BLOG

【有料メルマガのご案内】20260601  有料メルマガ「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」

2026年21号 設立法案ができた国家情報会議とは何か


 皆さんおはようございます。 メールマガジン「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」主催の宇田川敬介です。

 このメールマガジンは、いつも目にするニュースなどとは少し違う観点から様々な内容を見てみたいと思います。

様々な今の話題や世界情勢を、なるべくわかりやすく、あまりニュースでは見ることのできない内容を見ながらその内容を見てゆきたいと思います。

さて今回は、国家情報会議について、その内容を見てみたいと思います。

★ 国家情報会議設置法案

 今回成立した「国家情報会議設置法」は、日本の安全保障・情報体制を戦後最大級に再編する法律として位置づけられています。

従来の日本は、情報収集機関が各省庁ごとに分散しており、アメリカのような強力な中央情報機関や統合的インテリジェンス機構を持たない国だと言われてきました。

そのため、外交・軍事・経済安全保障・サイバー・外国勢力による影響工作などの情報を、政府全体として統合分析する能力が弱いという指摘が長年ありました。・・・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

有料メルマガもやっています

この続きは明日発行される有料メルマガに書いています。

有料メルマガ「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」でお楽しみください。

無料メルマガでは話せない内容が盛りだくさんです。

毎週月曜日発行で、月400円(税別)です

この文章は明日の先出です!!

また申し込み初月は無料ですので、ちょっと覗いてみたいと思う方は、ぜひ一度申し込んでみてください。

多分本で読むより安いと思います。

申し込みは以下のリンクより。

「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」

「宇田川源流」【土曜日のエロ】 性交を教えなに日本の性教育で何が学べるのか?


 今週も土曜日のエロの日が来た。ちなみに今週はなんとなく忙しくあまり時間がない中でこの話を書いているのであるが、その中でも、やはりこの文章を書くということになると、なんとなく元気になってくる。。もちろん私自身がエロの話を好き名のもあるが、過去に何dも書いているように、実際にエロ、つまり本能に根差した部分はどうしても人間が必要なことでありまた欲望が出てしまうことなのである。ある意味で、食欲や睡眠などと同じように欲望のママに出てくることになり、そこは本性が出てしまう。また、その得論移管することだけではなく、そこにまつわる嫉妬などの感情も非常に興味深い。あるいみで人間の本性の見本市のようなところであり、その部分が非常に面白いのである。

さて、そのようなことばかり言っていないでまずは今週あった話を見てみよう。

今週のニュースの中で注目されるのは、やはり巨人の阿部前監督の逮捕の話であろうか。ある意味で、児童相談所は「マニュアル通り」にやったのであろうし、また警察も「マニュアル通り」にやったのであろう。しかし、国民の目はどうであろうか。

今回の件で、「児童相談所に連絡してしまうと、本人の確認も取らずに、警察沙汰になってしまう」ということを深く信用づけてしまったのではないか。また、警察もあくまでも現行犯逮捕という事であったが、しかし、その時に事情は聞いたのか。そのようなことが重要なのではないか。そもそも、このような児童相談所や警察の対応や、またはマスコミの対応で、家庭が崩壊してしまうのではないかということが心配なのである。

本来課程の事なのであるから、家庭裁判所のように、通常はマスメディアには非公開にすべきであるしまた、興味本位の話は控えるべきではなかったか。もちろん、世の中には家庭が崩壊している例は少なくないのであるが、一方で、普通の家庭に対して、「崩壊した家庭を前提にしたマニュアルを突きつけてよいのか」ということも大きな門だで派内かというような気がする。何か別な対応の方法があったのではないか。そんな気がしてならない。

さて、今日のエロの話も、「普通の家庭」を前提にしたものであることは言うまでもない。もちろん「普通の」というのは何を指して「普通」なのかは様々な定義があるのかもしれないが、しかし、ある意味で、「いきなり警察を呼ばれても不思議のない家庭」ではないことは間違いがないのではないか。

<参考記事>

「子供たちに必要な性の学びが制限されている」”性交”教えない日本の性教育 世界と何が違うのか 変化を求める大人たちの声を聞く

5/15(金) 20:00配信RKB毎日放送

https://news.yahoo.co.jp/articles/c9e5ac8cdc40718694bfd2ea7f92a1f6b04d27be

<以上参考記事>

 普通の家庭であれば、性教育などはしっかりと行わなければならないのですが、一方で性教育が非常に難しいということもあります。

この記事が扱っている問題の背景には、日本の性教育が長年「生殖の説明」と「性行動の抑制」の間で揺れ続けてきた歴史があります。特に日本では、「性教育をすると子どもが性的に早熟になるのではないか」という不安が根強く、教育現場が非常に慎重になってきました。そのため、海外では一般的に教えられている性交、避妊、同意、性的多様性、人間関係といった内容が、日本では十分に扱われないことが多いのです。

 戦後の日本では、かつては性教育そのものが比較的進歩的に行われていた時期もありました。高度経済成長期には人口問題や母体保護の観点から、避妊教育もある程度行われていました。しかし1990年代後半から2000年代にかけて、「過激な性教育批判」が政治問題化します。特に東京都の七生養護学校事件は象徴的でした。教材や授業内容が「行き過ぎ」と批判され、行政介入や教員処分にまで発展したことで、全国の教育現場に強い萎縮効果を与えました。ここから日本の学校現場では、「問題にならない範囲だけ教える」という空気が強くなっていきます。

 さらに日本の学習指導要領には、いわゆる「はどめ規定」が存在します。中学校では妊娠の経過は教えるが「受精に至る過程」は扱わないという考え方です。つまり性交そのものを直接説明しない傾向が制度として残っているのです。これは海外から見るとかなり特殊です。

 一方、欧州、とくに北欧諸国やオランダなどでは、性教育は単なる「性行為の知識」ではなく、「人間関係教育」「自己決定教育」「尊厳教育」として位置づけられています。たとえばオランダでは幼少期から、「嫌なことは嫌と言ってよい」「他人の身体には勝手に触れない」「自分の感情を言葉にする」といった教育が始まります。思春期になると避妊、性感染症、同意、恋愛関係、性的暴力の回避などを現実的に教えます。その結果、若年妊娠率や人工妊娠中絶率が低いことで知られています。

 つまり海外では、「知らないほうが危険」という発想が強いのです。対して日本は長く、「教えないほうが慎重」という発想が優勢でした。

 また日本社会には、性を「公に語りにくいもの」とする文化的背景もあります。日本は表面的には性表現が多い社会ですが、それと教育としての性の議論は別問題です。娯楽や消費の中では性が氾濫していても、家庭や学校で真面目に語る文化が弱い。親世代自身が体系的な性教育を受けていないため、家庭でも話題にしづらい。この構造が繰り返されています。

 さらに日本特有なのは、「純潔教育」と「自己責任論」が混ざりやすいことです。性被害や妊娠について、「なぜそうなったのか」と個人側に責任を求める空気がまだ残っています。そのため教育も、「危険だからやめましょう」という抑制型になりやすい。しかし現代はSNS、動画サイト、ポルノ、AI生成画像などを通じて、子どもたちは学校外から大量の性情報を得ています。もし学校が教えなければ、断片的で歪んだ情報だけが先に入ってしまう危険があるのです。

 本来の性教育は、「性交を教えるか否か」という単純な話ではありません。むしろ重要なのは、「人間の尊厳」「他者との関係」「自分の身体を守る力」をどう育てるかです。

 たとえば本来の性教育には、身体の発達や妊娠の仕組みだけでなく、同意とは何か、断る権利、境界線、デートDV、SNS上の性被害、性的搾取、AV出演強要、性暴力、ジェンダー、さらには「好きにならなくてもよい」「恋愛しなくてもよい」といった価値観まで含まれます。つまり「生き方の教育」に近いものです。

 特に現代日本では、少子化対策とも実は深く関係しています。恋愛や結婚、妊娠出産を「怖いもの」「失敗が許されないもの」としてしか学べない社会では、若者は対人関係そのものを避けやすくなります。性教育とは単なるリスク管理ではなく、人間関係を築く力や安心感を育てる側面も本来は持っているのです。

 もちろん、海外型をそのまま輸入すればよいわけでもありません。文化や宗教観、家庭観の違いがあります。日本では保護者の価値観の幅も大きく、急激な変更には反発も起きます。また「学校がどこまで介入するのか」という問題もあります。そのため必要なのは、単なるイデオロギー対立ではなく、「子どもを現実から守るには何が必要か」という視点でしょう。

