「宇田川源流」 とうとう2回目の「緊急事態宣言」という不可解な試練
「宇田川源流」 とうとう2回目の「緊急事態宣言」という不可解な試練
コロナウイルス禍に関して、私の思うところがある。昨年のはるからなつにかけて、少なくともこのコロナウイルスが中国による陰謀であるとか、生物兵器的なものではないかというような話に関して、私はそれを基本的には否定している。今回のコロナウイルスに関して、基本的に、中国が何らかの糸をもって、積極的にまたは故意に、このコロナウイルスを武漢またはそのほかの中国国内に撒いたというようなことは、あまり現実的な話ではない。もちろん、中国側の主張している「アメリカが武漢まで来て病原菌を散布した」などというような話も荒唐無稽で基本的にはあまり信じられる根拠が少ないと思われる。
同時に、今回のコロナウイルスに関して、だいたい感染率が70%前後で致死率が4%というような、不確定要素の強い病原菌を生物兵器にするということもあまり良い話ではない。そもそも、相手国が「生き残っている」という状態では、兵器として役に立たないのであるから、そのような兵器を使うはずがないのである。
しかし、そのような予想では全く見ることのできない内容が、そのまま起きた。これが現在の世界の「コロナウイルス禍」であるといえる。しかし、さすがに中国共産党が初めからこのことを予想していたとすれば、かなり高度な計画をしていたことになるが、当時の中国政府の対応を見ればそのようなことはなかなか考えにくい。では、どういうことか。中国政府は、多分、このコロナウイルス禍を自分たちの有利に動くように、真剣ん考えて、その利用できる内容を模索し、そのうえで、「共産主義政権」を巧みに利用してそれを行ったということになる。
私の取材した内容から見れば、この共産主義政権がコロナウイルスを使って有利に物事を進めようとしたのは、昨年、つまり2020年の1月くらいの事であり、かなり早い段階で、このコロナウイルスを利用していたというような感じになる。その意味ではアメリカもイギリスも日本も、疫病対策ということでは「周回遅れ」というような感じになってしまう。
いずれにせよ、事実として、中国共産党政府は昨年の4月8日にすでに「克服宣言」をしており、一方で、日本は今年になってまだ「緊急事態宣言」で混乱をしているのである。
緊急事態期間、延長の可能性も…尾身氏「1か月未満でステージ3は可能だが簡単ではない」
政府は緊急事態宣言を7日に発令し、1か月にわたって集中的な新型コロナウイルス対策を講じることで、感染を食い止めたい考えだ。これに対し、尾身茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会長は「1か月未満でステージ3に近づけることは頑張れば可能」としながらも、実現は「そう簡単ではない」と指摘する。
政府の基本的対処方針は宣言の解除時期について、感染状況が最も深刻な「ステージ4」から「ステージ3」の水準まで下がることを目安として示した。
一方、対処方針には「政府対策本部長(首相)が総合的に判断する」とも明記した。新規感染者数の減少などの6指標だけに頼らず、柔軟に判断する余地を残したものだ。内閣官房幹部は「医療状況の改善にメドが立てば、感染者数がある程度多い状況でも弾力的に宣言を解除すべきだ」と語る。
ただ、分科会の委員からは「ステージ3になればすぐ解除するのではなく、着実にステージ2に向かうことが確認できないと解除すべきではない」との声が上がっている。こうした意見を踏まえ、対処方針には「解除後の対策の緩和は段階的に行い、必要な対策はステージ2相当以下に下がるまで続ける」との文言が最終的に追加された。宣言が延長となり、発令期間が1か月を大きく上回る可能性もある。
2021年01月07日 19時47分 読売新聞
https://news.nifty.com/article/domestic/government/12213-921229/
何事も二回目というのは様々な意味で困難が生まれるものである。実際に、「2回目」というのは初めてではない。何事も初めての時には、様々な困難や道の状態があるが、2回目ということになれば、当然に様々な意味で、一回目の内容と比較されることになる。同時に、それを行うすべての人々は、一回目同様といいながらも様々なところで「慣れ」と「ゆるみ」が出てきてしまい、油断も生じてうまくゆかない。そのうえ「二回目」というのは、一回目で一度は収まったものが、二回目になっているのであるから、初回の時よりも事態は悪化している状態で行われることになる。そのような状態であるから二回目というのは、本来、最も注意しなければならないものである。
しかし、残念ながら現在の日本政府の対応は一回目の時よりも脆弱である。そもそも「一回目」は学校もパチンコ屋もイベントもすべてを止めて、現在よりも少ないコロナう井する患者に対抗していたのであるが、二回目は、通勤や学校などはそのまま継続しながらの対応であるということから考えると、初回のような効果はうまくあるはずがないのである。
ではなぜ二回目の緊急事態宣言をしたのか。
もちろん「感染者が増えてきた」というような話もあれば、都知事などの要請があったというような話もある。しかし、そもそもは菅内閣が今回の内容に関してしっかりと認識し、どのような対応をすべきかということを認識していればよいはずなのである。しかし、現在の菅内閣は「仕事ができる」というマスコミの報道とは異なり、基本的にはそれほどの仕事ができるわけでもなく、結局のところ何もできない状態でただ漫然と支持率が下がっている状態である。
そのような「弱体化した内閣」に対して、マスコミを使うのが巧妙な小池都知事がうまく利用して自らの支持率アップととの評判を上げるための道具として使ったということに他ならない。マスコミ各社は、政権が変わり政局が起きれば、自分たちの飯の種ができるわけであるから喜んでそれに加担するというような状況である。
単純に言えば「中国共産党と同じ、人の不幸であるコロナウイルスの政治利用または史的な収入のための利用」出しかないのである。初回の緊急事態宣言の時からずっと、「本当の情報を得るべき」「マスコミ情報やフェイクニュースに流されるのではなく自分で判断すべき」というようなことを伝えてきたが、結局政府がそのような状況では、自分たちでどんなに自衛していても意味がないというような劣化した状況になっているのである。まあ、今回の内容が中国共産党による政治利用とリンクしているかどうかは不明であるが、そのうち現在のアメリカのように、国内で暴動と暴動が対立し内戦状態になるのは近い将来なのではないか。それほど国民はあまりにも勉強せず劣化してしまっているのではないかという危惧を、今回の緊急事態宣言では見たような気がする。
あえて、この文章に反論する人に問う。
・ 特措法の憲法上の条項根拠は何か?
・ 憲法を改正せずに私権を制限できるのか?
・ コロナウイルスの感染者が多いのは飲食業や観光業が問題なのか?
・ GoToは失敗だったのか?
・ 今から再度補償金を出せるほど財政は余裕があるのか?
・ 前回の緊急事態宣言による効果の検証離されているのか?
・ これらの疑問がある中、一回目の緊急事態宣言から今まで政治も経済も、そして国民も何をしてきたのか?
これらに術答えられる人はいるのであろうか。
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