「日曜小説」 マンホールの中で 4 第四章 4
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第四章 4
自衛隊と警察、消防救急、そして、鼠の国の連合体は、いくつかの班に分かれた。
一つ目の班は、救急を中心にしたもので、壁の外にいるゾンビの回収と、その中での生き残りの検査ということになる。当然に、「虫下し」の注射や、みどりの煙の手榴弾をいくつも装備して、自分の安全を守るということになった。
幸い、事前に善之助の指示で届けられた「虫下し」や「みどりの煙」は、壁の内側の市役所や研究所で、さまざまに研究され、そして、日本全国でその成分を割り出して、ヘリコプターで届けられていた。ゾンビがネット回線や電話回線などを妨害していなかった、というよりは、実際のところ、ゾンビになってしまった原因の寄生虫は、基本的に食欲中枢ばかりを刺激し、それ以外のものを破壊するというようなことはあまりしていなかった。その性質から、ネット回線などは基本的にはあまり被害がなかったのである。もちろん、戦中に研究されていた寄生虫であることから、戦後の開発品に関してはあまり見向きもしないというような性質もあったのかもしれないが、さすがにそこまでの研究はされていなかった。
二つ目の班は、街の中の消毒である。実際に、みどりの煙が流れたとはいえ、寄生虫が、町の中のどこかで生きている可能性もあるのだ。その場合を考えて、みどりの煙の成分を消防車に積み込み、そして町中を除染するという試みがなされた。主に自衛隊と消防が町中に、少し緑色の水を流し、隅々まで掃除するということになる。まさに3・11の後の放射能の除染のように、一人一人が手作業で行うことになる。これには隣町などからも応援が駆けつけてきているのである。
そして三つめの班が、朝日岳に郷田雅和を逮捕しにゆくということになる。鼠の国の多くもここに配属された。
「大捕物ですな」
サブローは、全く他人事のように言った。
「サブロー、お前は五右衛門と、モリゾーとマサを連れて、地下に戻れ」
時田は、なんとなく自慢げに、何かピクニックでも行くような感じで言ったサブローを見てそのように命令した。サブローは、いつもの癖なのか、口髭の端を持って、なんとなく不満そうな顔をした。
「不満そうだな、サブロー」
「ええ、捕り物くらいは見せていただけると思っていたのですが」
「いや、まず鼠の国も同じようにしなければならん。地下の要塞に、警察なんかはいられたらたまったものではないんだ。だから、誰かがこの警察や自衛隊から守らなければならない。そうだろ、お前の言う大捕り物が、いつの間にか、俺たちが追いかけられる方になってしまうだろ」
時田の表情は、案外まじめなものであった。
確かに時田の言う通りである。そもそも、日の目を見ることのできないような犯罪を犯したり、あるいは家出してきたり、または、借金を抱えているなどで夜逃げしてきたり、いずれにしても、普通の日の当たる場所に戻ることのできない人々が、鼠の国にいるのである。今はゾンビ騒ぎで警察も誰もそれどころではないから、どさくさにまぎれて一緒にいる。そもそも、全て郷田が悪いことになっているのであるから、善良な市民が郷田の捕り物に付き合っている感覚で行けばよいのである。しかし、落ち着いたら、また鼠の国に戻らなければならない。そのまま表の世界戻ることはできない人ばかりなのである。
当然に時田は、そのあとのことを考えていた。鼠の国に警察はいり、除染などをしてくれるのは有難迷惑である。そのためにはサブローなどが、今回の連合体の「フリ」をして、鼠の国を除染し、ゾンビを排除し、そのうえで「地下の除染は完了しました」と報告して、警察などを中に入れないようにしなければならないのである。
しかし、時田は今回の連合体を企画した一人である。そうであれば、誰かほかのものが指揮をしてそれを行わなければならない。そのうえ、今回の大捕り物には、税タイヤ警察に任せて鼠の国などはあまり出る必要もないのである。時田は、斎藤など善之助と一緒に避難してきた中で元気そうな人と、時田自身、そして時田の護衛を兼ねてランボーといわれていた殺し屋をそのまま連れ、それ以外は鼠の国に返すことを決めたのである。
「それにサブロー」
しぶしぶ戻ろうとしたサブローに、時田はもう一つ思いついたように声をかけた。
「はい」
「警察や消防、そして市役所の戸籍にアクセスして、死んだ人の身元を洗っておけ」
「ほう」
「最近、鼠の国も人口が増えたから、調整しないとならないからな」
サブローは、口ひげをいじりながらにやりと笑った。時田が何を考えていたのか分かったのである。
時田は、死んだ人の戸籍をそのまま洗い出し、そしてその戸籍をそのまま乗っ取り、そして鼠の国の中でも、借金や夜逃げなどで中に入っている人々を、別な身分や名前を与えて外に出してしまうということを考えているのである。他人の戸籍の乗っ取り、まあ、公文書偽造といえばそれまでであるが、今回のように街の多くがゾンビになって死んでしまったということになれば、当然に、その人々の戸籍把握ということになる。家族みんなで死んでしまっていれば、死亡届を出す人もいないので、市役所などが手続きを行うことになる。時田はそこを狙って、生き返ったとか、行方不明だったものが見つかったというようにして、戸籍を不正に入手するつもりなのである。
「余ったのは」
「いくつかは残しておけば、これからも使えるから、行方不明にしておけばよい。あまり質の良くないのは、そのまま売ればよい。まあ、戻ってから判断する」
時田もにやりと笑った。基本的に、時田もサブローも善人ではない。悪人が違う種類の悪人である郷田を見つけそして戦っていたに過ぎない。そうであれば、当然に、スキがある行政や一般から、自分たちが有利になるものを搾取するということになるのである。
当然に、誰もいなくなった家屋などからお宝を盗むというようなこともできるはずだ。しかし、時田はそのようなことは望まなかった。サブローもその考えは同じであり、そのような簡単にできることは何も混乱の時にする必要はない。まあ、彼らの力をすれば、何か欲しいものがあれば、このように混乱している時でなくても、欲しいものがあれば盗むことは簡単なのである。
「サブロー、うまくやれよ」
「はい」
自分がいらないと判断されたのではなく、自分の役割をしっかりと与えられ、そして、その役割は鼠の国の中でも、かなり重要な「資金源」になるということから、サブローはかなり満足していた。五右衛門は泥棒であるから、隅々まで知っているから除染に、そして、モリゾーはハッキングに取り掛かったのである。
「さて、ランボー行こうか」
時田はそういうと、武器などは持たずに、老人会の山岳ガイドの斎藤の後に続いて警察の装甲バスに乗り込んだ。ここから、山のふもとまではバスで言ってくれるという。先ほどから次郎吉と一緒にいるスネークからの無線連絡が頻繁に入ってくる。何か山の上であったのに違いない。心は焦るが、しかし、このような連合体になってしまうと自分勝手な動きが取れず、もどかしい部分もあるのだ。
時田はバスに乗り込むと、さっそくスネークからの連絡を見た。
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