「日曜小説」 マンホールの中で 4 第四章 6
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第四章 6
「撃て」
自衛隊は、ふもとの段階で苦戦していた。ピンクのガスは、何も人間だけに作用するわけではない。山に住む多くの生き物に寄生し、そして自衛隊員を襲ってくる。さすがに大きさ的に虫までは関係ないにしても、それでも鳥などは全て敵であるといってよい。要するに山頂に上るまでには生き物をすべて、文字通りの皆殺しにしなければ安心して前に進めないということになるのである。
「これではきりがないな」
そう言いながらも、戦車隊を前に進め、機銃で掃射しながら普通科連隊、要するに歩兵が前に進む。演習などで見るように、まずは、遠くから高射砲が制圧射撃を行い、その後戦車が馴らし、そして歩兵が前に出るというような形になっている。
「この町の聖地なのに」
老人会の斎藤は、ため息交じりに行った。確かにそうだ。ここの頂上は「神が降り立った場所」として、そこに神がしばらくいるということから、神がいた御殿があったに違いないということで「御殿平」ということになる。
戦争末期、標高の高いといっても高低さ300メートぐらいでしかない山の上に最終の陣地を作った。何しろ老人が趣味で登れるくらいだ。その山の山頂に砲台を作り、そして戦車などを隠し持ち、岩の中に穴をあけて壕をつくり、最終の陣地とした。
アメリカ軍が日本本土に上陸し、一億総特攻という名のもとにアメリカ軍に対抗するということを考えた。もちろん勝てると本気で思っていたかどうかはわからない。しかし、印象に残る対抗をして歴史に名を残そうとした、その内容は十分に考えていたに違いない。
今ピンクのガスといって恐れているのは、その最終兵器といえる寄生虫である。ある意味「生物兵器」であろう。そしてそれをその一億総特攻の時の想定通りに上ってきた郷田たちに次郎吉がまいたのである。しかし、その想定以上の被害が出ている。つまり犬やイノシシ、鳥などにも全て寄生虫が入ってしまっているのである。
「うっ、噛まれた」
「大丈夫か」
「すぐに虫下しを」
戦車で掃射しながら、歩兵を進めているが、しかし、その歩兵も被害が続出した。自衛隊とともに登っている警察官も防護服を着ているものの、それでもゾンビに噛まれるものが続出しているのである。
「一度引け」
「全軍退避」
指揮官は全軍を退避させた。
「どうするのですか」
「火をつける」
自衛隊は、そのまま油を山のふもとに撒いた。
「火刑」
時田は、頷いた。
相手が寄生虫とはいえ生き物である場合、当然に「火」には弱い。特に人間とは違う虫や動物などは、火に弱い。また、ある一定の熱に対して恐怖を抱く。つまり、ある一定の場所に火を放てば、そこを寄生虫が出すような感じ無かった。
「この山を燃やすのですか」
斎藤は、非常に困惑した表情で見ていた。この山には、「神の山」であるとして様々な文化財もあれば、また、様々な遺跡も残っている。自衛隊の決断はそれをすべて燃やしてしまう結果になりかねない。
「それも人間が生きていてこその価値のあるものですから」
自衛官は、さすがに冷静に答えた。
「それでも」
斎藤は掴みかからんばかりに言ったが、ランボーがその斎藤の襟首をつかんで引き戻した。それでなければどうにもならない状態だ。逆に、そのようにしている間にも、自衛隊の建てた壁の前に、寄生虫が体内に入ってしまったであろうゾンビたちが集まっていた。それどころか、中には郷田とともにここに登らされ、そしてピンクのガスにさらされた人々も数十寄ってきていたのである。
「斎藤さん、あれをどうするか。それとも我々も仲間入りするか」
「・・・・・・」
山を大事にする斎藤もその姿を見てしまってはどうにもならなかった。
「ヘリコプター隊による可燃油の散布、その後普通科による着火を命ずる。その間戦車隊は、ゾンビが山から出ないように警護。動く者はすべて射殺せよ」
司令官は、そのように支持した。斎藤はその横でがっくりと肩を落とした。
「ランボー、スネークに連絡」
「はい」
これで、上にいる化け物も燃えるのではないか。時田はそのように考えたのである。しかし、それだけではなく、もう一つ心配しなければならないことがある。つまり、火をよけて上にゾンビが向かえば、次郎吉やスネークが犠牲になる可能性がある。それだけではなく、一緒に燃えてしまう可能性もあるのだ。
「ということです」
「あそこに逃げよう」
次郎吉は、皮膚が硬くなったゾンビの向こう側にある、戦前の洞窟を指さした。
「戦前の洞窟ですか」
「戦前の洞窟ということは、B29の空襲にも耐えられる構造になっているはずだ。当然に、防空壕と同じようになっているはずだからな。火も避けられるし、またゾンビからも守ることができる。」
「しかし、あのゾンビをくぐってどうやって向かう」
その時、同じことを考えたのか、郷田が壕の方に移動した。
「郷田」
一瞬、次郎吉は郷田と目が合ったような気がした。以前ここでお宝を漁った時、そして、その前に宝石を盗むとき、そして今回、書類を見るとき、いずれの時も郷田と目を合わせている。お互いによくわかった相手である。
郷田も、こちらにやっと気付いたようで、一瞬足を止めると、銃を次郎吉の方に向けた。
「郷田のやろう」
スネークはそれでも落ち着いていた。郷田の持っている銃では、ここまで届くか届かないかぎりぎりの射程だ。いくら郷田が腕がいいとしても、当然に当たる可能性は少ない。また、この位置がばれていたとしても、これからゾンビや下からの攻撃をよける郷田が、こちらまで襲ってくる可能性は少ない。つまり、そのまま見ていても問題はないのである。
郷田はそのまま撃つ真似をして、穴の中に入っていった。
「郷田に取られてしまったな」
次郎吉は困ったように言った。壕に逃げることができないということは、まずは目の前にいるゾンビ、それも銃弾が全く効かない特別な奴が数体、そしてその後そいつらも焼き焦がすかもしれない業火に襲われることを意味する。
「とりあえず山を登るか」
スネークは山を登るしかなかった。山頂とはいえ、もう少し上がある。御殿平という山の中の平らなところにいるのであり、まだもう少し上がある。
「何かよけられるものがあるといいですね」
「ああ」
二人はゾンビに見つからないように、なるべく音を立てないようにしながら、山を登った。
「戦車隊前へ」
自衛隊は火が付くと一気に攻勢をかけた。郷田の残した人員の中には、半分寄生虫に襲われながらも、そのあと郷田が撒いたもので半分正気に戻っているものもいたが、そのようなことは関係なく、全て自衛隊は燃やし尽くしたのである。そしてそれでも残っているものを、全て銃殺していった。
「さあ、少し先に上がるぞ」
時田は歩兵隊とともに頂上を目指した。
「なんだあれは」
その時、やっと自衛隊は何か特殊なゾンビがいることに気づいたのである。
「射撃許可」
「撃て」
和人など、肌が硬化したゾンビに対して、歩兵隊は普通に射撃を行った。しかし、全く歯が立たない。
「火も、銃も歯が立たないのか」
そのゾンビが自衛隊の前に立ちはだかった。
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