影の戦争」の激化と、アメリカの政権交代に伴う対イラン戦略の変化があります。

 数年前から、イスラエルはイランの核開発を自国の存立に対する最大の脅威と見なし、シリアやレバノンにあるイランの拠点への空爆を繰り返してきました。これに対し、イランも代理勢力を通じた攻撃やドローンを用いた報復を行ってきました。事態が決定的に動いたのは、アメリカでトランプ政権が発足し、イランに対して「最大級の圧力」を再開したことによります。

 2025年に入ると、イラン国内では経済の低迷を背景に大規模な反政府デモが発生し、政権の基盤が揺らぎ始めました。この混乱に乗じる形で、アメリカとイスラエルはイランの核施設や軍事拠点への限定的な攻撃を数回実施し、イラン側のミサイル能力を削ぎ落とす「モグラ叩き」と呼ばれる戦略をとってきました。

 しかし、イラン側も譲歩せず、2026年に入ってからも核濃縮の継続やホルムズ海峡付近での軍事的挑発を強めました。これを受けて、アメリカとイスラエルは「外交による解決はもはや不可能」との判断に至り、イランの軍事指揮系統や核関連施設を根底から破壊するための大規模な共同軍事作戦に踏み切ったのが今回の攻撃の直接的な経緯です。

 この攻撃によって、イランの最高指導者層が標的になったとの情報もあり、中東全域を巻き込む大規模な紛争に発展するリスクがかつてないほど高まっています。

<参考記事>

トランプ氏、核開発を放棄しないイランに「もう我慢できない」…ミサイルを「完全に消し去る」・海軍を「壊滅させる」

2026年2月28日 19時25分 読売新聞オンライン

https://news.livedoor.com/article/detail/30670733/

<以上参考記事>

 ハメネイ最高指導者の死亡という衝撃的なニュースを受け、イランの国家体制は今、建国以来最大の転換点を迎えています。今後予想される後継者争いと、亡命中の王太子の動きについて見てみましょう。

 ハメネイ師の死去に伴い、本来であれば憲法の規定に基づき、88人の聖職者で構成される「専門家会議」が次期指導者を選出します。しかし、今回の死亡が米イスラエルの攻撃による「暗殺」という形をとったため、平時のような選出手続きが進むかは不透明です。

 最有力候補と目されていたライシ大統領が2024年に事故死して以降、後継の本命はハメネイ師の実子であるモジタバ・ハメネイ氏に絞られていたと言われています。しかし、彼が就任すれば「革命で否定したはずの世襲制への逆戻り」という強い批判を浴びることになり、体制内の保守強硬派や軍部(革命防衛隊)の間で激しい権力闘争が勃発する可能性が高いです。

 特に、実力組織である革命防衛隊が、文民の聖職者を象徴として立てるのか、あるいは混乱に乗じて事実上の軍事政権へと移行するのかが、体制維持の鍵を握ることになります。

 一方で、1979年の革命で国を追われたパフラヴィー王朝のレザ・パフラヴィー王太子は、現在アメリカを拠点に活動しており、今回の事態を受けて「民主化への移行」を主導する構えを見せています。

 トランプ政権はイランの体制転覆(レジーム・チェンジ)を公然と支持しており、王太子を「新しい民主イラン」の統合の象徴として担ぎ出すシナリオを検討していると考えられます。王太子自身は、自らが絶対君主として復権することには慎重な姿勢を示しており、あくまで国民投票による新憲法の制定と、立憲君主制または共和制への移行を支える「暫定的なリーダー」という立場を強調しています。

 国内の若者や経済困窮層の間では、かつての王朝時代を懐かしむ声や、現体制への強い反発から王太子に期待を寄せる動きが一部で見られます。しかし、国内に組織的な基盤を持たない彼が実際に就任するためには、混乱する国内情勢の中で革命防衛隊の一部を切り崩し、民衆の圧倒的な支持を背景にテヘランへ凱旋するという極めてハードルの高いプロセスが必要です。

 現在のイランは、ハメネイ師亡き後の「指導者不在」という真空状態にあります。体制側がモジタバ氏らを立てて結束を維持しようとするのか、あるいは王太子を旗印とした反政府勢力がアメリカの支援を受けて全土で蜂起するのか。

 もし体制側が強硬に権力を保持し続ければ、国外の王太子派と国内の現体制派、そして独自の動きを見せる軍部が三つ巴となり、最悪の場合は深刻な内戦へと発展する恐れもあります。国際社会は今、イランが「革命の継続」を選ぶのか、「王朝の象徴的復帰を含む民主化」へ舵を切るのかを固唾をのんで見守っています。

 さて、ここまでくれば、多くの日本の解説は「日本経済に対する影響」ということになりますが、トランプ大統領はそのようなことは考えていないでしょう。では何があるのでしょうか。持ち路にスラエルの安定ということもありますが、間違いなく、イランの体制変更による「ロシアの弱体化」そして「ロシア・ウクライナ和平交渉の有利な締結」ということになります。その観点で少し見てみましょう。

トランプ政権による今回のイラン攻撃は、単なる中東の秩序再編にとどまらず、ウクライナ戦争の終結と対中国包囲網の完成という、より大きな世界戦略(グランド・デザイン)に基づいているという見方が有力です。

 ロシアにとって、イランは安価で効果的な無人機「シャヘド」や弾道ミサイルの供給源であり、西側諸国の制裁を回避するための重要な「裏口」でもありました。イランで体制変更が起き、親米的な政権や、少なくとも中立的な政権が誕生すれば、ロシアはウクライナ戦線で不可欠となっている軍事支援を完全に失うことになります。

