「日曜小説」 マンホールの中で 3 第二章 5
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第二章 5
猫の置物は戻ってきた。しかし、その置物を老人会に戻すことはできない。
善之助はなんとなくジレンマを感じた。そもそも誰がこの置物を隣町の質屋に売ってしまったのであろうか。そしてその金で何をしたのであろうか。そもそも、この置物は、いくらの値が付いたのであろうか。次郎吉は何も言わず置いていっただけであるから、その事情などは何も聴けない状態で、置物と二人悶々と過ごすしかなかった。
早く次郎吉が来ないか。そう思っているときに限って次郎吉はなかなか来ないものなのである。人というものは待てば来ないし、待っていないときには早く来るものである。追いかければ逃げ逃げれば追ってくる。そんな人間関係は善之助も今までに何回も経験しているが、しかし、そのような内容が自分がものを頼んだ時に限って当てはまるものなのである。
「今日はいつもより遅いではないか」
善之助はついつい、そのように言ってしまった。
「そうか。あまり変わらないがなあ」
次郎吉にしてみれば、全く変わらない感じである。待っている人間と、くる人間では意識はかなり違う。
「ところで猫の置物、これはどうしたらよい」
「いや、それは爺さんが自分で頼んだものだろう。でも、ちょっと見せてくれるか」
そういうと、次郎吉は善之助から猫の置物をもらい受けると、その猫の置物を回してゆっくり見たり、あるいは振ってみたりいろいろし始めた。目の見えない善之助には何をしているかさっぱりわからない。
「なにをしているのだ」
「いや、この中に宝石が入っているのか、あるいはどこかに埋め込まれているのか」
「埋め込まれているって、これは木でできたものだろう」
「ああ、木でできた彫刻だよ」
「ではその木の中に穴でもくりぬいて中に入れてあるということか」
「いや、今見てみたけれども、これは穴なんか開いていないよ」
「では、この中に宝石はないということか」
「猫の目とか、どこかに宝石が入っているかと思ったのだが、そうではないらしい」
「じゃあ、これは東山正信の作品ではあっても、この作品は東山資金とは関係がないということか」
「いや、関係はある。しかし、関係はあるが宝石はないということだ」
次郎吉はなんだかわからないことを言い出した。
「ど、どういうことだ」
「要するに、この中には宝石はない。しかし、爺さんと俺は大きな勘違いをしていたということがこの猫の置物を見てわかったんだ。いいか、この猫の後ろ、つまり、下の部分だな。ここに『ハチ』と書いてある。これはたぶん、何かの位置を示しているんだ。爺さんや老人会のことを指しているのではないな。それに『△』と書いてあるこれも何かの印なんだ。この二つの印が、何かの暗号なんだよ」
「どういうことだ」
「ここからは俺の推測だが、宝石は三つなんだよ。しかし、東山将軍が避難させた山は五か所だ。その五か所に何らかの暗号解読のカギがあるんだな。しかし、それをアメリカ軍に覚られては意味がない。そこで、何らかの暗号があり、その暗号の通りに宝石を置かなければわからないというような役も担っているんだ。東山正信は、その暗号を知って、その暗号を三つの猫の彫刻に彫り込んだんだな。推測というのは『ハチ』というのはたぶん八幡山、つまり避難場所ではなく砲台のあった八幡様の祠のある山のことだと思う。そこに三角形の宝石を置くということであると思う。まあ三つ集めてみないとわからないが、その三つをうまく見てみないとダメなんだな」
「八幡様の祠と三角の宝石」
「まあ、何かあるのだろうな。もちろんそこは俺の推測だから何とも言えないがね」
次郎吉はかなり興奮している様子であった。確かにこの彫刻には何も隠されていない。それは次郎吉が置いていった時からいろいろなところを触っているからよくわかる。しかし、彫られているということまではわからない。これは目が見える人でなければ分からない内容であろう。そのことでこんなに興奮できるものなのである。
「でも、確かに五つの宝石とは誰も言っていないな」
「ああ、猫が三匹ということは宝石は三つ。しかし、五か所の何らかの仕掛けにおいて、その仕掛けを動かさなければならないということになる」
「そうか、残り二つはダミーでわからないようにしてあるということか」
「そう、『ハチ』『△』というだけでは、アメリカ人はわからない。それを何らかのメモか何かにしてあり、それを正信が知って何かの暗号だと思って残したということだろう」
「ということはあと二つの猫を」
「ああ、そうだな」
「一つは、東山の家にあるのだろ」
「ああ、あそこにあるのは見てくるのは簡単だ。ちょっと入ってみて来ればいいだけだからな」
「もう一つは厄介だな」
もう一つは警察署の署長室のガラスケースの中だ。それを持ち上げてどこかに書いてある印を探して読んでこなければならないということになる。
「そのうえ、それに対応した宝石を探してこなければならない」
「ああ、一つは郷田連合の事務所だったな」
「ああ、それでもあと二つ探さなきゃならないんだ」
「どこにあるのだ。その二つの宝石は」
「全くわからない」
二人は黙ってしまった。要するに、猫の置物が宝の地図。そして、宝石が宝の鍵ということになる。そしてそれをうまい組み合わせにしなければうまくはならない。もしかしたら、東山将軍のことなので、間違えた置き方をすればこちらが致命傷を負うような仕掛けがあるかもしれない。いずれにせよ、その内容を見なければならないのである。
「さて、さすがに警察署に入ってみてくるわけにもいかない。そこで爺さんにお願いがあるのだが」
「おお、なんだ」
「爺さん、ちょっと警察署に行って猫の置物を見てきてくれないか」
「でも私は目が見えないのだが」
「そう、そこで、猫の置物の写真を撮ってきてくれないかな」
「写真」
目が見えないのに写真を撮るなどということができるはずがない。
「どうやって写真を撮るんだ。それに、目に見えない私がなぜ写真が必要だと聞かれたらどうする」
「だから、俺を連れて行ってくれないか」
「泥棒が警察の署長室に行くのか」
「ああ。そうする」
「大丈夫か」
「もちろん。まだ顔は割れていないし、大丈夫だと思う。まあ、爺さんと一緒に行くのだからなかなか向こうも手出しができないと思うけどね」
「そうか」
珍しく日の当たるところであった二人は、翌日警察署長室に行き、うまく猫の置物の写真を手に入れたのであった。
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