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「宇田川源流」【お盆特集 世界から見た日本】 世界があこがれる日本の食文化


 毎年のことだが、お盆の休みの時期はあまりニュースもないので、毎年のことだが適当に特集記事を組んでいる。正月は「年始放談」だがゴールデンウィークとこの時期はどうしようもない。

さて、今年は「世界の中の日本」ということで、日本が世界をどうみられているかということを、もう一度見つめなおしてみたいと思います。もちろん「スパイ天国」とか「金儲けできる国」などというような悪意で見ている人々もいますが、しかし、一方で日本にあこがれている人もまだまだ少なくないのではないでしょうか。その様に考えれば、日本のすばらしさをもう一度見つめなおすのは良いことではないかと思います。

第四回目の今日は、「世界があこがれる日本の食文化」ということを考えてみましょう。

★ 世界が称賛する日本の食文化

外国から日本を訪れる人々が日本の食文化に魅了される姿には、これまでにない新しい感動と発見が満ちあふれています。

かつて日本の食といえば、美しい漆器に盛り付けられた懐石料理や、洗練された職人が握る高級な寿司といった特別な体験が世界の憧れでした。しかし今、海を渡ってやってくる旅人たちの心を捉えて離さないのは、もっと身近で、日本の暮らしそのものに息づいている日常の味わいです。

街角のコンビニエンスストアに一歩足を踏み入れれば、彼らはその棚の美しさと品質の高さに息をのむことになります。パリッとした海苔の香りとふっくらとしたお米が完璧な調和を保つおにぎりや、専門店顔負けの上質なクリームが詰まった洋菓子など、わずか数ユーロや数ドルで手に入る一口に、彼らは深い感銘を受けます。母国では考えられないほどの手頃な価格で、これほどまでに細部までこだわり抜かれた食事が手に入るという事実は、訪れる人々にとって驚き以外の何物でもありません。

また、賑やかな街並みに溶け込む牛丼店やラーメン店も、世界中の人々を引き寄せる聖地となっています。深夜でも安心して暖簾をくぐることができ、注文すればほんの数十秒から数分で、温かく滋味深い一鉢が目の前に運ばれてきます。じっくりと煮込まれた牛肉の旨味や、店ごとに趣向を凝らした濃厚なスープと麺の絶妙な絡み合いは、贅沢なレストランの食事に勝るとも劣らない満足感を彼らに与えています。

世界の人々が日本で目にするのは、単に「安くて美味しい食べ物」ではありません。それは、庶民の日常的な食事にさえ決して妥協を許さず、素材の良さを引き出し、誰もが手軽に最高のおいしさを味わえるように努力を重ねてきた、日本の誠実なものづくりの精神そのものです。自分たちの国では特別な日にしか味わえないような食の丁寧さとクオリティが、日本の街角では当たり前のようにあふれているという事実。それこそが、世界中の人々がわざわざ日本へ足を運び、この国の食文化に心を寄せ、惜しみない称賛を贈る最大の理由なのです。

★ 神々に対する意識からくる食文化の安全性

日本の食文化が持つ「圧倒的な清潔さ」や「確かな安心・安全」の根底には、私たちが何気なく受け継いできた精神的な基盤、とりわけ神道に由来する独自の価値観が深く息づいています。

古来、日本における「神」とは、遠く天の上から人間を支配する存在ではなく、山や川、田畑、そして日々の暮らしのあらゆる場所に宿る多様で身近な存在でした。この神々を迎えるにあたって最も重要視されてきたのが「清浄」という考え方です。汚れや不潔さを「穢れ(けがれ)」として忌み嫌い、水で身を清め、住まう場所を磨き上げる「お清め」の作法は、神事の儀式にとどまらず、日本人の日常の習慣や衛生観念そのものとして定着していきました。

この「清らかな状態を保つことが神意に叶う」という感覚は、食の現場においても極めて自然に発揮されています。厨房を常に磨き上げ、調理器具を丁寧に洗い、食材の鮮度や衛生を徹底して管理する姿勢は、単なるマニュアルの遵守や法的義務を超えた、半ば信仰にも似た美意識から生まれています。食中毒などの事故を防ぎ、世界から驚嘆されるほどの安全性を日常的に維持できている背景には、清潔であることを重んじる伝統的な精神が文化として染みついているからにほかなりません。

さらに、日本の神道的な世界観では、万物に神や生命が宿ると考えます。野菜の一粒、魚の一匹、肉の一片に至るまで、あらゆる食材は人間が消費するためだけのモノではなく、自然の恵みであり尊い命そのものです。食事の前に「いただきます」と手を合わせる行為は、自らの命を繋ぐために他の命を頂戴することへの深い感謝と畏敬の念を表しています。

このように命と真摯に向き合う姿勢があるからこそ、料理人は食材を無駄にせず、その命の美味さを極限まで引き出そうと細部まで手間を惜しみません。また、食べる側も差し出された料理を大切に味わい、作ってくれた人や自然への感謝を忘れません。

日本が誇る食文化の素晴らしさは、単に技術的に洗練されているというだけでなく、日常の食卓の中に「清らかさを尊び、命に感謝する」という精神が今もなお脈々と生き続けている点にこそあると言えます。

★ 水と食材の清潔さ

日本の食文化や衛生観念を語るうえで、この国が恵まれた「水」の存在とそれに対する独自の意識は、まさに切っても切り離せない決定的な要素です。

日本列島は、急峻な山々から一気に海へと流れる短い河川と、豊富な雨や雪、そして地中深くで育まれる良質な地下水に恵まれています。この地形と気候が生み出す豊かで清らかな水資源は、世界的に見ても極めて特別な自然の賜物です。何よりも、蛇口をひねればそのまま飲めるほど高品質な水が全国どこでも豊富に手に入るという環境は、他国では極めて稀であり、容易には模倣できない日本最大の強みと言えます。

この「潤沢で美しい水が存在する」という環境は、日本人の暮らしや食文化のあり方を根底から形作ってきました。どんな食材であっても惜しみなく水で洗い流し、調理器具や手を頻繁に水ですすぐという行為は、日本人にとって息をするように自然な日常の風景です。海外の多くの地域では、水そのものが貴重であったり、水質の問題から硬水や不純物が含まれていてそのまま洗浄や調理に使えなかったりする実情があります。そうした地域では、拭き取る、煮沸する、油で揚げるなどの方法で衛生を保つ工夫が発達しましたが、日本では豊富な軟水を使って「洗い流すことで清める」という贅沢なアプローチが当たり前の文化として定着しました。

食の味わいそのものにおいても、水の存在は決定的な役割を果たしています。出汁を引く、お米をふっくらと炊き上げる、麺をしめる、豆腐を晒すといった日本料理の基本技術は、すべてクセのない清らかな軟水が豊富にあって初めて成立するものです。素材そのものの繊細な風味を水で邪魔することなく引き出し、また水そのものを「料理の基盤」として活かす技法は、日本の国土の恵みと直結しています。

そして、この水に対する意識は単なる物理的な利便性を超え、精神的な感覚とも強く結びついています。「水に流す」という言葉が示すように、日本人にとって水は物理的な汚れだけでなく、気分や場を清らかにリセットしてくれる象徴的な存在でもありました。豊富な水に守られ、その恵みを心ゆくまで享受しながら料理を仕込み、道具を磨き、身体を清めてきたからこそ、日本には世界に類を見ない清潔で繊細な食文化が花開いたのだと言えます。

★ コンビニ弁当ばかりの人々が守る食文化

伝統的な食材への感謝、豊かな水に支えられた清潔さ、そして命や神々を尊ぶ精神??こうした日本の食文化の根底にある美徳を未来へ受け継ぎ、世界へ伝えていくために最も大切なのは、現代の多忙な暮らしの中でも「食に対するわずかな心づかい」を手放さないことです。

便利で手軽なコンビニのお弁当やデリバリーサービスは、現代社会を生きる私たちにとって欠かせない存在となっています。そうした生活そのものを否定したり、無理に昔ながらの丁寧な暮らしに戻そうとしたりする必要はありません。重要なのは、何を選ぶかではなく、目の前にある食にどのような意識で向き合うかという点です。

例えば、パックに入ったお弁当や容器に入った料理をそのまま食べるのではなく、お気に入りの器に移し替えてみる。これだけで、機械的に「栄養や空腹を満たす作業」になりがちだった食事が、命をいただく豊かな「儀式」へと生まれ変わります。プラスチックの器から陶器や木目の温もりを感じる器へ移すという小さな手間は、食材の命や作ってくれた人々への敬意を呼び覚まし、丁寧に向き合う心の余裕を生み出してくれます。

また、食事の前に一瞬だけ手を合わせ、「いただきます」と心の中でつぶやく習慣も、現代人が守り抜くべき大切な精神です。目の前の温かいご飯や新鮮な食材が、太陽や水、土の恵み、そして多くの人々の手を経て自分のもとへ運ばれてきたという事実に思いを馳せること。効率が最優先される現代だからこそ、このたった一瞬の感謝の心が、万物に神や命を見出してきた日本人の美しい精神性を思い起こさせてくれます。

さらに、日々の生活の中で「水」を意識的に扱うことも大切です。調理の際やお弁当を食べる前に手を洗うとき、単に汚れを落とすだけでなく、自らの身体や場を整える清らかな儀式として水を感じてみること。水資源に恵まれたこの国で、美しい水を使って食材や道具を丁寧に扱うという姿勢は、日本人の衛生観念や美意識の源流そのものです。

外食や市販の食事を利用することが増えたとしても、そこに込められた食材の命、洗練された調理の清潔さ、そして食材を育んだ自然への畏敬の念を忘れなければ、日本の食文化の本質は決して失われません。私たち一人ひとりが日々の日常の中でほんの少しの感謝と丁寧さを添えることこそが、この世界に誇る食の精神を確かなものとし、次の世代や世界へと語り継ぐ最も力強い一歩となるのです。

「宇田川源流」【お盆特集 世界から見た日本】 アニメコンテンツ王国


 毎年のことだが、お盆の休みの時期はあまりニュースもないので、毎年のことだが適当に特集記事を組んでいる。正月は「年始放談」だがゴールデンウィークとこの時期はどうしようもない。

さて、今年は「世界の中の日本」ということで、日本が世界をどうみられているかということを、もう一度見つめなおしてみたいと思います。もちろん「スパイ天国」とか「金儲けできる国」などというような悪意で見ている人々もいますが、しかし、一方で日本にあこがれている人もまだまだ少なくないのではないでしょうか。その様に考えれば、日本のすばらしさをもう一度見つめなおすのは良いことではないかと思います。

第三回目の今日は、日本の想像力の象徴であるアニメコンテンツ王国としての日本を見てみたいと思います。

★ 世界で愛される日本のアニメ

日本のクリエイティブコンテンツが世界中で深く愛されている背景には、多神教的な価値観と、一人の英雄ではなく皆で協力して何かを勝ち取るという仲間意識的な価値観があること、また正義をしっかりと意識した内容が大きいのではないでしょうか。このような価値観、この国固有の文化的な背景が色濃く反映されています。

日本のアニメや漫画、ゲームで描かれる世界観には、自然のあらゆるものに神々や魂が宿ると考える多神教的な感性が息づいています。すべてを「絶対的な善」と「絶対的な悪」の二項対立で切り捨てるのではなく、敵対するキャラクターにもそれぞれの立場や事情、譲れない正義が存在するという複雑な人間模様が描かれるのは、まさにこの多様な価値観を受け入れる寛容さから生まれています。

また、圧倒的な力を持つたった一人の英雄が世界を救うという展開よりも、不完全な仲間たちが互いの弱点を補い合い、絆を深めながら困難に立ち向かうストーリーが多く選ばれるのも特徴的です。挫折や葛藤を共有しながら目標を達成していく「過程」を丁寧に描くことで、観客やプレイヤーは登場人物たちに強く共感し、自分もその仲間の一人であるかのような一体感を味わうことができます。

さらに、そこで描かれる正義は単なる「力の行使」や「勝利」ではありません。弱者を守ることや、誰かのために自分を投げ出す自己犠牲の精神、あるいは一度あやまちを犯した相手であっても理解し合おうとする誠実さなど、心のあり方や道徳観に基づいた深みのある正義感が根底に通底しています。