 さらに、あなたが指摘されたように、ロシアは自国の南側にあるイランとの「安定した関係」を前提に、軍事資源をウクライナや東欧に集中させてきました。もしイランが親米国家へと転換すれば、ロシアは広大な南部の国境線に対しても新たな防衛リソースを割かなければならず、軍事・経済の両面でウクライナでの戦争を継続することが物理的に困難になります。トランプ大統領はこの「供給源の断絶」と「多正面作戦の強要」によって、プーチン大統領を妥協的な和平交渉のテーブルに引きずり出そうとしていると推測されます。

 イランの体制が変わることは、中国にとっても極めて深刻な事態です。現在、中国はイラン産の原油を格安で大量に輸入しており、エネルギー安全保障の大きな柱としています。また、イランは中国が進める巨大経済圏構想「一帯一路」の要所でもあります。

 もしイランがアメリカの影響下に入れば、中国は中東における最大の足がかりを失い、原油調達をロシアや他の地域に頼らざるを得なくなります。これは結果として、中国のロシアに対する発言力を強める一方で、アメリカから見れば「中国のエネルギー生命線を握る」ことにつながります。トランプ大統領は、イランの体制変更を通じてロシアを孤立させてウクライナ問題を片付け、その後、すべての圧力を最大のライバルである中国に集中させるという「順番待ち」の戦略を描いている可能性が高いのです。

 かつてのブッシュ政権などが行った「民主主義の輸出」のための体制変更とは異なり、トランプ大統領の主張は常に「アメリカ・ファースト」に基づいています。彼にとってのイラン体制変更は、アメリカが中東に長く駐留し続けるためではなく、むしろ「諸悪の根源」を叩き潰すことで、中東から米軍を撤退させつつ、ロシアや中国といった大国間競争に勝利するための「盤面の整理」と言えます。

 SNS等で議論されている通り、今回の攻撃は、点で見ればイランへの報復ですが、線で結べば「ロシアの弱体化によるウクライナ和平の強制」と「中国のエネルギー供給網の遮断」という、世界規模のチェスの一手であると解釈できます。

「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 直の死と竹中半兵衛の登場のクロスを描く


 毎週水曜日はNHK大河ドラマに関して好き勝手に感想を書いています。今回は墨俣城築城で、羽柴秀吉(池松壮亮さん)の活躍するところで、非常に面白く見てきました。その内容は少しまあ後半に書くとして、今回まずはその重要な役割を果たした川並衆の頭領、蜂須賀小六正勝について、少し史実にある内容を見てみましょう。

 NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で描かれる蜂須賀正勝(小六)は、豊臣秀吉とその弟・秀長の飛躍を支えた最古参の盟友であり、まさに「豊臣政権の屋台骨」を築いた一人と言えます。

 正勝と秀吉たちの出会いは、秀吉がまだ織田信長に仕えて間もない頃、尾張と美濃の国境付近で勢力を持っていた川並衆のリーダーであった正勝を、秀吉が熱心に口説き落としたことに始まります。その象徴的なエピソードが、永禄9年の墨俣一夜城築城です。信長による美濃攻めが難航する中、秀吉は正勝とその配下たちの高い機動力と土木技術、そして地元の土地勘を最大限に活用しました。正勝は、敵地での資材調達や迅速な組み上げを指揮し、短期間で城を完成させるという不可能に近い任務を成功させました。この功績によって秀吉は信長の信頼を勝ち取り、正勝もまた、単なる協力者から秀吉の軍師・副官的な存在へと立場を変えていくことになります。

 秀吉の弟である羽柴秀長との関係において、正勝は「兄のような、あるいは頼れる実務家同士」としての深い絆で結ばれていました。秀吉が華々しい表舞台で采配を振るう一方で、秀長は内政や軍事の調整役として立ち回りましたが、正勝はその秀長の最も近くで実務を支えるパートナーでした。特に秀長が但馬や播磨の統治を任されるようになると、正勝は持ち前の交渉術を駆使して国人衆の調略にあたり、秀長の負担を軽減させました。秀長にとって、秀吉の気まぐれや無茶な要求を理解しつつ、それを現実的な作戦に落とし込める正勝は、組織運営において欠かせない唯一無二の理解者であったと言えます。

 二人の連携は、その後の中国攻めや山崎の戦い、賤ヶ岳の戦いでも遺憾なく発揮されました。正勝は軍事のみならず外交交渉でも秀長と密に連絡を取り合い、毛利家との講和交渉など、豊臣政権の命運を分ける重要な局面を二人三脚で乗り越えていきました。秀長が「大和納言」として豊臣家の調整役を一身に背負う中、正勝はその右腕として、現場の指揮と家中を取りまとめる実務の双方で秀長を助け続けました。

 物語の終盤、四国平定の軍功により、正勝はついに阿波国一国を与えられることになります。しかし、正勝自身は秀吉のそばで奉公し続けることを望み、領地を子の家政に譲って自らは大坂に留まる道を選びました。これは、生涯を通じて秀吉・秀長兄弟を支え抜こうとした正勝の忠義の表れでもあります。墨俣の野武士から始まり、阿波一国の主へと上り詰めた正勝の軌跡は、まさに秀長と共に豊臣の天下を裏から支え続けた「最強のナンバー2」たちの物語そのものでした。

