「日曜小説」 マンホールの中で 2 第四章 1

「日曜小説」 マンホールの中で 2

第四章 1

「次郎吉。何をやったんだ。」

 河口堰の部屋にまた、善之助がやってきた。

「何って、今までは、あの嫁さんがいろいろ小林の婆さんに仕掛けてたから、今度はこっちから嫁さんにいろいろと仕掛けようと思っただけだよ」

「要するに、小林の婆さんに代わって復讐するってことか」

「ああ、お天道様に代わってお仕置きって感じかな」

 次郎吉は、少し古いアニメーションのセリフになぞらえていったが、善之助はそのアニメを見ていなかったのか、全くわかっていない。まあ、そんなもんかという気がするが、それでもせっかく物まねをしたのに、全くわかってもらえないというのはなんとなく寂しいものだ。よく芸人が「すべった」というのは、こういうことなのであろう。

「それで何をやったのかな」

 善之助は、そんな「すべった」あとの、次郎吉などには全く構わず、その内容を聞いてきた。

「いや、まあ、軽くやっただけなんだが、何か反応あったのかい」

「ああ、そうなんだよ。小林さんがまた慌てて老人会に来てね、それで嫁さんが攻撃的になったというんだ。それも、なんでも幽霊を仕掛けているのは小林さんではないかとか、宝石をどこに隠したのかとか、そんなことを言ってきたらしい」

「ほう、まだ軽くしかやっていないんだけどね」

「そりゃ小林さんも慌ててくるだろう。自分が幽霊の相談をしてきていたのに、いつの間にか幽霊を仕掛けたのは自分だということになっているんだから。それも、宝石を隠したとか。偽物を金庫の中に置いたとか、まあ、それはこっちがやっていることなんだが、まあ、そんなことを言ってきたらしい。」

「それで、庭の祠の下の宝石のありかを言ったのかい」

「いや、嫁さんには宝石のある場所は言わなかったらしい。まあ、知らないといって終わったみたいだけど。」

 善之助の言葉に、次郎吉はなんとなく安心した。善之助がしっかりとその辺はコントロールしているのか、あるいは、小林の婆さんがいろいろと考えているのか。いずれにせよ、小林の婆さんと嫁さんの間にはあまり信頼関係がないということだけは明らかになったのである。

「まあ、こっちは簡単にいろいろやったよ」

「どんな」

「まずはあのホストに、宝石を売りに行かせたんだ」

「宝石って」

「ああ、おもちゃだよ」

「それじゃあ売れないだろう」

 次郎吉は笑い出した。

「売れないから売りに行かせたのだろう。それで、あの嫁さんを呼んで、恥をかかされたと大騒ぎさせたんだよ」

「なるほど、それで」

「あとはわかるでしょう。あれだけ熱を上げていたホストに振られるということになるはなあ」

「本当に振られたのか」

「そりゃ、相手はホストだよ。もっと金を貢げばいいけれども、そうでなければ店に来ないでほしいというような感じにしたわけだ」

「どうやってそんなことを」

 善之助には全くわからなかった。ホストに何か言ったって、結局は、ホストなどというのは雇われた人に過ぎない。そんな人に何かを言ったところで話にならないのではないか。

「この前言っただろう、爺さん。俺たち泥棒は、あいつらと同じ鼠の国の住人なんだよ。」

「しかし、ホスト一人に言ったって……」

「何言ってんだよ。ホストクラブみたいに、人の欲望を相手にしているような夜の職業はみんな鼠の国の住人なんだよ。つまり、あの店の店長も、他のホストも、用心棒も、それだけじゃない、隣の店もその隣町の店も、皆つながっているんだよ。そうなれば、小林の嫁さんはガラス玉のおもちゃ持ってきてプレゼントしたってことは、すぐに広まるってもんだよ。」

 鼠の国の住人という言葉は、要するに「夜の世界の人」または「表社会に出ることのできない人」という意味なのであろう。ホストクラブのような人々、それに関連する人はすべて「鼠の国」の住人なのである。

そしてそこに自分の思いを告げることができるのであるから、次郎吉はさぞかし鼠の国の住人の中でも上の方の人間であり影響力が大きいのであろう。善之助はひとりそんなことを思っていた。

「要するに、あの小林の嫁さんは、恥をかかせたということになる。それはそれに代わる何かをしなければ恥を雪ぐはできないだろう。ということはあの嫁さんは、どうしても本物の宝石が必要になる。それがなければホストクラブに出入りできなくなるということを意味しているということになるな」

