「日曜小説」 マンホールの中で 4 第二章 5


「日曜小説」 マンホールの中で 4

第二章 5


 道具、といっても、カメラと電波発信機、それも、郷田に見つからない内容ということになる。

これらの入手は、時田にとっては簡単であった。もちろん元々用意している物も少なくなかった。そもそも、この鼠の国では、善之助たちが避難してきたときに見せたように、町中の防犯カメラをハッキングしてアクセスしているのであるから、そのようなカメラを探すのはそんなに難しくはない。しかし、元々鼠の国の住人であった郷田に、その道具を使うことは、時田や鼠の国の人が見ていたということがすぐにばれてしまう。そのために、全く違う規格のカメラと発信機を作る必要があった。

 しかし、それらを盗んでくることは、この時のようにゾンビが街を荒らしまわってしまい警備などができない状態の町の中であれば、そんなに難しくはない。自衛隊の囲いの外側で、あまりゾンビが多くないホームセンターや家電量販品を回って、カメラや電波発信機を持ってくればよい。後は時田が面倒を見ているメカニックに改造させればそれでよいのである。

 盗むといっても、このような簡単な作業に次郎吉を使う必要はない。数名の泥棒を家業にしている者を探し出し、そして、カメラを盗んでこさせた。「盗む」というと、人聞きが悪いが、既に、店主も誰もいない、ゾンビと死骸しかない店であるから、料金を払うにも払いようがなかった。

「次郎吉、大丈夫か」

 次郎吉に、カメラを渡しながら、時田は言った。カメラといってもかなり小型である。しかし、その台数は、郷田が籠っている会議室や寝泊まりしている寮などを含め、かなりの数になっていた。また音声を取るための盗聴器もある。

「仕掛けるのに時間がかかるな」

「しかし、頼めるのは次郎吉以外にはいない」

 その時、ずっと聞いていた善之助が声を出した。

「陽動作戦を執ればよいのじゃ」

「陽動作戦」

 時田は意外そうなことを言った。それもそのはずである。通常ならば陽動作戦をするなどといわれても驚くはずがない。しかし、今は人間のほとんどが自衛隊の作った壁の内側に籠ってしまっており、もしも陽動作戦をするとすれば、ゾンビがバス会社に押し寄せるしかないのである。しかし、ゾンビを動かす、ましてや意のままにバス会社の方に向かわせるなど、不可能に近い。

「ああ、そうじゃ。そうやって注意を惹くしかあるまい。」

「しかしどうやって」

「そんなもの、この目の見えない老人に聞いてどうする。などといっては、お前さんたちを困らせるだけだからな。いいか、今、郷田が最も恐れているものは何か」

「警察ではないでしょうか」

 次郎吉が自分の事ではないかの方に応えた。

「そうだ。なぜならばゾンビは自分で制御できる。そのために、ゾンビが出てきてもそのままバス会社に立てこもっているのだ。まあ、それでも怖いからバスを重ね塀を高くして守っているのだろうがね。」

「そうなります」

「しかし、そのゾンビしかいないと思っている所から、自分たちを追い詰めた警察が来たらどう思う」

 時田は手を打った。

「そうか。自分しか持っていないはずのゾンビの対処方法を、何らかの形で警察や街の人間が出てきて、それを作動させた、または別な方法でゾンビを克服して自分を逮捕しに来たと思うということになります。つまり、自分が持っているゾンビへの対処方法が必要なくなったというような感じになる。郷田は、当然に半信半疑でありながら、警察から逃げなければならなくなってしまう。そのことを考えれば、書類を捨てることはないまでも、書類を隠すことよりも、警察がどう動くかを考える方が重要になるということになる」

「ついでに、あのような感じであれば、その音を聞きつけてゾンビも集まるということになる。当然に、中の人間はゾンビを追い払う方に真剣になり、警察と、ゾンビと、郷田の三つ巴が始まるということになる。俺はその隙を見付けて、カメラをセットすればよいということか。」