<参考記事>

豊臣兄弟!:残り5分の悲劇! 「直! 直!」小一郎の慟哭&黒画面エンド→次回予告なし 視聴者も「情緒めちゃくちゃ」

2026年03月01日 20:45 MANTANWEB編集部

https://news.yahoo.co.jp/articles/c8b271622ac58b98ed729eee8db3734c915dc49f

<以上参考記事>

 今回の見どころはやはり「直(白石聖さん)の死」であろうと思います。私のように歴史小説を書いている人からすれば、直のような「架空の人物」という存在は、最も簡単に様々な役割をさせることができますし、また、一方で最も簡単に殺せる存在なのです。基本的に歴史小説やドラマにおいては、「架空人物と忍者」は、ある意味でトランプゲームのポーカーでいう「ジョーカー」的な役割ができる存在で、その場にいなくても主人公がさまっざまなことを知ることができるし、移動も自由ですし、そもそももともと存在しないのですから、幽霊のようにどこにでも存在させて問題ありません。それは、物理的にその場所にいることができるというだけではなく、主人公やキャラクターの中において常に心の中にいるという存在にもなるのではないでしょうか。その様に考えれば、他のキャラクターではなかなかできない主人公の性格や考え方、心の中に大きな影響を与える存在になることができるということになるのです。

今回の直に関しては、まさにそのような存在であるといえるのではないでしょうか。

そもそも、今回の内容は豊臣秀長(仲野太賀さん)という、どうしても兄豊臣秀吉(池松壮亮さん)の陰に隠れてしまい記録などもあまり多くない(もちろん秀吉に比べてですが)ということになります。ある意味で、豊臣秀吉の天下取りに最も貢献したものでありながら、歴史上全く目立たない存在、そのような存在が何を考え、そして何ができるのか、何をどのように感じていたのかというのは、基本的には創造の範囲が非常に多くなってしまうということになります。そのような考え方の「基軸」に「直」がいたということなのではないでしょうか。

特に「幼馴染」ということは、子供のころからお互いの苦労や家庭環境などもすべてわかっているということであるし、また生活環境やトラウマも共有しているということになります。そのような「自分をわかってくれる人物」がいなくなるということで人間はどのように変わってゆくのでしょうか。そのことが非常に強く書かれる内容になります。

さて、もう一人今回から登場した人物がいます。それが竹中半兵衛(菅田将暉さん)です。ある意味で「直」の代わりに秀吉の名産棒がここで表れるということになります。ある意味で、後に出てくる黒田官兵衛を除き、前半の秀吉の名軍師や補佐役である秀長、蜂須賀小六(高橋努さん)そして竹中半兵衛、この三人が揃った形になります。

もちろんまだ竹中半兵衛に関しては視聴者の漢字から見れば何だかよくわからない人物という感じがしますが、しかし、線が細くあまり戦国武将らしい荒々しさがないということが興味深く書かれています。搭乗の場面であまり裕福とは思えない家に、書籍が山になって重なっているというような登場は、それまで武器や鉄砲などを持って登場する武将とのイメージに一線を画すものであり、なおかつ安藤守就(田中哲司さん)との相談などに関しても直接顔を合わせることなく策を見破るという形をとっていました。

ある意味で、「帷幕の中から一歩も動かずに戦場全体を把握する」ということができるということを初回の登場で出してしまうということになります。その能力を活かして行くということになります。

ある意味で、「直の死」と「半兵衛の登場」がうまく重なっているということが、今回のドラマのおもしろさかもしれません。

「宇田川源流」【日本報道検証】 中国の対象20社への輸出規制や監視は自由貿易への挑戦である


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます。

 さて今回は、中国が日本の中国に工場のある企業に対しいて、軍民両用製品において、輸出禁止措置をお行ったことに関して考えてみましょう。まずはその内容を解説してみましょう。何しろあまり報道でもやりませんし、すぐにアメリカのイラン攻撃が起きてしまったので、このことに関して報道も少なかったので、ここで解説したします。

 中国による三菱重工業やIHI(旧:石川島播磨重工業)といった日本企業への「軍民両用品(デュアルユース品目)」の輸出禁止措置は、2026年2月に発表された非常に重要な事案です。この背景には、単なる通商上の対立を超えた、軍事・安全保障および外交上の複雑な意図が絡み合っています。

 中国商務省の公式発表によれば、この措置の目的は「国家の安全と利益の保護」および「国際的な不拡散義務の履行」にあります。具体的には、対象となった20の企業や団体(三菱重工グループ、IHIグループ、川崎重工業、JAXA、防衛大学校など)が、日本の軍事力の強化に直接寄与していると中国側は判断しました。中国はこれらの企業への輸出を止めることで、日本の「再軍事化」や「核武装への野心」を抑制・阻止する正当な権利があると主張しています。

 この強硬な措置の裏には、当時の日本の政治状況と外交姿勢に対する中国の強い警戒感があります。特に高市早苗政権下で、日本が防衛力を大幅に強化し、台湾有事を「存立危機事態」と見なす可能性に言及するなど、安全保障政策を深化させていることへの対抗措置という意味合いが強いと考えられます。中国は、軍事転用が可能なレアアース(希土類)や重要鉱物などの供給を制限することで、日本の防衛産業に直接的な打撃を与え、日本の外交方針に揺さぶりをかける「経済的威圧」の側面も持っています。

 中国は2024年末に施行された「両用物資輸出管理条例」に基づき、輸出管理の法的枠組みを強化してきました。今回の措置では、完全に禁止された20社に加えて、スバルや三菱マテリアルなど別の20社も「監視リスト(ウォッチリスト)」に入れられました。これは、最終的な利用目的が不透明であるという名目で、いつでも規制を強められる状態に置くことで、日本企業全体に対して中国の意向を無視できない状況を作り出す狙いがあります。

