「日曜小説」 マンホールの中で 4 第四章 5
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第四章 5
「おい、ランボー、その書類取ってくれ」
乗り込んだ自衛隊の装甲車の中で、時田はランボーの横にある資料を要求した。
「こんなところで書類の検査ですか」
「うるさい」
時田は、なんとなくふざけた雰囲気で言うので、その命令が真剣なのかどうかはわからない。しかし、その書類を真剣に求めていることは長年付き合っているランボーにはよくわかった。ランボーは冗談を言いながら時田に書類を渡した。
「これを使ったのか」
しばらく揺れる装甲車の薄暗い窓の灯りを頼りに、何度か体制を変えながら、その書面を呼んでいた。
「何があったんですか」
ランボーは、可なり声をかけずらい状態でありながら、時田に声をかけた。
「他にもたくさんいるからな」
時田はなんとなく口を濁した。まさか、これから行く朝日岳に自分の味方が偵察隊でいるともいえない。また、今までのことを説明するのも面倒だ。そもそも、説明するにしても、何処から説明をしてよいかわからない。朝日岳の遺跡のお宝を盗みに入ったがあまりにも大きすぎて盗めなかったなどと、そんなことを言えるような話ではなくなってしまっているし、また、今のゾンビ騒ぎがどうして起きたのかも、だいたいわかっているのであるが、それも話すのはなんとなく憚られるところである。
その辺の話ができないので、市役所などには善之助などにお願いして行ってもらっている。ある意味で鼠の国にいる人の方が、そのようなところですべて正直に話してしまうが、善之助など、もともと日の当たるところにいた人々は、その辺うまく表現する術を身に着けている。そのようなことを「大人の対応」というのだそうだが、実際には、「必要な情報を出さない」だけなのではないか。「嘘つきは泥棒の始まり」とはいうが、ある意味で泥棒の方が正直者なのかもしれない。
時田はそのようなことを急に考え、ふと笑いがこぼれた。
「ランボー」
「はい」
「まだ、山頂にはゾンビが残っているらしい。それも今までと違うやつだ」
時田は、他に聞こえないような小声で言った。装甲車の中は、以外に音が大きく、多少の声で話しても、他の人には聞こえないのではないかと思えるが、しかし、それでも細心の注意を払って時田は声を小さくした。
「どうしたら」
「しばらくは自衛隊や警察にお手並み拝見といこう」
時田はそういうと、書類の次のページを見た。自然と眉間にしわが寄るところを見ると、何か難しいことが言われているのではないか。
自衛隊は、山のふもとにつくと、まずは山のふもとに壁を作った。山の中にいるゾンビから身を守る手段だ。
「ここからはどうするのですか」
「基本的にはゾンビそのものは射殺して、こちらの陣地を確保します」
自衛隊の司令官はそのようなことを言った。実際に射殺ができるのか、なかなか難しい。しかし、次郎吉からの報告内容でも、山の中腹に一度ピンクのガスが出ていることを考えれば、間違いなく、壁で自分達を守ることは有効であろう。ゾンビは人間だけとは限らないからだ。
「陣地の後は」
「いくつか考えていますが、徐々に輪を狭めて山頂に上る山狩りになろうかと思います」
「山狩り」
「はい、横に並んで山を一斉にのぼり、郷田たちを追い詰めるということになります」
自衛隊の司令官は非常に的確な物言いである。時田は、感心しながら次郎吉にメールを送った。しかし、山頂にいる和人といわれるものは、そのような話にはならないのではないか。
時田は書類をもう一度見た。昔の資料の中から、一つ意味が解らない注射器があった。他のものとは一回り大きさが違うものである。他のものは単純に虫下しであるということは確認できている。何しろこのゾンビ騒ぎが、何年も昔にあまり使わなかった虫下しで、解決するなどということは、この注射機を送って研究してもらうまではわからなかった。
しかし、もう一つの方はよくわからなかった。そして善之助から市役所にもっていってもらい、自衛隊の科学隊に分析してもらった。その結果が時田の書類には書いてあったのだ。
「どうも、寄生虫にはオスとメスがいるらしい」
「まあ、そうでしょうね」
時田の言葉にランボーは普通に話をした。
「蟻とか蜂みたいに、メスが一匹で数万匹を生む。そんな構造になっている寄生虫だそうだ」
時田は、書類を見ながらそんなことを言った。
「蟻とか蜂みたいなやつですか」
「そして、あの大きな注射を打つと、その体の中で、一匹のメスと数匹のオス以外、まあ蜂でいうところの働きバチが、全て死んで硬直化するのだそうだ」
「ほう、全て死んで硬直化ですか。」
「ああ」
自衛隊は横で壁を作っている。整然とした動きは、まさかこのような壁を作る作業などは普段から練習するようなものではないと思うが、それでも、無駄な動き一つない自衛隊の動きは非常に素晴らしい。
「時田さん、私思うんですがね。男ってすごいですよね」
「なんで」
「自分の身を犠牲にしてメスを守るんですよ」
「メスを守るのかそのメスが産む子供を守るのかはわからんがな」
時田は冷静に言いながら、ランボーの方に目を向けることなく、そのまま書類を読んでいた。
「そのうえ、自分の身体を死んで硬直化するって、凄いじゃないですか」
「ああ、凄い。それでメスがいる『巣』どとまもるらしい」
時田はため息交じりに行ったが、ランボーは何か別な意味で感動しているようだ。
「巣ごと守るなんて、ようは家を身を犠牲にして守るということでしょう」
「ランボー」
時田は呆れたようにランボーを見ながら言った。
「あいつらの巣というのは、人間の体ということだ」
「ああ」
「つまり、寄生虫の入っている人間の身体そのものが全て硬直化し、ほとんどの武器が効かないってことだ」
「あっ」
ランボーはやっと、時田が難しい顔をしている意味が分かった。つまり、体そのものが、どれくらい固いかはわからないが、銃弾くらいならばはじき返すくらいの硬さになったゾンビがいるということである。
「それじゃあ、どんな武器が必要なんだ」
ランボーはしばらく考えた後にそういった。
「何か武器を考えないとならない」
「どういうことですか」
「次郎吉からの連絡では、銃弾が効かないゾンビが、上には数体いるらしい」
「数体」
山頂はひどいことになっていた。時田がそのことを知る少し前の事である。
「おい、お前、あいつを抑えてこい。抑えてきたらボーナス弾むぞ」
郷田は周囲の若い衆たちに命じた。しかし、若い衆たちは足が動かない。そもそも武器が通用しない相手なのである。そのような相手に何をすればよいというのであろうか。
「お前ら、もしもあいつに噛まれて、寄生虫が感染ってもこれがあれば大丈夫だ。意識があるうちにこの注射を打って虫下しをしてしまえ」
「それで、郷田さん。どうやってあいつを倒すのですか」
「口を開けたときに、そこを撃つ。あとは弱いところを狙う。そんなものか」
「あの緑のガスとか、そういうのは」
「効かないだろう」
「そうですか」
「まあ、行ってこい」
二人残して、残りを全て和人と戦いに行かせたのだ。
「スネーク、どう思う」
反対側から見ているスネークと次郎吉は、事態を見守るしかなかった。そもそも武器が効かない相手であるが、こちらの二人はその武器そのものがないのである。
「しかし、何人か行きましたけど、あの銃が効かない化け物が増えるだけのような気がします」
「時田さんにそうやって報告しておけ」
「もう増えた、ということで」
「ああ、そうですね」
そういっている間に、一人が凶暴化し始めたのである。
「郷田、あいつは狂っているよ」
「そうですね」
全く身動きできずに、そのまま見ているしかなかった。
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