小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 16
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 16
「われらは、ウイグル、いや東トルキスタンを開放するために・・・・・・」
イスラム教徒である彼らは、ハードロックカフェであってもアルコールは飲まない。その時点でこの場に不釣り合いである。そのシラフの場にそぐわない男が、いきなり大声で話し始めれば、周辺人々がみな注目する。もちろん、本人はそんなことはまったく気にしていない。そもそも周辺の音が大きすぎて、自然と大声になってしまう。荒川からすれば、その大きな音が他の人々に聞かれないということになるはずであったが、ハミティという、このあまり何も気にしない男が、いきなり大声で話すなどとは全く思っていなかった。まさにハードロックカフェの大きな音が、逆に問題になるとは思っていなかった。
「おい、廻りの目が」
荒川は、そういうと、周辺を見回した。
思ったように、周辺の人は、荒川と目が合わないように、顔が向けばその目をそらしたが、しかし、その目がほかの場所に行けば、すぐに注目する。白人は、特に何も気にしていないようであるが、しかし、ここにいる中国人はすべてが敵であるか、またはスパイであるかのようにこちらに目を向けている。まさに「反乱をします」とここで、宣言をしているようなものである。
「はい、しかし、ここは音が大きくて」
荒川は、大きく息を吐いた。本当に役に立たない。このような人が中華人民共和国で生きていかれる方が珍しい。
そこで、荒川は、「はっ」と思った。
なぜハミティは、このような場所で大声を出して、それもウイグルを独立させるというようなことを言って、それでいながら何故ここにいるのであろうか。いや、このように自由に北京市内で歩くことができるのであろうか。
今回、正体面の自分、つまり「得体のしれない日本人の沖田進」という人物にたいして、このように大声を出して話すということは、当然に、他の場合もすべて大声で、場所もわきまえず、中国人の真ん中でウイグル独立を言葉にしているはずである。当然に中国共産党の法律には、「国土を分割する事を企てる」ということは「反国家法」として、死刑に処されるはずである。そしてその法律は、外国人にも適用されるのである。当然に、中華人民共和国内の少数民族であるウイグル人などは、当然に、すぐに逮捕され、危険人物であれば、当然にすぐに死刑にしてしまうであろう。場合によっては、捜査中に逃げたとか、抵抗されたとして、その場で射殺ということもありうるのである。
では、なぜその様に逮捕されたり、殺されたりしないのか。
単純である、ハミティは共産党のスパイである。ハリフの言う「裏切者」なのである。
ではどうするのか。
「もう少し小さい声で頼むよ」
「はい、東トルキスタンを開放するために、協力をお願いしたい。ついては、日本政府を動かして世界を動かしてもらいたい。そしてアメリカやヨーロッパを動かして共産党政府を倒してもらいたいのです」
小声とはいえ、まさか北京のど真ん中で共産党政府を倒せというのはさすがに問題である。これではマララという女性も、またハリフも疑ってかからなければならない。
「それは難しい。日本は動かないよ。」
荒川は、完全に断った。それ以上に周囲が驚いたのは、先ほどのハミティよりも声が大きかったことだ。荒川は、それを大きな言葉を他の中国人に聞かせるようにしたのだ。
「話が違うじゃないか」
ハミティは怒りだしたが、それをマララが制した。
「わかりました。沖田さん。ただ、このような意思があるということを、ハリフさんに日本に戻った後にお伝えください」
マララは、そういうとハミティの袖をもって外に出ていった。
荒川は、一緒に出るのは避けて、もう少しそのままいた。近くにいるカナダ人女性をナンパし、一緒に飲んだ後、店の外で別れた。カナダ人女性は、何か名前を名乗っており、そして、北京の大学院に留学しているという事らしい。さすがに北京でカナダ人女性が一人で出歩いて酒を飲むのは、かなり危険である。カナダと中国は、あまり良い関係ではないし、また、そもそも北京は治安が悪いので、女性の一人歩き自体が良くないということになる。しかし、このカナダ人女性は、意外と自由に動いていた。もちろんカナダ人女性であるからスパイの確率は低いが、逆に、カナダが差し向けた何かかもしれない。荒川はそのようなことを思いながら、そのカナダ人女性を「隠れ蓑」にしていた。そのまま部屋に連れて帰ってもよかったのであるが、しかし、さすがに北京初日でそれをするのも良くないので、さすがに本日のところは店の前で別れた。
「荒川さんですね」
カナダ人女性をタクシーに乗せて、自分のタクシーを待つ間、後ろから声がかかった。
荒川は、無視した。なぜならば、ここでは「沖田進」だからである。
「もう一度聞きます。沖田と名乗っている荒川さんですね」
このように言われれば、さすがに振り向かないわけにはいかない。
「あなたは」
「謝思文と申します」
「かなりの高級幹部であるというところか、または軍の上層部かな」
荒川は、振り返って、そのように発言した。さすがに自分の身分も何もかもばれている。当然にそのネタ元はハミティか、その関係者であろう。
「ふむ、一応どちらも正解であり、また正解ではないというところでしょうか。胡英華常務委員の秘書といっていただければありがたかったですが。」
「なるほど。で、私を逮捕しますか」
「まさか。何か罪を犯しましたか」
謝思文は笑いながら言った。
「せっかくです。荒川さん、いや沖田さんにしますか。せっかくですから、私の車に乗ったらいかがでしょう。お送りしますよ」
そのように言ってすぐに、謝の目の前に黒主の車が止まった。
謝はその車の前の座席に、そして荒川は後ろの座席に座った。
「君が日本人の荒川さんですか」
「あなたは」
「胡英華という」
隣の男は、そういうと、腕を組んだ。
「安心してほしい。荒川さん。少しドライブをするだけで、あとはホテルに送ります。まあ、シャングリラか、ヒルトンかどちらに送ったらよいか聞かなければなりませんが。」
胡英華は、そのまま車を出させた。
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