「日曜小説」 マンホールの中で 4 第一章 8


「日曜小説」 マンホールの中で 4

第一章 8


「幸宏・・・・・・」

 幸三は、恐怖にひきつった表情で公園の入口の方を見た。

 公園の入り口には、幸宏と似たような目をした「ゾンビ」が数名いた。ゾンビといっても、世に言うゾンビ映画のような、機械的な歩き方ではない。普通に人間が歩いて近づいてきているのである。かなり遠くから見れば、数名の大人が公園に普通に入ってゆくように見えるだけである。しかし、その目やその服装は、先ほど街角であった幸宏と同じように、襟周りや袖はかなり血だらけであり、また、口の周りも、何か生肉をそのまま食らったような肉片や血の塊がついている。何よりも、その表情は全くなく、目もうつろでずっと幸三や和人を凝視して近づいてくるのである。

「やばい」

 次郎吉は物陰から飛び出してとっさに助けようとしたが、その瞬間、時田が次郎吉の肩をつかんだ。そして、時田は無言で首を振ると、そのまま後ろの方に下がり、そして、後ろの家の屋根の上に上がった。

「時田さん」

「無理だ」

「そんなことはないでしょう」

 時田はもう一度黙って首を振った。次郎吉も、助けなきゃとは思ったが、しかし、実際に人間のような見た目の人間ではない「物」に対抗する手段が全く存在しない。どうしてよいかわからないという感じであり、ここで下手に飛び出せば、自分も犠牲になってしまう。時田のいうことの方が正しいのである。

「和人、逃げよう」

 幸三は、痛めた足を引きずって和人の方に近寄った。しかし、和人はすでにベンチを立ち上がり、腰が完全に引けていた。

「和人」

 幸三は、信じられないようなものを見る目で和人を見た。和人はずっと幸宏とその後ろからくる数名を凝視している。所詮は児童遊具の並ぶ小さな公園である。普通に大人の足で歩けば、ベンチまでそんなに時間がかからない。逃げなければ、幸三はそう思っても、脚が思うように動かない。頼みの綱のはずの和人は、完全に正気を失っているのである。

「おい」

「幸三、ごめん」

 和人は、幸三をその場に残して公園の反対方向の入り口に向かって走り出した。

「和人」

 和人を追って立ち上がろうとした幸三は、そのままベンチから転げ落ちた。横に置いてあった缶コーヒーが、カランと音を立てて転がり、地面に小さなシミを作った。その音に反応したのか、幸宏やそのほかの数名が幸三の方に近寄ってきた。

「おい、あれ見ろ」

 時田はそんな「ゾンビ」の一人を指さした。

「なんですか」

「あの左腕と左首」

 時田も次郎吉も、マンホールの中の暗い中で日常行き来しているので、まるで猫の目のように、暗い夜でも目が効く。また遠くのものでも細かいものが見えるという特性を持っている。目がよくなければ、泥棒などはできはしないのである。まあ、金庫の鍵など細かいところまで見なければならないし、暗い中でもターゲットの手元を見なければ仕事にならないのであるから、ある意味で職業病のようなものかもしれない。

「歯形」

 時田が言ったのは、幸宏の隣にいた学生風の男である。スウェットを着て、多分夜ゲームでもしていて、腹が減ってコンビニでも行こうとサンダルを履いて外に出たのであろうか。軽く上着を羽織ってサンダルをはいた、いかにも自宅から近所に出たかのような学生風の男であるが、それも、幸宏と同じように、無表情で目だけが何かおかしな状況になっている。通常の人間ではないような「物」になっていたのである。

 その学生風の男の左腕、それも二の腕のあたりは、肉が食いちぎられたのか骨が見えたような状況になっていて、血が流れていた。ただ痛みを感じないのか、左の肩から骨と肉の塊がぶら下がっているように、歩くたびに惰性で揺れるだけの存在になっている。とても生身の人間では痛みを感じずに普通に歩けるような状況ではないのである。