このように、多面的な視点を認める多神教的な寛容さ、共に助け合い成長する仲間意識、そして心根の正しさを重んじる深い正義感が組み合わさることで、国境や文化を越えて人々の魂を揺さぶる独自の魅力的な物語が作り出されていると言えます。

★ 「善悪二元論」ではなく一元論的な日本の創作文化

このクリエイティブには、絶対的な前とか悪という二元論的な考え方ではなく、悪も善も一つの特徴であるという一元論的な考え方があるのではないかと思います。神も荒ぶる神になれば、人に制裁を加えるし、また、「泣いた赤鬼」のような鬼なのによい鬼もいるという童話もあります。そのような日本の価値観を、古くから童話や昔話、説話の中で語られておりその内容が今のクリエイターに知らず知らずのうちに影響を与えているのではないでしょうか。

善と悪を絶対的な二元論で分けるのではなく、状況や関わり合いによって変化する一つの性質やあり方として捉える一元論的な見方は、古くからの日本人の自然観や宗教観に深く根ざしています。

日本は豊かな自然に恵まれる一方で、台風や地震、噴火などの自然災害が絶えない風土です。古来、人々にとって自然は命を育む慈悲深い存在であると同時に、時に荒れ狂って猛威を振るう恐ろしい存在でもありました。同じ山や川という自然が、恵みを与える「和魂(にぎみたま)」にもなれば、災厄をもたらす「荒魂(あらみたま)」にもなるという実感が、多神教的な神観念の基礎を作りました。神々でさえ絶対的な善悪ではなく双方の側面を持ち、荒ぶる神を鎮め祀ることで再び守り神へと戻すという発想は、自然とともに生きていくための智慧でもありました。

この自然への畏怖と共生から生まれた感覚が、仏教の伝来とともにさらに深まります。万物に仏性が宿るという考え方や、因果に応じた移ろいを認める思想は、鬼や妖怪、あるいは異界の存在であっても単なる退治すべき悪ではなく、悲しい背景や改心の余地を持つ存在として描く素地を整えました。説話や童話の中で、人間を惑わす鬼が改心して人を助けたり、人間に仇なす怪異が実は人間の身勝手さや業から生まれた哀れな存在として描かれたりするのは、この寛容な世界観の表れです。

さらに、日本は村落共同体を中心とした農耕社会を長らく営んできました。和を重んじるコミュニティの中では、個人の強い主張や絶対的な正義を押し通すことよりも、互いの立ち位置を理解し、調和を図ることが生活の糧でした。そのため、誰かを完全に排除する「絶対の悪」とするよりも、悪さをした者にも相応の理由や心情があることを汲み取り、包摂しようとする道徳観が物語を通じて育まれていきました。

こうして数千年にわたり、風土、宗教、そして生活様式の中で培われてきた説話や伝承は、世代を超えて語り継がれ、子どもの頃から自然と身体に染み込んでいく文化の「下地」となりました。現代のクリエイターたちもまた、こうした物語を親や本を通じて吸収して育つため、意識するとしないとにかかわらず、複雑な背景を持つ悪役や、立場によって姿を変える神やヒーローというテーマを自然体で生み出すことができるのです。

★ 人間不変のテーマ

間が仲間と協力する、また、自分の中で成長する、困難を克服して乗り越えて強く生きるという、多くのアニメにあるテーマは、日本人だけではなく世界のすべての人に共通の価値観なのではないかと思います。日本固有の風土や宗教観から生まれた物語の「器」の上に盛り付けられているテーマそのものは、人種や文化の壁を優に越える、人類普遍の願いや感動の源泉となっています。

仲間と協力し、自らを成長させ、目の前の巨大な困難を乗り越えて強くなっていくというプロセスは、神話学者ジョーゼフ・キャンベルが提唱した「英雄の旅(ヒーローズ・ジャーニー)」にも通じる、人類共通の精神的構造です。古今東西を問わず、人は誰しも人生の中で挫折を経験し、自らの弱さに悩み、一人では抱えきれない困難に直面します。だからこそ、孤独だった主人公が仲間と出会い、互いの存在によって傷を癒やし合いながら前を向く姿に、国籍に関係なく自分自身の人生や理想を重ね合わせて深く共感することができるのです。

とりわけ日本のアニメや漫画が世界で特別な熱量をもって受け入れられているのは、その universal(普遍的)なテーマを、完璧で無敵な主人公ではなく「未完成で等身大のキャラクター」を通して描いている点にあります。努力がすぐに実を結ばないもどかしさや、一度は心が折れてしまう弱さ、葛藤しながらも一歩を踏み出す健気さといった泥臭い成長の過程を丁寧に描写することで、観客は単なる娯楽として観るだけでなく、自分自身の現実の苦難と戦う勇気や自己肯定感を受け取っています。

つまり、多神教的な寛容さや悪の背景を描く複雑な世界観という「日本ならではの語り口」を用いて、協力・成長・不屈の精神という「世界共通の人間讃歌」を描き出しているからこそ、日本のクリエイティブコンテンツは世界のあらゆる国や地域で時代を超えて人々の心を揺さぶり続けているのだと言えます。

★ この文化を広めるために

官民ファンドである「クールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)」の失敗は、日本のコンテンツそのものの魅力が失われたからではなく、官主導による投資判断の不整合や、クリエイティブの本質を見誤った「上からの箱もの的支援」に大きな原因があったと指摘されています。

日本の誇る文化的な深みや価値観を正しく世界に届け、さらにそれを生み出す現場とクリエイターを次世代へつなぐためには、行政主導の枠組みに頼るのではない、本質的な構造転換が必要です。

現場のクリエイターへ正当な対価が還元される循環をつくることが、何よりも先決となります。日本の作品が世界中で巨大な利益を生んでいる一方で、制作の現場で汗を流すアニメーターや制作スタッフの労働環境や低賃金問題は長年放置されてきました。中間抜きや中間搾取が生じやすい複雑な流通構造を見直し、作品のグローバルな収益が現場にしっかりと還元される仕組みを整えることで、クリエイターという職業が安心して生活を成り立たせ、生涯の仕事として選べる社会的な基盤を構築する必要があります。

国家や公的機関の役割も、作品の価値やビジネスのやり方を定義・指導する「支援者」から、インフラや権利を守る「環境整備者」へとシフトすべきです。世界に向けた海賊版対策の徹底や、海外での知的財産権(IP)の保護、公正な契約交渉を支える法的・国際的なバックアップこそが官の果たすべき役目です。作品の内容やプロデュースに政治や官僚機構が介入するのではなく、民間やクリエイターが自由に挑戦できる舞台袖で後方支援に徹することが求められます。

文化の多様性と自由さを尊重する土壌を守り続けることも欠かせません。日本のクリエイティブの強みは、最初から「世界で売るための正しい答え」を目指して作られたものではなく、作家たちが自身のこだわりや内発的な情熱を突き詰めた結果として生まれた点にあります。過剰な自主規制や、海外の市場に無理に合わせに行こうとする「受け狙い」の制作方針は、かえって日本コンテンツ独特のエッジや複雑な魅力を失わせます。多様な表現や実験的な試みが許容される草の根の表現空間を大切に残していくことが重要です。

教育の面においては、技術だけでなく「物語を紡ぐ精神性」や「国際的な権利意識」を育む多面的な育成が必要となります。日本古来の説話や精神文化に対する深い理解を現代的な表現に落とし込む発想力を磨くと同時に、海外市場で自らの権利を守り交渉できるビジネスリテラシーを併せ持った次世代のクリエイターやプロデューサーを育てることが、文化の持続可能性につながります。

日本の素晴らしい価値観は、上からのスローガンや国策によって押し付けられるものではなく、現場のクリエイターたちが自らの表現を追求し、それが世界中の人々の共感を呼ぶことで自然と広まっていくものです。表現者を守り、正当に報いる土壌を整えることこそが、最も確実で息の長い文化継承への道となります。

「宇田川源流」【お盆特集 世界から見た日本】 治安の良さと安全の国日本


 毎年のことだが、お盆の休みの時期はあまりニュースもないので、毎年のことだが適当に特集記事を組んでいる。正月は「年始放談」だがゴールデンウィークとこの時期はどうしようもない。

さて、今年は「世界の中の日本」ということで、日本が世界をどうみられているかということを、もう一度見つめなおしてみたいと思います。もちろん「スパイ天国」とか「金儲けできる国」などというような悪意で見ている人々もいますが、しかし、一方で日本にあこがれている人もまだまだ少なくないのではないでしょうか。その様に考えれば、日本のすばらしさをもう一度見つめなおすのは良いことではないかと思います。

第二回目の今日は、「安全と治安のよい国日本」ということを見てゆきたいと思います。

★ 安全を画像にした「はじめてのおつかい」

日本の高い治安と、それを支える人々の支え合いや共同体意識のすばらしさは、私たちが普段当たり前と感じている日常風景の中に色濃く表れています。海外からの旅行者や滞在者が驚く日本の「安全さ」は、単に犯罪率が低いというデータ上の話にとどまらず、社会全体に根付いた信頼感から生まれています。

たとえば、テレビ番組でもおなじみの「はじめてのおつかい」は、日本の治安の良さと温かい共同体意識を象徴する分かりやすい例です。わずか3歳や4歳の子供が一人でお財布を持って街に出て、商店街や近所の店へ買い物に行く光景は、世界的に見れば非常に珍しく、驚異的なこととして受け止められます。海外の多くの国では、子供を一人で屋外に出すこと自体が保護責任の放棄とみなされる場合すらあります。

日本でこれが成り立つ背景には、単に「危険な人が少ない」というだけでなく、「社会全体で子供を見守る」という目に見えないネットワークが存在しているからです。道を通る大人やお店の人が、小さな買い物客を警戒するのではなく温かい目で見守り、道に迷いそうになれば声をかけ、安全に目的地までたどり着けるよう自然にサポートします。幼い子供一人でも街を歩けるという事実は、地域社会に対する深い信頼のあらわれと言えます。

また、街中で急病人が倒れた場面などでも、この助け合いの意識がいかんなく発揮されます。駅や路上で人が倒れると、周囲にいる見知らぬ人同士が瞬時に協力し始めます。ある人はすぐに救急車を呼び、ある人は声をかけて様子を確認し、別の人はAEDを探しに走るという光景は珍しくありません。自分には直接関係のない他人であっても、「困っている人がいれば手を差し伸べるのが当たり前」という共通の倫理観が社会全体に共有されています。

夜間に女性や子供が一人で出歩くことができる点も、日本の安全さを物語る大きな要素です。夜遅くの電車内や住宅街の街灯の下を、怯えることなく一人で歩いて帰宅できる環境は、世界中の多くの都市において決して当然のものではありません。交番システムに代表されるきめ細やかな警察の存在に加え、一人ひとりが「互いの安全と平穏を守る一員」であるという意識を持っているからこそ、夜間でも安心して生活できる空間が保たれています。

このように、日本の安全さは法制度や警察の力だけに頼ったものではなく、人々の「お互い様」という思いやりや、社会に対する信頼感によって成り立っています。困ったときには見知らぬ同士でも自然と助け合い、子供の小さな一歩を街全体で温かく見守ることができるコミュニティの力こそが、日本という国の持つ最大の魅力であり、誇れるすばしさです。

★ 豊かな国日本の「安全」

日本が安全であり治安が良いのは、日本が豊かであり他人の物を奪う必要がなかったこと、また、何か他人に悪いことをすれば回って自分に仇が返ってくるというような慣習があるということあるのではないでしょうか。日本の高い治安と安全性を解き明かす上で非常に本質的な考察です。単に法制度や警察組織が優秀であるという表面的な理由を超えて、日本人の民俗的な深層心理や歴史的な生活様式に目を向けると、日本の安全さは必然的に形作られてきた側面が見えてきます。

歴史的な観点から「他人の物を奪う必要がなかった」という点について考えると、その根底には日本が長らく営んできた水田稲作中心の農耕社会があります。大規模な治水や田植え、稲刈りを成功させるためには、個人や単独の家族だけでは限界があり、地域全体で力を合わせる「結(ゆい)」や「無尽(むじん)」といった共同作業の仕組みが不可欠でした。こうした環境下では、一時的な奪い合いによって目先の利益を得るよりも、他者と協調して生産性を維持する方が、結果として自分自身の生活や生命を安定して守ることができるという経験則が共有されていきました。