 現在の日本では、性教育を巡って「教えすぎだ」という声と、「現実に追いついていない」という声が同時に存在しています。しかし少なくとも、インターネット以前の「知らなければ防げる」という時代ではなくなっています。だからこそ今後は、単なる禁止や曖昧化ではなく、「正確な知識を、年齢に応じて、尊厳と責任を含めて教える」という方向が求められているのだと思われます。

「宇田川源流」【現代陰謀説】 日韓首脳会談の雑談で「幽霊」の話


 毎週金曜日は「現代陰謀説」をお届けしている。この金曜日の連載は、普段は「ニュースの読み方によって全く違う側面を見せる世界情勢」を見ることができるということから、その中に潜む陰謀を皆さんに紹介しようという話をしている。もちろんその中には「陰謀」などとは関係ないことが書かれているし「陰謀である」などという記事は存在しない。しかし、その中には、完全に陰謀というような内容が見て取れるものがあり、それがそのまま何のチェックもなく報道されているのは、なかなか奇異なものに見えるのである。

 しかし、もう一つのこの連載の内容が有る。それは、「陰謀」でもなんでもなく「何か不可思議なもの」とか「人知を超えたもの」をここで紹介するということである。こちらは「陰謀である」とか「何かわからない」ということを報じているのであるが、しかし、同時に「不思議であるがゆえに、何かみんなで検証しましょう」というようなものであり、同時に、その内容が「フェイク」であるかあるいは「本物の不可思議なものであるか」ということをニュースとして検討し、そしてそれを政府がメンツをかけて解明してゆくというようなものである。

 さて、今回は日本人の文化性として「夏はなぜ怪談を話すのか」という事を見てみたい。実際に、夏になると、昔はテレビで「あなたの知らない世界」とか「幽霊・心霊」の特集などが様々に行われていたのを、私も楽しみに見ていた。稲川淳二氏の怪談噺の会も、その様に考えれば夏ばかりである。

 しかし、そもそも「日本以外」では夏に怪談話があるというようなことは存在しないし、また、日本の国内であっても、冬に出る「雪女」のような幽霊も存在する。実際に、幽霊に冬休みなどがあるはずはないし、そもそもお盆だけではなく、お彼岸など霊界と人間界が近づくというような場所は少なくないのである。その様に考えれば、「なぜ夏だけ怪談話がはやるのか」ということは、日本人特有の文化性として興味深いところである。当然にその文化性は、陰謀に使えるということになるのではないか。

<参考記事>

「私が住んでいる総理公邸には......」 高市首相、韓国大統領と「幽霊トーク」はずむ

2026年5月21日 13時0分 J-CASTニュース

https://news.livedoor.com/article/detail/31333652/

<以上参考記事>

 さて、そろそろ暑くなってきたのでちょうど「幽霊」の話は良いのではないかという感じなのですが、そのような環境の中で、日韓首脳会談が発生したのですが、まさかその中で幽霊話が行われたとは思いませんでした。

参考記事の中から見ていると、李在明氏は「韓国ではちょうど今この季節が、山の景色も綺麗で最高なんです」と紹介。すると、美しい山々に囲まれた辺りを指し、「こういうところに、幽霊が出るんです」と明かした。それに応えて高市首相は「日本の首相官邸(公邸か?)にも幽霊が出る」という発言をしています。

さて、国会に関する幽霊話は実は非常に多くあり都市伝説化しているところがあります。あえて私が知っている内容の一部、それも有名なものをここに列記してみましょう。

首相官邸に5・15事件で殺された犬養毅首相の亡霊が出る。

首相公邸に軍靴の音が響き軍人が殺しに来る。

首相公邸に和服の女性が出てくる。

国会の中央7会ホールに、アメリカ軍人との失恋で自殺した女性の鳴き声が響く。

国会のごみ集積所に安保騒動の時の犠牲者の悲鳴や怒号が響く。

国会の衆議院別館(衆議院と参議院にそれぞれ別館があります)に黒い影があり落とし物がなぜかそこから出てくる。

まだたくさんあるのですが、これくらいにしておきましょう。実際に、この他にも「絵の目が動く」「銅像が動く」という、小学校の怪談に近い内容も少なくないのですが、そのへんは細かく書くのはやめておきましょう。私からすれば、権力欲や金銭欲がうずまき、人が人を陥れる最高峰のところですから、無念を感じてなくなった人が少なくありませんし、また、そもそも江戸時代から大名屋敷などがある場所ですから、様々な人が亡くなっている場所です。国会の中で亡くなった政治家なども少なくありませんし、国会を目指して亡くなった方も少なくないのですから、その意味での象徴性も高いのではないでしょうか。

ただ、大体の場合、この手の話を国会の関係者に聞くと、「幽霊の話はたくさんあるが、生きている人間、特に政治家のほうがずっと怖いよ」といいます。幽霊も政治家を魑魅魍魎の一部と考えて出てこないというような話もあるのです。

実際に、国会には、一般の人が知らないようなルールも少なくありませんし、また、細かく国会の敷地内をすべて歩いている人もほとんどいませんから、その中には、様々な伝説などが残っていてもおかしくないと言ううことになるのです。

さて、そのような事を日韓首脳会談で話すということはどのような意味があるのでしょうか。

一つには、「閑話休題」的な息抜き程度の話があると思います。今回の首脳会談の話はたぶんその意味合いが強かったのでしょう。しかし、それだけではなく、実際には、「伝統がある」「歴史がある」という意味合いが少なくないのです。ある意味で韓国よりも日本のほうが議会政治では歴史があり、また、それだけの権謀術数は少なくないということであり、その内容を無意識に高市首相は韓国に伝えていたのかもしれません。

何気ない会話の中に、実は、重要なヒントが残されている。陰謀ということでではないかもしれませんが、単に非科学的な話をしているだけではなく、その話の中に察マザマな意味合いがあるということになるのではないでしょうか。

ところで、アメリカのホワイトハウスやイギリスの議会、あるいはフランスなどにも同様の怪談話はあるのでしょうか?

「宇田川源流」【日本報道検証】 日本でのグテーレス事務総長が大国を非難


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます。

 さて今回は5月20日に来日した国連のグテーレス事務局長が、記者会見でロシアとアメリカを非難した内容に関して見てみたいと思います。

 さて、私の正直な国連に対するイメージですが、私は日本の長い歴史の中で、現在の国連は「戦国時代の室町幕府」と同じであると思っております。実際に、世の中は戦国時代と同じで、ウクライナとロシア、ハマスとイスラエル、イランとアメリカ、その様に戦争が多く起きていますしまた、アフリカでは内戦なども様々に起きています。そのような状況の中において、国連はそれなりの権威があるのですが、しかし、それらの戦争を止める力は全くないということになります。

当時の室町幕府も同じです。現在NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」で小栗旬さんが演じる織田信長が、様々大名と戦っても足利義昭はまったく止めることはできない状態ですし、室町幕府軍はありませんので、どこかの大きな大名に軍隊を持ってきてもらわなければなりません。今の国連と全く同じなのです。

足利義昭は、当時そのまま様々な所に手紙を書いて織田信長に対抗していたのですが、しかし、織田信長の方が強く、最終的には槙島城の戦いで織田信長に対抗するも敗北し追放されて室町幕府は滅亡します。

では国連はどのようになるのでしょうか。国連の改革に関して、グテーレス事務総長が来日していましいた。

<参考記事>

国連のグテーレス事務総長が都内で会見 「拒否権用いて免責…超大国の振る舞いこそが危機的」 ロシアやアメリカを非難

5/20(水) 20:48配信 FNNプライムオンライン(フジテレビ系)

https://news.yahoo.co.jp/articles/4f8218a9c6be12961a8dee82da483bee0e2cf07e

天皇陛下、グテレス国連事務総長と会見…「日本人が国連の場で貢献していくことを願っています」

5/20(水) 22:09配信 読売新聞オンライン

https://news.yahoo.co.jp/articles/ff03eaed4a481d077c8a3ccd383ca0f63ce9797b

<以上参考記事>

 2026年5月20日に来日していた国連事務総長のアントニオ・グテーレスは、単なる表敬訪問ではなく、現在の国際秩序そのものに対する危機感を背景に、日本との連携強化を確認するための重要な外交日程を行いました。今回の訪日の中心となったのは、東京で開催された「国連システム事務局長調整委員会(CEB)」であり、これは国連諸機関のトップが集まる会議としてはアジア初開催となりました。

 この訪問にはいくつかの意味が重なっています。まず第一に、2026年は日本が国連加盟70周年を迎える年であり、国連側としても、日本を「多国間主義を支える主要国」として再確認する意図がありました。グテーレス事務総長は、日本を「平和の声」と表現し、日本が国際秩序維持に果たしてきた役割を高く評価しています。特に、ウクライナ戦争、中東危機、米中対立、気候変動問題などによって、戦後型の国際協調体制が揺らぐ中で、日本のような中堅先進国の存在感が国連にとって極めて重要になっているという認識が見えます。