 日本政府は、この措置が特定の企業を恣意的に狙い撃ちにしたものであり、国際的な通商ルールに照らして不当であるとして強く抗議し、即時の撤回を求めています。しかし、中国側は「法に基づいた正当な措置」であるとの立場を崩しておらず、サプライチェーンの分断が懸念される事態となっています。

<参考記事>

中国の軍民両用品輸出禁止、日本は撤回要請-三菱重工業など20社

2/24(火) 11:14配信 Bloomberg

https://news.yahoo.co.jp/articles/358d2100fc72bf7ef7b0f21ea6460ae0133f8112

高市総理「決して許容できない」 中国側の輸出規制に不満あらわに 日本の20の企業や機関対象に…輸出禁止品にレアアース含まれる可能性も

2/26(木) 23:42配信 TBS NEWS DIG Powered by JNN

https://news.yahoo.co.jp/articles/4d028839cb0738266cab1885cc789c72661cd839

<以上参考記事>

中国による軍民両用品の輸出禁止措置は、単なる貿易制限という枠組みを超え、中国経済の根幹を支えてきた「世界の工場」としての信頼を根本から揺るがす事態を招いています。自由貿易の原則に基づけば、商取引は政治的な対立とは切り離されるべきですが、中国が国家安全保障を理由に特定の企業のサプライチェーンを恣意的に断絶させた事実は、国際社会に対して「中国とのビジネスには常に政治リスクが付きまとう」という強烈なメッセージを発信することになりました。

 このような強硬姿勢は、まず中国自身の国家的な信用を著しく損なう結果となります。これまで外資系企業は、中国の巨大な市場や効率的な生産体制に魅力を感じて投資を続けてきましたが、今回の措置によって、中国が国際的な通商ルールよりも自国の地政学的な目的を優先させることが改めて浮き彫りになりました。特に、三菱重工業やIHIのようなグローバル企業の調達網が突如遮断されるのを見た他の外資系企業は、自社もいつ同様の標的になるか分からないという強い不安を抱くようになります。その結果、投資先としての中国の魅力は相対的に低下し、契約の安定性や法的予見性を重視する国際的な資本は、中国への新規投資を控え、あるいは既存の拠点を東南アジアやインドといった「フレンド・ショアリング(同盟・友好国間での供給網構築)」へと移転させる動き、いわゆる「チャイナ・プラス・ワン」をさらに加速させることが予想されます。

 外資の流出は、単なる資金の減少に留まらず、中国経済の成長エンジンである先端技術の導入や雇用機会の喪失にも直結します。特にハイテク分野において、外国企業が中国国内での研究開発や重要部品の生産を避けるようになれば、中国が目指す「製造強国」への道のりはより険しいものになるでしょう。また、中国が「経済的威圧」を常態化させることで、他国も対抗措置として中国への技術輸出規制をさらに強化する悪循環に陥る可能性も高く、結果として中国経済は国際的な孤立を深め、中長期的な成長率の鈍化を余儀なくされる可能性が高いと考えられます。このように、目先の政治的圧力を優先した今回の措置は、長期的な経済的利益と国際的地位を犠牲にする大きな代償を伴うものと言えるでしょう。

今回の事態は単なる貿易摩擦の域を超え、日本企業にとって「中国でビジネスを続けることそのもののリスク」を突きつける決定的な転換点となっています。企業が活動の基盤として信頼を置いていた市場において、そのルールが政治的意図によって一方的に書き換えられる現状は、企業経営における重大な危機です。

 これまで中国進出を主導してきた日本企業は、現地での生産と販売を通じたサプライチェーンの最適化を強みとしてきました。しかし、軍民両用品の禁輸リストに名指しで掲載されることは、当該企業が中国当局から「敵対的」または「管理対象」と見なされたことを意味します。これにより、対象企業だけでなく、中国国内で活動する他の日本企業も、「明日は我が身」というカントリーリスクを強く意識せざるを得ません。

 投資家心理の面では、中国に関連する事業比率が高い日本企業の株価は、今後の不確実性を織り込んで下落圧力を受ける可能性が極めて高いといえます。市場は「利益の源泉」であったはずの中国拠点が、突如として「経営上の負債」や「制裁リスクの震源地」に変貌する事態を極めてネガティブに評価するからです。この信用毀損は、資金調達コストの上昇や、グローバルなポートフォリオ見直しを迫る圧力となり、企業にとって株主説明責任を果たす上でも、中国事業の縮小や撤退という極めて重い決断を議論せざるを得ない段階に追い込まれています。

 結果として、日本経済全体において対中投資の機運は急激に冷え込み、長年かけて構築された中国との経済的相互依存関係を解体する「デカップリング(切り離し)」、あるいは安全保障上のリスクを排除する「デリスキング(リスク低減)」が加速することは避けられません。日本企業にとって中国からの撤退は、単なる市場喪失の痛みを伴うだけでなく、新しいサプライチェーンの構築という非常に困難な経済課題へと転換しており、もはや「ビジネスの継続」そのものが、国家間の緊張に左右される極めて政治的な生存戦略にならざるを得ない状況にあるといえるでしょう。

今後、中国投資の話がでれば、この問題が出てくることになるのではないでしょうか。それでもあなたは中国に投資しますか?