また、広大な大陸とは異なり、海に囲まれた島国であり、逃げ場が限定されているという地理的要因も大きく影響しています。一度他人の物を奪ったり他害を加えたりして共同体の輪を乱せば、自分の居場所を失うことになります。前近代の日本において「村八分」と呼ばれる排斥の慣習が存在したことはその象徴です。共同体から排除されることは死に直結する恐怖であったため、人々の間には自省的な道徳観や規範意識が強烈に刷り込まれていきました。

さらに「悪事を働けば自分に仇が返ってくる」という感覚は、民俗学や信仰の観点からも興味深い仮説が立てられます。日本には古くから、仏教の「因果応報」の教えだけでなく、神道的な「穢れ(けがれ)」の概念や、世の中のすべての物に神や霊が宿るというアニミズム的な世界観が深く根付いています。誰にも見られていない場所で悪事を働いたとしても、お天道様が見ている、あるいは土地の神々が見ているという恐怖感が自然と働きます。他者を傷つける行為や奪う行為は、巡り巡って己の運気を下げ、自分や子孫に災いとなって跳ね返ってくるという無意識の畏怖が、法罰以上に強い精神的ブレーキとして機能してきたと考えられます。

つまり、日本の治安の良さは「豊かだから奪わない」という物質的な理由だけではなく、「定住型の農耕社会において他者と共生しなければ生き残れなかったという歴史的生存戦略」と、「目に見えない力や世間の目によって自らを規律する民俗的な精神構造」が複雑に結びついて形成されたものと解釈できます。自らの利益のために他者を害することは、社会的な死と精神的な罰の両方を引き寄せるという深い知恵が、何世代にもわたって継承されてきた結果が、現在の「安全な日本」という奇跡的な日常を支えていると言えます。

★ この治安の良さを後世に伝えるために

治安の良さと高い安全性が、戦後の高度経済成長を支えた巨大なエンジンのひとつであり、現代における女性の社会進出や活躍を支える不可欠な基盤となっているというご指摘は、日本の社会構造と経済史を読み解く上で非常に鋭く本質的な視点です。

戦後復興から高度経済成長期にかけて、日本が目覚ましい発展を遂げられた背景には、高水準の教育や勤勉さに加え、社会全体を包む圧倒的な「安心感」がありました。街や夜間の治安が保たれていたことで、深夜におよぶ流通や物流、製造業の交代制勤務が円滑に機能し、24時間稼働する社会インフラやコンビニエンスストアのような世界的にも稀有な利便性が誕生しました。犯罪被害への対策や防犯にかかる余計な社会的コストを最小限に抑え、人々のエネルギーと資本をそのまま経済活動や技術開発に注ぎ込めたことこそが、日本経済の飛躍を支えた隠れた原動力でした。

そしてこの安全な環境は、現代の女性の活躍にとっても強力な土台となっています。女性が一人で安心して通勤し、夜間でも遅くまで働くことができる環境は、世界の多くの地域では当たり前のことではありません。また、冒頭の会話で触れた「はじめてのおつかい」に象徴されるように、幼い子供たちが一人で登下校し、地域社会の中で安全に過ごせる環境があるからこそ、保護者は安心して仕事に専念できます。もし街が不案内で危険に満ちていれば、送迎や防犯に多大な時間と費用を割かれ、女性が社会でキャリアを継続することは極めて難しくなっていたはずです。治安の良さは、女性の社会参加や自己実現を陰で支える最も重要な社会資本と言えます。

では、このかけがえのない安全と相互信頼の文化を、今後の多様化する社会の中でも維持・発展させていくにはどうすればよいでしょうか。人口減少に伴い海外からの労働者や移住者を迎える機会が増える中で、重要なのは新しく社会に加わる人々を単に排除するのではなく、日本が長年培ってきた「見えないルール」や「お互い様」の文化覚書を丁寧に共有し、共に地域社会を作っていくアプローチです。

そのための方策として、まず地域コミュニティにおける対話と「文化の可視化」が求められます。日本の治安を支える農耕社会由来の共同体意識や、お天道様が見ているという倫理観は、日本人にとっては暗黙の了解ですが、異なる文化圏で育った人々には言葉にしなければ伝わりません。ゴミ出しのルールや夜間の静寂を保つ慣習、非常時の助け合いなど、なぜそのルールが存在するのかという背景にある「お互いの安心を守るための思いやり」の意図を、言葉や体験を通じて丁寧に伝えていくプロセスが不可欠です。

さらに、新しく暮らす人々を単なる「労働力」としてではなく、「地域社会を共に守るパートナー」として巻き込む仕組みづくりも効果的です。地域の防災訓練や防犯パトロール、清掃活動などに積極的に参加してもらい、一緒に街を守る体験を共有することで、共同体への帰属意識と「この街を安全に保ちたい」という当事者意識が芽生えます。困ったときに助け合える関係性を日頃から築いておくことこそが、相互の不信感を防ぎ、かつての「結(ゆい)」のような温かい安全網を再構築することにつながります。

日本の高い治安と信頼の文化は、歴史的に形成された宝であり、経済成長や誰もが活躍できる社会の根幹です。これからの時代は、外からの文化を拒絶するのではなく、日本が大切にしてきた「他者を思いやり、社会全体で安全を守る」という美徳を新しく来る人々にも共有し、共に育んでいく姿勢こそが、未来へこの素晴らしい安全な日本を繋いでいく鍵となります。

「宇田川源流」【お盆特集 世界から見た日本】 礼の国日本


 毎年のことだが、お盆の休みの時期はあまりニュースもないので、毎年のことだが適当に特集記事を組んでいる。正月は「年始放談」だがゴールデンウィークとこの時期はどうしようもない。

さて、今年は「世界の中の日本」ということで、日本が世界をどうみられているかということを、もう一度見つめなおしてみたいと思います。もちろん「スパイ天国」とか「金儲けできる国」などというような悪意で見ている人々もいますが、しかし、一方で日本にあこがれている人もまだまだ少なくないのではないでしょうか。その様に考えれば、日本のすばらしさをもう一度見つめなおすのは良いことではないかと思います。

第一回目の今日は、「礼の国日本」。「礼儀正しい国」と言われる理由と、日本がなぜそのようになったのか、見てみましょう。

★ 礼儀正しい日本

日本の公共マナーの良さや配慮の文化は、世界的に見ても非常に際立っており、国際的なイベントや日常生活のあらゆる場面で驚きとともに高く評価されています。

象徴的な出来事として世界中で知られているのが、サッカーワールドカップなどの国際大会における日本人サポーターや選手たちの行動です。多くの国では、スタジアムの清掃は運営側や清掃業者の仕事と割り切られており、試合後は観客席に飲み物や食べ物の容器が大量に放置されるのが一般的な光景です。しかし、日本人サポーターは勝敗にかかわらず、持参したゴミ袋で自分たちの周りだけでなく周囲の席まで綺麗に片付けてからスタジアムを後にします。さらに代表選手たちも、使用したロッカールームをピカピカに清掃し、感謝のメッセージや折り鶴を残して退出すため、主催者や現地メディアから「来た時よりも美しい」と絶賛されました。

また、公共の場での「列に割り込まない整列文化」も外国人を驚かせる代表例です。通勤ラッシュ時の駅のホームや人気店舗の行列において、日本人は誰に指示されるわけでもなく自然と順番通りに綺麗に並びます。海外の一部の地域では、行列の概念自体が薄かったり、自己主張しなければ機会を逃してしまうという意識から割り込みや押し合いが発生しやすい社会もあります。一方、紳士の国とされるイギリスなど整列の習慣がある国と比較しても、日本の整列マナーの徹底ぶりや乱れのなさは突出していると評されることが多いです。

このようなマナーの違いの根底には、社会構造や教育文化の違いが存在します。欧米などの個人主義が中心の国では、「自分の権利を守る」「清掃は雇用された誰かの役割である」という権利義務の意識が明確です。これに対し日本には、幼少期の学校教育における「お掃除の時間」や給食の配膳に代表されるように、自分たちが使った場所は自分たちで整えるという共同体意識が根付いています。他者に迷惑をかけない配慮や、次にその場所を使う人への思いやりを自然な道徳として身につけていることが、世界から称賛される行動へとつながっています。

★ 農耕民族性と日本の礼儀

日本の優れたマナーや配慮の文化は、単なる道徳教育の成果というだけでなく、何世紀にもわたって培われてきた農耕社会の仕組みと、地域共同体を維持するための切実な「生き方の知恵」に深く根ざしています。

日本列島の多くの地域では、古くから稲作を中心とした農耕生活が営まれてきました。水田による稲作は、広大な用水路の整備や管理、田植えや収穫など、個人の力だけでは到底完遂できない作業が数多く存在します。そのため、人々は自然発生的に「村」という強力な共同体を形成し、お互いに労働力を提供し合う「結(ゆい)」や「Labor(もやい)」と呼ばれる強い助け合いの仕組みを作り上げました。このような環境下では、近隣住民との調和を保ち、摩擦を起こさないことが個人の生存に直結していたため、周囲への配慮や自制を重視する行動様式が生活の土台として定着していきました。

この農耕共同体を健全に維持するために発達したのが、内発的な配慮と外発的な制裁という二重の仕組みです。村社会において、水利権の独占や約束事の反故といった自分勝手な行動は、共同体全体の崩壊につながる死活問題でした。そのため、秩序を乱す者に対しては「村八分」と呼ばれる厳しい社会的制裁が課されました。これは冠婚葬祭のうち火事と葬儀の二つを除き、村中のあらゆる交際や共同作業から除外されるというもので、自給自足的な村落において実質的な生活基盤の喪失を意味しました。仲間外れにされることへの強い恐怖や、他者からの視線を意識する「世間体」の観念は、人々に高い規範意識を植え付ける強力な抑制力として機能したのです。

また、こうした歴史的背景は、日本人の精神構造やコミュニケーションのあり方にも大きな影響を与えました。狭い土地で世代を超えて顔を合わせ続ける密接なコミュニティでは、面と向かって対立することを避ける文化が発達します。直接的な拒絶を避け、曖昧な表現や察し合いによって相手の面目を保ちながら物事を円滑に進める技術は、共同体の平和を守るための洗練された民俗的知恵でした。自分の感情や主張を抑えてでも全体の調和を優先する姿勢は、現代における「他人に迷惑をかけない」「空気を読む」といったマナー感覚の直接的なルーツといえます。

このように、現代の私たちが目にする「規律正しさ」や「他者への配慮」は、厳しい自然条件のもとで人々が共生し、生き残るために生み出した歴史的な知恵の結晶です。村八分に代表されるような厳しい社会的制裁の歴史を経て、周囲と同調し調和を乱さない行動様式が骨身に刻み込まれ、それが時代を経て洗練された形となって、現代の公共マナーや丁寧な振る舞いへと受け継がれています。

★ 後世に伝えてゆくために

日本の礼儀やマナーが持つ価値を後世に引き継ぎ、世界へ向けて発信していくためには、歴史的に培われてきた「精神性の本質」を守りつつ、それを現代や未来の文脈に合わせて再解釈し、伝えていく視点が欠かせません。

まず我々が維持すべきなのは、形だけのルールやマナーではなく、その根本にある「他者への想像力」と「共同体への当事者意識」です。かつての村社会における相互扶助や「世間体」という感覚は、ときに同調圧力という負の側面を生み出すこともありましたが、その根底には「自分が使う場所や時間を、次に使う誰かのために整える」という美しい配慮が存在していました。サッカー場でゴミを拾う行動も、単に褒められたいからではなく、公共の場に対する当事者意識があるからこそ自然と身体が動くものです。この「他者や環境に対する思いやり」という核となる精神性を、不快な圧力としてではなく、他者と心地よく共生するための前向きな美徳として子供たちや次の世代に語り継いでいくことが重要になります。

そのうえで世界へ発信していくために必要なのは、表層的な行儀の良さを誇るだけでなく、なぜ日本でそのような行動が定着したのかという「背景にある文化や理念の言語化」です。単に「日本人は綺麗好きでルールを守る」と伝えるだけでは、海外の人々にとって「真似しがたい特殊な国民性」として受け止められかねません。そうではなく、幼少期の学校清掃に見られるような「自分たちの空間を自ら手入れする教育システム」や、万物に敬意を払う精神性など、行動の裏にある仕組みや哲理を論理的に説明し、共有することが求められます。

