「日曜小説」 マンホールの中で 3 第三章 4
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第三章 4
「郷田連合が両方とも持っているということか」
「ハチ・△」と「ムラ・ヨン」が両方とも郷田連合が持っていったことが明らかになった。そのうえ、郷田連合といっても、その組長の郷田雅和が「鼠の国」から選んで買っていったのである。
「厄介なことになったな」
次郎吉もさすがにそれ以上の言葉が繋げなかった。「鼠の国」の宝石やの話では、雅和は当然に任侠組織なので「鼠の国の住人」であるという。たまに、中に入ってきては、何かを買ってきたり、あるいは、宝石とは関係がないのだが、殺し屋を雇ったりしているらしい。しかしほとんどは情報を買いに来ているというのがもっぱらの噂であった。
「それで最近ではどんな情報を買っていったんだ」
「あまりそういうことは教えてくれないんだが、宝石屋は基本的には、情報屋ではないから、もれ伝えたところは教えてくれたよ。それでも宝石屋には詳しい話をしなかったみたいなんだが、ヨンの宝石を買っていったときには、なんでも東山がどうとこ、こんなところにあったのかとか、そういうことを聞いていったらしい」
「要するに、郷田も東山資金を狙っているということか」
「ああ、そういうことになる」
「まさか、次郎吉が持ち込んだということがばれたりしていないだろうな」
善之助は少し心配になった。そう言えば、「鼠の国」に持ち込んだのは次郎吉である。つまり出品者がわかれば、郷田組は次郎吉にはたどり着くことになるのだ。
「いや、持ち込んだ人など、宝石や美術品の出所を聞くのは掟に違反することになるから、それはないし、また宝石屋も話はしなかっただろう」
「それならば少しは安心だが」
二人の間に少し沈黙が続いた。昭和を感じさせる振り子型の柱時計が、三回大きな音を立てる。今日は結構長くいるなあと、次郎吉は思った。そういえば目の前の缶コーヒーもいつの間にか二本目になっている。
「どうする」
「どうするって」
「諦めるか」
「諦める」
「ああ、もともと私が次郎吉に頼んだのは、猫の置物だけの話だったはずだ。何も危険な思いをして東山資金をやる必要はないのではないか」
善之助はなんとなくそのように思った。そうだ、猫の置物が戻ってくればよいのである。東山資金などというものは、もともとなかった。またあったとしても手の届かない者であったと諦めればよいのだ。
「ならば、爺さんは郷田連合が東山資金をもっていってしまってもよいというのか」
「いや」
「暴力団組織が大量の資金を手にして、悪事に使うことが許されるのか」
「……」
「俺の相棒の錠前師の昇の敵は討たなくてよいというのか」
そうだ、この東山資金は次郎吉の錠前師の相棒の話がついて回っていた。
「いや、悪かった。そうだ。悪者に資金を渡すわけにはいかないんだ。しかし、そのことで次郎吉が狙われるようなことになっては良くない」
「大丈夫だ」
それならばどうするのだ。善之助はそこまで声が出かかったが、そのことを言えば、ここで喧嘩になるのは目に見えている。善之助は慌ててその言葉を飲み込んだ。
「だいたい、人間の心理として最も大事なものは、毎日確認しながら何処にあるか見ながらもっとも厳重な場所にしまってあるはずだ。また常に身近に置いて確認できるように置きながらも、もっとも厳重なところにおいてあるはずだ。人間というのは、それがなければ困るものは、一番奥にしまうのではなく、目立つ場所でだれもが見張っている場所にしまうものなんだ。」
「なるほど」
「昔は、そういう時は『火事だ』といって、本人に持ってこさせるというような方法があった。『火事だ』といえば、人間は無意識のうちに最も大事なものをもって外に出る。その時の行動を見ていれば、どこにしまってあるかもわかるはずであるし、また、その後のしまう場所も見える。偽物が多かったり、ダミーが多かったりする場合、当然に、そのようにして本人が確認した本物を持ってこなければならないのだよ。逆に言えば、『火事だ』といわれたときにすぐに取り出せるようなところにおいてあるはずだ。もちろん耐火金庫とか、そういうような信用できるものがある場合はそこに中の放置しておくが耐火金庫といってもそんなものは信用できないからな」
「それならば、今回も『火事だ』といって騒いでみたらどうだ。何なら私が事務所の前で大騒ぎしてやるぞ」
「爺さん、昔は、といったはずだよ」
次郎吉は頭を抱えた。
「爺さん、火事だと言っているのは昔の話でしかないんだ。今は、耐火金庫もしっかりしているし、火事だからといって持ち出すとは限らない。現代社会は便利になってしまったから、火事になれば火災報知器があるし、スプリンクラーもある。そのうえ今回の対象物は宝石だから、火事でも燃えてなくなってしまったり、形が変わったりするようなものではないんだよ。だから火事だと騒いで持ち出させる手は使えないんだ」
「でも、そうやって本物のありかがわからなければ、次郎吉でも盗めないということであろう」
「ああ、どんなに頑張っても、ないものは盗めない。」
「そうだな」
「あの天下の大泥棒石川五右衛門は、ないものを盗もうとして罠にかけられ、探している間に捕まったんだ。」
「ずいぶん古い話を始めたな」
「まあ、泥棒というのはそういうものなんだよ。異常にゲンを担ぐし、古い伝説や昔の泥棒の失敗を気にするものなんだよ」
次郎吉はため息交じりに言った。
「じゃあ、どうするんだ」
善之助はやっと口をはさんだ。さっきから聞きた言葉をやっと出したのである。
「今考える」
また次郎吉は黙り込んでしまった。
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