「宇田川源流 日本万歳!」 自然とコンクリートの共生を考えた日本人の知恵、コンセプトがすごい
「宇田川源流 日本万歳!」 自然とコンクリートの共生を考えた日本人の知恵、コンセプトがすごい
月曜日は「日本万歳!」をお届けしている。ほぼ毎週同じことを書いているが今の日本は、どうも元気がない。日本人というのは、どうも自分のことを自虐的に見る癖がついてしまっているような感じがする。全く自分に自信を持てなくなってしまっているというか、何か同じ日本を批判し、身内の悪口を言うことが自分のアイデンティティと勘違いしている人が少なくないのではないか。
最近話題になっている「ネットでの誹謗中傷」と「それに伴う自殺」など酷いことになっている。なぜか、根本的なところは全く何もしないで、または「相手を褒める」というポジティブなところに向かわずに、批判とか誹謗中傷しかしないというのはいったいどういうことなのであろうか。
そもそも、日本国を批判するということの意味を分かっているのであろうか。
私たち日本人は、日本という国で生まれ育っている。中には生まれが海外の人もいるし、また、一時海外で仕事をしていた人もいるであろう。しかし、基本的には日本人としてのアイデンティティを持っており、日本人としての習慣や考え方を踏襲しているという状況にある。しかし、その「自分の元」を批判するということは「自らが不十分でしかないし、また、自らの育った環境がダメだ」といっているのであり、なおかつ「批判をしながらその環境お直す力がなかった自分自身は、力不足でありなおかつ批判しなければならないような環境で育ったダメな人間である」ということを言っているのに過ぎない。つまり、何か偉そうに他人を批判していることが、そのまま、自分自身を否定していることにしかならないのである。
そして、日本人のそのような批判をしている人は、「自分自身がダメであるということを言っていることの気づかずに、批判することが偉い、何かを否定することが偉くなった」というような幻想を持っているのである。
本来はそのようなものではない。批判など口に出すことなく、直せばよいことであろう。そのような「無邪気な似非インテリ」が多いことが日本の最大の問題なのである。
では本当の日本はどうなのか。本来は、他の国では考えないようなすごいことをするのではないか。
それを見てみよう。
「数十年後に森になる」計画で作られたビルが話題 完成から25年...その現状は?管理会社に聞いた
アクロス福岡(福岡市)。九州最大級の繁華街・天神にある、国際会議場や音楽ホールを備えた複合施設だ。
そんなアクロス福岡が、「35年後には森になる」という投稿が、ツイッターで注目を集めている。福岡の中心地にある施設が、2055年には森になる......?
いったい、どういうことだろうか。
これは1995年、25年前のアクロス福岡完成当時の写真だ。階段状の建物が近代的な印象を与える。
話題になったツイートによれば、アクロス福岡はこの完成当時から
「60年後には森になるらしい」
といわれていたとか。
しかし、この写真を見る限りではうっすらと緑はあるものの、「森」といった印象は全くない。
だが、それから23年経った2017年、アクロス福岡はどうなったかというと......