 訪日中、グテーレス事務総長は高市早苗と会談しました。この会談では、日本側から「国連を中核とする多国間主義への支持は変わらない」という立場が示され、民主主義、法の支配、国連憲章の原則を維持していくことが確認されました。一方で、日本側は国連改革の必要性も強調しています。これは現在の安全保障理事会が、第二次世界大戦後の構造を引きずっており、現代世界の力関係を十分反映していないという問題意識に基づいています。

 特にグテーレス事務総長が強く訴えたのが、安全保障理事会改革でした。彼は東京での記者会見において、「危機にあるのは多国間主義そのものではなく、拒否権を用いて国際法違反の責任を免れる大国の振る舞いだ」と述べ、事実上、ロシアやアメリカ、中国などの常任理事国の行動を批判しました。現在の国連安保理では、常任理事国が拒否権を行使することで、重大な国際問題への対応が機能不全に陥る場面が続いています。ウクライナ問題やガザ問題でも、安保理が十分機能していないことに対する不満は世界的に高まっています。

 その中で、日本は長年、安保理常任理事国入りを目指してきました。今回グテーレス事務総長が「アジア人口は世界の半分以上を占めるのに、常任理事国は中国のみだ」と指摘したことは、日本やインドなどを含めた新たな常任理事国拡大論を後押しする意味合いがあります。つまり今回の訪日は、単なる記念行事ではなく、「国連改革の議論に日本をさらに深く組み込む」という外交的意味を持っていたと見ることができます。

 また、今回の来日は象徴的側面も大きく、今上陛下との面会も行われました。天皇陛下はグテーレス事務総長と皇居・御所で懇談し、長年にわたる国連活動への感謝を伝えられたとされています。グテーレス事務総長は今年末で任期満了を迎える予定であり、日本側としても、その功績に敬意を示す意味合いがありました。

 さらに、今回の訪日は現在の国際社会における「国連の限界」と「それでも必要とされる国連」という二重構造を浮き彫りにしました。国連はウクライナ戦争や中東問題で十分な停戦実現能力を持てず、常任理事国の対立によって麻痺している面があります。しかし一方で、気候変動、感染症、難民、AI規制、海洋問題など、一国だけでは対応できない問題が増えているため、国連そのものを否定することもできません。グテーレス事務総長はその危機感を日本で強く訴え、「多国間協調が崩壊すれば世界はより危険になる」というメッセージを発していたといえます。

「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 本物と偽物とは何かを問うドラマ


 毎週水曜日は、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」について、一人の戦国好きのオジサンとして、一応そのうえで戦国時代の本も少し書いているということから、好き勝手なっことを書かせていただいています。もちろん、単なる感想の域を出るものではありません。

そのうえで、今回は、松永久秀の、多分戦国一番の「ロックな死に方」である「爆死」について、まずは一応の史実とされているモノを見てみようと思います。

 戦国時代の人物の中でも、松永久秀ほど後世のイメージと史実の間に大きな隔たりを持つ人物は少ないです。特に近年では、爆薬を抱えて城ごと自爆した「爆死の武将」として知られ、その最期と名物茶器「平蜘蛛」が結びつけられて語られることが多いです。しかし、実際の史料を丹念に見ると、そこには戦国政治の複雑な権力構造と、織田政権成立期の人間関係が浮かび上がってきます。そしてその中には、後に天下人となる羽柴秀吉と、その補佐役として名高い羽柴秀長の存在も見えてきます。

 まず松永久秀という人物は、単なる「梟雄」や「悪人」ではありませんでした。久秀は大和を中心に勢力を持ち、三好長慶政権の中核として活動した武将です。戦国時代の畿内政治は、将軍家、公家、寺社、商人、国人勢力などが複雑に絡み合う世界であり、久秀はその中で極めて高い政治能力を発揮しました。彼は軍事だけではなく財政や都市支配にも優れており、奈良や堺との関係も深かったです。東大寺大仏殿焼失などから「極悪人」として語られることが多いですが、近年ではその責任について再検討も進んでいます。

 久秀と織田信長の関係は、単純な敵味方ではありません。むしろ両者は非常によく似た部分を持っていました。旧秩序を破壊し、新たな権力構造を作ろうとした点で、久秀は信長に先行する存在でもありました。信長が上洛して畿内へ勢力を広げると、久秀は当初これに従い、織田政権の有力大名として遇されます。信長は久秀の能力を高く評価していた節があり、何度も赦免を与えています。

 実際、久秀は一度ならず反乱を起こしています。それにもかかわらず、信長は完全には見捨てませんでした。これは信長が畿内統治において久秀を必要としていたことを示しています。当時の大和は寺社勢力や国人が入り乱れる難しい地域であり、現地事情に通じた久秀の価値は非常に高かったのです。

 しかし天正五年、久秀は再び信長に反旗を翻します。この時の籠城戦が、後世「平蜘蛛爆死伝説」と結びついていきます。久秀が立て籠もったのは信貴山城であり、織田軍による包囲を受けました。ここで重要なのが、信長が久秀に対して「平蜘蛛」を差し出せば命を助けるという条件を示したとされる点です。

 平蜘蛛とは、正式には「古天明平蜘蛛」と呼ばれる名物茶釜で、天下に名高い茶器でした。茶の湯が単なる趣味ではなく政治文化そのものだった戦国時代において、名物茶器は権威の象徴でした。信長は名物狩りを行い、天下統一の過程で権威を自らへ集中させようとしていました。その意味で平蜘蛛は単なる道具ではなく、文化的権力の象徴だったのです。

 久秀がこの平蜘蛛を拒否したことは、単なる意地ではありません。戦国武将にとって名物とは権威そのものであり、それを差し出すことは自己の歴史と格式を明け渡すことに等しかったのです。久秀は最後まで自らの象徴を手放しませんでした。

 ここから有名な「爆死」の話になります。一般には、久秀は平蜘蛛に火薬を詰め込み、自らもろとも爆破したと広く語られています。しかし、この話を同時代史料で確認すると、実はかなり曖昧です。信頼性の高い史料では、久秀が自害し、城が炎上したことは確認できますが、「火薬で爆発した」という描写は後世の軍記物で強調された可能性が高いです。

 戦国時代の城には火薬が存在していたため、炎上時に爆発が起きた可能性自体は否定できません。しかし、現代的な意味での「自爆テロ」のような壮絶な爆死が史実として確定しているわけではありません。むしろ後世の人々が、久秀という異端的な人物像にふさわしい劇的最期として物語化した面が強いです。

 また、「平蜘蛛もろとも粉砕した」という話も、完全に事実と断定はできません。信長がその破片を探させたという逸話も含め、戦国ロマンとして広まった可能性が高いです。ただし、信長が名物茶器への執着を持っていたこと自体は史実であり、だからこそこの逸話は強い説得力を持って後世に残ったのです。

 この信貴山城攻めには、羽柴秀吉や羽柴秀長も関わっていたと考えられています。秀吉は当時、織田家中で急速に台頭していた武将であり、中国方面だけではなく畿内でも活動していました。特に秀長は、大和経営との関係で極めて重要な位置にいました。

 後年、秀長は大和郡山城を本拠とし、大和統治を担うことになります。つまり、松永久秀が支配していた地域を、豊臣政権下では秀長が引き継ぐ形になったのです。この点は極めて象徴的です。久秀が戦国的な畿内支配者だったとすれば、秀長はそれをより安定的・官僚的に再編した存在だったといえます。

 秀吉自身もまた、信長の「天下統一」と「権威集中」の政治を受け継いだ人物であり、茶の湯を重視しました。千利休との関係に象徴されるように、秀吉は茶器を政治権力として利用しています。その意味で、久秀と平蜘蛛をめぐる物語は、単なる逸話ではなく、戦国時代における文化と権力の関係そのものを映しています。

 興味深いのは、久秀が単純な敗者として終わっていない点です。後世の創作では、むしろ信長や秀吉に匹敵する「異形の知将」として扱われることが多いです。これは、久秀が戦国時代の転換点を体現した人物だからでしょう。寺社勢力を抑え、都市経済を利用し、鉄砲や火薬を積極活用し、文化権威を政治に結びつける。その姿は、ある意味で信長や秀吉の先駆けでもありました。

 だからこそ、松永久秀の最期は単なる「悪人の滅亡」ではなく、一つの時代の終焉として語り継がれているのです。そして平蜘蛛伝説とは、武将が最後まで「権威」を手放さなかったという、戦国時代特有の美学を象徴する物語なのです。