さらに、現代の多様化する社会においては、伝統的なマナーを「固定化された絶対的なルール」として押し付けるのではなく、時代に合わせてしなやかにアップデートしていく柔軟性も重要です。過去の村八分のような「異質なものを排斥することで同調を保つ」という仕組みを脱却し、多様な背景を持つ人々や外国人に対しても寛容でありながら、互いが快適に過ごすための共通言語としてマナーを提案していく姿勢が求められます。

歴史が育んできた配慮の文化を「他者への敬意の表現」として肯定的に引き継ぎ、その理由と仕組みを言葉にして世界と分かち合うこと。そして、排他性のない開かれた配慮へと進化させていくことこそが、この素晴らしさを未来へとつなぐ鍵となります。

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2026年32号 消費税1%を閣議決定した高市内閣野英断


 皆さんおはようございます。 メールマガジン「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」主催の宇田川敬介です。

 このメールマガジンは、いつも目にするニュースなどとは少し違う観点から様々な内容を見てみたいと思います。

様々な今の話題や世界情勢を、なるべくわかりやすく、あまりニュースでは見ることのできない内容を見ながらその内容を見てゆきたいと思います。

さて今回は、選挙公約通りに食品の消費税を1%にするとした高市内閣に関してみてみたいと思います。

実際に、なぜかそのことで選挙に大勝したにもかかわらず、自民党内にまで消費税引き下げに反対するというようなことが報道されています。

消費税を下げるという公約で選挙に勝って、「総務会で決まっていないから関係ない」などという詭弁を言う自民党議員が出てくるのはさすがに、自民党が国民に嫌われる理由はこれであろうと思います。

また前総理が自分は選挙に勝てなかったにもかかわらず、選挙に大勝した総裁に対して後ろから鉄砲を撃つかのようなことをしているのは、本当に困ったものです。

前総理に関しては、そのようなことだから信頼がなく、支持率が低かったのでしょう。

それ以上に野党のひどさですね。

恒久的に消費税ゼロなどと公約をして戦ったのに、この期に及んで「財源がない」などと言っていること自体がおかしな話です。

自分たちの公約はいったい何だったのでしょうか。

いずれにせよ、「選挙の時だけ都合の良いことを言う政治家の悪い風習」がそのまま見えているのではないでしょうか。

そんなことも考えながら、消費税1%についてみてみましょう。

★消費税1%閣議決定までの内容

 今回の「来年4月から食料品の消費税を2年間限定で8%から1%へ引き下げる」という方針は、本日、臨時閣議で正式決定されました。併せて、中低所得層への給付を組み合わせることで、実質的な食料品負担をさらに軽減する制度設計も示されています。・・・・・

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「宇田川源流」【土曜日のエロ】 オランダのアスリートに対する放送連盟の規制はザルなのか?


 今週も土曜日のエロの日になった。お盆休みの前で、今日から「夏休み」という人もいると思うが、エロに休みはないどころか、長期の休みであるからこそ「エロ」に走る人がいるのであるから、この土曜日のエロはより重要性を増しているということができるのではないか。

さて、土曜日のエロの前に今週のニュースを見てみよう。と言っても日本は先週の火曜日に発生した「令和8年熊本地震」の復旧・復興のニュースがほとんどであったと思う。

さて、まだ熊本は復興の段階ではなく、やっと今週になって「片付け」を行うようになったという感じの様である。一方、政府の方は今までの内容とは異なり、私から見れば今回はかなり動きが速いようになっている。私の記憶が正しければ、このような大規模災害の場合の政府や自治体のマニュアルというのは、阪神大震災の時に、当時の村山富市主将が「なにぶんはじめてのことでございまして」というようなことを言い、その後二政府が慌てて何をすべきかということをまとめたが、そのマニュアルが、東日本大震災で、あまり役に立たず、その内容が大幅に改定されたというようなことになっているのではないか。役に立たないといわれれば、不満を言う人がいるかもしれないが、そもそも「災害センター」として建てられた場所で、避難してくださいと放送をしていた職員の方が、津波に巻き込まれてンあくなる南三陸町のようなことがあれば、そのマニュアルがうまくいっていたのかはよくわかるのではないか。

さて、私が被災したのは阪神大震災である。そのような経験から考えれば、今回の熊本の地震に関しては避難所の設置も水や食料や熱中症対策もよくやっているといえる。翌日にはクーラーが300台も届き、水も翌日に自衛隊が給水車を出している。それでも犠牲者が出てしまうのであるから、自信や災害というのは、かなり大きなパワーで人を襲うものではないだろうか。

高市内閣は、すぐに242億円の災害支出を予備費から出すことを決めている。そのような迅速な対応が国民を安心させるのではないか。もちろん、イオン熊本の爆発原因の追究なども含めて、様々なことが同時並行的に進んでいるような気がするのである。

<参考記事>

「お尻が映っても問題ない」 オランダ女子陸上最高スター、放送連盟の規制に懸念表明

7/28(火) 10:30配信 中央日報日本語版

https://news.yahoo.co.jp/articles/98b130b502718d354a4a8244230a26bbcde684f7

<以上参考記事>

 オランダの陸上選手リーケ・クラバー氏の発言をめぐる議論は、スポーツ界における女性アスリートの守られ方と、競技そのものの描き方のバランスをどう取るかという難しさを象徴しています。

 この問題の背景には、これまで長年にわたり女性アスリートの身体が不必要な角度やアップで撮影され、競技の成果とは関係のない形で性的に扱われてきたという歴史があります。そうした被害から選手を守り、スポーツ本来のパフォーマンスに注目を集めるために、欧州放送連合などの報道側は撮影アングルやスローモーションの使用に一定の制限を設けるガイドラインを作成しました。

 一方で、クラバー選手をはじめとする当事者からは、過度な制限に対する慎重な意見が出されています。スタートの体勢やバトンパスなど、競技の性質上どうしても身体の一部が画面に映り込む場面は存在します。それらを「お尻が映っているから不適切だ」と一律に排除してしまうと、過剰な自主規制が働き、結果として鍛え上げられた女性の身体そのものが再び隠すべき不適切なものとして扱われてしまう懸念があります。

 つまり、悪意ある意図的な撮影から選手を守る姿勢は必要不可欠でありながらも、形式的なルールで縛りすぎることによって、スポーツの躍動感やありのままの描写まで失われてしまう危険性があるということです。報道に携わる側には、機械的な画面の制限だけでなく、競技の魅力を尊重しながら不適切な視線を排除するという、より細やかな撮影姿勢と倫理観が求められています。

 というように、一応はまじめな話をしてお来ましょう。

そのうえで、もう少し興味本位の話をすればどうなるでしょうか。そもそも「女性アスリート」でも「狙われる人」というのは一部のアスリートではないでしょうか。大変いいにくいのですが、ここにも「美人」と「不細工」ということが出てきてしまうということになるのではないかと考えています。

一方で、報道の方もおかしくて「美人過ぎるアスリート」などのグラビアを見ることは少なくないし、オリンピックや世界大会で必ずだれが美人化というような話題が必ず出てくるということになります。男性である以上「美人」と思えば、当然に「よく見たくなる」し、注目も増しますが、同時に「隠されたところを知りたくなる」というのは当然の事でしょう。そもそも、マスメディアというのは、えろという観点ではなく「他人の隠しているところを暴く」商売であるにもかかわらず、このようなエロのところだけ「それはよくない」と言いつつ「隠しているところを目立たせる」ということになるのである。

一方、当然のことながら、また本人の名誉もあるので「不細工すぎるアスリート」等の特集は存在しない。しかし、「美人過ぎる」があれば、当然にその逆もあることは間違いがない。もちろん、アスリートというのは、ルックスで勝負しているのではないので、成績が良ければよいと思うし、日本や一部のスポーツを根性と思っている人々は、化粧などもしないというようなことを求めることもある。しかし、そのようなことが逆に「美人過ぎる」を目立たせる結果になり、このようなことになるのであろう。

「不適切な視線を排除する」などといっても、当然に、「不適切な視点は存在する」ということになる。一方女性アスリートも、美人過ぎるなどの時は喜んで出てくるということになっている。ある意味でメディア側の内容も問題かもしれないが、アスリート側にもその根源が全くないとは言えないのではないか。

「宇田川源流」【現代陰謀説】 中国共産党の工作によって維持されている沖縄の平和団体という記事は?


 毎週金曜日は「現代陰謀説」をお届けしている。現在このように普通に生きている中で、今まさに動いている陰謀ということを、現在公開されているニュースの中からその内容が見いだせるニュースをピックアップし、そしてその中にある「陰謀」を暴きだしてみたい、という内容である。もちろんニュースだけでは完全に不足していることから、それ以上の知識などが総動員されなければならないが、このブログではそこまでしようとは思っていない。それよりも「このような読み方をすれば、陰謀を読み分けることができる」ということをこの場で示したいと思っている。実際に、完全に見分けることは難しくても、ニュースの読み方を見てゆけばよいのではないかということとを考えている連載である。

 さて、陰謀というのは基本的には「戦争」に直結することが少なくない。結果論ではそのように物事がみえる。実際は「相手の国を、自国の思い通りにコントロールする」ということがあり、その場合、相手の国の事を考えて行うのではなく、自国の利益のために相手の国を使う、場合によっては相手国の政権を崩壊させるというようなことにつながるので、そのことが露見した場合に両国の関係は悪化し、その結果、「戦争」に繋がってしまうということがある。

 もちろん、善意による他国の介入というものがあるが、だいたいの場合、国の価値観が異なるのであるから、その価値観そのものを押し付けた結果を求められた場合、その内容が大きな問題として出てくることになるのではないか。またそのように外部からコントロールされていたことが明らかになれば、その外部勢力は当然に反発を覚えるということになる。

 そしてそのような陰謀の前には、相手国を観察するということが必要になる。その上で「戦争を覚悟した観察」を最後に行う必要がある。秘密兵器や、隠れた何かがあった場合は、戦争になって被害を被る可能性があるからだ。そのように考えれば、「陰謀を仕掛ける前」と「陰謀の終盤」には、よく相手国を観察する必要があることは間違いがない。

<参考記事>

沖縄の平和団体に忍び寄る中国共産党の“紅い包囲網” 「反基地運動と連帯したい」と好感を抱かせて手駒として取り込む…中国共産党による対日工作の実態

7/29(水) 7:13配信 NEWSポストセブン

https://news.yahoo.co.jp/articles/8d9691760fb3393379886d9deee3b508ef312175

<以上参考記事>

 この記事が取り上げているテーマは、「中国共産党が沖縄の平和運動や反基地運動そのものを直接指揮している」ということを証明するものではなく、中国共産党の統一戦線工作(United Front Work)の手法によって、日本国内の団体や個人との接点を築き、影響力を拡大しようとしている実態が見られるのではないか、という問題提起です。記事では、中国側との交流記録や関係者への取材などを基に、「中国側が日本の市民運動にどのように接近しているのか」を紹介しています。

 まず理解しておく必要があるのは、中国共産党には「統一戦線工作」という考え方が存在することです。これは軍事力だけで相手国に影響を与えるのではなく、海外の政治家、研究者、企業、華僑団体、学生団体、市民運動などと友好的な関係を築き、中国に有利な世論や政策形成を促そうとする活動を指します。これは中国政府自身も重要な政策として位置付けており、各国の研究機関でも長年研究対象となっています。

 記事が指摘しているのは、この統一戦線工作の対象として沖縄の反基地運動や平和団体が接近を受けている可能性です。その方法は、最初から「中国のために活動してください」と依頼するような露骨なものではありません。

 むしろ、「私たちも平和を願っています」「基地に反対しています」「沖縄の自己決定権を尊重します」といった共通点を前面に出し、「同じ価値観を持つ仲間」として交流を始めることが多いとされています。記事でも、「反基地運動と連帯したい」という姿勢を示して信頼関係を築こうとした例が紹介されています。

 こうした交流が進むと、講演会への招待やシンポジウムへの参加、共同声明、海外訪問などへと発展し、その過程で中国共産党系団体や関連メディアとの接点が生まれていくという構図が指摘されています。もちろん、このような交流を行ったからといって、その参加者が中国の工作員であることを意味するわけではありません。しかし、中国側がそのような交流を外交・対外宣伝の一環として利用する可能性は、多くの安全保障研究者が以前から指摘しています。