なんと、木が青々と生い茂っているではないか。
これは確実に、「森」に近づいていっているような気がする。
Jタウンネットは20年7月16日、アクロス福岡のビル全体を管理するエイ・エフ・ビル管理を取材し、詳しい話を聞いた。
「九州の山に近づけている」
この森は「ステップガーデン」と呼ばれ、ビルの2階から14階までの天井部分に木が植えられている。いわゆる屋上緑化だ。
建物の南側に広がる天神中央公園の緑との一体化をコンセプトに作られたという。
担当者によれば
「当初は外来種も含め、様々な木を植えていました。しかし、現在は風や、鳥が運んできた種などから、より自然に近い形で新しい木も増えています」
とのこと。
「あと35年で森になる」という情報がツイッターで話題になったことについては、次のように話す。
「最初に60年で...と決めていたかどうかは分かりません。今もあと35年で、ということを目指しているわけではありません」
つまり、施設を森のように緑化していくというコンセプトがあることは事実だが、具体的な年数までは定めていないようだ。その上で担当者は、
「現在は、より九州の山の環境に近づけていくような方針になっております。また、秋の紅葉をもっと楽しんでいただけるように広葉樹も増やしているところです」
と、今後の展望を説明。また、
「元々は人工土壌を使用していましたが、時が経ち、現在は腐葉土になっています。また、備え付けのスプリンクラーを使わなくても雨水だけで十分、緑は育っています。
50年、100年と経って、もしビルがなくなることがあっても、そのままどこかに移植できるような、自然な森を目指しております」
としていた。
すでに微生物や虫、鳥なども住んでいるそう。これからもステップガーデンは、どんどん自然に近づいていくのだろう。
2020年07月18日 08時00分 Jタウンネット
https://news.nifty.com/article/item/neta/12150-732151/
都市開発というと、基本的には「自然を壊す」ということではないかという気がする。もちろん基本的であり、中には公園などを整備したり、あるいは、うまく自然の地形を取り込んでいるところも少なくない。しかし、それは「ジャングルがそのまま残っている」というような話ではないので、当然に、どんなに気を付けていても、自然を切り開いているということには変わりはないのである。
さて、その中において、他の国の都市化というのは「自然に勝つ」というようなコンセプトになっている、もちろんその国の環境や気候などから考えれば、そのようになることも考えられる。自然の猛威にさらされ、厳しい環境の中で育てば、当然にその厳しさを何とかしようというようなkなん核になるのではないか。
しかし、日本の場合は、そのように厳しい環境ではなかった。もちろん、川や海の堤防や、土砂崩れなどにおける砂防ダムなどに関しては、当然に、強固に作り、なおかつ視線に逆らっていたとしても、人工的な枠の中にはめ込んでいるということになる。人間の安全や生存に関することに関しては、そのように自然を壊すような状況を作り出しているような気がするのである。
しかし、一方日本では「なるべく自然を使う」または「自然を活かす」ということが考えられているのではないか。
歴史小説などを書いていれば、「川を堀の代わりに」「谷を空堀の代わりに」「急峻な山の上に城を築き、防御のかなめにする」などということは、普通に行われる。山城を取材に行くということは、高尾山を上るのとは全く異なる。標高は低いし、山道も短いかもしれないが、しかし「本格的な装備」が必要なのである。そのような状況の中に、城があり人がその中に何カ月も立てこもるような状況を想定していたということは、まさに「自然と共生した方が日本人の場合強かった」ということになる。
それが現代になるとどうなるであろうか。
「当初は外来種も含め、様々な木を植えていました。しかし、現在は風や、鳥が運んできた種などから、より自然に近い形で新しい木も増えています」<上記より抜粋>
建物の中(というかが壁であるが)、そこに土を入れ、植物を植える。これを坂道になっているようなところで気を育てることによって「森」と「森の下の人間の生存するスペース」という二つのすみわけになっている。実際に、建物の屋上などは実は空白になっているので、その場に木を植えればよいというような単純な発想であるが、それがなかなかできるものではない。植物を育てるため水などを流さなければならないし、微生物や昆虫も入れなければならないのである。
単純に観葉植物などを入れるのではなく「森ができる環境を建物の中に移植する」ということは、自然との共生を続けてきた日本人にしかできないことではないのか。
「元々は人工土壌を使用していましたが、時が経ち、現在は腐葉土になっています。また、備え付けのスプリンクラーを使わなくても雨水だけで十分、緑は育っています。50年、100年と経って、もしビルがなくなることがあっても、そのままどこかに移植できるような、自然な森を目指しております」<上記より抜粋>
まさに、このような「森だけでも残る」というコンセプトを作り、それを自慢できる。これこそ日本のすばらしさではないか。
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