「日曜小説」 マンホールの中で 3 第二章 6

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第二章 6

「それにしてもうまくいったなあ」

 警察署の所長室にある猫の置物の写真を撮ってきた。まさか泥棒である次郎吉が堂々と警察署を正門から入り、そして、所長室に入って写真を撮ってくるなどということができるとは思っていなかった。

「さあ、なんて書いてあるか教えてくれるか」

「ああ、爺さん『シロ』『丸』と書いてある」

「要するに城山に丸い宝石ということだな」

「ああそうなるな」

「そして、もう一つは」

 もう一つ、それはこの日までに次郎吉が東山の家に忍び込み、そのどこかにある猫の置物を盗んできたもしくは写真を撮ってその暗号を盗んできたということを意味している。善之助も、まさか、もともとは警察官であった自分が、東山の家に不法侵入して、そこにあるものを拝借するようにいうとは思ってもいなかった。そして、それを自分から「もう一つは」と聞くようになろうとは、本来ならば自分は取り締まらなければならない立場であったはずが、本当によく変わったと思う。

「もう一つ、東山の家の奴か。あれは『ムラ』『ヨン』と書いてあった」

「ムラというのは、五つの避難所のどこかにあったか」

「五つの避難所は、八幡山・城山・平岳山・眉山・石切山だったが」

「ムラというのはないな」

「ああ。ないんだ。爺さんならばこの山の中の古いい方とか正式な名前を知っているのではないか」

 山の名前などは通称で話してしまうことが少なくない。例えば日本アルプスの中に八ヶ岳という存在があるが、実際には八ヶ岳という山は存在しない。八か所の山の総称である。しかし、八ヶ岳という方が世の中では通っている。次郎吉はそのような話をしているのである。この五つの山の中で正式名称が違っている山、もしくは東山将軍が活躍していた時代に、この辺で通称でムラのつく山の名前があるのではないか。そのように考えたのである。

「よし、それは私が調べておこう。まあ、目が見えないから誰かに聞くという話にしかならんがな」

「まあ、それでも十分だよ。その間に、俺はこちらはその宝石を手に入れないとな」

 次郎吉はなんとなく嬉しそうに話をした。実は、善之助と組んでから、初めての「泥棒」である。まあ、善之助が、元警察官でありなかなか物を盗んでほしいというような直接的なことは全くなかった。しかし、今回は善之助も認めた「泥棒依頼」なのである。

「宝石だな。それがないと始まらない」

 泥棒依頼ということはわかるのであるが、しかし、まだその話の中で「どこにある何を盗むのか」ということが全く見えていないのである。よくよく考えれば、その宝石がどんな形のもので、どんな価値の物なのか、ダイヤモンドなのか、サファイアなのか、ルビーなのか、それもよくわかっていない。その意味では善之助の思う通りなのである。

「俺たちが狙ったのは、三角形のピラミッドのような形だった」

「おお、それが三角だな。八幡山に関係のある宝石だな」

 確かにそうだ。そしてそれが暴力団素組織郷田連合の事務所にあるとされている。その宝石がたぶん三角といわれるものであろう。

「あと、マルとヨンだな。でもヨンというのは、四角形という意味なのか、あるいは、宝石が四つという意味なのか。それがわからないと探しようもない」

「やはり盗む対象がわからないと無理なものか」

「そりゃそうだ。よく山登りに人生とかプロジェクトを例える人がいるが、俺はもともとそういうのが嫌いなんだが。まあ、あえてその山登りに例えていうならば、どの山に登るか、目標を決めないで、山を登ることは無理なんだよ。富士山の山頂を目指すのか阿曾山の山頂を目指すのかによって、その装備も違えば、心構えも違うし、そのルートも全く違う。泥棒だって同じことで、そもそも郷田連合の事務所に盗みに入るのと、東山の家に入るのでは装備も違えば方法も違う。ヨンという宝石が四角形ならば別に他と同じであるが、そうではなく、四つということになれば、それを探すところ、そしてどこにあるのか、そのうえ四か所に対応したやり方を行わなければならないのではないか。そういうものであろう」

