「宇田川源流」【土曜日のエロ】 「映画で脱いだ裸のアイドル女優たち100」発売中止に見る「映画の芸術性」

「宇田川源流」【土曜日のエロ】 「映画で脱いだ裸のアイドル女優たち100」発売中止に見る「映画の芸術性」


 今週も土曜日のエロの日になった。まあ、今週は菅義偉首相が選出されたということと、それに伴った組閣という感じであろうか。

それにしても、さすがにブログには書かないが、「組閣」って、様々な人間模様が見えるわけである。新たに首相になった人と、首相になれなかった人というのは、いつも何らかの注目を浴びる。まあ、その前に「与党の代表選挙」ということになるのであるが、その代表選挙、今回は自民党の総裁選で「落ちた人」はまあ、注目を浴びることになる。

しかし、「大臣の選から漏れた人」や「大臣を辞めさせられた人」というのはなんとなく誰も扱わない。しかし、本来大臣であったって、継続して使ってほしいわけだから、まあ、大臣になれなかった人や大臣から降ろされた人というのは、、そこにもドラマがある。

もう一つは大臣になった人の猟官運動というのもなかなか面白い。ああ、こんなことやったんだとか、ここまでするんだというような話は、かなり面白いのである。

特に「大臣になる」という噂と。それに対する「番狂わせ」はなかなか面白い。そのあたりの取材をしっかりしている人や、その辺の内容を報じない。たぶんその辺を報じた方が面白いのではないかと思う。

本当に報道は無駄で、別に新しい首相がパンケーキが好きでもどうでもよいことであるが、大臣になった人やならない人が何をしてきたかなどということは、全く話に出ないのである。まあ、マスコミが「政策や実績」を報じないのはいつものことなのであるが、それにしてもひどいものである。

本当に建前と本音が全く異なるものである。

さて、今日のエロの話も建前と本音が全く異なる話だ。「映画でヌードになるのはストーリー性などから重要」「芸術性があるから問題はない」などと言いながら、その部分を切り取られると、突然「不快感」になる。それは何故だろうか

ムック「映画で脱いだ裸のアイドル女優たち100」発売中止 SNSで批判...近代映画社「不快な思いをさせた」

洋画総合誌『SCREEN(スクリーン)』などで知られる出版社「近代映画社」(東京都江戸川区)は2020年9月7日、ムック本『お家で鑑賞できる 映画で脱いだ裸のアイドル女優たち100』の発売を中止すると発表した。

 同書をめぐっては、SNS上で内容を問題視する声が上がっていた。近代映画社は「今後このような事のないよう企画内容を十分に精査して参ります」とする。

   「駄目だと思う人いなかったの」

 『お家で鑑賞できる~』(スクリーン特編版)は14年に発売し、今回は復刻版となる。

 原本を扱う通販サイトの商品紹介ページでは、「アン・ハサウェーなど現在ハリウッドで活躍中のスターから、マリリン・モンローなど懐かしい名女優まで、様々な女優がセクシー・シーンを演じた映画&ドラマなどを紹介。全作品のブルーレイ&DVDガイド付き!!手軽なサイズとお値段のコンパクトBOOKです」と説明している。

 主な登場女優には、アン・ハサウェイ、アンジェリーナ・ジョリー、エマニュエル・ベアール、ジュリエット・ビノシュ、モニカ・ベルッチ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジェーン・バーキン、ナスターシャ・キンスキー、ブリジット・バルドー、マリリン・モンローが名を連ねる。

 ところが、9月4日に『SCREEN』公式ツイッターが告知をしたところ、「ありえない。当時発刊したことすら恥。女優さんのヌードを消費的なまなざしで見ることを映画雑誌が誘導するのはやめてほしい」「映画界の流れから逆行してるし、どうして、今、わざわざ、堂々と、復刻版出します!となるの。駄目だと思う人いなかったの。買ってたのにな 残念」などと苦言が呈された。

 告知はその後削除され、7日に「告知をご覧頂いた皆様に不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございませんでした」と謝罪し、発売の中止を発表した。「今後このような事のないよう企画内容を十分に精査して参ります」とする。

 近代映画社は9日、J-CASTニュースの取材に、復刻版の問題点について「女性の裸が出ているということで、不快な思いをされている方がいらっしゃるということです」と答えた。

2020年9月9日 17時54分 J-CASTニュース

https://news.livedoor.com/article/detail/18870000/

 今回は「女性の裸」が問題であるという。しかし、逆に需要は存在することは間違いがないのである。

何故女優のヌードは「ダメ」なのであろうか。私などは見たくて仕方がないのである。というか何が問題なのかよくわからない。もちろん盗撮とか、強姦とか、そういった犯罪的なことを写真集にすれば大きな問題であろう。しかし、そもそも女優がその作品の中でその役になり切って、肌を見せることは、それほどおかしな話ではない。

また女優やアイドルがヌード写真を出版するときは、よく「きれいなうちに」とか「芸術性が高い」というようなことを言ってヌード写真を披露するのである。もちろん、見る側が芸術性と思っているのか、あるいはエロしかないと思っているのかは、見る側の主観の問題であり、まあ、映っている女優の主観と見る側の主観が異なるだけの話である。

さて、今回の件の最大の問題は、「映っている女優がクレームを言っている」のではなく、「買う側」が言っているという点である。

女優が、例えば映っているときと現在とがあまりにもイメージが異なるから、やめてほしいというのであれば、その話は分からないでもないのであるが、今回はそうではない。単純に「女性の裸が出ているから不快」というだけの話である。

「ありえない。当時発刊したことすら恥。女優さんのヌードを消費的なまなざしで見ることを映画雑誌が誘導するのはやめてほしい」<上記より抜粋>

いやいや、このようなクレームを出すのであれば、そもそも映画の中にヌードが出ていること自体がおかしいということになる。しかし、それは「女性の裸」というだけで会って、見る側がエロしか感じていないということであり、ヌードに芸術性は感じないし、ストーリー性の必要な部分も全く関係がないというのである。

そもそも映画の中であるならば、女優が肌を見せる部分というのは、そのシーンで様々な心の描写があるはずであり、少なくとも「映画」という一つのストーリーで何かを伝える中で最も重要なシーンの一つであるはずだ、もちろんエロということもあるが、それだけではなく、そのシーンを伝えるだけの何らかの重要性があるはずなのである。当然に、そのヌード写真は、その中の一つの形であり、映画ポスターなどと同じ、いやそれ以上の芸術性を持っているはずなのであるが、残念ながらクレームを言っている人そのものが「単なるエロ」でしか見ていないということになるのである。

単純に言ってしまえば「クレームをつけている人は女性のヌードから映画のストーリー性やそのシーンの思い出、または芸術性をくみ取ることのできない。単なるエロの対象としかのみ見れない心の貧しい人」ということであり、このような人々が芸術を理解できないのである。

ま、このように理屈っぽく言っているが、私は単にエロで、きれいなヌードを見たいだけなのである。

宇田川源流

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