 沖縄が特に注目される理由は、その地政学的な重要性にあります。沖縄には在日米軍基地が集中し、台湾海峡にも近く、中国海軍が太平洋へ進出する際の第一列島線の要衝でもあります。そのため、中国にとって沖縄で「基地反対」の世論が強まることは、安全保障上、自国に有利に働く可能性があります。このため、中国の対外宣伝や情報工作において沖縄が重要な対象になっているとの分析は、日本だけでなく海外の研究でも見られます。

 記事ではさらに、中国共産党系メディア関係者と反基地運動関係者との接点や、中国側団体から資金提供の打診があったとされる事例なども紹介されています。ただし、これらは個別の取材や証言に基づく内容であり、関係者の認識や解釈が含まれています。そのため、これらの事例だけをもって沖縄の平和団体全体が中国共産党の影響下にあると結論づけることはできません。実際、反基地団体側は中国との関係や工作への関与を否定し、「平和運動への不当なレッテル貼りだ」と反論しています。

 安全保障の観点から見ると、現在では工作活動は映画のようなスパイ活動だけではなく、「認知戦」や「影響力工作」と呼ばれる形が重視されています。相手国の世論や政治環境に影響を与え、自国に有利な政策や空気を作り出すことが目的です。そのため、反基地運動だけでなく、経済界、大学、地方自治体、シンクタンク、メディアなども影響力工作の対象となり得ると考えられています。

 したがって、この記事が伝えようとしている本質は、「沖縄の平和団体は中国の組織である」という単純な話ではありません。中国共産党が自国の国益を実現するため、平和や反基地といった理念に共感を示しながら人間関係やネットワークを築き、その結果として中国に有利な環境を形成しようとする可能性がある、という点です。そして、このような影響力工作は沖縄に限らず、民主主義国家全般が直面している課題として各国で警戒が強まっています。一方で、個々の団体や活動家については、具体的な証拠に基づいて個別に評価する必要があり、特定の政治的立場や市民運動全体を一括して中国の工作とみなすことは適切ではありません。こうした区別を保ちながら、事実関係を丁寧に検証していくことが重要だと言えるでしょう。

 最初に整理しておく必要があります。沖縄の平和運動に関わる人々のすべてが「中国共産党の影響下にある」と見ることは事実に基づいた分析ではありません。沖縄の基地問題には、戦後史、米軍基地負担への不満、地域住民の生活問題、憲法観など、日本国内の事情から生まれた運動も数多く存在します。

 一方で、「本来は平和を目的とする運動が、結果として他国の国益に利用されることがあるのではないか」という点は、国際政治では以前から指摘されている現象です。これは「平和運動そのものが悪い」という意味ではなく、民主主義社会における自由な活動が、外国政府による影響工作の対象になる可能性があるという問題です。

 なぜ人々がそれに気づきにくいのか。その理由の一つは、「理念」と「結果」が必ずしも一致しないからです。多くの人は「平和」「反戦」「基地反対」という言葉そのものに強い道徳的価値を感じます。戦争は悲惨であり、平和を望むことは当然に正しい。そのため、その主張を掲げる団体や活動に対して、「平和を求めている人たちなのだから善意である」という心理が働きます。しかし国際政治では、問題は「何を願っているか」だけではなく、「その主張が最終的に誰の利益になるのか」という視点も必要になります。例えば、ある国が軍備を拡大し、周辺国に圧力をかけている状況で、相手国だけに「軍備を縮小せよ」「防衛力を持つな」という主張が広がれば、その結果として利益を得る国があります。表面的には「平和」という理念であっても、戦略的には相手国の安全保障能力を低下させる効果を持つ場合があります。

 中国共産党が重視している「統一戦線工作」や「認知戦」は、まさにこの部分を狙います。相手国の中に存在する既存の対立や不満を利用し、自国に有利な方向へ世論を動かそうとします。重要なのは、中国側が必ずしも「中国を支持してください」と言う必要がないということです。むしろ効果的なのは、「あなたたちの平和への思いは正しい」「沖縄の苦しみに共感する」「日本政府や米国政府に問題がある」という形で接近することです。相手がもともと持っている価値観や不満に寄り添うことで、自然な協力関係に見える形を作ることができます。

 これは中国に限った話ではありません。冷戦時代にも、ソ連が西側諸国の反核運動や平和運動に接近した例がありました。また、現在ではロシアによる欧米社会への情報工作でも、右派・左派を問わず、その国の社会的分断を利用する手法が指摘されています。

 では、なぜ日本では特に見抜きにくいのか。

 一つには、戦後日本の教育や社会風潮の影響があります。日本では第二次世界大戦の反省から、「軍事力=危険」「国家による安全保障政策=疑うべきもの」という考え方が一定の影響力を持ってきました。もちろん、戦争への反省や平和主義そのものは重要です。しかし、その結果として「自国の防衛を弱めることが本当に平和につながるのか」「周辺国の軍事力や意図はどうなのか」という議論が十分に行われない時期がありました。また、日本社会では「疑うこと」よりも「善意を信じること」が美徳とされる面があります。外国との交流や市民運動においても、「相手にも同じ平和への願いがあるはずだ」と考えやすい。しかし、国家間関係では、個人の善意と国家の利益は別に考えなければなりません。中国共産党の場合、特に重要なのは、中国国内では共産党が国家と社会を強く統制しているという点です。中国の民間団体や交流組織であっても、完全に政府から独立しているとは限らず、党の政策目標と連動する場合があります。そのため、日本側が「民間交流」と考えているものが、中国側では「対外工作」と位置づけられている可能性があります。

 ただし、ここで注意すべき点があります。

 外国の影響を警戒することと、国内の市民運動をすべて疑うことは別です。民主主義国家では、政府批判や平和運動は本来保障されるべき権利です。問題なのは、外国政府が透明性のない形で資金、人脈、情報発信を利用し、民主主義の意思決定に影響を与えようとする場合です。つまり本質的な問題は、「平和を唱える人がいること」ではありません。「平和」という普遍的な価値が、国家間の競争の中で利用されることがある、という点です。

 日本が今後必要とするのは、平和主義を否定することではなく、「誰が、どのような目的で、どのような結果を生む主張を広めているのか」を冷静に分析する姿勢だと思います。平和を守るためには、戦争を避けたいという感情だけではなく、なぜ戦争が起きるのか、相手国がどのような戦略を持っているのか、そして情報戦の中で自分たちの認識がどのように形成されているのかを考える必要があります。現代の安全保障では、まさにそこが大きな課題になっています。

 逆に、そのようなことを全く考えない人々は、すぐに他国の陰謀にからめとられてしまうということなのです。

「宇田川源流」【日本報道検証】 本当は現代陰謀説かもしれない「別班」の存在


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます

 さて今回は、本来は金曜日の「現代陰謀説」の方が良いのかもしれないが、まあそこまでおどろおどろしい内容でもないし、一応ドラマに関する内容なので、一応「芸能報道」ということで木曜日の一般のブログの方に持ってきました。もちろん、日本にあまり公表されてない「別班」という組織があるかどうかです。ここでもう一度検証してみましょう。

「現在の別班は存在しない」という小泉防衛大臣の発言と、「過去にはそのような組織が存在した可能性は否定できない」という見方は、必ずしも矛盾していません。問題は、「別班」という名前で現在まで連続して存在しているかどうかと、過去に秘密情報部隊が存在したかどうかは、別の問題だからです。小泉防衛大臣は2026年7月の記者会見で、「別班はこれまで存在しておらず、現在も存在していない」と政府の従来の公式見解を改めて示しています。

 では、歴史を振り返るとどうなのでしょうか。

 「別班」という名称が世の中に広く知られるようになったのは2013年の共同通信のスクープでした。この報道では、冷戦時代から陸上自衛隊内部に非公然の情報収集部隊が存在し、海外で人的情報(HUMINT)を収集していたとされました。これに対して政府は同年、「そのような組織は存在したことも現在も存在しない」と閣議決定で否定しています。

 しかし、この問題を複雑にしているのが、複数の元関係者の証言です。

 まずよく知られているのが、元陸上自衛官の山本舜勝氏です。山本氏は自著の中で、自らが戦後の秘密情報部隊の創設に関わったと証言しています。もちろん一人の証言だけで歴史的事実と断定することはできませんが、この証言は後年の研究者やジャーナリストによる取材の出発点になりました。

 その後、自衛隊を長年取材してきたジャーナリスト石井暁氏は、多数の元自衛官への取材を重ね、「別班」と呼ばれる秘密情報部隊は実在したという立場を取っています。同氏は、その活動の詳細や組織の変遷について著書で詳しく論じています。

 さらに、『VIVANT』で公安監修を務めた元警視庁公安部外事課の勝丸円覚氏も、「別班は実在する」と明言しています。ただし、勝丸氏も自ら所属していたわけではなく、公安警察で得た情報や人脈をもとに述べているものであり、公的資料によって裏付けられたものではありません。

 一方で、防衛大臣経験者の発言も興味深いものがあります。石破茂氏は2023年の取材で「存在している」と述べ、「国家として必要な組織である」という趣旨の発言をしています。しかし、その後政府の公式見解が変更されたわけではなく、政府としては一貫して存在を否定しています。

<参考記事>

『VIVANT』の「別班」を小泉大臣が否定も“実在論”再燃…過去には元公安が「ある」断言

2026年7月29日 14時50分 Smart FLASH

https://news.livedoor.com/article/detail/31940534/?from_page=internal

<以上参考記事>

 では、歴史的にはどう考えるのが最も妥当でしょうか。

 冷戦期の日本はソ連、中国、北朝鮮という共産圏と直接向き合う最前線でした。当時の日本には現在のような国家レベルの情報機関は存在せず、CIAやMI6のような海外情報機関もありませんでした。そのため、防衛上の必要から、自衛隊内部で限定的な人的情報収集活動が行われていたとしても、それ自体は国際的に見れば不自然ではありません。

 実際、アメリカ軍にも軍情報部門があり、イギリス軍やフランス軍にも軍独自の情報組織があります。軍隊が独自に人的情報を集めることは珍しいことではありません。

 ただ、日本の場合は戦後憲法やシビリアンコントロールとの関係が非常に厳格であるため、もしそのような活動があったとしても、極めて限定的かつ秘密裏であった可能性があります。また、法制度が十分整備されていなかった時代には、組織名を持たない臨時的なグループや担当者レベルで運用されていた可能性も考えられます。

 さらに1990年代以降は冷戦が終結し、自衛隊の情報組織も大きく再編されました。現在では情報本部や各自衛隊の情報部門、さらに国家安全保障局(NSC)などが整備され、情報収集は制度化されています。このため、仮に冷戦時代に「別班」と呼ばれるような組織や活動実態が存在したとしても、そのまま現在まで継続しているとは考えにくいでしょう。

 私自身が現在得られる公開情報を総合すると、最も歴史的整合性が高い見方は、「ドラマ『VIVANT』のような万能で大規模な秘密工作組織が存在したという証拠はない」が、「冷戦期には海外で人的情報収集を行う非公然の小規模なグループや担当者が存在した可能性は相応にある」というものです。その活動が正式名称として「別班」と呼ばれていたのか、それとも後年に便宜的に付けられた呼称なのかについては、現在も決定的な史料は公開されておらず、断定はできません。

 つまり、「現在は存在しない」という政府見解と、「冷戦期には何らかの秘密情報活動部隊があった可能性が高い」という研究者や元関係者の見方は、実は同時に成り立ち得るのです。公開資料だけでは最終的な結論には至りませんが、歴史研究の観点からは、そのように理解するのが最も慎重でバランスの取れた評価だと言えるでしょう。

 「国家情報局」が整備されることと、『VIVANT』に描かれたような「別班」が創設されることは、同じ方向の話ではありますが、必ずしも同じ組織を意味するわけではありません。

 まず現在の高市内閣が進めている国家情報局構想は、政府が公表している内容を見る限りでは、内閣情報調査室を発展的に改組し、各省庁の情報を集約・分析する司令塔機能を強化することが目的です。諜報活動そのものよりも、「情報を集め、分析し、政策決定につなげる」ことに重点が置かれています。しかし、国家情報機関というものは世界を見渡すと、一つの組織ですべての仕事をしている国はほとんどありません。アメリカであればCIAが海外情報を担当し、NSAが通信傍受を担当し、DIAが軍事情報を担当し、FBIが国内防諜を担当しています。イギリスならMI6、MI5、GCHQに分かれています。フランスやドイツも同様です。つまり、国家情報局という司令塔ができると、その下で様々な専門部隊が整備されていくことは、ごく自然な流れです。

