「宇田川源流」【大河ドラマ べらぼう】 吉原俄祭で「神隠しにあう」愛し合う二人
「宇田川源流」【大河ドラマ べらぼう】 吉原俄祭で「神隠しにあう」愛し合う二人
毎週水曜日は、NHK大河ドラマ「べらぼう」に関して、好き勝手に感想を述べるというようなことになる。単なる素人の感想なので、あまり良いものではないが、しかし、一応歴史小説を書いている人間としてそれなりに感じるところがある。その歴史小説作家的な目が、他の皆さんとは全く異なる内容を話しているのかもしれない。そのような意味で一応毎週水曜日にこの内容を書いている。
さて、今回も物語の前にその内容のキーマンを見てみよう。今回は平沢常富、いや、朋誠堂喜三二についてみてみよう。大河ドラマ「べらぼう」の中では、尾身としのりさんが、熱演しているということになる。いや、「熱演している」とはいえ、なんとなく一瞬出ていた野である。今まで「大物俳優なのになぜ一瞬なのか」など言われたが、今回、その出場機械の答え合わせが出ていたのは一つの話題になっている。
さて、その平沢常富とはどんな人物であったのか。
今回、紀行で出ていたように平沢常富は出羽国久保田藩、現在の秋田県秋田市久保田城を居城とする佐竹家の藩士で江戸留守居役であった。朋誠堂喜三二の筆名で知られる戯作者、手柄岡持(てがらのおかもち)の狂名で知られる狂歌師でもある。なお、上記のほか、青本では亀山人、笑い話本では道陀楼麻阿(どうだろうまあ)、俳号は雨後庵月成、朝東亭など多くの筆名や号を使い分ける。
江戸の武士、西村久義(平六)の三男として誕生。14歳で母方の縁戚にあたる久保田藩士・平沢家の養子になった。なお、養子先は愛洲陰流剣術の祖、愛洲移香斎の子で永禄7年(1564年)に佐竹義重に仕えた小七郎宗通(元香斎)を祖としているとされる。佐竹家は、もともとは常陸国常陸太田城の城主であったが、関ケ原の戦いで西軍に属したために秋田に転封となったのである。
天明の頃は藩の江戸留守居役筆頭で、120石取りであった。当時の江戸留守居役は、江戸藩邸を取り仕切り、幕府や他藩との交渉を行う、一種の外交官に相当した。
平沢常富は、若い頃から「宝暦の色男」と自称して吉原通いを続けてた。なお、吉原は遊びだけではなく、武士同士が外交できるサロンのような場所であったので、そのような意味で吉原通いが続いていた。勤めの余技に手がけた黄表紙のジャンルで多くのヒット作を生んだ。また、田沼時代は武士・町人の間に「天明狂歌」といわれる狂歌ブームが沸き起こり、数多くの連(サークル)が作られた。常富も手柄岡持や楽貧王という名で狂歌の連に参加していた。
しかし、松平定信の寛政の改革で文武奨励策を風刺した黄表紙『文武二道万石通』を執筆し天明8年(1788年)に上梓したことから久保田藩9代藩主・佐竹義和より叱りを受けたらしく、黄表紙からは手を引き、以降はもっぱら狂歌作りに没頭したようである。本を出すのに蔦屋重三郎の耕書堂で出版を行い、蔦屋重三郎の支援を行っていたのである。
さて、今回はその蔦屋重三郎(横浜流星さん)と平沢常富の関係が始まった「吉原の俄祭り」の描写であった。
<参考記事>
<べらぼう>今週の「いい女」は松の井! 「祭りに神隠しは付き物」粋な言動でうつせみ&新之助の“背中押す” 視聴者「二人に幸あれ」
3/23(日) 20:54配信MANTANWEB
https://news.yahoo.co.jp/articles/b30fdc468ba9b755a7862e445a9464817a1d8062
<以上参考記事>
「俄」とは吉原だけの言葉ではなく、他のところでも行われた。江戸時代から明治時代にかけて、宴席や路上などで行われた即興の芝居を行う事であった。現在でいうところの「サプライズ路上ライブ」のような感じであろうか。吉原で行われたものが有名であるが、他でも行われ、宿場町などで祭りの季節ではないのに突然何かを行うということがあったのである。俄狂言の略で、俄、つまり素人が演じたことからこう呼ばれる。あるいは一説に、路上で突然始まり衆目を集めたため、「にわかに始まる」という意味から「俄」と呼ばれるようになったと伝えられる。
遊廓などでも演じられ、多くは職業芸人でない素人が行った。江戸では「吉原俄」として有名だった。これらは吉原遊廓の幇間によって演じられていたとも考えられている。樋口一葉の「たけくらべ」の中でも紹介されている。今回の内容は、その吉原俄が行われたという設定である。
しかし、通常は吉原を上げて行うが、大文字屋(伊藤淳史さん)と若木屋(本宮泰風さん)らの間で戦いながらの俄祭となったのだ。そしてその内容をお面白おかしく書くということで、また蔦屋重三郎が平賀源内(安田顕さん)に頼みに行くが、しかし、平賀源内は朋誠堂喜三二に頼めばよいということになるのである。会ったことがないというと「もう会っているよ」ということで、平沢常富であるということを理解することになるのである。
そうやってできたのが「明月余情」ということになり、それが耕書堂で出版するということになるのである。
そしてその祭りが一気に盛り上がったところで、今回の参考記事にあるように花魁のうつせみ(小野花梨さん)は待ち焦がれた相手・新之助(井之脇海さん)の姿を見つけ、花魁松の井(久保田紗友さん)に背中を押され、二人で駆け落ちするのである。
松の井は「祭りに神隠しは付き物でござんす」と口にすると、「お幸せに」と手に持っていた笠を差し出す姿は、うつせみの気持ちを花魁のみんながよくわかっているということであり、また、みんなが幸せになってもらいたいということを思っているのである。ある意味で、店の圧力があるが、一方で、花魁同志は厳しい花魁の世界に友情というものがあるのではないか。そのような何か温かい話があるのである。
多分、作者もまたNHKの政策の人々も、一人くらい幸せな結末になる人がいてもよいと思っていたのではないか。私はそう願っている。
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