<参考記事>

豊臣兄弟!:竹中直人の“怪演”光る! 「笑いながら爆死」「竹中直人劇場」 松永久秀の見事な散り様に視聴者“最敬礼”

2026年05月24日 20:45 MANTANWEB編集部

https://mantan-web.jp/article/20260524dog00m200026000a.html

<以上参考記事>

 今回の題名は「本物の平蜘蛛」となっていました。上記のように、史実かどうかわからないのですが、多くの人が知っている「平蜘蛛と共に爆死」という話が、「史実かどうかわからない」という点をうまく使ったドラマになっています。

前回の「北陸戦線からの離脱」から「処罰の話」になり、そのうえで織田信長(小栗旬さん)から、今回も謀反を起こした松永久秀(竹中直人さん)の説得をすれば許してやるという話になって、藤吉郎(池松壮亮さん)と小一郎(仲野太賀さん)が松永久秀を説得に行くということになります。

今回のテーマは「本物と偽物」という事でしょう。そして「人の在り方に本物や偽物があるのか」ということでhな愛でしょうか。ここで松永久秀役を演じた竹中直人さんの演技のすばらしさが響きます。まずは「大和国の領有」について話をしますが、それも真実を話しているのか、または財宝目当てなのかというような話をすることになります。この辺の真実なのか嘘なのかわからないというような「いい加減な話をさせる役」をさせたら、竹中直人さんの話は本当に素晴らしい。シリアスな状態なのに、なんとなく笑いを取る演技ができる。その笑いを得る演技がより一層シリアスな場面に見えるのです。大和国を欲しがる理由について、その後松永久秀は自分の生い立ちについて話をします。その話の中で、「自分は偽物」という話を松永久秀がするのです。それに対して小一郎は「人間に偽物などはない」ということを言います。そのあとの松永久秀役の竹中直人さんが、うっすらと涙を浮かべるのが非常に素晴らしいです。

ここからは私の推測というか、作家としてこうあってほしいという内容ですが、この時に、松永久秀は初めて自分が「本物」と言われて、かなりうれしかったのではないでしょうか。実際に、大和が自分の手に戻ることはないとわかっていて、なおかつ、その大和の国がなくても、自分を本物としてくれた小一郎に感謝を持っていたのではないでしょうか。その上で松永久秀は、わざと二つの平蜘蛛を出し、二人を試させるという「遊び」をしたのちに、爆死したのです。

なんと素晴らしい死に方でしょうか。

そしてその後のシーン。藤吉郎と小一郎が話しているシーンが印象的です。小一郎は信長は、松永久秀も藤吉郎も殺したくなかったということを言います。そのことが、わかっていることが藤吉郎は最後まで信長を裏切らなかったのに、同じように信長に仕えていた明智光秀(要潤さん)は、本能寺の変を起こすということになるのではないでしょうか。そのような違い、要するに信長に対する「理解」が、この世なところで次の伏線になるのではないでしょうか。

今回は史実が長くなったので少しがなくなってしまいましたが、そのような次の伏線まで入れた内容であったのが興味深いです。

「宇田川源流」【日本報道検証】 党首討論はすでに役目を終えたのか?


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます。

 さて今回は5月20日に開催された国会の党首討論についてみてみたいと思います。この党首討論に関しては、時間が短かったこともありますが、少なくとも「討論」というものではなかったということになります。党首討論はしっかりと討論になるような題材が必要ですが、そもそも日本の国会議員は討論に慣れていないということになります。

国会というのは、通常は、政府(内閣)に対して各委員会の委員(要するに国会議員ですが)が質問するということになります。その質問に内閣が答えるという形で物事が進んでいきます。国会の内容に関しては、そのような質疑しかできないだけではなく、野党側は「与党側からの内容に答える」ということもできないし、また、スキャンダルで批判することしかできないので結局はうまくゆかないということになるのです。

普段から政策論争をしていれば問題がないのですが、実際の国会は見ての通り、政策論争などはほとんど行っていません。その状態で「討論」をしても、結局は政策とは関係ない内容になるのです。

<参考記事>

格好の“追及の場”はなぜ“シャンシャン討論”で終わったのか? 今国会初の党首討論で高市首相が使い分けた「2つの顔」

5/21(木) 15:00配信 東洋経済オンライン

<以上参考記事>

 2026年5月20日に行われた与野党党首討論をめぐって、「実のある討論になっていない」「結局は通常の国会質疑の延長に過ぎない」という批判が広がっている背景には、日本の議会政治そのものが抱えている構造的問題があります。特に今回、多くの視聴者や政治記者が違和感を持ったのは、本来「党首討論」と呼ばれるべき場でありながら、実際には野党側が「それでは質問します」と切り出し、首相がそれに答えるという、一問一答型の委員会質疑に近い形式へと戻ってしまっていたことでした。

 本来、党首討論とは、政府与党のトップである首相と、野党第一党や主要野党の党首が、国家の方向性や理念、外交安全保障、経済政策などについて直接ぶつかり合う場です。日本で導入された当初は、イギリスの「Prime Minister's Questions(首相質問)」のような緊張感ある政治対決への期待がありました。単なる官僚答弁の確認ではなく、政治家同士がその場で反論し、再反論し、論理や理念を競い合うことで、有権者が「誰が国家をどう導こうとしているのか」を見極める機会になるはずでした。

 しかし、日本では次第にその性格が変質していきました。最大の理由は、日本の国会文化が「質問する側」と「答弁する側」に固定化されていることです。委員会制度では、野党は政府を追及する役割を担い、与党は防御側に立ちます。そのため、党首討論であっても、野党側は「相手を追及して失点を取る」ことを優先しやすくなり、政策論争よりも、過去発言の矛盾、失策、説明不足などを問い詰める方向へ流れていきます。

 今回も、その傾向が強く現れました。討論というより、「短時間版の予算委員会」に近い構図になってしまい、視聴者側からは「これなら通常国会と何が違うのか」という疑問が出たわけです。しかも党首討論は開催回数自体が減少しており、限られた機会であるにもかかわらず、政治的な理念対立や国家観の衝突がほとんど見えなかったため、「存在意義が薄れている」という声が強まっています。

 さらに、日本政治特有の「失言リスク回避」も大きな要因です。現在の政党党首は、テレビやSNSによって一言一句を切り取られます。少しでも不用意な発言をすれば、切り抜き動画やSNS拡散によって炎上し、支持率に直結します。そのため、与党側も野党側も、即興的な議論より、安全な原稿ベースの発言を優先するようになります。結果として、討論でありながら「準備されたコメント交換」になりやすいのです。

 加えて、日本では政党間のイデオロギー差がかつてより曖昧化していることも影響しています。冷戦時代には、自民党と社会党の間には、安全保障、憲法、経済体制などで根本的な違いがありました。しかし現在は、多くの政策で現実路線化が進み、大きな国家像の違いが見えにくくなっています。すると党首討論も、「国家の将来像をぶつけ合う場」ではなく、「政権運営の問題点を確認する場」へと変質していきます。

 その一方で、SNS時代の政治は「短く強い言葉」が優先される傾向があります。本来、党首討論は長い論理展開や複雑な政策比較に向いている制度ですが、現代の情報環境では、視聴者の多くが数十秒単位の切り抜きで内容を消費します。そのため、各党首も「政策論争で相手を説得する」より、「支持者向けに印象的なフレーズを残す」方向へ向かいやすいのです。これは世界各国でも起きていますが、日本では特に「空気を壊さない政治文化」と結びつき、結果として激しい討論にもなりにくいという特徴があります。

 こうした状況から、「党首討論不要論」が定期的に浮上するようになっています。つまり、「どうせ実質的議論にならないなら、予算委員会や記者会見で十分ではないか」という考え方です。特に若い世代ほど、「形式だけ残っている政治イベント」に厳しい視線を向ける傾向があります。テレビ向けの儀式に見えてしまえば、制度への不信にもつながります。

 ただし、一方で党首討論そのものを不要と断じることには慎重論もあります。なぜなら、国家の最高指導者同士が同じ空間で直接やり取りする機会自体は、民主政治において極めて重要だからです。仮に内容が不十分であっても、「討論の場」が存在していること自体に意味があるという考え方です。むしろ問題は制度そのものではなく、日本政治が「討論文化」を十分に育てられていない点にある、という指摘です。

 実際、欧米の党首討論では、相手の発言に即座に再反論し、数字や論理をその場でぶつけ合う訓練が政治家に求められます。しかし日本では、官僚作成答弁への依存や、事前調整文化が強く、即興的議論を避ける傾向があります。そのため、「討論」という形式だけ導入しても、中身が追いつかないという問題が起きるのです。

