「日曜小説」 マンホールの中で 4 第三章 2


「日曜小説」 マンホールの中で 4

第三章 2


 一方の郷田の方は大変であった。

 少し時を戻そう。

 何しろ郷田雅和という司令塔がいないときに、ゾンビに襲われたのである。そのゾンビの先導をしてたのがパトカーであったということは忘れていた。いや、そのパトカーもゾンビ化していたのではないかと考えていた。

 正木は、撃つな、音を立てるな、と合図を送っていたが、しかし、そのようなことができるはずがない。誰だかはわからないが、迫ってくるゾンビに対して銃を撃ってしまった。

 その音を聞きつけたゾンビは、そこに人がいるということがわかり殺到した。バスなどをバリケードに使っていたが、そのようなものは気休めでしかない。すぐに何百というゾンビが群がり、そしてすぐにそのバリケードが突破されてしまった。

「た、助けてくれ」

 何発かの銃声が聞こえたが、すぐに男たちの悲鳴に替わり、そしてその悲鳴が消えていった。会社の建物の上の会議室からは援護の射撃は一発も行わなかった。

「もう手遅れだ。それよりも下に行ってあいつらがくる前に入れないようにバリケードつくってこい」

 正木は冷たくそういうと、自分も銃をもって構えるしかなかった。心配そうに女性たちが奥の部屋から出てきたが、正木は一瞥するとその女性たちもすべて手で追い返した。

 暫くは、戦っていた音があったが、しかし、最後にはまた不気味な静寂が訪れた。

「郷田さんは」

 奥の部屋に戻った一人の女性が正木に言った。

「郷田さんな、あっちはどうなっているんだ」

「誰か電話を」

 にわかに会議室の中が騒がしくなってきた。

 並んで立っている建物の最上階が郷田の部屋だ。当然に、睡眠薬を盛られて寝ている郷田が反応するはずがない。しかし、そのようなことは知らない正木たちは、郷田を何とか助けなければならない状況になった。

「しかし、一階の入り口はすべて塞ぎました」

「開けろ」

 正木は不機嫌そうに言った・

「正木さん、そんなことをしたら、郷田さんの所につく前に、あいつらにみんなやられて、ここに入ってきますよ」

「そうか」

 しばらく無言が続いた。どうしてよいかわからない。正木にしてみれば、自分の親分が死ぬということは、自分が親分になれるということだ。何かあれば裏切って部下が親分を殺すことも何とも思っていない暴力団組織である。本来ならば、正木もそのように思う。内心、一瞬ではなくもっと長い時間、このまま郷田がゾンビにやられて死んでしまえばよいと思っていた。自分は何の手も下さずに上がいなくなるのである。これほどのチャンスはない。実際に、この会議室の中にいる人間は、何も言わず正木に従っている。そう、既に何も言わずに正木がトップなのである。このまま自分が組織のトップでいて何が悪いのであろうか。

 正木はそのように思った。しかし、今はその気持ちを抑えなければならなかった。それはゾンビである。今、この少ない人数、または街の中の大きな壁の中にいる仲間を合わせて、その組織のトップになったところで、実際に、目の前にいるゾンビに自分が殺されては意味がない。このバス会社のアジトが全滅してしまえば、どこの誰だかわからない壁の中の下っ端が組織のトップになるのである。それでは何の意味もない。そもそもこんなところで死ぬくらいならば、郷田の下にいて他の連中を顎で使っている方がずっと良い。

 そして、そのゾンビの事を知っているのは唯一郷田だけ、いや、郷田の持っている書類だけなのである。ということは郷田が死んで、その書類が無くなってしまえば、その時点でゾンビに関しては何もわからなくなってしまうということになり、このままゾンビに負けるしかないということになる。つまり、もしも下剋上で正木自身が郷田を殺すにしても、まずはゾンビの騒ぎを治めなければならず、そしてそのゾンビの騒ぎを治めるのは、郷田の持っている書類しかない。

「何とかして郷田さんを助けないと、ゾンビの対抗手段がない」

「しかし、下を通るのは」

「誰かロープを渡して向こうに渡れないか」

 正木はそんなことを言った。

「わかりました」

 何人かがロープにおもりを付け、そして、向こうの建物に渡した。何度か失敗し、そしてゾンビたちが上を眺めている。落ちればゾンビのいけにえである。

「何とかしろ」

 郷田はそれを言うしかない。そうしているうちに、何回目かにやっとロープが渡った。しかし、それも向こうの建物に入ったというだけで、不安定なことこの上ない。このままこのロープに命を預けることなどはできない。

「何だ、うるさいな」

 その時、向こうの建物の中から郷田が姿を現した。

「郷田さん」

「何だ、正木」

「ゾンビが入ってきました」

「そうか」

 郷田は、そういうと部屋の中に入り、そしてあの革鞄の中から、一つの筒を取り出した。

「それは」

 正木が言った。

「手榴弾」

 郷田はそういうと、一度下を見て、そのままその筒を落とした。

 筒はゾンビの中におちると、しばらくそのままになった。そして、そしてその中から緑の煙が立ち上った。その緑の煙に包まれたゾンビたちは、みな倒れていった。

「郷田さん」

「下のバリケードをどけろ、そっちに行く」

 郷田はそういうとゆっくりと下に降りて行った。

 みどりの煙は、ゾンビだけを殺して、人間には全く危害を及ぼさないようである。郷田はゾンビが倒れている中をみどりの煙に包まれて建物の間を入ってきた。正木や他の者たちは、驚いた眼で見ていた。

「なんだ。あのゾンビは、頭の中に寄生虫が入って、脳を食っちまうから、脳が死んでいるのに体が動くんだ。つまり、その寄生虫が脳を食い尽くしたら、次の人間の体に移って、また脳を食う。そういう寄生虫だ。逆に言えば、脳をすべて食ってしまうか、あるいは寄生虫を殺せば、人間は動かなくなる。そういうもんだろう」

「ゾンビって、そういうことだったんですか」

 中の一人が言った。

「ああ、だから寄生虫を殺す薬があれば解決する」

 郷田は言い切った。まだ睡眠薬が頭の中に残っているのか、頭痛がするようで、左手で頭を押さえている。しかし、郷田自身は睡眠薬を盛られたということはまだ気づいていないらしい。本来は、郷田の部屋の中の銃などの弾が抜けていたり、コップが洗ってあったりと、気づくところは少なくないはずなのだが、今回は、向かいのビルから起こされて慌てて入部屋を出てきたので特に何も気が付かなかった。

「しかし、あの緑の煙があると、ゾンビが近寄ってこないですね」

 正木は、先ほどまで死ねばよいと思っていた相手に、御世辞を言う。これが暴力団の世界の掟である。内心で思っていても絶対に表に出してはならないし、また、下剋上をやるときは悟られてはならないのである。

「ああ、そうよ、寄生虫も生き物だからな。みどりの煙を吸ったら死ぬってことだろう。何かそんな感があるんだろうな」

「それで、郷田さんはあの筒をたくさん持っているってことですか」

「いや、あと5本くらいかな」

「5本」

 そうだという代わりに、郷田は深く頷いた。まだ、睡眠薬で頭が痛いようだ。

「もう一度バリケードしておけ。ここに餌がないと思えば、脳を食い尽くして自分たちが滅びる前に、次のエサを探しに行くだろう。五本しかないから、あまり使えないからな。暫くしてゾンビがいなくなったらここを出て場所を移すぞ」

「移すって」

「まあいい、それまで奥の部屋で寝てる」

 頭を押さえながら、郷田は奥の部屋に入っていった。

宇田川源流

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