「宇田川源流」【日本万歳!】 奉祝 天長節


 一週間遅れではありますが、2月23日は天皇誕生日天長節です。

一般参賀は2万人を超える方々が参集したと報道されています。

さて、今回は、いつものことですが、天皇陛下のお言葉を宮内庁のホームページからそのまま掲載いたします。陛下の大御心を感じ、我々の誇りとして感じましょう。

(https://www.kunaicho.go.jp/watch/okotoba/imperial-family01/press-conference/emperor2026.html)

<宮内記者会代表質問>

問1 今年は東日本大震災から15年、熊本地震から10年の節目を迎えます。復興への思いや、災害が続く時代に象徴としてどのような役割を果たしていきたいか、お聞かせください。

天皇陛下

今年は、東日本大震災から15年、熊本地震から10年の節目の年になります。震災が各地に甚大な被害を及ぼしたことは、今思い出しても胸が痛みます。

被災地では、これまで多くの人々のたゆみない努力により、復興の歩みが重ねられてきました。これまでの皆さんの努力に深い敬意を表するとともに、海外からの支援と協力も含めて、復興の歩みを支えてこられた多くの方々に改めて感謝の意を表します。

被災地では、インフラの面などで復興が進んできた一方で、生業なりわいやコミュニティの再建など、まだ課題もあるように感じています。また、親しい方が亡くなられたり、生活環境が一変してしまったりした方々のことを思うと、震災の傷はいまだ癒えていないと感じます。災害による影響は人それぞれに異なり、10年、15年という年月の経過だけでは測れない重みを伴うものだと思います。これからも、雅子と共に、被災地に心を寄せていきたいと思っています。

被災地では、若い世代によって震災の経験と教訓をつないでいく取組が進められていると聞いています。昨年訪れた、阪神・淡路大震災から30年を迎えた兵庫県でも、この取組が進められていることを心強く思います。「天災は忘れた頃にやってくる」という近代の警句があります。大規模な災害の経験と教訓についても、世代を超えて語り継ぎ、復旧・復興の経験などを心に留め、将来起こり得る南海トラフ地震や首都直下地震などに対して、今一度私たちの備えを確認する必要があると強く感じます。

愛子も、昨年、能登半島地震の被災地を訪れ、また、防災に関する行事にも出席する中で、災害が被災地の人々にもたらす影響の大きさや、復興が多くの人々の努力と長い時間を要することを直じかに感じるとともに、災害や復興の記憶を長く引き継いでいくことの大切さも心に刻んでいるように思います。愛子にも、これからも被災地の人々に心を寄せていってもらいたいと思っています。

これまでの日本の歴史の中でも、大きな自然災害が続く困難な時期が幾度もありました。それらの折に、歴代の天皇は様々なことをなさっています。疫病や天変地異等が続いた奈良時代の聖武天皇は、不安定な世を鎮めたいと強く願われ、大仏を建立されました。次の平安時代にあっては、嵯峨天皇が、疫病の収束を願われて、般若心経はんにゃしんぎょうを書写されたといいます。鎌倉時代以降もその行いは受け継がれ、後光厳天皇、後花園天皇、後奈良天皇、正親町天皇、そして、江戸時代の光格天皇も同じような思いから般若心経はんにゃしんぎょうの書写をされました。私は、これら6方の天皇が書写された般若心経はんにゃしんぎょうを京都の大覚寺で拝見し、国の平安と国民の安寧を強く願われた歴代天皇の思いに強く心を動かされました。光格天皇は、また、未曾有みぞうの災害となった天明の飢饉きんの際に、飢饉きんに苦しむ民のために、米の放出を幕府に申し入れられたといいます。

歴代の天皇は、その時代時代にあって、国民の苦しみに寄り添うべく、思いを受け継がれ、その時々に自らができることを成すよう努められたと思います。上皇上皇后両陛下には、雲仙・普賢岳の噴火災害に始まり、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震を始めとした大きな災害の折には、現地に足を運ばれ、被災者を見舞われました。私も、このような歴代の天皇が歩んでこられた道に思いを致しながら、近年の自然災害が激甚化・頻発化する時代にあって、災害が起こらないことを常に願い、国民と苦楽を共にしながら、被災地の方々の声に耳を傾けつつ、国民に寄り添っていきたいと思っています。

問2 皇后さまはこの1年も様々な公務に取り組まれました。最近のご様子やご体調をお聞かせください。愛子さまは、ラオスへ初めての海外公式訪問に臨み、活動の幅を広げられました。愛子さまのご様子やご家族で過ごすひととき、陛下のプライベートな時間の過ごし方についてもエピソードを交えてお聞かせください。

天皇陛下

雅子は、この1年、戦後80年に当たっての都内や地方への数度にわたる訪問や、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)への2度の訪問、6年ぶりの国賓としてお迎えしたブラジル大統領御夫妻や、大阪・関西万博、第9回アフリカ開発会議などのために来日された多くの賓客との交流に加え、モンゴルを国賓として訪問するなど、多くの公務を務めることができました。多くの方々からの温かい支えを、私も雅子も、有り難く思っております。雅子は、一つ一つの公務に向けて体調を整えるよう努め、心を込めて準備して公務に臨んでいますが、いまだ快復の途上で、体調には波があり、大きな行事の後や行事が続いた場合に、疲れがしばらく残ることもあります。そのような際には、十分に休息を取ってほしいと思いますし、これからも、無理をせずにできることを一つ一つ着実に積み重ねていってほしいと思います。私自身、日々の生活の中でも、公務の場においても、雅子に支えてもらっていることも多くあり、深く感謝しています。

