「日曜小説」 マンホールの中で 4 第一章 10
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第一章 10
善之助の口から深いため息が出た。
深夜にもかかわらず、突然次郎吉がやってきたとおもえば、町の中にゾンビが出たというのである。もちろん、次郎吉のことを信用していないわけではなかった。しかし、あまりにも荒唐無稽な話であった。しかし、よくよく話を聞いてみると、何もおかしな話ではない。
そういえば、身近な所でも、猫やカラスが突然凶暴化するというのは、数週間前から顕著に見られた内容である。しかし、それが人間に起きたというようなことがあってもおかしくはないのである。
「次郎吉さんのいうことだから、あまりにもおかしな話でも信用してしまうのであるが」
「じいさん、こんなこと、深夜に他人の家に入って冗談で言うほど、こっちは暇人じゃないよ」
確かにそうだ。逆に、今まで荒唐無稽なことを言っていたのは善之助の方である。小林のばあさんの相談などは「幽霊が出る」というものであった。実際に小林のばあさんの使っている補聴器に合わせた電波を発信した、小林家の元嫁の陰謀であったのだ。普通ならば幽霊などという話を真に受けてだれにも相談できるようなものではない。しかし、それをしっかりと見ていれば、必ず説明のつくことが出るものである。
「要するに、何が原因であるかわからないが、人間が人格が変わり、そして、生きている人間や動物に、いきなり噛み付くようになり、噛み付かれたものは、なぜか同様にゾンビのようになってしまうということなんだな」
「そうなんだじいさん」
「で、どうしたらよい。まさかゾンビ退治を目が見えない爺が行うということか」
「そんなことをさせられないから、避難しようと」
「どこに」
「鼠の国」
まさか善之助自身、鼠の国に行くことができるなどあるとは思わなかった。次郎吉から鼠の国に招待されるなどということは、このような機会でなければないのではないか。
「しかしなあ、次郎吉さん。私一人鼠の国に行っても、戻ってきて友人がいないのでは困ったものなのだよ」
「だから、時田さんに頼んで、老人会は全員大丈夫にした」
「この街の人全員ではないのか」
「おいおい、鼠の国はそんなに広くないよ」
次郎吉は、やっと思い出したようにコーヒーの缶のふたを開けた。今まで説明するのにかなり時間があったのに、全くコーヒーに口を着けなかった。それほど慌てていた。やっと善之助を説得できたので、少し落ち着いた。しかし、こうしている間にも、あのゾンビがこの家に迫ってこないとも限らないのである。
「他の町の人々はどうする」
「何か考えるしかない。でも、すでに犠牲が出ている以上、全員を助けるのは不可能だと思う。」
「まあ、そうだろうな。でもなんとか被害を少なくしなきゃならないだろう」
「ああ、そりゃそうだが、とりあえず、他人を助けるよりも、先に自分が助かることが先なんだよ」
「で、どうしたらよい」
「明日の朝10時。いつものマンホールの事務所に」
「小林とか」
「ああ、戸田や斎藤も、他の人も呼んできてよいから」
次郎吉は仕方なくそういった。
「で、次郎吉さん、あんたはそれまでどうする」
「警察や自衛隊、消防南下に事態を知らせる」
かなりまじめな顔で言った。しかし、善之助は笑い出してしまった。
「何で笑ってるんだ、じいさん」
「そりゃそうだろう、泥棒が街のために警察に情報を届けに行くというのだから」
「当たり前だろう。泥棒といっても、こっちはプロだよ。それも、自分の金のためにやる泥棒じゃないんだ」
「そう言っていたね」
「その辺のコソ泥と一緒にしてもらっちゃ困るよ」
次郎吉は笑いながら言った。確かに泥棒ならば、町の中が相手から空き巣に入った方が効率は良い。しかし、それではよくないのである。社会のために、泥棒をしているのであるから、当然に、社会を守らなければ泥棒が成立しないのである。
「まあ、次郎吉さん。それならば、手紙を書けばよい。まさか言いに行って捕まっても意味がないからね」
「そりゃそうだ」
「私が名前を貸すよ。私の名前で所長室と警邏課に置いておくとよい。街のためだ、初めは信じなくても一度読んでおけば、そのような事案が起きたときに考慮するだろう。警察というものは、初めのうちは自分たちの頭の中にある経験則でしか判断しないのであるが、少しして、本当にその常識外の事が起きたら、それに対処することになる。一応可能性があればそれを事前に対処することになるから、そのような動きを期待すべきだろう。」
「そういうもんか」
「官僚というのは全てそうだ。市民に向かって知らないとか分からないということは言えないから、全て自分の中の頭の中で判断してしまう。しかし、時間が経ってくる間に、それが普通であり世の中のこと全てであると思ってしまうものなんだ。それが日常化してくれば、当然にそのようになってしまう。まさに、それが官僚の限界であり、先例主義になってしまう癖なんだよ」
「なるほどな」
善之助のいうことは、確かにそのような官僚や警察官が少なくない。だいたい、そのような自分たちの常識でしか判断できていないから、郷田や正木が反抗してくることなどを全く予想できなかったのである。一般の人々が警察は頼りないと思うのは、そのようなところであることは間違いがないのである。
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
「ああ」
次郎吉は、その場で手紙を書くと、その手紙を持って警察や消防に忍び込んだのである。
翌朝、10時、河口堰のマンホールには多くの人が来ていた。善之助だけではなく、小林や小林の息子、新しい嫁、戸田、斎藤にその家族なども来ていたのである。全部合わせて30名ほどであろうか。
「ずいぶん連れてきたな」
「ああ、ゾンビにされてしまうのは嫌だからな」
「昨日、警察に行ってきたが、まだそのようなことは言われていないみたいだ」
「しかし、次郎吉さん、我々が見つけた東山財宝の中にそのような仕掛けがあったなんて」
東山資金といわれる隠れた財宝を見つけたと、世の中ではそうされている斎藤と戸田が、そのように言ってきた。
「まだ詳しくはわかっていないのですが」
「まあ、でも、戦争中の事だからね。あらゆるものを兵器として使っていておかしくはない。だいたい日本とドイツは原爆を先に造っていたのだが、ドイツが先に負けてしまい、その研究成果を横取りしたアメリカが一番最初に原爆を作ったんだ。同じように日本がそのような兵器を作っていても全くおかしくはない」
小林のばあさんはそのようなことを言い始めた。
「まあ、ここにいても仕方がないから、避難先の鼠の国にご案内しますよ」
「鼠の国」
善之助以外は、皆驚いた。まさかそんな国があるとは思わなかった。
「はい、鼠の国。土の下の楽園です。」
少し歩くと、時田の手下と思われる人々が迎えに来ていた。
そうしている間、徐々に、地上では「ゾンビ」が増加していたのである。
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