 そしてその肉の塊がぶら下がった左肩の上の首筋には、やはり誰かがかみついたのか、くっきりと歯形がついていた。よほど抵抗したのか、右手にはいくらか痣があるが、それも、全く痛みを感じないのか、そのまま歩いているのである。

「あれは、正気を失っているのか麻薬をやってラリっているのか・・・・・・」

 次郎吉は、思う限りの理論的に、そして相手が人間であるという前提で考えられる状況の想定で話をした。しかし、自分で口に出し言葉にしていながらも、それがどれも当てはまらないものであるということがなんとなく、自分自身が最も理解していた。

 時田はそんな次郎吉を見て、何も言わず肩を軽くたたいた。

「お、おい、やめろ、近寄るな」

 幸三は、痛い足を引きずりながら、痛めた足を引きずり、先ほど和人の逃げた方に体を進めた。しかし、普通に歩いてくる「ゾンビのような者」とでは、徐々に距離が縮まってゆく。映画で見るようなゾンビの歩き方ならば、もしかしたら逃げ切れたかもしれないが、普通にの速度で人間が歩くような状況で歩くのであるから、逃げ切れるものではない。

「幸宏、おい」

 幸三の声は、悲鳴というよりは何か悲しみに満ちた叫びのようになっていた。まさに「断末魔」という言葉はこのようなことを言うのであろう。

 幸宏といわれた若者は、初めて表情らしいもの、つまり、何か笑みにいたような顔のゆがみを作ると、そのまま幸三にとびかかった。しかし、幸三は幸宏を何とかよけた。しかし、そのよけた拍子に幸三はそのまま土の上に転がってしまった。スウェットを着た学生らしいものが、全く動かない左腕を揺らしながら、その横になって投げ出された幸三の痛めているであろう脚に、右手をかけて、そのままかみついた。

「うおおおおお」

 幸三は、やはり暴走族の人間だけあって、全く躊躇することなく、反射的にその学生風の男の頭を、まだ痛めていない方の足で蹴り飛ばすと、慌てて立ち上がった。しかし、そこにサラリーマン風のネクタイを締めた「物」がいて、そのままガブリと幸三の首筋にかみついたのである。

「ぎゃあああああ」

 幸三は、痛めた足も関係なくただひたすら身体を動かして、そのサラリーマン風の男を振り切った。しかし、その先には幸宏がまたとびかかってきた。痛めた足が自由に動かない上に、相手が三人ではどうにもならない。幸三はそのまま三人が折り重なって動けなくなった。

「うううう」

 うめき声だけが聞こえたがそれ以上は何もなかった。人間が生身の人間に襲い掛かり、そのまま生肉を食いちぎるという、おぞましい光景に、次郎吉は吐き気を催した。しかし、ここで音を立てては「物」に居場所が知れてしまう。何とか口を押さえて音を立てないようにした。しかし、時田は冷静に、その光景を見ていた。

「次郎吉、見てみろ」

「時田さん」

 何言ってんですか。スプラッターは苦手です。そういおうと思ったが、あまり声をあげたくないので、仕方なくその方向に目を向けた。そこには先ほど襲われた幸三が立っていた。いや、正確に言えば「ゾンビのような物」に変身していたという方が正しいのかもしれない。

「な、何なんですか」

 次郎吉は声を潜めてそういった。

「何か、毒か菌か、そんなものが回って正気を失うんだろうな。そしてその毒が回り切ったらいらないんだろ。犬も鼠も、新鮮なものを食べたがる。そんなもんだ」

 時田はそういうと、次郎吉を促した。

「行くぞ」

「どこへ」

「和人を追って、郷田の居場所をつきとめないとな」

「はい。でもあいつらは」

「ああいうのは、警察の仕事だ」

 そういうと時田はとても小太りな中年の動きとは思えない動きで、隣の屋根に飛び移った。次郎吉はすぐにその後を追った。

宇田川源流

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