「宇田川源流」【GW特別企画 山田方谷】 学問は道楽かそれとも実学か

「宇田川源流」【GW特別企画 山田方谷】 学問は道楽かそれとも実学か


 昨日までに、山田方谷が身分制などにどのような考え方を持っていたか、そして、そのうえでどんな藩政改革を行ったのかということを書いてみた。さて、その中で山田方谷が最も重視していたのは、間違いなく庶民ということであったと思う。自分が生まれ育った町西方、そして、新見の町、そしてそのほかの多くの庶民、山田方谷にとって実は「藩政改革の主役」は「庶民」であったというような感じがするのである。

 では、その庶民に対してはないをしたのであろうか。武士に対しては、綱紀粛正を行っている。その内容は強制であり、破れば大きな問題ににしていた。一方で庶民に対しては、その庶民の力を集め「奨励」ということで、まずは農業を行うように言った。しかし、その農業も米ではなくたばこや紙(楮)、お茶といった商品となり大阪や江戸、京都に送って高値で売れるものを作るように奨励した。これに関しては商人に買いたたかれないように、すべて松山藩で値段を決めて買い、撫育局によって保管し商人との間に武士が入るということを行ったのである。このことは、昨日のブログの中に「これが本当の経世済民」ということで書いた。実際に藩政改革なのであるが、しかし、このことによって庶民が潤うということになっている。つまり、庶民の生活の中に余裕ができているということになっているのである。

 その庶民に対して、山田方谷は生活に余裕ができたことから二つのことを奨励している。もちろん、それは「強制」ではなく、あくまでも奨励なのであるが、その内容がなかなか面白い。

 一つ目が「農兵隊」である。ある意味で「志願制の兵役」であり現在で言う「予備自衛官」ということになろうか。体力がある人に対して、または戦うことが好きな人に対して、西洋式の砲術を習わせて、そのうえで松山藩における自衛をさせている。このことに関しては、後日この連載中にもう一度書くことになるので、この辺で終わらせるが、しかし、一つだけここで言えることは、農民の多くが「自分の土地を守る」ということから、自衛に参加しているということではないか。ある意味で「村」や「土地」に対する愛着や帰属意識というものがしっかりとできているということをしっかりとわかっているということになる。これも、為政者からの強制ではなく、農村で住んでいたことのある山田方谷であるからわかる話であろう。単純に、このことを高杉晋作がまねをして奇兵隊を作り、後に、山県有朋など様々な陸軍人脈を徴収に築いていった基本になるのであるが、そのこともしっかりと後に描くことにしよう。

 さてもう一つ奨励したことがある。もちろん、腕っぷしの強い人ばかりではないし、また、村の中に労働力として若い男性を残さなけれなならない。そうでなければ、家制度を踏襲していた日本において、家が滅びてしまうということになってしまうのである。それでは本末転倒になってしまう。国を富ませること、つまり、当時の家制度をしっかりと踏襲している日本においては、当然に、長子相続で家を存続させ、そのまま土地と共に発展するということが重要なのでのであり、家を滅ぼしてしまって発展はないと考えられていたのである。有名な日本海海戦を指揮した東郷平八郎は、その前の旅順港閉塞作戦において危険であったことから志願兵を募るのであるが、その募集には「長男は除く」と書いているのである。

 では、その長男、または村に残った人々(女性を含む)は何もしなくてよいのかということになる。もちろん家業を頑張るのは当然のことであるが、それは農兵隊に入った人も同じである。

 山田方谷はその人々には「学問」を奨励している。様々な人が塾を開き、また各々の村にも学問所を領内に設置して、学問を付したのである。まあ、言い方は適当ではないかもしれないが、体を鍛える人と、頭を鍛える人を分け、そのどちらかを行うように奨励したということになるのである。

 これにはかなり様々な問題があったのではないか。当時、学問というのは「金持ちの道楽」の一つであったということはすでに書いた。今回は繰り返しになるかもしれないがあえて同じことを書くことをお許し願いたい。実際に、当時の人々は、あまり成果るに余裕がなかった。そのために、子供のうちから家業を手伝わせ、また、農業を少なくとも自家栽培や露地栽培くらいであっても行わせなければならなかった。女の子であれば、当時じゃジェンダーのような感覚はなかったので、炊事洗濯などを覚え、また、農業であれば女性が行うことをすべて習わせるということになる。場合によっては早く有力者の所に嫁に行かせるということが普通であった時代、その家の家事などをできるようにしておかなければならなかったのではないか。