また、私たちそろって、国民の皆さんが直面している様々な状況や困難に心を寄せながら、皆さんとの触れ合いの機会を大切にしたいと思っています。私自身も、雅子と一緒にいろいろな方とお会いすることで皆さんとのお話がより深まり、様々な気付きを得られるように感じています。そしてまた、日頃から世界の国々の情勢や地球規模の様々な課題についても、関心を持つように心掛けています。私と雅子は、今後とも国民の幸せを願い、二人で協力しながら務めを果たしていくことができればと思っています。

愛子は、日本赤十字社での勤務を始めてから間もなく2年が経たち、社会人として3年目を迎えようとしています。職場では、引き続き周囲の方々に温かく御指導いただきながら、少しずつ仕事にも慣れてきたようで、皆さんと協力しながら精一杯仕事に取り組んでいる様子に、社会人として一歩一歩成長していることが感じられ、うれしく思っています。愛子から聞く話は、いわゆる社会で仕事をした経験のない私にとっては、一つ一つが新鮮で、言わば「未知の旅」のように感じられ、とても興味を覚えます。日々の仕事を行う中で、ボランティア活動や防災の分野などにも関心を深めていることもあり、昨年は能登半島地震の被災地を訪れたり、防災推進国民大会への出席のために新潟県を訪れたりしました。これからも、多くの経験を重ねながら視野を広げ、更に成長していってほしいと願っています。

また、昨年11月には、初めての公式外国訪問としてラオスを訪れ、トンルン国家主席を始め政府の方々やラオスの国民の皆さんに大変温かく迎えていただきました。愛子も、ラオスの歴史や文化に関心を持って準備をし、心を込めて務めを果たしてくれたことをうれしく思っています。帰国後には、ラオスでの様々な経験や出会った方々のことなどを私たちに話してくれました。

今後、皇族としての仕事の幅も徐々に広がってくるのではないかと思います。愛子には、引き続き感謝と思いやりの気持ちを持ちながら、これからも多くの経験を重ねて更に成長し、皇室の一員としての務めを大切に果たしていってくれることを願っています。

私たちは、お互いへの感謝と家族の絆きずなを感じながら、日々を過ごすことができることを幸いに感じています。愛子と3人で過ごす時間は、私たちの生活を和やかで楽しいものにしてくれるだけでなく、愛子が日々の生活の中で学び、経験する一つ一つのことが、親である私たちにとっても新たな学びへとつながっていると感じます。私たち家族は皆自然が好きで、特に雅子や愛子は生き物が好きですので、現在は2頭の猫を可愛がっていますし、須崎や那須での静養の折には、一緒に楽しく過ごすことができることも有り難く思います。毎年初夏には、雅子が取り組んでいる養蚕に、私と愛子も一緒に携わることも楽しみの一つになっています。最近は、3人でミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの競技をテレビで観戦することもよくあります。

皆様には、これまでも雅子や愛子に温かいお気持ちを寄せていただいていることに、心から感謝しております。今後とも温かく見守っていただければ幸いに思います。

私のプライベートな時間の過ごし方については、日頃は、皇居内でジョギングをしたり、雅子と一緒に散策をしたりするなど、四季の移り変わりを感じながら、健康のための運動を行っています。散策の折には、皇居内の厩きゅう舎にいる馬や警察犬と触れ合ったり、最近は季節の梅の花を楽しんだりしています。

また、ビオラやバイオリンの練習を少しずつ続けていますが、昨年は、7月のモンゴル訪問中にモンゴル国立馬頭琴交響楽団の皆さんと一緒にビオラを演奏できたことは、私にとってもすばらしい思い出になりました。ビオラを始め、音楽からはいつも癒やしと力をもらっているように感じます。

「水」問題については、安全な飲み水や衛生の問題を始め、水上交通、さらには気候変動や水にまつわる自然災害などといった、国民生活や地球規模での課題に深く関わる問題など、様々な側面があると思います。そして、「水」問題への対応には、科学的な知見は元より、一人一人の努力や、人と人、国と国との協力が大切だと思います。

昨年7月には、「第7回国連水と災害に関する特別会合」に招待いただき、ビデオメッセージを送ることができました。また、モンゴル訪問中には、モンゴルにおける都市開発や水の問題についても学ぶ機会を得、理解を深めることができたのも有り難いことでした。

災害に対応しながら水の恩恵を享受することは、人類共通の歩みでもあり、各国の水を巡る問題を知ることは、それぞれの国の社会や文化を理解することにもつながります。今後とも、引き続き関心を持って、事情の許す範囲で「水」問題についての取組を続けていきたいと思っています。

問3 今の皇室についてお尋ねします。成年皇族として活動を始められた悠仁さまをどのようにご覧になっていますか。上皇さまは昨年2度入院されましたが、ご夫妻の体調への受け止めや最近のご様子についてお聞かせください。

天皇陛下

悠仁親王は、昨年、成年式の諸行事をつつがなく終えることができました。立派に成長した姿を見て、うれしく思っています。小さい時から甥おいとして成長を見守ってきましたが、近頃は、都内や地方への訪問であったり、外国の方々との交流であったり、皇室の一員としての務めを果たしてくれていることを頼もしく思っています。

悠仁親王には、大学生活を通して、様々な人と出会い、自身の将来をしっかりと見つめつつ、実り多い学生生活を送ってほしいと願っています。私自身の経験からも、大学時代にした勉学を含む様々な経験は、その後の人生にも、とても役立っていると感じます。悠仁親王には、今、この時にしかできないことを大切にしながら、これからも一つ一つの経験を積み重ね、人間的にも、また皇室の一員としても成長していってほしいと、見守っていきたいと思っています。