 今回の党首討論への失望感は、単に一回の討論内容への不満ではなく、日本政治全体に対する「なぜ国家の方向性を本気で議論しないのか」という国民側の苛立ちの表れとも言えます。特に安全保障、物価高、移民政策、少子化、エネルギー問題など、日本が長期的課題を抱える中で、有権者は「理念と覚悟を持った政治論争」を求めています。しかし現実には、失点回避型政治と短期的メディア対応が優先され、深い国家論が成立しにくくなっている。そのギャップが、「党首討論不要論」という形で噴き出しているのです。

「宇田川源流」【日本万歳!】 伝統を重視する皇室典範改正案作成に着手


 毎週月曜日は、「日本万歳!」をお届けしている。日本の素晴らしいところや、日本が賞賛されている記事を参考記事として、その内容を分析し、日本の何が称賛されているのかということ、日本のどのようなところが、他の国とは異なるのかということを明らかにし、そのうえで、日本人が日常としてあまり考えていないすばらしさを再認識しようということである。

 毎週月曜日は、多くの人々が「マンデーブルー」ということを口にするくらい、土曜日と日曜日の休みと、月曜日からの働く毎日が辛いということもある。しかし、日本のすばらしさはそのように「特別ではない、毎日を働くすべての日本人」が、その素晴らしさを作っているということになるのです。そのようなことから、日本人の皆さんが自分自身に日本人としてのすばらしさを自覚し誇りを持てるということを期待して、この連載を行っている。

 さて、そうはいっても実は日本のすばらしさは「国民の象徴」である皇室の在り方に体現されていると言って過言ではない。以前森喜朗氏が首相であった時に「日本は神の国」といってマスコミが一斉に反発したが、実際に私自身は日本は神の国であると思っている。もちろんか身に守られているということではなく、神が存在していると考えている。他の国の宗教とは異なり、日本は「八百万の神々」の国であり、その神々がどこにでもいるということになる。もちろん日本的な考え方であるという事であろう。

 さて、その「神」の中の一柱が、天皇陛下である。そしてその天皇陛下を中心にした皇族と公家がその天皇の政治を支えるということになっている。現在の政治の混乱などは、昔の公家が見れどのように映るのであろうか。「公家」とは、当然に「自分よりも公を考える」ということであり、他の私人(庶民)は自分の生活のことを考えればよいが公家や皇族は国や公のことを考える。そのような気持ちが、現在の政治にどれくらい持っているのか。皇室のことを語れば、どうしても現代の不満が先に立って出てきてしまう。

その政治が試されているのが皇室典範の改正手続きであろう。

<参考記事>

「立法府の総意」受け政府が皇室典範改正案作成に着手 今国会成立への道のりは

5/15(金) 22:07配信 産経新聞

https://news.yahoo.co.jp/articles/16a505fdd9b6af2967787fa5ba36848f4139fb92

<以上参考記事>

 皇室は、少なくとも神話の中から数えれば皇紀2686年続いている王朝であり、それだけの歴史があるということになります。私の考えでは、今の世界で起きているほとんどのk十は、実は日本の歴史に非常に近しい内容があり、またその非常に近しい内容を参考にすれば、解決まではできなくても、少なくとも現状を正しく解釈するだけの事例があるということになります。

さて現在の皇室は、少なくとも古事記又は日本書紀によれば、天界から降りてきたイザナギノミコトとイザナギノミコトの関係からイザナギノミコトら出た三貴神の中野天照大御神の子孫、瓊瓊杵尊の子孫ということになります。もちろん神話ですから神の子孫であるということはその通りであるかどうかはわかりませんし、また、神話を科学的に信じるということは難しいかもしれません。しかし、神話のような内容があるということは、それに近い事実があるということになるでしょう。

さて、今回のように嫡流が少ないというのは過去にも何回かあります。第25代武烈天皇の後、その後継がないことから、応神天皇5世の来孫であり、『日本書紀』の記事では越前国、『古事記』の記事では近江国を治めていた。本来は皇位を継ぐ立場ではなかったが、四従兄弟にあたる第25代武烈天皇が後嗣を残さずして崩御したため、大伴金村や物部麁鹿火などの推戴を受けて即位したとしている。継体天皇は『日本書紀』によれば、450年頃[注 2]に近江国高島郷三尾野(現在の滋賀県高島市近辺)で誕生したが、幼い時に父の彦主人王を亡くしたため、母・振媛は、自分の故郷である越前国高向に連れ帰り、そこで育てられ、「男大迹王」として5世紀末の越前地方を統治していた男大迹王は越前にとどまっておらず、父親の彦主人王の故郷の近江にも行き来していたか、近江を拠点にしていた可能性もある。

このように、基本的には、皇室は間違いなく今回の件も全て「先例」があるのです。それを「現代の潮流」ということで変える必要があるのでしょうか。基本的には、現在の状況でよければ、または歴史的な状況が良ければ、その先例に従うのが最も良いということになります。

さて、このように主張すると「女性」というキーワードが出てきます。そもそも宗教的な内容は、基本的にはすべて男性ということになります。イスラム教は男性と女性がまったく違う役割になっていますし、キリスト教の枢機卿はすべて男性です。また、仏教も基本的には男性社会で尼寺は別組織になっています。その様に考えれば、宗教上のトップは基本的には男性優先になっています。日本の場合は、基本的には「国家神道」のトップであるということを考えれば、今まで女性天皇がいたこと自体が異例であり、基本的に男系男子ということになる方が正しいのではないでしょうか。

全てが科学や近代化するということではないということ、歴史に従うということが正しい場合があるということはよくわかる必要があるのではないでしょうか。

さて、その内容を国会ですべて考えるということになります。そのようにしてすべてが日本の国会で行うということが最も良いのではないでしょうか。その様に国権の移行期間が皇室のことを考える。そのことが最も日本の事ではないかということになります。そしてその中に歴史や宗教、日本の神道問いことをしっかりと考える結論が出ることが最も良いのではないでしょうか。

それが日本の最高の結論になるということを考えます。

【有料メルマガのご案内】20260525  有料メルマガ「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」

2026年20号 情報に敗れた国家――ゾルゲ事件と現代日本の情報安全保障


 皆さんおはようございます。 メールマガジン「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」主催の宇田川敬介です。

 このメールマガジンは、いつも目にするニュースなどとは少し違う観点から様々な内容を見てみたいと思います。

様々な今の話題や世界情勢を、なるべくわかりやすく、あまりニュースでは見ることのできない内容を見ながらその内容を見てゆきたいと思います。

さて今回は「情報に敗れた国家――ゾルゲ事件と現代日本の情報安全保障」として、現在の日本の「スパイ防止法」等の情報関係に関して、過去日本を戦争に引きずり込んだ「ゾルゲ事件」からその内容を見てみたいと思います。なお、

なお、今回はほかの媒体に掲載した内容をそのまま出しますので、いつもと少し文体が異なります。

その点はご容赦ください。

★ なぜ今、ゾルゲ事件なのか

 二十一世紀に入り、国家安全保障の概念は大きく変化した。

かつて安全保障とは軍事力を中心に語られ、国家の脅威とは戦車や戦闘機、艦隊やミサイルのような目に見える軍事的存在を意味していた。

しかし現在、国家を揺るがす脅威は、必ずしも軍事侵攻という形を取らない。

サイバー攻撃、SNSを利用した世論誘導、AIによる偽情報拡散、外国資本による世論形成、研究機関への浸透、機密技術の流出、そして認知戦や心理戦など、国家の内部そのものを静かに侵食する形で進行していく。・・・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

有料メルマガもやっています

この続きは明日発行される有料メルマガに書いています。

有料メルマガ「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」でお楽しみください。

無料メルマガでは話せない内容が盛りだくさんです。

毎週月曜日発行で、月400円(税別)です

この文章は明日の先出です!!

また申し込み初月は無料ですので、ちょっと覗いてみたいと思う方は、ぜひ一度申し込んでみてください。

多分本で読むより安いと思います。

申し込みは以下のリンクより。

「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」

「宇田川源流」【土曜日のエロ】 ビキニから毛をはみ出すスタイルは流行するのか?


