「日曜小説」 マンホールの中で 4 第四章 7(最終回)

「日曜小説」 マンホールの中で 4

第四章 7(最終回)



「司令官、ちょっと」

「ああ、斎藤さん」

 斎藤は時田に聞いて書類の中身を聞いていた。目の前に、武器が効かないゾンビが7体もいて、自衛隊員も被害が多かったのである。

「ああ、老人会の斎藤さん。杉崎善之助先生から話を聞いています」

 前線では苦戦を強いられていても、司令部はまだ後方にあって問題はない、さすがに硬化したとはいえ、壁を突き抜けたり戦車を壊すほどの勢いはない。自衛隊はふもとの壁を焼け跡を前進させ、山頂に近い御前平を囲むように狭めた。ゾンビそのものはそこから逃げられないようにしているのであろう。

「資料によると、あの体の中で、メスが多くの卵を産み、これから幼虫が生まれます。要するに、あの体の中で世代交代が行われるのです。硬化した寄生虫は、そのまま死に至りますが、そのあと、産卵してメスも死にます」

「いったい何を」

「要するにそのタイミングで除虫剤を投与すれば、うまく対処できるはずなんです」

 斎藤は、時田から言われた内容をそのまま司令官に伝えた。

「わかりました。ではまず、ヘリでその除虫剤を取り寄せましょう」

「はい、警察署か市役所、どちらかに事前に善之助さんが届けているはずです」

 自衛隊は、すぐに連絡を取ると、科学学校で大量生産した除虫剤をヘリで輸送した。その間、自衛隊の人口の壁をはさんだ攻防が繰り返され、多くの弾薬が使われていた。大きな網をヘリで上からかけ、そして動きを封じるなど、様々な手段を講じていた。

「しかし、あの硬化した肌の中にどうやって除虫剤をいれる」

 斎藤は、少し悩んだ後、戸田に連絡を取らせてもらうように言った。

「ああ、戸田さん。斎藤ですが」

「斎藤さん、どうですか」

「いや苦戦しています。そこで、建築車両か消防車両の泡に除虫剤を混ぜてはどうかと思うので、その準備をしてください」

「要するに無人車両にそれを入れて、ゾンビにかけるということですね」

「水だと流れてしまうので、泡で」

「それは名案だ。善之助さんに相談してすぐに対処します」

 OBとして部下が多い老人会は、すぐに技術者を組織し、そしてそのような対処を行った。時田はその間に部隊を抜け出し、双眼鏡で次郎吉を探した。一方の警察は、壕の中にいる郷田を見逃さないようにしながら、壕の中でつながっているトンネルに、多くの警察官を配して待ち構え、包囲した。

「網を何重にもかけてあるので、そこに泡をかけてください」

 準備にすっかりと時間がかかったため、すでに夜が明けてきていた。自衛隊は夜通し戦っていたのである。

「はい」

 消防隊は、ホースを伸ばし、また消火用のヘリコプターで上から泡をかけた。ゾンビは声もなくそのまま動かなくなった。

「壁で囲め」

 司令官は、新たな壁を持ち、そのままそこに網にかかったままのゾンビを壁で囲んだ。これで、この町からゾンビがいなくなったのである。その周辺を手作業で石で囲み、壁が破られないようにした。

「よし、次は我々の出番だ」

 壕の中に警察隊が突入した。

 郷田は無事に逮捕され、やっと事件が全て終わったのである。

 最後は何かあっけない終わり方だったが、概してそのようなものかもしれない。

「次郎吉は」

 自衛隊や警察が戻ってきて、報告を行ているときに、椅子に座ったままの善之助は一言いった。「次郎吉・・・・・・ですか」

 斎藤はそういって周囲を見回した。

「そういえば、時田さんもいない」

 小林婆さんはそういって周囲を見回した。

「鼠の国の人々もいないな」

「誰か」

 善之助は心配したように言った。彼らは、町全体が荒らされてしまったので、しばらくは仮設住宅に引っ越すことになった。そもそも、誰が死んでしまい、だれが怪我をしているのか、そして怪我をしている人も、寄生虫が取り付いているのかどうかなど、さまざまな意味で混乱していた。

 国の政府から多くの人がやってきたばかりではなく海外のジャーナリストなども視察に来て、街は大騒ぎであった。

 郷田は脱獄などができないように東京の裁判所に移送され、拘置所内に、入れられた。しかし、それ以外のことを知っているはずの時田や次郎吉は、あの日以来ぱったりと姿を消してしまったのである。

「斎藤さん、あなたはどこにいるか知らないの」

 小林は、一言お礼が言いたいといって出てきたが、どこにいるか全くわからないとしか言えない。目の前にゾンビがいて、それどころではなかったのである。

 善之助の依頼を受けて、大規模な地下、つまりマンホールの中の探索も行われた。しかし、次郎吉の姿はおろか、鼠の国といわれた地下に広がる街の姿も全く見つけることができなかったのである。それどころか、マンホールの中には、まだ寄生虫に犯された鼠なども多く、とてもマンホールの中で作業をすることができない。まだまだ死体も多く、自衛隊の協力も仰いで、大規模な地下の除染が行われることになった。

「次郎吉はどこに行ってしまったのかなあ」

 街の中の避難所から、仮設住宅に引っ越す日、善之助は街の用意したバスに乗り、一人落ち込んでいた。他の人々に囲まれ、今回の事件の解決を手伝った一人として、市から表彰されたものの、心の中には大きく穴が開いてしまったような感じであった。

「では気を付けて」

 まずは健常者からバスを降りた。そして最後に善之助は小林さんに手を引かれながらバスを降りた。

「爺さん、元気出せよ。また遊びに行くから」

 バスのタラップを降りた時、バスの運転手が善之助に声をかけた。

「次郎吉」

 善之助はバスの運転手の方に振り返ったが、バスはそのまま扉を閉めて走り去ってしまった。

 善之助と小林は、そのバスを全く見えない目で凝視するように、ずっと見送っていた。



・あとがき

これにて「マンホールの中で」を終わります。長い間ありがとうございました。

元々は「真っ暗な中で全く異質な二人があって、そのまま事件が発展したらどうなるか」ということで、もしも「映画にするならばもっとも金のかからないシチュエーションであろう」ということで作ったものです。

まあ、最後はゾンビ映画のようになりましたが、宮崎駿監督の「もののけ姫」でもありますように、何かと何かが対立しているときに、第三者の大きな波に巻き込まれて、その対立が解消し、そして、何か新たなものが生まれるというような、そのようなコンセプトを、ゾンビという非現実的なものに込めてみました。

戦争という物は忌み嫌うものではありますが、しかし、同時に相手に勝つために最も科学やさまざななことが発展するところであり、今我々が生活している中で、戦争によって発展し発明されたものが少なくないのも事実です。そのような「便利」の中に、何か見えない裏があれば面白い、そこに「鼠の国」の発想があったということになります。

まあ、現実にそのようなものがあるかどうか、そして、光の存在である表の世界の人々が来たら消えてしまう。そんな何か「かっこいい」存在の中に、次郎吉がいたことは忘れてはならないのかもしれません。

また気が向いたら次郎吉が出てくるようにしたいと思います。

来週からは、何かまた異なる小説を書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

宇田川源流

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