「日曜小説」 マンホールの中で 4 第一章 9
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第一章 9
「郷田さん」
和人は、幸三が襲われた公園からかなり離れた場所にある観光バスの会社にいた。バス会社というのは、大きいところではバスが何台も止めてあり、そこに通いの運転手がくるようなことになる。しかし、中小になると、そのようなことはなく、長距離運転手などが寮のようなところに泊まる事もあり、また、長距離で翌朝早い運転手のために仮眠をするための観光施設なども整っていた。その寮の部屋の中の管理室のような大きめの部屋に、郷田は入っていた。
あまり忙しくなく、大手の下請けや中小の旅行会社の発注でのバス運行しかしていないということになっており、会議室などもあまり使いはしなかった。当然に借金がかさんでおり、その金を郷田連合から借りていたのである。社長は数年前に後退し元郷田連合の組員が仕切っていた。暴力団がらみの会社といえば、ダンプカーの運転手や建築業・土建業ということが多かったのであるが、郷田はそのような企業以外の企業にも手を出し、幅を広げていたのである。いや、土建屋や大型の運転手としてうまくゆかないものなどを、全てバスの運転手として置いておいたということなのかもしれない。
「おい、和人、付けられていないだろうな」
正木は、すぐに会議室の扉を閉めると、近くにいたものに、バス会社の玄関を閉めるように指示した。そして、会議室のカーテンを閉めて外を見た。何か覆面パトカーらしき車などが来ていないか、数名を銃を持たせて偵察に走らせた。なにかあれば、そのパトカーを襲撃して、その間に郷田と正木は逃げなければならない。
「はい、こんな夜中ですし、大丈夫だと思います」
息を切らせながら、和人はそういった。近くにいる事務の制服を着た女性が、冷たい水を差しだした。
時間は夜中である。何故事務服の女性がこんなところにいるのかは不明だ。郷田か、そのもとの子分の社長が強引に残させたに違いない。さすがに身のこなしなどにも、風俗の女などのようななまめかしさは見えないが、その代わり、疲れの色が顔に見える。夜の接待を強要はされていないようであるが、しかし、数名の事務の女性が交代で夜の番をさせられているようだ。
もともと、バス会社は夜の問い合わせなどは少なくない。夜行バスも少なくないし、また11時など終電ぎりぎりの集合時間での出発便も少なくない。その顧客の相手をしなければならないのだから、事務員がいてもおかしくはない。しかし、本来他の会社であれば夜中は男性が行うとか、運転手がその代わりを行うようになっていた。しかし、暴力団の構成員ばかりのバス会社であるから、やはり女性やまともな事務員の対応は必要なのかもしれない。
「そんなこと言っても、信用できないしなあ。だいたい、隆二だか幸宏だかが女を連れ込んだのが工場がなくなった理由じゃないか」
「そりゃそうですが、でも俺じゃないです」
「馬鹿もん」
正木は、和人の頬を思い切り殴った。和人は、椅子から吹っ飛んで床に叩きつけられた。左の頬に手を当てながらやっと起き上がった。
「正木さん」
「連帯責任だ。当たり前だろう。」
「はい、すみません」
和人は、起き上がると椅子を直して椅子に座った。
「で、何が大変なんだ」
「それが・・・・・・」
和人は、思い出すのも嫌だというようにうつむいて、しばらく何も話をすることができなかった。
「どうした」
正木が声を荒げるが、それを軽く手で制した。
「幸宏と、幸三が・・・・・・」
「まず、サツに攻められて工場がどうなったか話せ」
「はい、工場の中で戦争になり、そして、俺と幸三は穴の中に入ったんですが、幸宏は穴の入り口辺りで、そして隆二は完全に爆発にやられてしまって。隆二はそのままいなくなってしまったんです」
「爆発で完全に粉々になったか」
「女も何か吹き飛んで」