 今週も土曜日のエロの日になった。なんといってもやはりエロの話は最も面白い。人間の本性が出てくるし、また深層心理にある清潔感やまたは恥の概念なども出てくるので非常に面白い。ついでに言うと、私の場合エロの話をしていると「昔の若いころの自分」を思い出すことができるので、それもよいのかもしれない。

さて、そのエロの前に今週のニュースであるが、本当に今週は全くニュースがない。正確に言えば、ニュースはあるのだが、あまり話題になっていないというのが面白いところである。一応見てみると、まずは米中首脳会談。これに関しては一昨日のブログで書いたとおりである。この米中首脳会談の後に、アメリカのトランプ大統領は日本の高市首相に電話をかけている。もちろん仲が良かったというわけではないが、事前にベッセント財務長官が来ていたので、その返礼をしたということである。

しかし、トランプ大統領が高市首相に電話をしたとなれば、穏やかではないのは習近平国家主席の方であろう。習近平国家主席はプーチン大統領との会談で、トランプ大統領以上の歓待をするということになるのです。そしてそのことから、トランプ大統領は二つの行動を起こします。一つは、イランに対しての先頭の再開、そしてもう一つが台湾の頼清徳総統との会談予告ということになります。

つまり、「習近平・プーチン会談が気に入らなかった」ということを世の中に示したという事でしょう。ついでにキューバに対する攻撃もまったく忘れずに、キューバのカストロ議長を、1996年の航空機墜落事件で刑事告訴をするということになっているのです。

このように見ていると「米中首脳会談」で、何も結果が残せなかったのではなく、トランプ大統領は次の行動を規定しておいて、そこに適合しない習近平国家主席の申し出はすべて排除するということになっているのではないかという気がします。

ある意味でトランプ大統領の価値観から外れたものを受け入れないという米中首脳会談がなされたという事でしょう。アメリカの先端企業は、「うまくいった場合のご褒美」で、まさに「飴と鞭」の交渉をしたという事でしょうか。

さて、かちかんから外れたものを排除といえば、今回のエロのネタもまさにその内容ではないでしょうか。

<参考記事>

本当に世界で流行る?ビキニから毛をはみ出すスタイル

2026年4月30日 6時3分 RadiChubu

https://news.livedoor.com/article/detail/31143911/

<以上参考記事>

 さて記事によると、アメリカ版『コスモポリタン』の翻訳を元に『ウィメンズヘルス日本版』(ハースト婦人画報社)が編集して掲載したものの女性のビキニの写真の中に、ビキニの脇からアンダーヘアーがふさふさとはみ出した状態で試着した女性の姿が映っていたということで、その写真に「これこそあるべき姿」として動画で配信したところ、拡散されて400万回以上の再生、100万件以上の『いいね』を獲得したということが書かれています。

さて、我々世代であれば、「毛」といえば二つのことを思い出すのですが、一つは黒木香さんであろうか。ネットフリックスの「全裸監督」でも少し話題になったのですが、わき毛をそのままに出ていたことから、かなり話題になった。もちろん、我々は男子校であったので、その内容を興味深く(わき毛に脅威があったのか、それ以外に興味があったのかはあえて言いませんが)見させていただいたという事でしょう。

もう一つ話題になった「毛」といえば、やはり宮沢りえさんの写真集「Santa Fe」であろうか。当時最も華やかな若い芸能人がヌード写真を出したのだから、当時の男子校ではかなり話題になったし、今ほど性的なことに厳しくなかった我々の学校では、当然に購入して皆で回し読み(見ただけだが)していたのは良い思い出である。その中のヌード写真の中の一つに、「下の毛」ではないかといわれるものがあり、当時かなり話題になったのであるが、本人は「陰毛ではなく産毛」ということを表明し、そのことでも話題になったのです。い

まあ、いずれもかなり懐かしい思い出なのですが、まあ、そのようなことが話題になり、なおかつ「思い出として残っている」ということは、当然に「普通のヌードには、わき毛も下の毛も写っていない」ということが大前提であったということになるのではないでしょうか。ちなみに、日本の場合「性器」を写して頒布することはわいせつ犯罪になるので、そこはモザイクになるのですが、少なくともわき毛は問題がないということになっています。しかし、女性の羞恥及びやはり男性から見た時の価値観的な内容から、「無駄な毛は処理する」ということがある意味で常識になっていたということになるのです。

ちなみに、私が1990年代に中国に行った時は、中国のほとんどの女性がムダ毛の処理などは全くしていないということになります。これは「親からもらった身体をなるべく傷つけない」という価値観から生まれているもので、基本的には、髪の毛は切るもののムダ毛は基本的には切らないということの様でした。現在は西洋的な価値観がかなり中国でも流行しており、またハリウッド女優なども出ているので、ムダ毛の処理をしている人も少なくないということのようです。

さて、そのような「毛の思い出」のあとに言うのもんなんですが、実際にビキニから毛がはみ出しているのはどうなのでしょうか。

私の個人的な考え方からすると、そもそもビキニというのは「極限まで肌を露出する」という価値観であり、そこは、肌を見せるためのデザインになっているような気がします。そのうえで、そのデザインに「毛」が含まれているかどうかということが大きな問題になるのではないでしょうか。単純に、「毛がはみ出ている前提でデザインされたビキニ」であれば、それは毛を出さなければならないと思いますが、逆に毛が出るべきデザインではないという場合は、当然に「毛を処理してから着用する」べきではないかと、まずはデザイン的には考えるのです。

もう一つは「毛」に関してどの様な感想を持つかということになります。「毛」を見ただけで、性的な興奮を持つ人はほとんどいないと思いますが、一方で「毛」に対して清潔感の欠如というような感覚を持つ人がいるのは確かです。もちろん、そのようなところに出てくるのでよく洗ってから出てくるのですが、それでもなんとなく不潔感を持ってしまうのは木のせいかもしれません。

いずれにせよ、「毛」に関しては、「流行する」というよりは、私は個人的に「マニアックな人気になる」というような感じがするのです。まあ、「マニアック」がどの範囲か、という事にはかなり疑問があります。昔は「おたく」はかなりニッチな状態でしたが、今では「オタク」も市民権を得てかなりメジャーな存在になっています。その様に考えた場合、「毛」ももしかしたらこれから流行するのかもしれませんが、今の感覚で出す勇気がある女性がどれくらいいるのでしょうか。

「宇田川源流」【土曜日のエロ】 ビキニから毛をはみ出すスタイルは流行するのか?


 今週も土曜日のエロの日になった。なんといってもやはりエロの話は最も面白い。人間の本性が出てくるし、また深層心理にある清潔感やまたは恥の概念なども出てくるので非常に面白い。ついでに言うと、私の場合エロの話をしていると「昔の若いころの自分」を思い出すことができるので、それもよいのかもしれない。

さて、そのエロの前に今週のニュースであるが、本当に今週は全くニュースがない。正確に言えば、ニュースはあるのだが、あまり話題になっていないというのが面白いところである。一応見てみると、まずは米中首脳会談。これに関しては一昨日のブログで書いたとおりである。この米中首脳会談の後に、アメリカのトランプ大統領は日本の高市首相に電話をかけている。もちろん仲が良かったというわけではないが、事前にベッセント財務長官が来ていたので、その返礼をしたということである。

しかし、トランプ大統領が高市首相に電話をしたとなれば、穏やかではないのは習近平国家主席の方であろう。習近平国家主席はプーチン大統領との会談で、トランプ大統領以上の歓待をするということになるのです。そしてそのことから、トランプ大統領は二つの行動を起こします。一つは、イランに対しての先頭の再開、そしてもう一つが台湾の頼清徳総統との会談予告ということになります。

つまり、「習近平・プーチン会談が気に入らなかった」ということを世の中に示したという事でしょう。ついでにキューバに対する攻撃もまったく忘れずに、キューバのカストロ議長を、1996年の航空機墜落事件で刑事告訴をするということになっているのです。

このように見ていると「米中首脳会談」で、何も結果が残せなかったのではなく、トランプ大統領は次の行動を規定しておいて、そこに適合しない習近平国家主席の申し出はすべて排除するということになっているのではないかという気がします。

ある意味でトランプ大統領の価値観から外れたものを受け入れないという米中首脳会談がなされたという事でしょう。アメリカの先端企業は、「うまくいった場合のご褒美」で、まさに「飴と鞭」の交渉をしたという事でしょうか。

さて、かちかんから外れたものを排除といえば、今回のエロのネタもまさにその内容ではないでしょうか。

<参考記事>

本当に世界で流行る?ビキニから毛をはみ出すスタイル

2026年4月30日 6時3分 RadiChubu

https://news.livedoor.com/article/detail/31143911/

<以上参考記事>

 さて記事によると、アメリカ版『コスモポリタン』の翻訳を元に『ウィメンズヘルス日本版』(ハースト婦人画報社)が編集して掲載したものの女性のビキニの写真の中に、ビキニの脇からアンダーヘアーがふさふさとはみ出した状態で試着した女性の姿が映っていたということで、その写真に「これこそあるべき姿」として動画で配信したところ、拡散されて400万回以上の再生、100万件以上の『いいね』を獲得したということが書かれています。