「結構厳しい世界なんだな」

「ああ、表の世界では一回や二階の失敗は大目に見てくれる。しかし、鼠の国では自分の言ったことや自分のやったことに関してはすべて自分の責任でやらなきゃならないんだ。そしてその責任が負えない場合は、間違いなくその分のペナルティを食らうような仕組みになっている」

「厳しいんだな」

 善之助はそう思った。確かに人間の世界といえばおかしいが、普通に暮らしている分には「冗談」といって住むようなこともあるし、また失敗したとしても、事情を話せば許されることもある。しかし、鼠の国、つまり世の中の裏社会では当然にそのような「甘い」考えは許せない。自分で言ったことは自分で責任を取らなければならないし、責任をとれないような状況ならばペナルティを食らうということになる。実は当たり前のことができていないのが表の社会ということなのではないか。

「そんなに厳しくないよ。実際に、自分で言ったことを自分で守る。約束は必ず守るということが決まっているだけで、それ以外は法律も含め何も我々の間では守る必要はない。自由に自分の思うように世界の中で生きることができるんだよ。つまり、今の表の社会は、国会とかいう難しいところが多数決で我々が生きるルールを決める。しかし、我々は自分でルールを決めて生きる。だから、表の社会の人は、他人が作ったルールだから厳しすぎるとか、作った時が古いとか、何かと言い訳をして、なんとなく甘いルールになってしまうんだ。しかし、我々は、自分で作ったルールだから、逆に自分で守ることが責任を持つ。人前でそのルールを言うということは、当然に、人に私はこのようなルールで生きていますということを宣言しているのだから、それを守らなければ罰せられる。本来は自分で自分を自分で作ったルールに違反したということで罰しなきゃならないのだが、なかなか自分では実行できないので、鼠の国の住人がみんなで協力して守らせるというようなことなんだ。本来、そのような生き方が最もいいような気がするんだ。表の社会の人みたいに、他人に任せておきながら、他人が決めたからということを言い訳にしてルールを守らない自分を肯定するというのはいかがなものかと思うよ」

 元警察官で、議員までやっていた善之助にしてみれば、目から鱗が落ちるような話であった。ルール、つまり社会を生きるルールなのであるから、それは法律ということになろう。

しかし、その法律ということになれば、本来は守らなければならないのが前提だ。しかし、自動車の速度違反を含め、基本的に「これくらいはいいだろう」というような感じになってしまっている。それも「誰が決めて、なぜこれくらいはいいだろう」というのは、勝手に自分で決めているものでしかないのである。そしてそのような勝手な取り決めによる法律違反が横行しているということになるのである。

 そのようなことを、次郎吉は甘えといっている。本当に甘えなのである。そしてその甘えを許さないのが、鼠の国、つまり裏社会であるというのである。ある意味で自由ではあるが、ある意味で、自分の行動にすべて自分で責任を取るということになる。それによって自由が保障されている世界である。

よく「無法者」という言葉で表すが、実際には「無法」つまり法律が無いのではなく「自法」であり、そしてそこに甘えも妥協もない世界の中で生きているということになるのである。

「そのような自分のルールでやっている場合、表の国とはどうやって接するんだい」

「そりゃ、仕方ないだろう。こっちは日陰なんだから、表の世界に行ったときは表の世界のルールに従う。少なくとも従うふりをして外見だけはしっかりと作るということにしている。ある意味で、ホストやキャバクラなんかは、うまくごまかしたりしているし、税理士先生やなんかに金を渡して、何とかしているところもあるみたい。でも、それは表の世界の金を扱っているんだからしょうがないね。もちろん、そこも表の世界に出ると決めたのは自分なんだから自分のルールなんだよ。そして、その自分のルールを表の社会の中で違反すれば、鼠の国の人間は捕まって牢屋に閉じ込められるか、あるいは処刑されるんだ。それも自己責任だけどね」

 なるほど、自分で決めて自分のルールに従って表に出ているのであるから、表でうまくいかないような状況になれば、当然に、自分が捕まるのである。それが許されるかどうかは別の問題だが、しかし、つじつまだけはあっているのである。

「それで、今、あの嫁さんは焦っているということになる。で、どこまでやるかということになるんだが。どうする」

「しかし、次郎吉さん。結局まだ宝石を求めているということは反省していないということなんだろう」

「反省して、二度とやらないか、あるいはやることができなくなるか、どちらかしかないということでいいのかな」

「ああ、そうしてくれ」

「じゃあ、そうする。当然に、あの旦那、小林さんの息子だな、あれもキャバクラなんて言う鼠の国に出入りしているからね」

「そうするのか」

「ああ」

 次郎吉は、次の手を打ち始めたのである。

宇田川源流

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