「ああ、次郎吉の言うとおりだな。」

「そのうえ、爺さんと俺二人しかいない。この二人で何ができるか。そしてなるべくこの二人でできる内容を考えて、その中で最も効率的な内容を考えないといけない。よく経営者が効率経営とか、経営の合理性なんて言うことを言うが、泥棒こそ無駄を省き、効率的に、そのうえ素早く時間をかけないでやらなければならないんだよ。効率が悪ければ、それだけ余計な手間が入って、警察の捜査の資料を残しやすくなり、足が付きやすい。それに時間がかかれば、忍び込んだ家の人にばれてしまうことも十分に考えられるし、やはり良い結果にはならない。それだけに入念に準備をして、その準備の上で、何回もシミュレーションし、そして時間をかけずに最低限のためで行う、それが泥棒なんだよ」

「それが泥棒の哲学なのか」

「爺さん、これは哲学ではない。いろはのいなんだよ。そうではない人は、泥棒にはなれないんだよね。正確に言えば、やってもすぐにつかまる。まあ、哲学っていうのは、泥棒の心得というか、もう少し泥棒を極めた人が言う言葉でね。まあ、俺から言わせれば、泥棒っていうのは、他の人から無理やり盗むのではなく、その商品がこっちに来たいと思うように仕向けて、その商品の心にしたがって体を動かすことなんだよ」

 次郎吉は、泥棒を行う対象物を見て、その対象物に対して「こっちにきたい、こんな人のところを早く抜け出したい」と思うように持ってゆき、その心に従って体を動かせば自然とこちらに来るというのである。そのためにはまず泥棒の対象物を知り、そしてその対象物と会話し、そして、その対象物の心を知り、その心をこちらに向けなければならない。そしてその心が、今の持ち主と自分を比べて、今の持ち主ではだめだということを考えるようにさせて、そしてそれを持ってくるというのである。そのためには、対象物との会話は当然に必要であるし、また、その対象物との内容をしっかりと考えてゆかなければならないのである。そこにあるからといって持ってくるのではなく、そこにあるものをいかに効率よく、そして自然に持ってくるのか。そのことがどれほど重要なことなのであろうか。次郎吉はそのことに関してかなり熱弁をふるった。

 善之助は、その次郎吉の話に改めて感心した。

「なるほど、商品の心か」

「ああ、心だよ。まあ、ものに心なんてあるのか、という人もいると思うが、実際に物というのは必ず心があるもんなんだよね。その心をしっかりと見てゆかなければ話にならないんだよ。どうしても俺のところに来たくない商品は、そいつを盗むことを止める。それが最も重要なんだ。それだけに事前の調査とか、そういったもので商品の心を知ることは非常に重要なんだよね。だいたい爺さん。ここの家だってそうだろう。玄関は俺に入ってきてほしくないというが、台所の窓は、俺のことを歓迎しているんだ。だから玄関からは入らないで台所の窓から入る。この家全体が俺がくることを拒むようならば、それは俺は入ることができないし、もしも無理やり入ったとしても、心に反しているからうまくゆかなくて失敗するんだよ」

「では、今回はどうする」

 善之助は、その話が分かったものの、対象物がわからない今回のような場合、次郎吉がどのようにするのか、非常に興味があった。

「今回なあ」

 次郎吉は黙ってしまった。今回は本当に、どこにあるのか、いや、実際に存在は当時はしていたとしても、もう捨てられてしまっているかもしれないのである。何しろ戦争中の話だ。つまり70年も前の話をしていることになる。その70年前の宝石が、今どこにあってどんな状態なのかを見なければならないのではないか。そのうえ、その宝石がどこにあるのか、その手掛かりもないのである。

「次郎吉さん、あの地下壕には何かヒントはないのか」

 軍が最後の抵抗を試みようとしていた地下壕。そこに何かがあるのかもしれない。

「あるかもしれないな」

「ご苦労だがもう一度見てきてくれるか」

「ああ、わかった。他にないしな」

「それと郷田連合の事務所はどうする」

「そりゃ、入るよ。あんなところには、宝石さんもいたくないだろうからね」

 なるほどと思った。

「ではまずは宝石の内容を調べよう。私も何か資料を集めるから」

 次郎吉は、その場から消えた。

宇田川源流

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