さて、我々世代であれば、「毛」といえば二つのことを思い出すのですが、一つは黒木香さんであろうか。ネットフリックスの「全裸監督」でも少し話題になったのですが、わき毛をそのままに出ていたことから、かなり話題になった。もちろん、我々は男子校であったので、その内容を興味深く(わき毛に脅威があったのか、それ以外に興味があったのかはあえて言いませんが)見させていただいたという事でしょう。

もう一つ話題になった「毛」といえば、やはり宮沢りえさんの写真集「Santa Fe」であろうか。当時最も華やかな若い芸能人がヌード写真を出したのだから、当時の男子校ではかなり話題になったし、今ほど性的なことに厳しくなかった我々の学校では、当然に購入して皆で回し読み(見ただけだが)していたのは良い思い出である。その中のヌード写真の中の一つに、「下の毛」ではないかといわれるものがあり、当時かなり話題になったのであるが、本人は「陰毛ではなく産毛」ということを表明し、そのことでも話題になったのです。い

まあ、いずれもかなり懐かしい思い出なのですが、まあ、そのようなことが話題になり、なおかつ「思い出として残っている」ということは、当然に「普通のヌードには、わき毛も下の毛も写っていない」ということが大前提であったということになるのではないでしょうか。ちなみに、日本の場合「性器」を写して頒布することはわいせつ犯罪になるので、そこはモザイクになるのですが、少なくともわき毛は問題がないということになっています。しかし、女性の羞恥及びやはり男性から見た時の価値観的な内容から、「無駄な毛は処理する」ということがある意味で常識になっていたということになるのです。

ちなみに、私が1990年代に中国に行った時は、中国のほとんどの女性がムダ毛の処理などは全くしていないということになります。これは「親からもらった身体をなるべく傷つけない」という価値観から生まれているもので、基本的には、髪の毛は切るもののムダ毛は基本的には切らないということの様でした。現在は西洋的な価値観がかなり中国でも流行しており、またハリウッド女優なども出ているので、ムダ毛の処理をしている人も少なくないということのようです。

さて、そのような「毛の思い出」のあとに言うのもんなんですが、実際にビキニから毛がはみ出しているのはどうなのでしょうか。

私の個人的な考え方からすると、そもそもビキニというのは「極限まで肌を露出する」という価値観であり、そこは、肌を見せるためのデザインになっているような気がします。そのうえで、そのデザインに「毛」が含まれているかどうかということが大きな問題になるのではないでしょうか。単純に、「毛がはみ出ている前提でデザインされたビキニ」であれば、それは毛を出さなければならないと思いますが、逆に毛が出るべきデザインではないという場合は、当然に「毛を処理してから着用する」べきではないかと、まずはデザイン的には考えるのです。

もう一つは「毛」に関してどの様な感想を持つかということになります。「毛」を見ただけで、性的な興奮を持つ人はほとんどいないと思いますが、一方で「毛」に対して清潔感の欠如というような感覚を持つ人がいるのは確かです。もちろん、そのようなところに出てくるのでよく洗ってから出てくるのですが、それでもなんとなく不潔感を持ってしまうのは木のせいかもしれません。

  いずれにせよ、「毛」に関しては、「流行する」というよりは、私は個人的に「マニアックな人気になる」というような感じがするのです。まあ、「マニアック」がどの範囲か、という事にはかなり疑問があります。昔は「おたく」はかなりニッチな状態でしたが、今では「オタク」も市民権を得てかなりメジャーな存在になっています。その様に考えた場合、「毛」ももしかしたらこれから流行するのかもしれませんが、今の感覚で出す勇気がある女性がどれくらいいるのでしょうか。

「宇田川源流」【現代陰謀説】 カリフォルニア州の市長が実は中国のスパイであった


 毎週金曜日は陰謀説の日である。毎週現在進んでいると思われる陰謀に関して、その陰謀の内容をしっかりと解説している。逆に、世の中で「陰謀論」といわれることの中で、まあ、どうにもならないような内容をすべて排除するということを目標としている。何でもかんでもどこかの団体やユダヤ人の陰謀というような話をしていても、あまり大きな意味はない。そのような陰謀論を語ることそのものが陰謀論であるというようなことになっているのであるが、本人たちは「自分こそ陰謀を暴いた」として、大きな陰謀を仕掛けている人の「駒」となってガセネタを吹聴しているということになる。まあ、どうにもならないとしか言いようがない。

 さて、陰謀の主役といえば、様々な団体や国家などが存在するのであるが、実際にはその実行犯が存在するのが普通である。その実行犯というのは、工作員とかスパイと言われる人々の事を言う。スパイというと日本では、娯楽映画の007シリーズをイメージする人が多い。それだけ日本人というのは映画なごの作品に影響されやすいということであり、マスコミ等に感化されやすいのであるが、当然それらは作品、つまり作り物でしかなく、本物とは似ていても、全く違うという場合が少なくない。実際に、イギリスで007の映画を見た情報部MI6の職員は、映画はあくまでも娯楽作品であり、映画のように街中でカーチェイスや、銃撃戦をやり、基地らしい所で大爆発をおこせば、翌日の新聞のトップになりすぐに懲戒であると笑つていたと、BBCが報じている。逆に言えば、それほど繊細で厳しい仕事であり、陰謀論者が言うような計画的なものではないのである。他人の心を動かすのは、それほど難しい事であり、例えば身近な異性の心もままならないので恋愛小説という分野が成立するのだが、敵国のそれも見ず知らずの集団を動かす事が、そんなに簡単にできるはずがない。陰謀論は、そのような失敗まで計算しているかのごときありえない話をまことしやかに言うのである。

<参考記事>

米加州の市長、中国の工作員容疑 指示受け記事投稿と訴追、辞任

5/12(火) 11:26配信 共同通信

https://news.yahoo.co.jp/articles/436ea087c2e8b60d3c8416ab677551baaa583fd8

<以上参考記事>

 米国のカリフォルニア州ロサンゼルス郡にあるアルカディア市の市長だったアイリーン・ワン(Eileen Wang)被告が、米国政府の許可を得ずに中国政府の違法な「外国代理人(工作員・スパイ)」として活動していたことが、米司法省の発表によって明らかになりました。中国系移民であるワン被告は、2022年に市議会議員に初当選したのち、2026年2月から同市の輪番制によって市長に就任したばかりの人物です。

 米司法省の起訴内容によると、ワン被告は2020年から2022年にかけて、当時の婚約者とともに中国系アメリカ人向けの地元のニュースサイトを共同運営していました。しかし、このサイトは地元のコミュニティ誌を装っていたものの、実態は中国政府関係者からの直接の指示や命令を実行するためのプロパガンダ機関として利用されていました。具体的には、新疆ウイグル自治区におけるジェノサイド(集団殺害)や強制労働の疑惑を強く否定するような、中国政府の立場に沿った親中派の記事を掲載し、米国内の世論を誘導しようとする工作を行っていました。ワン被告は、暗号化されたチャットアプリを通じて中国の当局者と密に連絡を取り合っており、指示された記事をサイトに投稿した後は、閲覧数を示すスクリーンショットを送って成果を報告するなど、組織的なスパイ活動に従事していました。時には、情報の拡散前に中国政府側の承認を自ら求めることもありました。

この一連の違法な世論工作と隠密活動が連邦捜査局(FBI)などの捜査によって発覚し、ワン被告は連邦裁判所に起訴されました。彼女は検察側との司法取引に応じて自身の容疑を全面的に認め、活動について米司法長官への義務付けられた届け出を行っていなかった罪を認めました。容疑を認めたことに伴い、ワン被告は2026年5月11日にアルカディア市の市長を辞任しています。今回の事件は、地方自治体の首長という極めて身近な政治的立場にまで中国政府の諜報・世論工作の網が深く浸透していた実態を示す象徴的な事例として、米国内で大きな波紋を広げました。

この市長の政治を後押ししていたのはアメリカの民主党です。アメリカの民主党は、スパイに気づけないような状況なのか、またはスパイと同じように中国に使われているということになります。少なくともSNS上でそのように書かれているものもあります。

アメリカの民主党と中国共産党の関係、そしてスパイ活動への対応については、政治的な立場や見方によって解釈が大きく分かれており、一概に「気づけない状態」や「中国に使われている」と断定することはできません。しかし、SNS上などで指摘されるような懸念が生じる背景には、民主党の対中政策の歴史や、中国による工作の手口、そして米国内での安全保障上の議論が複雑に絡み合っています。