 時田と次郎吉は感心した。

 確かに善之助の言う通りなのである。昔、座頭市という映画を勝新太郎主演でやっていた。今では、放送禁止用語や差別用語ばかりで、とても放送できるようなものではない。しかし、現代語にうまく訳して、放送禁止用語や差別用語をなるべく変換して言えば、「目が見えない人は、目が見えている取締官(江戸時代は目明しと行っていた)よりも良く世間が見えるんですよ」という言葉がある。まさにそのような感じである。

「でも、善之助さん。その警察官はどうするんで」

「時田さん。パトカーだけを動かせばよいのですよ。パトカーを音を大音響にして、少し遠巻きに包囲する。それだけで陽動はうまくゆきます。そのうえで、犬や猫を走らせてバス会社の方に向かわせればよいのです。」

「鼠のおもちゃとか、そんな感じのものを使うということでしょうか」

「そうだな。何もなければそんな感じかもしれない。しかし、そのようなものでなくても、ここは鼠の国なのだから何かあるでしょう」

 善之助は、特に何かあるというわけでもなく、鼠という言葉の響きからそのような想像をしているのに過ぎなかった。

「でも、時田さん。善之助爺さんが言っているように、パトカーを無人で動かせるようなものはあるんじゃないですか」

「なるほど、それならばメカニックに作らせることは可能かもしれない。しかし、そんなにパトカーはどこにあるんだ」

「それならば、八幡山の下の駐車場にあると思う。まだ全部出払ってなければだけどな。機動隊の基地があるはずだあから、水色のバスも沢山あるはずだ」

 善之助は、昔警察官であった。つまり、パトカーの整備工場や予備の警察車用の置いてある場所をよく知っている。

「なるほど、要するにそこに行って、パトカーやバスに細工をして、郷田のこもっているバス会社に持ってゆけばよいということか。そしてそれに何か餌を付けて、ゾンビも引っ張り出すということだな」

 さすが時田である。すぐに壁の画面に地図を出して、何かを操作すると、隣の画面に、駐車場の監視カメラの映像が出た。

「うじゃうじゃいるな」

 次郎吉も顔をしかめるしかなかった。確かに、そこにはバスもパトカーも、それに指揮車といわれる装甲車のようなワゴン車もあった。しかし、その間に、あのゾンビが徘徊しているのである。それも警察や機動隊の制服を着ているのだから、元々警察官であった者がゾンビになってしまったということに他ならない。まさか、誰かが警察官のコスプレをしてゾンビになったり、ゾンビになってから着替えるということは考えにくい。

「あの中に入っていって、車に仕掛けるのか」

 時田は頭を掻いた。誰もいない、まあ、いても一人か二人しかゾンビがいないショッピングセンターやホームセンターならば誰かに頼むことはできる。しかし、多数の警察官のゾンビがいる場所に向かって、無防備に車に仕掛けをしてくるようなことはできない。またそのようなことを頼める人もいないのである。

「爺さん、何かいい手はないか」

「いい手、そんなことを言われても、何しろ目が見えないからな」

「都合のいいときには目が見えなくなるから」

「都合がよかろうと悪かろうと、ずっと見えないんだよ」

 しかし、それを廊下で聞いていた小林婆と、元商社マンの戸田が中に入って来た。まあ、何か隠す必要もないので、扉の鍵はかけていなかったのだ。

「何だ聞いていたのか」

「何か役に立ちたくてね」

 小林の婆さんは言った。

「婆さんにできることはないよ」

「いや、私は何もできませんよ。でも、パトカーの話になったので、戸田さんを連れてきたのです」

「戸田さんが何か」

「いや、昔、私の勤めていた商社がパトカーを治めていましたから。善之助さんとはそのころからの知り合いでね」

 戸田は、相変わらず山登りが趣味という、日焼けして茶色くなった肌を見せながら言った。この日焼けした肌が、地下の迷宮である鼠の国とはアンバランスを感じる。

「何かいい手があるんですか」

「パトカーには無線がついていて、いざというときは無線で動かせるようになっているんです。特殊な周波数ですが」

「ほう、特殊な周波数で動かせる」

「はい、最新型は。ちょうど自衛隊の10型戦車のようにね」

 戸田はにっこりと笑って、また地下迷宮には似合わない白い歯を見せた。

宇田川源流

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