 そこで推測になりますが、日本でも今後十年、二十年というスパンで考えれば、「海外における人的情報収集部門(HUMINT)」は強化される可能性は十分あると思います。現在の日本が直面している安全保障環境は、冷戦時代よりもむしろ複雑です。中国は軍事だけではなく経済、安全保障、サイバー、認知戦を組み合わせています。ロシアは情報工作を重視しています。北朝鮮は工作活動やサイバー攻撃を継続しています。このような状況では、衛星写真や通信傍受だけでは十分ではありません。

「現地で何が起きているのか」

「相手政府は何を考えているのか」

「軍の内部ではどのような議論が行われているのか」

 これらは最終的には人からしか得られない情報です。したがって、日本が独自の海外情報能力を高めようとするならば、人的情報収集の能力を強化する方向へ進む可能性は高いでしょう。

 ただし、その姿は『VIVANT』のようなものとはかなり異なると考えます。ドラマでは、武装し、潜入し、戦闘を行い、場合によっては暗殺まで行う特殊部隊として描かれています。しかし、日本の法制度や政治文化を考えると、そのような組織を平時から公式に持つことは極めてハードルが高いでしょう。

 むしろ現実的なのは、「情報士官」や「情報専門官」と呼ばれるような職員が、外交官や防衛駐在官、商社、研究機関など様々な立場を通じて海外情報を収集する形です。これは世界各国の情報機関が現在でも行っている典型的な活動です。

 一方で、もう一つ注目すべきなのは、防衛省・自衛隊の変化です。近年の戦争では、情報・サイバー・宇宙・電子戦が戦場そのものになっています。そのため、自衛隊内部でも従来の「歩兵」「戦車」「航空機」だけではなく、「情報部隊」が戦力として位置付けられる傾向が強まっています。もし国家情報局が十分な能力を持つようになれば、その情報を活用する専門部隊が自衛隊内でさらに高度化する可能性はあります。

 ただ、それは秘密工作部隊というより、「情報戦専門部隊」「サイバー情報部隊」「特殊情報分析部隊」といった性格になる可能性の方が高いと思われます。さらに将来を考えると、「別班」のような組織がもし生まれるとしても、その任務は昔とは大きく変わるでしょう。冷戦時代であれば、外国へ赴いて人と接触し、文書を入手し、写真を撮ることが中心でした。しかしAI時代には、公開情報(OSINT)、SNS分析、衛星画像解析、サイバー空間での情報収集、ドローンによる監視などが組み合わされます。つまり、一人の工作員が秘密裏に活動するというより、多数の専門家がAIを活用しながら情報を統合する組織へと変化していく可能性があります。

 最も現実的だと考えるシナリオは、日本が将来的に「CIAのような秘密工作機関」を新設するというより、「国家情報局」を中心に、内閣、防衛省、警察庁、公安調査庁、外務省などの情報機能を強化し、その中に少人数の海外人的情報収集チームや高度な情報支援部門を持つ形へ発展していくというものです。仮にそのような組織が存在するようになったとしても、現在議論されている国家情報局のように法的根拠を持ち、国会や政府による統制を受ける枠組みの中で整備される可能性が高いでしょう。一方で、法制度や安全保障政策は政治的な判断によって変わり得るため、実際にどこまで権限が拡大するかは、今後の立法や安全保障環境、国民的な議論に大きく左右されると考えられます。

 ただし、最後にこれだけは確実に言えることがあります。それは、ドラマに出ているような「姿の良い人ばかりではない」ということです。やはり芸能人と、いつ物は違う。これはドラマでもなんでも言えることですが、仕方がないことなのだと思います。

「宇田川源流」【大河ドラマ 逆賊の幕臣】 来年の大河ドラマを先取り


 毎週水曜日はNHK大河ドラマに関して書いているのだが、今週はというか8月2日はなぜか大河ドラマが休止してしまいました。。ある意味で夏休みなのであろうということもあり、学生の自由研究の題材で自然科学者の方が良かったのではないかなど、勝手にこちらで休止理由を推測しているのですが、いずれにせよ休止してしまったので仕方なく「豊臣兄弟」以外のことを書こうと思います。

そこで、今回は「鬼が笑う」などといわれながらも「来年の大河ドラマ」である「逆賊の幕臣」について見てみたいと思います。

来年の主役は松坂桃李さんの演じる小栗忠順となります。ではいつも通りまずは小栗忠順、私などは小栗上野介といったほうがしっくりくるのですが、その人物についてみてみましょう。

小栗忠順(おぐり ただまさ、1827~1868)は、幕末の江戸幕府に仕えた幕臣であり、「明治日本が実現した近代国家構想を、幕府の立場で最も早く描いていた人物」と評されることが多い人物です。幕末の政治家の中では勝海舟や坂本龍馬、西郷隆盛ほど一般には知られていませんが、近年では日本の近代化に果たした役割が再評価されており、2027年のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』の主人公にも選ばれました。

 小栗は旗本の家に生まれました。旗本とは将軍に直接仕える武士ですが、単なる武人ではなく、行政官僚として働く家柄でもありました。そのため幼い頃から学問や政治、財政を学び、若くしてその才能を認められます。非常に頭脳明晰で決断力があり、数字にも強く、外国事情にも高い関心を持っていました。一方で妥協を嫌い、自分が正しいと思うことは上司にも遠慮なく主張する性格であったため、味方より敵を作りやすい人物でもありました。

 小栗の人生を大きく変えた出来事が、1860年の遣米使節団への参加でした。日米修好通商条約の批准書交換のため、幕府は使節団をアメリカへ派遣しますが、小栗はその監察役である目付として同行します。

 当時の日本人が見たアメリカは衝撃そのものでした。巨大な蒸気船が港を行き交い、鉄道が何百キロも走り、銀行や工場が並び、国民が新聞を読み、工業生産によって国家が豊かになっていました。

 小栗は、この差は武士の精神論では埋められないことを悟ります。日本が独立を維持するには、西洋の軍事力だけでなく、その背後にある工業力、経済力、技術力を手に入れなければならないと確信しました。彼は単に「軍艦を買う」ことではなく、「軍艦を日本で造れる国になる」ことが重要だと考えたのです。

 帰国後の小栗は、その考えを実際の政策へと変えていきます。勘定奉行、外国奉行、軍艦奉行などを歴任し、幕府の財政、外交、軍事を一手に担いました。

 最も有名な功績は、現在の神奈川県横須賀市に建設された横須賀製鉄所(後の横須賀造船所)の建設です。フランス人技師のレオンス・ヴェルニーを招き、近代的なドック、製鉄設備、機械工場、技術者養成施設まで備えた、日本初の本格的な近代工業施設を建設しました。

 この施設は明治維新後もそのまま新政府に引き継がれ、やがて横須賀海軍工廠へ発展します。そして日清戦争、日露戦争では、日本海軍の主力艦艇の整備・建造拠点となり、日本の海軍力を支える基盤となりました。そのため、小栗は「明治政府が使った近代化の土台を築いた幕臣」とも評価されています。

 また、小栗は財政家としても優秀でした。当時の幕府は慢性的な財政難でしたが、小栗は帳簿管理を徹底し、税制や会計制度を改善しようとしました。さらに海外との貿易や関税制度についても積極的に関わり、国家財政を近代的な仕組みに変えようと努力しました。現在でいえば、財務大臣、経済産業大臣、防衛大臣、外務大臣の役割を同時に担うような重責を負っていた人物だったといえます。

<参考記事>

松坂桃李主演 来年大河「逆賊の幕臣」初回放送日は1・10に決定 過去には1・11の年も

[ 2026年7月29日 11:10 ] スポニチアネックス取材班

https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2026/07/29/articles/20260728s00041000253000c.html#goog_rewarded

<以上参考記事>

 しかし、小栗の運命は幕末の激動によって大きく変わります。

 1867年、十五代将軍徳川慶喜が大政奉還を決断すると、小栗は最後まで反対しました。

 彼は単純な「戦いたい武士」ではありませんでした。彼の考えは、幕府がまだ軍事力や財政力を持っているうちに有利な条件で政治交渉を進めるべきであり、簡単に政権を手放せば日本は混乱すると考えていたのです。

 一方、慶喜は内戦を避けるため政権返上を選びます。この意見の違いから、小栗は罷免され、領地である上野国権田村(現在の群馬県高崎市)へ戻ることになりました。

 その後、戊辰戦争が始まると、小栗は実際には大規模な軍事行動を起こしていませんでした。しかし、新政府軍は幕府の有力人物であった彼を危険視し、捕縛します。そして十分な裁判も行われないまま、1868年に斬首されました。享年42でした。現在では、証拠が乏しいまま処刑された可能性が高いと考える研究者も少なくありません。

 こうして明治政府の歴史の中では、小栗は長い間「旧幕府側の逆賊」として扱われ、その功績も十分には語られませんでした。

 ところが明治時代が進み、日本が工業国家として発展すると評価は徐々に変わります。横須賀造船所を中心とする近代工業の基盤、海軍技術者の育成、近代的な財政制度など、明治政府が成功させた政策の多くに小栗の構想が生かされていたことが分かってきたからです。特に日露戦争後には、「もし小栗がいなければ、日本海軍の発展はもっと遅れていたかもしれない」とまで言われるようになりました。

 小栗忠順という人物を一言で表すなら、「幕府を守ろうとした保守派」であると同時に、「日本を近代国家へ変えようとした改革者」という、一見矛盾する二つの顔を持っていた人物でした。彼は徳川幕府への忠誠を最後まで貫きましたが、その忠誠は過去を守ることではなく、「日本が欧米列強に負けない国になるためには何が必要か」を冷静に考えた結果でもありました。

 そのため歴史家の間では、小栗忠順は「幕末最高の実務官僚」「日本近代化の設計者の一人」「敗者となったために歴史から長く忘れられていた人物」と評価されることが多く、2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』では、その功績だけでなく、「なぜこれほどの人物が逆賊と呼ばれなければならなかったのか」という点も、大きなテーマになると考えられています。

 小栗忠順という人物が現代に送るメッセージは、「改革とは、過去を否定することではなく、守るべきものを未来へ残すための手段である」という点にあるのではないでしょうか。

 現代では「保守」と「改革」は対立する概念のように語られることが少なくありません。保守派は変化を嫌い、改革派は古いものを壊すというイメージです。しかし小栗忠順は、そのどちらにも当てはまりません。彼が守ろうとしたのは徳川幕府という組織でした。しかし、そのために彼が行おうとしたことは、西洋式の造船所を造り、工場を建設し、会計制度を改め、人材を育成し、海外技術を積極的に導入するという、当時としては極めて大胆な改革でした。

 つまり彼は、「組織を守るために組織を変える」という発想の持ち主だったのです。

 これは現代の企業経営にも非常によく当てはまります。例えば百年以上続く老舗企業を考えてみます。歴史がある会社ほど、「昔からこうしてきた」という文化があります。しかし、その文化だけに頼れば、市場環境の変化に対応できず、やがて衰退してしまいます。

 一方で、改革を急ぐあまり、創業以来の技術やブランド、社員の誇りまで捨ててしまえば、その会社はもはや別の会社になってしまいます。本当に優れた経営者は、そのどちらでもありません。

「この会社が百年続いてきた理由は何か。」

 その本質を守るためには、工場は最新設備へ更新し、AIも導入し、海外市場にも進出し、人事制度も変え、組織文化も変えていく。つまり、理念は変えないが、方法は変えるのです。小栗忠順は、まさにそういう人物でした。

 現代企業でいえば、創業理念を誰よりも大切にしながら、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI導入を積極的に進める社長のような存在でしょう。あるいは製造業であれば、「日本のものづくりを守るために、自動化やロボットを導入する」という経営者です。銀行であれば、「地域金融を守るために、店舗を減らしてデジタル化する」という経営者です。自治体であれば、「地方を守るために、古い行政制度を大胆に改革する」首長です。つまり、小栗は「変えること」が目的ではなく、「守ること」が目的だったのです。だからこそ、彼は保守派でありながら改革派だったと言えます。

