小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 17
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 17
「全部ばれているんですね」
荒川は言った。
「まあ、中国共産党も様々なところに人がいますので、あなたが成田で飛行機に乗るところから全部わかっていますよ。中国の監視社会とはそういったところです。」
胡英華は、余裕を持った口調で、かなり忠良な日本語でそのように言った。秘書の謝思文だけではなく、そのボスである胡英華もこれだけ日本語を話すのかというような感覚になる。
「胡同志、後ろの車はどうしますか」
謝はバックミラーを見ながら助手席から後ろの座席に声をかけた。これも流暢な日本語である。
「荒川さん、どうしますか、安斎さんがタクシーでついてきていますが」
胡英かは、笑いながら荒川の方に向かって話した。何故か、手を常に動かしている。この男は何か考え事をしたり、何か考えているときは手を動かす癖があるのであろうか。
「まあ、後ろはほっておいてください。ただ、友人というだけですから」
「そうですか」
胡は、手の動きを止めた。要するにここからは自分の用意してきた内容を話すということなのであろうか。それはなんと無くその手の動きを試してみたい。荒川は、そう思ったのでせっかくであるから次の話を自分から切り出した。
「では、あのハミティというウイグルの人は、共産党のスパイですか」
「ああ、ハミティね」
やはり、思った通り胡英華の手は、かなり激しく動かし始めた。予想外の質問にはなかなか対応ができないらしい。しかし、荒川からすれば意外な展開がここから出てきたのである。
「荒川さん。ハミティに関してはわかりませんね」
なんと助手席の謝から声が出たのである。そして謝が声を出したところで、胡英華の手の動きが緩やかになった。
「謝さんから答えがいただけるとは思いませんでした」
「いや、さすがに我々のレベルになると、というと、かなりおこがましい言い方ですが、しかし、共産党常務委員の所には様々なっ情報が来て、何でも知っているように皆さん誤解するのかもしれませんが、実際は末端は中国の上の方にはわからないことが多いのです。もっと単純に言えば、たった7人で中国20億人のすべての人のことを把握できるはずがありありません。その様に考えれば、そのハミティという人がどの様な人物で、どの様な素性で、どの様な事を荒川さんに言い、どの様に荒川さんが思ったかなどということは全くわからないのですよ。大変申し訳ないが、そんな小さなことを私たちに聞かないでください。」
「他なら何か聞いてもよいという事でしょうか」
「荒川さん。あなたは日本人ですし、また中国共産党員でもなんでもありません。ですから、当然にその発言は中国人同士とは異なり、あるう程度基本的なことでっも許されますし、また、荒川さん自身に害する意識がないの夷、我々に対しては失礼というようなこともたくさんありますが、それらは文化や習慣の違いとしてよ供することにします。そのような意味で、荒川さんは、どの中国人に対しても、つまり、周毅頼国家主席に対しても、自由に悪意のない質問をすることが可能です。」
「そうですか」
中国人の割には、非常に論理だった言い方である。いや、中国人の割にはといっては、中国人を差別しているように聞こえるのかもしれない。しかし、荒川からすれば、自分は敵対しているというように考えてもおかしくはないし、また、日本に対して様々な工作をしている中国共産党の幹部である。その様に考えれば、この人々が、自分に対して害意がないことの方がおかしいのである。
その様に考えればこの車の中で殺害することもできるし、また、どこかに拉致することもできる。しかし、それにも関わらず、質問は自由に行ってよいなど、何か特別な余裕があるのかもしれない。逆にそのように疑ってしまう。
「しかし、私たちにも権利があります。」
「はい」
「答えたくないものには答えませんし、また、国家機密に当たるもので話すことができないものもあります。もちろん、礼儀作法や共産党の理念など、中国人ならば誰でも知っているようなことならば、聞かれないでもお話しすることもありますが、荒川さんが聞きたいことはそのようなことではないでしょう。」
「というと」
荒川はわざととぼけた。
「また。まずは、いま日本で言われている病原菌の話や、中国が日本を占領するのではないかというような疑惑。はっきり言ってしまえば、今、国家や日本のマスコミで話題になっていることは、ほとんど我々が知っていると思ていただいて構いません。まあ、そのことは荒川さん自身がここにいて、このように車に乗っていることからわかると思いますが。」
「では遠慮なく。」
要するに、この中国人たちは、自分たちは何でも知っているし、すべて荒川を凌駕しているといいたいのである。そのうえで、荒川の方から何が疑問であるのかということを話させたいという事であろう。そのうえ、そこで馬鹿にされたと怒れば、それは礼儀に反するとして何も答えないという事であろう。まあ、中国人のやりそうな威圧であり威嚇である。西遊記に出てくる孫悟空をもてあそぶお釈迦様を気取っているのであろう。
「今せっかく謝さんからお話が有ったので、そのまま質問しましょう。中国は日本に攻めて来るのですか。」
胡英華の手が、またせわしなく動き始めた。
荒川からすれば、謝思文が自分から「このような質問があるのではないか」というような質問は、当然に何らかの答えがあるのと同時に、その質問は「そんなことはしない」と思っているのであろう。しかし、そのことを逆手にとって考えれば、最も聞いてほしくないことを例示として挙げてしまう可能性も考えられる。荒川は、その「最も上げてほしくない質問を例として挙げたのではないか」と考えたのである。
案の定、胡英華の手はせわしなく動き、また荒川の前に座る謝思文は、深いため息とともに、座りなおした。
確かに、もっとしてほしくない、微妙な問題である。同時に、そのことは質問してほしくないので、逆にその質問をしたのである。その様にすれば、当然にその答えは用意していると思われていて、なおかつ、その内容を質問してくることはないだろうと思ったのである。同時にそれをしないように、事前に威圧をしたのである。しかし、中国側の思いも全く考えずに、そのまま質問してきた。
「もちろん、攻撃する予定です。」
胡英華は、謝が話したことに関して驚いた表情をした。
「ほう、ではこの車の中に、少なくとも将来の敵味方が一緒にいるということですね」
「そうなります。しかし、それは中国全体とは限りません」
「それは微妙な言い方ですね」
「周毅頼国家主席など、抗戦派もいれば、中国はさまざまな意見が集まる国ですから、当然に、戦争に反対する勢力もいるのです。」
謝は、なるべく落ち着いた様子でそのように言った。
「戦争に反対する勢力がいるということは、当然いそのような主張の人が、常務委員の中にいるという事でしょうか」
「そこは機密ですし、また、今そうであっても将来変わる可能性があるということになりますね」
「答えない権利の行使ということですか」
「そうなります」
なるほどな。荒川はそう思った。
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