上皇上皇后両陛下には、私たちを変わらず温かくお見守りいただいていることに感謝申し上げます。昨年、戦後80年に当たって、各地への訪問を重ねた際には、これまで上皇上皇后両陛下が、どれほど先の大戦を重く受け止められ、何よりも平和を大切に思われながら心を砕いてこられてきたかを、改めて思いを深く致しました。

上皇陛下には、昨年7月に無症候性心筋虚血の治療のために入院されましたので御案じしておりましたが、その後は比較的安定した状態でお過ごしになっていると伺っております。昨年12月の上皇陛下のお誕生日や、雅子の誕生日、そして今年の正月と、両陛下にそろってお会いし、お健やかにお過ごしの御様子を拝見することができ、うれしく思っております。上皇上皇后両陛下が長年にわたって果たしてこられたお務めに、改めて深い敬意を覚えるとともに、これからも、くれぐれもお体を大切になさりながら、末永く健やかにお過ごしになりますよう、心から願っております。

問4 皇族数が減少をする中、秋篠宮さまは昨年の記者会見で「全体的な公的な活動の規模を縮小するしか、今はないのではないか」との認識を示されています。陛下は皇室全体の活動の在り方や皇室の役割、これまでも度々言及されている「時代に即した新しい公務」について、どのようにお考えでしょうか。

天皇陛下

皇室の在り方や活動の基本は、国民の幸せを常に願い、国民と苦楽を共にすることだと思います。そして、時代の移り変わりや社会の変化も踏まえながら、状況に応じた務めを果たしていくことが大切であると思います。

このような中で、困難の中にある人々や、社会的に配慮を必要とする立場にある人々に心を寄せていくことが、ますます大切になっているように思われます。災害で被災された方々や障害のある方々、高齢の方々、困難な状況にある子供たちなど、様々な困難を抱えている方々の声に耳を傾け、そのような方々の幸せを願っていくことは、大切な務めと考えています。

世の中は、例えば少子高齢化や、気候変動、災害の激甚化・頻発化、コロナ禍に見られたような感染症の蔓まん延の危険性の高まり、AIなどに代表されるような新しい科学技術の発展を始め、様々な面で大きく変化してきていると思います。そのような世の中の現在の状況を過去の歴史も踏まえた上で理解し、さらには将来の姿を把握することにも努めながら、時代の風を的確に感じ取り、その時々にふさわしい公務の在り方を考えていくことが大切なのではないかと考えています。

問5 昨年は戦後80年にあたり、戦没者慰霊のために各地を訪問し、愛子さまも同行されました。この1年で心に残った出来事をお聞かせください。

天皇陛下

昨年は戦後80年に当たり、雅子と共に、硫黄島と広島県を、また、愛子も一緒に3人で沖縄県、長崎県、東京都慰霊堂、昭和館を訪れました。 先の大戦において、世界の各国で多くの尊い命が失われたことを大変痛ましく思います。今回、国内の各地を訪れて、亡くなられた方々に改めて深い哀悼の意を捧げました。それぞれの地で、戦災に遭われた方々や亡くなられた方々の御遺族、戦争の記憶を語り継ぐ活動をしている方々などのお話を伺いましたが、皆さんに語っていただいた一つ一つの記憶が、私たちの心に深く残っています。

また、昨年のモンゴル訪問時には、シベリア抑留でモンゴルに連れて来られ、当地で亡くなった方々を慰霊する、ウランバートル郊外にある日本人死亡者慰霊碑に供花し、故郷から遠く離れた地で亡くなられた方々を慰霊し、その御苦労に思いを馳はせました。

多くの方々が苦難の道を歩まざるを得なかった歴史に改めて思いを致し、戦中・戦後に人々が味わった悲惨な体験や苦労を、後の世代に伝えていくことが大切だと考えています。愛子にとっても、戦争の悲惨さや平和の尊さを改めて感じることができた1年だったのではないかと思います。戦争の記憶と平和の尊さを次の世代へ引き継いでいく役割を愛子にも担ってほしいと思っています。

これからも、各地で亡くなられた方々や、苦難の道を歩まれた方々に、心を寄せていきたいと思います。そして、終戦以来、人々のたゆみない努力により築き上げられた平和を今後とも永続的に守っていくため、過去の歴史から謙虚に学び、深い反省と共に、平和を守るために必要なことを考え、努力することが大切であると考えています。

昨年は、7月に雅子と共にモンゴルを訪問できたことを大変うれしく思いました。フレルスフ大統領御夫妻には、私たちを大変温かく迎えてくださり、すばらしいおもてなしを頂いたことは大変有り難く、心から感謝しております。訪問中は、モンゴル国民の皆さんにも温かく迎えていただき、モンゴルの雄大な自然や、豊かな歴史と文化に触れることができました。また、日本とモンゴルとの交流に様々な形で携わってこられた幅広い年代の方々に直接お会いしてお話しする中で、両国の友好親善関係が人々の交流を通じて深まってきたことや、モンゴルの人々が日本に対して温かい気持ちを抱いていることを実感し、うれしく思いました。この機会に改めて、昨年の訪問に尽力していただいたモンゴルと日本の多くの関係者の皆さんに感謝したいと思います。

昨年は、大阪・関西万博を2度訪れたことも心に残っています。この万博がきっかけとなり、世界の人々が、様々な「いのち」を尊重して、持続する未来を共に創り上げていくこと、子供たちが世界の国や人々への理解を深め、未来の社会について考えていくことを願っています。また、この万博に合わせて世界中の国々から来日された多くの賓客の方々とお会いし、友好を深めることができたことをうれしく思います。