 歴史的に見ると、民主党はビル・クリントン政権時代からバラク・オバマ政権時代にかけて、中国を国際経済体制に組み込むことで民主化や協調を促す「関与政策」を重視してきました。この政策のもとで中国との経済的・文化的な交流が急速に拡大したため、結果として中国側が米国の政財界や地方自治体に深く浸透する隙を与えてしまったという批判が存在します。SNSなどで「スパイに気づけない、あるいは利用されている」と評されるのは、こうした過去の融和的な姿勢や、多様性を重視するあまりに特定のエスニック・コミュニティに根ざした工作への警戒が後手に回ったのではないか、という見方に由来しています。

 一方で、近年の安全保障環境の変化に伴い、民主党の対中認識は劇的に変化しています。ジョー・バイデン政権以降、民主党は共和党と同様に、中国を最大の「戦略的競争相手」と位置づけ、半導体などの先端技術の流出防止や安全保障の強化を推進しています。今回のアルカディア市長の摘発も、連邦捜査局(FBI)や司法省といった政府機関が厳格にスパイ活動を監視・捜査した成果であり、民主党政権下であっても中国の違法な影響力工作に対しては妥協なく法執行が行われているという現実を示しています。

 スパイ活動の巧妙さも、政治家が意図せず巻き込まれる要因となっています。中国の諜報機関は、政治家の卵や地方の有力者に対して、最初はスパイ活動とは分からない形で接近し、経済的な支援や地元の選挙区での集票協力を通じて合法的な関係を築く手法を好みます。そのため、標的となった政治家自身が「背後に中国共産党の意図がある」と気づかないまま、結果として中国に有利な言動をしてしまうケースが指摘されています。これを「使われている」と捉えることも可能ですが、治安当局の見解としては、組織的な加担というよりも、中国側の高度な「影響力工作」に絡め取られてしまった状態に近いと分析されることが多いです。

 結論として、民主党と中国共産党が組織的に結託しているという明確な証拠はなく、むしろ現在の民主党は中国の脅威に対して警戒を強めています。しかし、過去の交流重視の政策の名残や、地方政治にまで巧妙に潜り込む中国の工作手口により、結果としてスパイ活動を許してしまったように見える隙が生まれていることは否定できず、これが国内外での激しい政治的議論やSNS上での厳しい推測につながっています。

「宇田川源流」【日本報道検証】 実り無き米中首脳会談の意味するもの


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます。

 さて今回は、5月14日・15日に北京で行われた米中首脳会談について、その内容を検証し、そのうえで、その内容から見える日本の問題を見てみたいと思います。

さて、この会談は世界で注目されていました。私がいつもここで記載している「21世紀型冷戦」の両巨頭が直接会談するのですから、注目されないはずがありません。当然にメディアは不毛な「勝ち負け」をつけたがるのですが、実際はどうなのでしょうか。

まずは、この会談で決まったことを見てみましょう。

・ 「建設的・戦略的な安定関係」の構築:両国関係の新たな枠組み(パラダイム)として、この関係性を目指していく方針で一致しました。中国側はこれを「協力を主とする積極的な安定」「節度ある競争」「意見の相違の管理」と定義しています。

・ ホルムズ海峡の開放:中東情勢の緊張が続く中、ホルムズ海峡の開放を維持すべきだという認識で一致しました。

・ イランへの軍事支援否定:トランプ大統領の明かし方によると、習主席は「イランに軍事支援は行わない」と明確に述べたとされています。

・ 対話枠組みの活用・新設:政治・外交、および軍同士の意思疎通ルートをさらに活用すること、ならびにAI(人工知能)に関する対話の枠組みを設けることで一致しました。

・ 経済・貿易での休戦と協議継続:関税についてはいったん「休戦」とし、貿易拡大や摩擦解消に向け、対等な協議を継続していく勢いを維持することで合意しました。

 この他に、習近平国家主席が台湾問題を「米中関係で最重要の問題」とし、「誤って処理すれば両国が衝突する恐れがある」とトランプ大統領を直接強く牽制したという報道がありますが、その剣に関しては全く合意がされていなかったということになります。この他にも、ウクライナの件やイスラエルの件、アフリカの資源の件や、南米の漁業の件、宇宙開発の件など、両国の間にある問題は様々あるはずですが、これらの他の課題は全て棚上げされたということになります。

<参考記事>

トランプ氏訪中、乏しい成果 構造問題・対立点は置き去り、中国ペース目立つ

5/15(金) 20:28配信 産経新聞

https://news.yahoo.co.jp/articles/fa876496fe7508b83893cfff341d2518f9c79a93

<以上参考記事>

 実際に何の成果もないのが今回の米中首脳会談であったということになります。ではなぜそのようになったのでしょうか。

アメリカは明確なホルムズ海峡防衛に中国を出すことはできず、ウクライナに関しても話し合いはなかった。一方中国は台湾に関してアメリカの介入を否定できず、台湾問題がディールの材料になった。これは双方とも国内が安定しておらず思い切った主張ができなかった事が一つの理由であろうと考えます。

アメリカに関して言えば、トランプ大統領は「海峡開放で一致した」と成果をアピールしていますが、中国が中東に独自の艦隊を派遣して米国主導のシーレーン防衛に参加するという具体的な軍事的関与の約束は一切ありません。アメリカはイランへの先制攻撃により、国際社会や国連からの反発に直面し、中東での孤立感を深めていました。中国に「イランへの軍事支援を止める」と言わせるのが精一杯で、米国の肩代わりをさせるような実効的なディールは成立していません。また、ロシアとの関係悪化を恐れる中国側への配慮や、米中双方の優先順位(米国は中東・中国は台湾)のズレから、ウクライナ問題は実質的に実のある議論を避けられ、棚上げ状態となりました。

これは会談当時のトランプ大統領の支持率は36%前後と低迷しており、燃料価格の高騰に伴うインフレ再燃リスクに国内の不満が高まっていました。中東戦線の拡大は自身の支持基盤からの離反を招くため、トランプ大統領はこれ以上の戦争(台湾有事など)を何としても避けたいのが本音です。そのため、中国に対して全面的な経済戦争(2025年のような激しい関税合戦)を仕掛ける余裕はなく、中国から「巨額の対米投資・製品購入」という目に見える経済的果実を国内向けに持ち帰ることが最優先となり、外交的な大勝負に出る力を欠いていました。

一方、中国の事情はどうでしょうか。

習主席は「台湾問題は最重要のレッドライン」と強く警告したものの、トランプ大統領から「軍事介入しない」という言質を勝ち取ることはできませんでした。トランプ大統領は訪中直前に140億ドルの台湾向け武器売却の承認を意図的に遅らせ、会談後に「近く決断する」と含みを持たせています。これはまさに、台湾への安全保障供与が「中国から経済的・外交的譲歩(ボーイング機200機購入や農産物買い付けなど)を引き出すためのビジネス的なディール(取引)の材料」として扱われている実態を裏付けています。

同時に、レッドラインを言ってしまったということは、逆に言えば、そこまでは台湾に介入しても中国とアメリカは衝突しないということを中国側から表明してしまったということになります。

中国国内は長引く不動産不況や需要の低迷、株価対策に追われており、これ以上の米国による経済的締め付け(デカップリング)に耐えられる状態ではありません。さらに、中国軍(人民解放軍)のトップである国防相経験者2人に死刑判決が下されるなど、軍内部の大規模な粛清(排除)による組織の動揺が続いていました。軍の体制が足元で不安定な中、習政権にとって最悪のシナリオは「米国を過度に刺激し、台湾有事を今すぐ誘発してしまうこと」です。そのため、表面上は強く台湾問題を警告しつつも、実際には「建設的・戦略的な安定関係」というマイルドな言葉で決定的な衝突を回避し、時間稼ぎを優先せざるを得ませんでした。

今回の会談の結果(表面的な「友好演出」と「決定的な合意の不在」)から推測すると、近未来の米中関係は「決定的な衝突(戦争・全面禁輸)は避けつつも、実質的な対立と包囲網の形成がじわじわと進む『管理された冷戦(局所的ディール期)』」へ移行していくと推測されます。

この米中の近未来像は、日本にとって大きなリスクを孕んでいます。トランプ大統領は訪中直後、エアフォースワンから日本の高市首相に電話会談を行って内容を共有しましたが、米国が中東情勢や自国のビジネス実利を最優先し、安全保障上の最重要課題(台湾問題やシーレーン防衛)で日本を「頭越し」にして中国と二国間ディールを成立させてしまう懸念が強まっています。近未来の米中関係は、「握手をしながら、水面下で足を踏み合う関係」です。お互いに国内の致命的な弱み(米国のインフレ、中国の経済・軍不況)を抱えているため、表立って殴り合う体力はありません。しかし、構造的な不信感(台湾・先端技術)が解消されたわけではないため、「次の決定的衝突までの時間を、経済取引という麻酔で引き延ばしている状態」が続くことになります。