「日曜小説」 マンホールの中で 2 第四章 3

「日曜小説」 マンホールの中で 2

第四章 3

 やはり思ったように、小林さんが老人会に相談に来たということである。

小林さんの家で警察騒ぎになって、一週間後、また問題が起きたというのである。

「次郎吉さん、なかなかだろう」

「まあ仕方ないよ。」

 次郎吉の話になれば、結局「鼠の国」という裏稼業や世の中の端っこの方をやっている人々の集団、あまり陽の光を浴びない人々の習慣の中では、独自に自分たちのルールで動いているという。

そのルールというのは、基本的には普通の法律などを守るというようなことは関係がないが、しかし、法律で守られていない分、約束は守らなければならないとか、他の人との間の仁義を裏切ってはならないなどの内容をしっかりと考えているという。つまり、独自のルールと価値観であり、完全にルールや法律がないのではない。

 当然に独自のルールと価値観である。つまり、その制裁に関しても全く同じで、日本の法律に従ったものではない。鼠の国は法律において例えば裁判にするとか、あるいは、賠償金をとるというような生易しいものではない。自分たちの独自のルールと価値観で制裁を加えることになるのである。またその制裁の範囲も彼らの論理によって行われる。親子やファミリーといわれるものなどが狙われるというのは当然。友人などや、その時たまたま一緒にいた人などもすべてその中に含まれることもある。もちろんこれは一般論である

 今回、小林の嫁がホストクラブにおいてその仁義を破った。約束をしたものを反故にした。このことは、小林嫁を鼠の国が排除するというような状況になってくる。それだけではなく、その嫁の旦那、つまり小林さんの息子が様々な状況になるということを意味する。

 当然にこの問題の「制裁範囲」は、その家族にまで行く。しかし、小林婆さんは、さすがに全く鼠の国といわれる裏社会と関係のあるところにはいない。また夜遊びに行くようなこともないし、そのようなところの接待などもないので、関りがない。まあ、強盗や窃盗というようなことになれば関係するかもしれないが、基本的には関係がないといって過言ではない。しかし、結構な頻度でキャバクラに出入りしている息子となれば話は別だ。

「息子が脅迫されたといっているんだ」

 善之助は困ったような顔で言った。

「なんでも小林さんの息子さんがキャバクラに行ったら、何か怖い人相の男が出てきて、嫁さんの不始末の分を払ってくれなければ、出入りは禁止にすると言われたらしい。それも宝石すべての代金で4000万円だそうだ」

「あの宝石は4000万円もの価値はないが」

 次郎吉は全く違う反応をした。実際に次郎吉はその宝石そのものを見ている。そして泥棒としてその価値を見なければ話にならないのであるから、その目利きもできる。いや、価値がわからなければリスクを冒してまで入りはしない。

「どういうことだ」

「当然に、あの嫁さんが自分の価値を高めるために嘘を言って高めの数字をホストに告げたんだろう。4000万くらいの価値があるから、これでどうにかというような話ではないか。その嫁さんの言った言葉が独り歩きをしてこうなったんだろう」

「なんでそういえる」

「爺さん、よく考えてみろよ、ホストも店員も誰も、あの宝石の現物を見たことはないんだ。そうだろ、宝石のおもちゃのガラクタはもたされたが、本物の宝石を知っているのは小林の家族と俺だけなんだよ」

「そうか」

「ということは、本物の宝石もその価値もわかりはしない。ではそこでその価値がどのようにして出てくるかということになれば、あの嫁さんがそういった以外には話にならないであろう」

「確かに」

「ということは、自業自得だな」

 次郎吉は、目の前に出された缶コーヒーを飲んだ。

「小林さんが困っているんだが」

「だから、自業自得だ」

「どうすればいい」

「離婚かな、そうでなければ夜遊びを一切やめるか、どっちかだろう」

「離婚」

「ああ、夫婦であることを理由に金を請求されているならば、夫婦でなくなればよい」

 確かに道理である。しかし、まさかそのようなことを小林さんに言えるはずがない。善之助は答えに窮した。何も言いようがないのである。

「何か穏便にする方法はないのかな」

「そう、じゃあ最後の手段を使うか」

 次郎吉はそのまま出ていった。


 一週間後、また次郎吉が現れた。

「爺さん、状況が変わったろ」

「ああ、まさか小林さんの家が火事になるとはね」

 小林さんの家が小火を出した。警察はまたかという顔で来たようである。それも火元は天井裏である。

「小林さんが来て、幽霊の正体がわかったと言い出したんだ。なんでも小火のおかげだそうだ」

 火元は天井裏、それも電波発信機である。その電波発信機の配線に埃が詰まって火がついたということだ。その電波発信機に関して警察が調べたところ、その電波発信機から発せられた電波が、そのまま小林さんの補聴器に入るようになっていた。またその受信元は、嫁さんの携帯電話につながっていることまで明らかになったのである。

「小林さんは怒っていたよ。嫁さんが、幽霊の振りをして自分を操っていたとか、危なく、あの嫁さんのおかげで財産を奪われるところであったとか」

「で、嫁さんはどうなったって」

「とりあえず、今は警察に拘留されているそうだ。一応天井裏に電波発信機を仕掛け、放火または失火の可能性があるということで、現住建物放火罪の疑いだそうだ。、まあ、電波発信機だけでなくカメラなども押収されていて、嫁さんが小林さんを監視して操っていたことが明らかになったらしい。」

「まあ、我々は知っていたけどな」

「そうだ。でも不思議なことがあるんだ」

「なんだ」

「まだ幽霊の声がするらしい」

 次郎吉は笑った。もちろん、目が見えない善之助にはその笑顔はわからなかった。

「どうした」

「爺さん覚えていないか。もう一組電波発信機があっただろう」

「そうか、次郎吉のものがあったんだな」

「ああ、つまり、俺の分の電波発信機をすべて回収し、そして鼠が齧ったように工作して、そこに埃と木くずを丸めたものに火をつけて、そこに放置した。種火だからすぐには燃えないし、木くずと埃だからだれも怪しまない」

「要するに火をつけたのは君なんだな」

「ああ、ちょっと電波発信機を移動して火災報知機のすぐ近くにしておいたけどね」

「なるほど」

 次郎吉が火をつけて電波発信機の存在を知らせた。そしてもう一つの電波発信機を使って、幽霊になったのだ。

「で、なんていったんだ」

「離婚させろ、あの嫁には悪魔がついていると」

「なるほど」

「すでに電波発信機が見つかった後で、別な声がすれば、今度は本物の幽霊の声に思う。それが心理だ。まさか二つ電波発信機があるとはだれも思うまい」

「そうだな」

「そこで、それだけ言っておいた」

「電波発信機はどこに」

「庭だよ。そりゃそうだろう。家の中じゃ火事で燃えてしまうし、また、警察が探してしまうかもしれないからね」

「なるほど」

「神だか幽霊だかのお告げで、離婚させることにしたと小林さんが言っていたよ」

 善之助は安心したように言った。

「他の老人会のみんなも、そんな風に電波発信機などで幽霊の真似をするような嫁は家から追い出さなきゃだめだといっていたよ」

「まあ、妥当な話だね」

「あとは息子の判断みたいだ」

「じゃあ、これで俺の仕事は終わりかな」

「ああ。ありがとう」

 善之助は、そういって手を出した。

宇田川源流

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