 逆に現代には、「改革」という言葉だけが一人歩きしてしまうことがあります。改革そのものが目的になり、新しい制度を導入することが成果だと考えてしまう。しかし小栗は違いました。彼は常に「日本は欧米列強に負けずに独立を維持できるのか」という目的から逆算していました。だから造船所が必要であり、製鉄所が必要であり、人材育成が必要だったのです。現代風に言えば、「経営理念から戦略を考える人」であり、「流行から経営を考える人」ではありませんでした。

 さらに興味深いのは、小栗は「現場」を重視していたことです。

 アメリカへ渡った彼は、本や報告書だけで西洋を理解したのではありません。実際に工場を歩き、銀行を見学し、港湾を見て、造船所を視察し、自分の目で確かめました。現代企業でも優れた経営者は、会議室だけではなく工場へ行き、店舗へ行き、顧客の声を聞きます。現場を知らずに改革だけ叫ぶ人ではありません。小栗は「現場から改革を考える実務家」だったのです。その意味では、彼が現代で最も共感を得られるのは、大企業の中間管理職かもしれません。社長ほど自由ではなく、現場だけを見ていればいい立場でもありません。会社の未来を考えながら、現場の事情も理解し、上層部を説得し、新しい仕組みを作らなければならない。しかも改革には必ず反対があり、成功すれば組織の功績になり、失敗すれば自分一人の責任になります。小栗もまさにその立場でした。彼は将軍ではありません。しかし幕府の未来を背負う実務責任者として、誰よりも大きな責任を負っていました。

 もう一つ、小栗が現代人に教えてくれることがあります。それは「本当の保守とは未来志向である」ということです。保守とは、古い建物をそのまま残すことではありません。古い寺院も、数十年ごとに屋根を葺き替え、柱を交換し、修理を続けるからこそ千年残ります。二十年ごとに社殿を建て替える伊勢神宮の式年遷宮が象徴するように、日本の伝統には「変えることで守る」という発想が古くからあります。小栗忠順も同じでした。幕府という国家を守るためには、制度も技術も産業も変えなければならない。だから彼は、幕臣でありながら日本で最も近代化を推し進めた人物の一人となったのです。その意味で、小栗忠順という人物は、単なる幕末の悲劇の主人公ではありません。「守るために変える」という、一見矛盾するようで実は日本の組織や文化に深く根付いた思想を体現した人物として、現代の経営者、官僚、技術者、そして組織改革に携わるすべての人々に、今なお大きな示唆を与えていると言えるでしょう。

さてこのような人物の物語、来年が楽しみです。

「宇田川源流」【日本報道検証】 熊本地震と震災報道のありかた


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます

 さて今回は、7月28日に発生した令和8年熊本地震における震災報道について考えてみたいと思います。

阪神・淡路大震災以前、日本の災害報道は「現場をできるだけ早く映し出すこと」が最大の使命と考えられていました。テレビ局同士が競争し、どこよりも早く現場に入り、より衝撃的な映像を届けることが報道の価値であるという考え方が強かったのです。

 しかし、1995年1月17日の阪神・淡路大震災は、その価値観を根本から揺さぶりました。被災地では、自衛隊や消防、警察が倒壊家屋の下敷きになった人々を救出しようとしている最中にもかかわらず、多くの報道ヘリコプターが上空を旋回し続けました。その騒音によって「助けを求める声が聞こえない」「犬による捜索が妨げられる」という指摘が相次ぎました。さらに、住宅街では、テレビカメラが遺体や泣き崩れる遺族を至近距離から撮影し続けました。避難所では、家族を亡くしたばかりの人に対してマイクを向け、「今のお気持ちは」と尋ねる取材が繰り返されました。

 こうした報道に対して、多くの被災者が抱いた感情は、「自分たちは取材対象ではなく、人間なのだ」というものでした。報道は「記録」や「伝達」を目的としていましたが、被災者から見れば、自分たちの悲しみが全国放送の映像素材として扱われているように感じられたのです。

 その反省から、報道機関は震災取材のガイドラインを整備しました。例えば、遺体を不用意に映さないこと、遺族へのインタビューは慎重に行うこと、救助活動を妨げないこと、避難所ではプライバシーを尊重することなどが盛り込まれるようになりました。

 2004年の新潟県中越地震、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震でも、その都度「改善された点」と「変わらなかった点」の両方が指摘されています。東日本大震災では、津波映像は世界中に衝撃を与えました。一方で、被災者からは「何度も津波映像を流されることで精神的につらい」「家族を失った場面を繰り返し見せられる」といった声も上がりました。10年前の2016年熊本地震では、本震後も余震が続く中で、多くの報道車両が狭い道路を行き来し、避難車両の通行を妨げたという批判もありました。

さて今回の震災報道もそのような反省や経験の積み重ねから良い報道になると期待されていましたが実態はどうでしょうか。

<参考記事>

《熊本地震》有名アナの現地取材に「邪魔でしかない」の批判、ヘリ空撮の騒音危惧で問われる“震災報道”

2026年7月30日 17時30分 週刊女性PRIME

https://news.livedoor.com/article/detail/31949882/?from_page=internal

<以上参考記事>

 今回の記事で問題視されているのは、「有名アナウンサーが現地入りする意味はあるのか」という点です。

 テレビ局にとって、有名アナウンサーを現場に派遣する理由は、視聴者に現場の状況を臨場感を持って伝えることにあります。また、災害報道は公共性が高く、正確な情報を届けるためには経験豊富なアナウンサーが適任だという考え方もあります。しかし、その一方で、「現場に行く人数を一人でも減らした方が被災地の負担にならないのではないか」「スタジオからでも十分伝えられるのではないか」という疑問も当然生まれます。特に現在は、自治体や消防、自衛隊、警察、さらには被災者自身がスマートフォンで映像を発信できる時代です。衛星通信やドローン映像、定点カメラなども発達し、現地に大量の報道陣が入らなくても状況を把握できる技術が整っています。そのため、「現場でしかできない取材」と「現場に行かなくてもできる取材」を区別すべきだという意見は年々強くなっています。

 もう一つ、近年特に問題視されているのが、報道ヘリコプターの存在です。上空からの映像は被害全体を把握する上では極めて有効です。実際、道路の寸断状況や津波の到達範囲、山腹崩壊の規模などは空撮でなければ把握できません。一方で、救助活動の初動段階では、ヘリコプターの騒音が救助の妨げになる可能性があります。瓦礫の下からの小さな声、救助犬の反応、現場指揮官の無線などは、静かな環境であるほど確認しやすくなります。そのため、「空撮そのものが悪い」のではなく、「いつ飛ぶべきか」「どの高度で飛ぶべきか」「救助機関との調整が十分か」が重要だという考え方が現在では主流になっています。

 さらに、SNSの普及によって、報道機関に対する目は以前とは比べものにならないほど厳しくなりました。かつてはテレビ局が現場の情報を独占していました。しかし現在では、被災者自身がリアルタイムで映像や写真を発信できます。そのため、報道陣の振る舞いそのものが撮影され、瞬時に全国へ拡散されるようになりました。その結果、「取材が救助を妨げている」「被災者のプライバシーを侵害している」「報道車両が道路を塞いでいる」といった行為は、従来以上に厳しく批判されるようになっています。

 一方で、震災報道そのものが不要というわけではありません。報道には極めて重要な役割があります。どこで支援が必要なのかを全国へ知らせること、行政の対応を検証すること、義援金やボランティアを呼びかけること、風化を防ぐこと、そして将来の防災教育に生かすための記録を残すことは、民主社会における報道機関の重要な責務です。

 問題は、「何を伝えるか」ではなく、「どう伝えるか」にあります。

 阪神・淡路大震災から30年以上が経過した現在、日本の震災報道は一定の改善を遂げました。しかし、被災者の立場から見ると、「視聴者に見せる映像を優先していないか」「被災者よりも報道する側の都合が優先されていないか」という根本的な疑問は、なお解消されたとは言い難い状況です。

 近年の批判の背景には、「災害報道は被災地のためにあるべきであり、視聴率やスクープ競争のためにあるのではない」という社会全体の価値観の変化があります。報道機関には、現場の臨場感を伝える技術だけでなく、被災者の尊厳を守り、救命活動を最優先するという姿勢が、これまで以上に強く求められる時代になっていると言えるでしょう。

 「何を伝えるか」ではなく「どう伝えるか」が重要であるという考え方は、本来ジャーナリズムの基本です。しかし、現実には日本の報道機関は、事実そのものよりも「映像として成立するか」「ニュースとして目を引くか」「他社より先に伝えられるか」という競争を長く続けてきました。その結果、「情報の価値」と「伝え方の価値」が逆転してしまった面があります。

 これは災害報道だけではありません。事件報道では、容疑者宅の前で連日中継を続けたり、近隣住民に「どう思いますか」と繰り返し尋ねたりします。政治報道では、政策そのものよりも「失言」や「言葉尻」が大きく取り上げられることがあります。経済報道でも、本来伝えるべき制度や市場の構造より、株価が何円上がった、誰が何と言ったという短期的な話題が中心になることがあります。スポーツ報道でも、試合内容より選手の涙や表情、芸能報道では作品よりスキャンダルが大きく扱われることがあります。

 つまり、「事実をどう理解してもらうか」ではなく、「どのような映像や見出しなら視聴者の関心を引けるか」が優先されやすい構造になっているのです。

 なぜこのような構造になったのでしょうか。

 一つには、日本のテレビ局や新聞社が長年、「情報の入口」をほぼ独占していたことがあります。インターネットが普及する以前、多くの国民は新聞やテレビからしか情報を得ることができませんでした。そのため、報道機関は「何を報じるか」を決めるだけで社会全体の議論の方向性をある程度決めることができました。これは「ゲートキーパー」と呼ばれる役割です。ところが現在では、誰でもスマートフォン一台で現場映像を発信できます。専門家自身がSNSや動画配信で直接解説することも珍しくありません。行政も企業も自ら情報発信を行います。つまり、マスメディアは「情報を持っている存在」から、「情報を選び、整理し、解説する存在」へと役割を変えなければならなくなったのです。しかし、組織文化はそう簡単には変わりません。

 もう一つの理由は、評価制度です。多くの報道機関では、「特ダネを取った」「スクープを出した」「視聴率が高かった」といった成果が評価されやすく、「冷静で丁寧な解説をした」「誤解を防ぐ説明をした」といったことは数値化しにくいため、組織として評価されにくい傾向があります。そのため、現場ではどうしても「映像になるもの」「話題になるもの」「炎上するもの」を追いかけやすくなります。

 さらに、日本独特の「横並び意識」も影響しています。ある局だけが現場に行かなければ、「なぜ行かなかったのか」と言われるかもしれません。逆に、全局が現場に行けば、誰も責任を問われにくくなります。その結果、「必要だから行く」のではなく、「他社も行くから行く」という判断が生まれます。これは震災報道で報道ヘリが何機も飛ぶ現象にも共通しています。SNSでは「一機で十分ではないか」と見えますが、各社は「自社の映像」を確保する必要があるという組織論理で動いています。

 このような積み重ねが、「国民のための報道」よりも「報道機関のための報道」に見えてしまう原因になっています。

では、「オールドメディア」とは何を意味するのでしょうか。この言葉はしばしば感情的なレッテルとして使われますが、本質的には媒体が古いことを指しているのではありません。新聞であっても、テレビであっても、インターネットであっても、事実を正確に伝え、背景を説明し、異なる視点を示し、誤りがあれば訂正する姿勢を持つなら、それは信頼されるメディアです。逆に、SNSや動画配信であっても、事実確認を怠り、刺激的な情報だけを拡散するなら、それは「新しいメディア」であっても信頼されません。

 つまり、「オールドメディア」と批判される本質は、媒体の古さではなく、「一方通行で、説明責任を果たさず、視聴者との対話を重視しない姿勢」にあると考えられます。

では、そこから脱するためには何が必要なのでしょうか。

まず求められるのは、「速報主義」から「理解主義」への転換です。情報を一秒でも早く届けることよりも、その情報が何を意味するのか、なぜ起きたのか、どのような背景があるのかを分かりやすく説明することが、現在ではより大きな価値を持っています。

 次に必要なのは、「映像中心主義」から「内容中心主義」への転換です。映像が撮れなくても伝えるべきことはあります。災害なら被災者が必要としている支援情報、政治なら政策の影響、経済なら制度の仕組みです。映像の迫力よりも、視聴者が判断するための材料を提供することが重要です。