 まとめて言えば、「各家庭において過程を維持するための生産力が少なかったので、早いうちから生産人口を増やす」ということが各庶民の家としての精いっぱいの自衛策ということになる。当時はそれでもダメな場合は、子供を売るということになる。このような書き方をすれば、今の人々はすべて女性が売られるというように考えるのであるが、実際のところは男性も数多く売られた。普通に考えて、女性しか売れないのであれば、男の子しかいない家は、家計に困ったら餓死するしかないということになってしまう。実際はそのようなことはない。江戸や大阪の大店の商家において丁稚という制度があったが、まさにそれは男の子が売られたということでしかない。女性は岡場所、うまくゆけば遊郭に売られるということになるのは、まあ、現代の人の言うとおりである。

 いずれにせよ、そのように子供を売らなくてよいように、早くに生産性を上げなければならないということになる。その意味では、生産性が上がるわけではないどころか、塾で習う金がかかり、また家事や家業の修業ができなくなる学問などは習わせる余裕がなかったということになる。ぎゃくにいえば、「金持ちが、月謝を払わせてなおかつ家業をやらなくてもよいような状況で子供を見ていられるだけの余裕がある家」出なければ学問などを習わせることはできなかったのである。

 しかし、その状況の中でも山田方谷は庶民に学問を奨励した。つまり、「子供や大人に、学問を習わせることができるほどの経済的な余裕を山田方谷が作った」ということになるのである。

 この内容はいくつかのポイントがある。

 第一には「経世済民の政策がうまくいって余裕ができた」ということ

 第二には「山田方谷自身が農民から学問を頑張ったことで出世した」

 第三には「山田方谷の牛麓舎には農民も商人も、後には福西志計子のような女性も入っていた」

 第四には「屯田制をとったことで、武士が農村の中に入った、つまり、文字を読める人が村の中に出てきて向学心がついた」

 第五には「丸川松隠の目指した躬行(きゅうこう)実践ができた」

 第六には「開国によって時代が変わる感覚が少なくなかった」

 第七には「他の人が農兵として活躍している中で、他に目立つ場所を作った」

 このような感じで、様々な感覚があったと思うが、いずれにせよ「学問をした方が良い、学問をしていた方が得である」というような雰囲気を作り、なおかつそれを奨励し、家にいながら、家業を手伝いながら塾に通えるように、藩校や塾を村の中に出したのである。つまり、学問を奨励させるために、学問所を各所に作り、そして農村などに学問をした方が得だと宣伝することによって、学問を始めることの垣根を下げたということになるのではないか。

 なお、躬行実践とは、自らの意思で実際に行動、実行してみること。「躬行」は自分の意思で行う、「実践」は実際にやってみることで、口だけではなく、実際にやってみることの大切さをいう言葉。これは、佐藤一斎と丸川松隠が目指していたもので、学問を道楽としないで広めるためにどうしても必要なものであったはずだ。私の小説の中では、山田方谷が江戸に行って佐藤一斎に会ったときに、佐藤一斎から丸川松隠の目指したものとして話を聞くような設定にしている。その時点で改めて、山田方谷は机上で学ぶだけではなく、実際に学問を行動することを重視することに、認識を新たにすることになるのである。

 今でもそうであるが、SNSなどを見ていると、「机上の空論」や、「理論」だけで実践的な思考のない人が少なくない。実際に「原理主義」的な発想は、すべてそうなってしまうし、また必要以上の「エビデンス主義」の人も、ほぼ同様なもので、実践とは全くかけ離れた学問になてしまうことが少なくない。山田方谷を研究している人の中にもそのようなエビデンス主義で机上の学問になってしまっている人がいると聞くことがあるが、実際はどうなのであろうか。その人々は山田方谷を本当に学んでいるのであろうか。

 山田方谷は、「学問は必要なものである」と思っていた。しかし、「学問をしたくないのではなく、毎日の生活に忙しくてやりたくでもできない」ということであったのではないか。山田方谷は、丸川松隠の所を辞去して家業の搾油、油売りを継ぐことによってそのことを実感する。それだけに「学問をできる環境を整えれば、農民であっても、町人や商人であっても学問を学ぶ」ということがわかっていたのではないか。そのようなことまで考え、その環境を整える山田方谷こそ、真の教育者であったということがわかるのではないか。

宇田川源流

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