「そんなことは聞いてない」
正木が言った。
「瓦礫をどけて、穴から這い出して、足に傷を負った幸三と二人で逃げました」
「そのまま死んでりゃよかったのになあ」
正木が言った。
「それで」
「まず、郷田さんと会った場所の近くの空き家で夜まで潜んで、そのあと夜中外に出たんです」
「それで」
「そうしたら、幸宏がいて」
話がよくわからない。しかし、それだけ和人が動揺しているのだろう。正木は、不満そうな表情を浮かべたが、郷田はそれを制して話を続けさせた。
「幸宏がいきなり猫を食ったんです」
「生きてる猫をか」
「は、はい」
和人は、なんとなく理解してくれている郷田の方に身を乗り出した。正木は、近付きそうな和人の肩を抑えて、そのままもう一度座らせた。
「そのあと、幸三を食ったか」
郷田は、まじめな顔でそういった。周りにいる若い衆も、事務服の女も、そして正木でさえ、その郷田の言葉に驚いた。要するに人が人を食ったということを言っているのである。そのようなことがあるはずがない。人が人を食べるなどということは全く考えたこともないのである。
「郷田さん。そうなんです。」
和人は、まるで見ていたかのような郷田の言葉に驚きながら、やっとそういうと、そのままそこにあった水を飲みほした。水はすでに少しぬるくなっていた。
郷田はにやりと笑うと、カバンの中から数枚のコピーを取り出した。
「これだ」
「見ていいですか」
正木は、そう言うとコピーを手に取った。
「これは」
「ああ、東山将軍の残したものの一覧表だ。その中の武器の所を見てみろ」
「武器」
「ああ、武器の中に死人製造機と書いたものがあるだろう」
そこには、「死人製造機」と書いた項目があった。形状は五本の酸素ボンベ型のもので、その中に微生物が入っているということが書かれている。その微生物が体内に入ると、生き物は脳を微生物に侵され、理性がなくなって見境なく生肉を食べるようになると書いてあるのである。
「なんですか」
「和人が持ってた黒い箱の中のボンベみたいなのがあっただろ」
「工場の中ですか」
「ああ、アジトの肥料工場の中で見たときに、何か黒い箱に入ったボンベみたいなものだ。あれが、この死人製造機だ。あのボンベの中に微生物が入っていたということになる。この町が死人だらけになれば、逃げられるだろう」
「さすが郷田さん」
正木はすぐにヨイショした。
「しかし、郷田さん、幸宏は幸三を最後まで食べなかった。それまでにもいたようで、何人かゾンビの仲間がいたんです」
「要するに、微生物が微生物に侵された人間の肉は食べないってことだよ。人間は意識がなくなったら共食いをするが、微生物は人間の中にいても共食いをしない。何で共食いとかわかるのかはわからないが、まあ、だから微生物は脳を食い尽くすまで食べて、人間が動かなくなったら、またその次の獲物に乗り遷るんだ。まあ三・四日で人間が死ぬ。それをカラスとか突いて、」
郷田は、さも当たり前のことを言った。
時田と次郎吉は、天井裏でそのことを聞いていて身震いをした。まさかそんなことがあるとは思わなかった。リアルなゾンビなのである。
「大変なことになったな」
「はい」
「後であの書類を誰かに盗ませるから、お前はあの爺さんに知らせてやれ」
「知らせるって言っても」
時田と次郎吉の二人は、バス会社から抜けるとそのような話をした。
「ああ、鼠の国にご案内しろ」
「鼠の国に」
「老人は大切にしなきゃならないし、早くしないとみんなゾンビになってしまう。俺は先に国に戻って対策を考えるから」
「わかりました」
次郎吉は、なんと初めて朝日と共に善之助の家に入った。
「どうした」
目が見えない善之助は朝なのかもしかしたら明るいだけで夜なのかもしれないと思った。
「大変なんだ」
次郎吉は慌てて事の次第を話した。
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