 さらに、「記者が語る報道」から「専門家と協働する報道」への転換も必要でしょう。現代社会は、防災、感染症、AI、経済安全保障、国際政治など、専門性の高い分野が増えています。記者だけですべてを解説するより、専門家との継続的な協力によって報道の質を高めることが、結果として信頼につながります。

 そして最も重要なのは、「視聴者を消費者ではなく、市民として扱うこと」です。視聴率やクリック数を獲得する対象として視聴者を見るのではなく、民主社会を支える判断主体として必要な情報を提供するという姿勢です。そのためには、刺激的な見出しや映像だけでなく、背景、反対意見、限界、不確実性まで含めて誠実に伝えることが欠かせません。

 私は、報道機関が本当に「オールドメディア」から脱却するためには、新しい技術を導入すること以上に、「自分たちは何のために存在するのか」という原点を見つめ直すことが必要だと考えます。報道の目的は、視聴者を驚かせることでも、競合他社に勝つことでもありません。社会が事実に基づいて冷静に判断できるよう支えることです。その使命を軸に、「何を伝えるか」だけでなく、「誰のために、どのように伝えるのか」を問い続けられるかどうかが、これからの報道機関が信頼を回復できるかを左右する重要な分岐点になるでしょう。

「宇田川源流」【日本万歳!】 「飛鳥・藤原の宮都」 世界文化遺産への登録決定


 毎週月曜日は「日本万歳!」をお届けしている。日本に関する話の中で、日本のすばらしさや日本人の良いところを報じていただいている世界の記事を見つけ出してその中で日本のすばらしさを今に感じるということをしている。

 さて、世界で最古の木造建築といえば「法隆寺」であり、その法隆寺を立てた「金剛組」が世界最古の会社であるということになっている。もちろんもしかしたら、どこかの木製の建物で、法隆寺よりも古いものがあるかもしれないが、しかし、そのような記録が残っていないということになるのであるから仕方がないのかもしれないし、また、木造建築そのものが、戦争や火事で破壊されてしまっているということから、失われてしまっているということになる。

 そのような意味で、日本人の木造建築の技術は、「古くなっても味わいがあり、現在まで伝わる」ということになる。少なくとも法隆寺であるから西暦600年前後に作られているので1400年の歴史に耐えられる建築技術を、少なくとも1400年前に持っていたということになる。同時に、その法隆寺の近くにおいて戦争がなくまた失火などの火事などの災害もなかったということになる。特に日本は地震国であり、災害は非常に多いのにかかわらず、その自然災害もまた人為的災害も人々が、守ってきたということになる。

 要するに「木造建築」を守り古いものを大事にする日本人の気質がそのように守らせてきたということを意味しているのではないか。モノを大事にする日本人の精神がありまた、1400年前から、細かい部分まで手を抜かずにしっかりとした建築を行っていたということが、今の日本人のも伝わっているということになる。

 世界一古いわけではないが、やはり1000年を超えている建物は少なくない。正倉院などもその中の一つであり、その正倉院の中の宝物も大事に保管されている。その様に考えれば、日本人は「モノを大事にする」ということと同時に、日本特有の「全てのものに神々が宿り、そしてその神々とともに生きることによって自分たちの豊かさの感謝を残す」ということが、しっかりと残されているのではないか。そのような伝統が、我々庶民の家にも、そして、現代にも伝わる生活の知恵にも、様々なところに「何気ない生活習慣」として、残されているのが日本なのである。

<参考記事>

【速報】奈良の「飛鳥・藤原の宮都」 世界文化遺産への登録決定

2026年7月26日 10時49分 TBS NEWS DIG

https://news.livedoor.com/article/detail/31914073/

<以上参考記事>

 奈良県の「飛鳥・藤原の宮都」がユネスコ世界文化遺産に登録されたことは、日本にとって単に世界遺産が一つ増えたという出来事ではありません。それは、日本という国が千数百年にわたって、自らの歴史を壊すことなく守り続け、その価値を現代まで受け継いできたことが国際的に認められた出来事でもあります。飛鳥時代は、日本という国家の骨格が形づくられた時代であり、中央集権国家の成立、律令制度の整備、仏教文化の定着など、今日の日本の原点となる多くの制度や文化が生まれました。その歴史を物語る十九の資産が一体となって評価され、世界文化遺産として登録されたのです。

 世界には、戦争や革命、急速な都市開発などによって古代都市が失われてしまった国も少なくありません。近代化を優先するあまり、歴史ある街並みや遺跡が姿を消した例も数多く存在します。そのような中で、日本は飛鳥の地を「古いものだから取り壊そう」と考えるのではなく、「未来へ伝えるべき財産」として守り続けてきました。農地として利用される土地であっても、その地下に眠る遺構を調査し、必要に応じて保存し、地域住民もその価値を理解しながら生活を営んできました。約二十年に及ぶ登録への取り組みが実を結んだことも、その積み重ねを物語っています。

 日本人の歴史観には、単に昔を懐かしむというだけではない特徴があります。それは、過去を現在の生活の中に自然に生かそうとする姿勢です。飛鳥の風景を歩けば、古墳や寺院跡だけではなく、田園風景や里山、人々の暮らしが今も共存しています。遺跡だけを博物館の中に閉じ込めるのではなく、生活の場として受け継ぎながら保存してきたことは、日本独特の文化と言えるでしょう。

 また、日本では「古いものほど価値がある」という考え方が社会に深く根付いています。神社では二十年ごとの式年遷宮によって伝統技術を継承し、寺院では何百年もの建物を修復しながら使い続け、古文書や仏像、祭礼も世代を超えて受け継いできました。飛鳥・藤原の宮都も、こうした文化の延長線上にあります。歴史は過去の遺物ではなく、現代に生きる人々が未来へ渡していく「預かりもの」であるという意識が、日本には脈々と受け継がれているのです。

 飛鳥時代は、中国や朝鮮半島から多くの文化や技術を学びながらも、それらをそのまま模倣したのではなく、日本の風土や価値観に合わせて独自の国家制度や文化へと発展させた時代でした。今回の登録は、その創造性や歴史的意義も評価されたものです。つまり、日本は他国の文化を尊重しつつ、自らの文化として昇華させる力を持っていたことが、世界的な価値として認められたと言えるでしょう。

 さらに注目すべきなのは、この登録が地域住民の協力なしには実現しなかったという点です。遺跡は行政だけで守れるものではありません。土地所有者、自治体、研究者、地域住民が長年にわたって保存活動を続けてきたからこそ、今日までその姿が残されました。歴史を国民全体の財産として守ろうとする姿勢は、日本社会の成熟さを示していると言えるでしょう。

 このような姿勢は、日本文化全体にも共通しています。京都や奈良の古都だけではなく、地方の城下町、宿場町、祭り、伝統芸能、工芸技術に至るまで、「失われれば二度と取り戻せない」という認識のもと、保存と継承が続けられています。世界遺産とは、世界が「人類共通の財産」と認めたものですが、その前提として、その国自身が長い年月をかけて大切に守ってきたという事実が不可欠です。

 今回の飛鳥・藤原の宮都の登録は、日本人が千数百年前に築いた国家の始まりを誇るだけではありません。その歴史を壊さず、忘れず、未来へ受け渡してきた日本人自身の姿勢が世界から評価されたという点にこそ、大きな意味があります。

 歴史を残すことは、単なる観光資源づくりではありません。それは、自分たちがどこから来て、どのような価値観を育み、どのような社会を築いてきたのかを、次の世代へ語り継ぐ営みです。飛鳥・藤原の宮都の世界文化遺産登録は、日本という国が歴史を尊び、先人への敬意を忘れず、その遺産を未来へつないでいく民族であることを、世界に改めて示した象徴的な出来事であったと言えるでしょう。

 今回の「飛鳥・藤原の宮都」の世界文化遺産登録には、もう一つ世界的に見ても極めて特別な意味があります。それは、この地が今から約一五〇〇年前、日本という国家の中心であった「旧都」であり、その旧都を現在の日本人が自らの祖先の歴史として大切に守り続けているという事実です。

 世界には古代の都が数多く存在します。エジプトにはメンフィスがあり、イラクにはバビロンがあり、中国には長安や洛陽がありました。しかし、それらはいずれも王朝の交代や外国勢力の侵入、革命や国家の滅亡を経て、国家そのものの連続性が途切れています。現在そこに住む人々がその文化や歴史を受け継いでいるとしても、「同じ王朝」がそのまま今日まで続いているわけではありません。

 これに対して日本は、飛鳥宮や藤原宮が築かれた七世紀から現在に至るまで、国家としての形を変えながらも、皇室という国家の象徴が連続して受け継がれてきました。そのため、飛鳥・藤原の宮都は「滅びた文明の遺跡」ではありません。「今も続く国の最初の首都」の一つなのです。

 この点は、日本史を学ぶうえで非常に重要です。飛鳥宮では推古天皇、舒明天皇、皇極天皇、斉明天皇、天武天皇、持統天皇らが政治を行い、日本という国家の制度が整えられていきました。そして藤原京は、日本初の本格的な都城として律令国家の中心となりました。その国家は奈良、平安、鎌倉、室町、江戸、そして東京へと政治の中心を移しながらも、「日本」という国そのものは連続して存続してきました。

 つまり、今回世界遺産となった場所は、今の日本と直接つながっているのです。そこには「かつて存在した別の国」の首都ではなく、「現在の日本の原点」があります。この歴史の連続性こそが、世界の中でも極めて珍しい特徴なのです。

 この背景としてよく知られているのが、皇室が世界で最も長く続いている王朝であるという事実です。ギネス世界記録では、日本の皇室を「現存する世界最古の世襲君主制(Oldest continuous hereditary monarchy)」として認定しています。この認定は神話や伝承そのものを証明するものではなく、歴史上確認できる範囲を含めて、現存する王朝として最も長く継続していることを評価したものです。

 もちろん、歴史学では古代の年代や初期天皇の実年代についてさまざまな研究や議論があります。しかし、それとは別に、少なくとも古代以来、皇統が継続し、日本という国家の象徴として受け継がれてきたという歴史的事実は、多くの研究者が認めるところです。そのため、日本の古代史を語るときには、「国家の始まり」と「現在」が一本の線で結ばれているという点が大きな特徴となります。

 だからこそ、飛鳥・藤原の宮都は単なる考古学的遺跡ではありません。そこは、今も続く日本という国家の「原点」であり、千五百年前の政治の舞台を現代の日本人が自ら保存し、その価値を世界へ発信している場所なのです。

 これは世界から見れば驚くべきことでもあります。多くの国では、王朝が変われば前の王朝の宮殿は破壊され、革命が起これば旧体制の象徴は否定されることも少なくありません。しかし日本では、新しい時代になっても古い都を否定することなく、「国の歩みを語る大切な場所」として守り続けてきました。飛鳥宮跡も藤原宮跡も、歴史を断絶させることなく受け継いできた日本人の精神を静かに物語っています。

 今回の世界文化遺産登録は、飛鳥時代の文化や遺跡が評価されたというだけではありません。約一五〇〇年前の旧都が現在の国家と歴史的につながり、その姿を今日まで守り続けてきたという、日本という国の稀有な歴史そのものが国際社会から高く評価された出来事でもあります。

 歴史を守るとは、過去を保存することだけではありません。自分たちがどこから歩み始め、何を大切にして今日まで国を築いてきたのかを忘れず、未来へ受け渡していくことです。飛鳥・藤原の宮都は、その歩みを千五百年の時を超えて今に伝える、日本人の歴史への敬意と継承の精神を象徴する世界的な文化遺産であると言えるでしょう。

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2026年31号 広島カープ激震の「ゾンビたばこ」

 皆さんおはようございます。 メールマガジン「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」主催の宇田川敬介です。

 このメールマガジンは、いつも目にするニュースなどとは少し違う観点から様々な内容を見てみたいと思います。

様々な今の話題や世界情勢を、なるべくわかりやすく、あまりニュースでは見ることのできない内容を見ながらその内容を見てゆきたいと思います。

さて今回はいわゆるゾンビたばこといわれる違法薬物を使用したタバコについて見てみましょう。

今回、プロ野球球団の広島カープにおいて二人の選手の家宅捜索が入りましたので、そろそろこのことについて書いてもよいのではないかと思います。・・・・・

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