また、自らの研究を根気よく続け、長年にわたって努力を重ねてこられた、坂口志文 大阪大学特任教授がノーベル生理学・医学賞を、北川進 京都大学特別教授がノーベル化学賞を受賞されたことも、心に残る喜ばしいことでした。

スポーツでは、9月に開催された世界陸上の競技や11月のデフリンピック競技大会の水泳競技を実際に見ることができたこともうれしく思いました。特にデフリンピックの競技を観戦したのは初めてでしたが、選手の健闘とともに、観客の皆さんが、拍手や歓声といった音に頼らない「サインエール」で応援し、会場が一体になるように感じたことが印象的でした。

現在、イタリアで開催されているミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでの熱戦もテレビで観戦しています。雅子や愛子と一緒に見ることもあり、日本選手の活躍も大変うれしく思っています。選手たちが、これまで培ってきた力を尽くして競技に臨む姿や、支えてくれた家族や関係者、応援してくれた人々への感謝の言葉を口にする姿、そして、国や地域を越えてお互いを認め、称たたえ合う姿に深い感銘を覚えます。選手の皆さんの活躍は私たちに力と勇気を与えてくれるものであり、選手一人一人のこれまでの努力に心からの敬意を表します。

ところで、大会が行われているコルティナ・ダンペッツオでは、丁度70年前の1956年にも冬季オリンピックが開催されています。そのオリンピックでのスキー回転競技で日本人として初めて銀メダルを獲得した猪谷千春さんからは、子供の頃にスキーを指導していただいたこともあり、コルティナ・ダンペッツオという場所には子供の頃から親しみを感じていました。今回、雪をかぶった美しい山々の映像を見ながら、その地でオリンピックが再び開催されていることに感慨を覚えています。

その一方で、この1年を振り返ると、引き続き世界の各地で紛争が起きていることに深く心が痛みます。干魃ばつ、豪雨や林野火災の被害も各地で報告されており、国内では、大雪や熊による被害にも胸が痛みました。また、物価高などで苦労されている方も多いと思います。世界に平和と安定がもたらされ、人々が安心して暮らすことのできる社会が1日も早く訪れることを切に願っています。

<関連質問>

問1 2問目の質問に関してですが、愛子さまは陛下がご訪問されたラオスをご訪問されて、陛下がレシピの本を事前に準備されるなど協力して愛子さまと準備に取り組まれていたと聞いています。これまでの絆きずなを未来につなげていきたいと現地で仰っておりましたが、そうした取り組まれるお姿を陛下は天皇として、また父親としてどのようにご覧になっていましたでしょうか。

天皇陛下

ラオスには私も以前行ったことがありますので、ラオスで私が実際に経験したことなどを、今回の訪問に当たって話をしました。実際に愛子の現地での様子などを報道で見たりしてますと、とても現地によく溶け込んで、そして現地の皆さんとの交流に大変心を砕いて、そして、親善訪問の実を挙げているということを、大変うれしく思っております。以前にお話ししておりますけれども、国と国との関係というのは人と人とのつながりというところが大きいわけであります。そういう意味でも愛子がこの度ラオスを訪問し、ラオスの皆さんとの交流を深め、そして相互理解を深めることができたことは、私の立場としても大変うれしく思います。

問2 5問目の質問に関連して、ご質問申し上げます。陛下は先ほど、平和の尊さを次世代へと引き継いでいく役割を愛子さまにも担っていってほしいというお気持ちを示されましたが、愛子さまは国際親善に関しましても、ラオスで2度にわたり皇室の歩みを引き継いでいくという思いを述べられました。こうした大切な務めについて、愛子さまには皇族として末永く、このような活動に携わってほしいというような思いの表れで5問目のお答えがあったでしょうか。お尋ねできればと思います。

天皇陛下

私達はやはり愛子にも一人の人間として、そしてまた一人の皇族として立派に育ってほしいというふうに思って、今まで育ててきたつもりです。そういうことの延長線として、今後ともいろいろな面で力を出してほしいし、国際親善の面でも活躍してほしいという願いを強く持っている次第です。

【有料メルマガのご案内】20260301  有料メルマガ「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」

2026年9号 ロシアのウクライナ侵攻4年


 皆さんおはようございます。 メールマガジン「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」主催の宇田川敬介です。

 このメールマガジンは、いつも目にするニュースなどとは少し違う観点から様々な内容を見てみたいと思います。

様々な今の話題や世界情勢を、なるべくわかりやすく、あまりニュースでは見ることのできない内容を見ながらその内容を見てゆきたいと思います。

さて今回は、先日2月24日で4年になったロシアのウクライナ侵攻に関する展望を見てみたいと思います。

毎日数千人が死傷しているという戦争で、ニュースの中ではロシアで120万人死傷者が出ているとか20万人が戦死者がいるなどの話が出ています。

一方で、ウクライナに関しても、かなりの被害があり、また子供の誘拐やブチャなどの虐殺の記録も残っています。

いずれも「戦争」という異常状態が招いたことなのですが、日本人にとっては「ロシアはオホーツク海を挟んだ隣国である」ということを意識して、もしかしたら日本で同様のことが起きていたかもしれないということを意識しなければなりません。

そのような意味で、ロシアのウクライナ侵攻に関する内容を見てみたいと思います。

★ 改めて、なぜロシアはウクライナに侵攻したのか、その理由は?

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、2022年2月の開始から現在に至るまで、その表面上の理由や目的が戦況や国際情勢に合わせて幾度も変遷してきました。・・・・・

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この文章は明日の先出です!!

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