「宇田川源流 日本万歳!」 親しみを込めながら敬意を感じる日本人と天皇陛下の関係性

「宇田川源流 日本万歳!」 親しみを込めながら敬意を感じる日本人と天皇陛下の関係性

 先週から始まった連載が「日本万歳」です。とにかく、どんなことであっても日本を日本人をほめる言うコンセプトで、批判などは一切なし。そういった感じで考えている内容である。第一回は天皇陛下に関して考えたのであるが、今回も天皇陛下に関する内容を考えてみたいと思う。

さて、今回の内容は「天皇陛下のお言葉遣い」に関する内容である。

天皇陛下は6月のはじめ、ちょうどトランプ大統領を国賓として迎える大役を終えて、すぐに愛知県に全国植樹祭として、即位後初の地方行幸をされているのである。その時に、天皇陛下が国民目線のお言葉を述べた。

その冒頭のお言葉が「皆さんとご一緒に植樹を行うことを喜ばしく思います」というものであった。

つまり、国民に対して「ご一緒」という敬語を使ったのである。戦前であるならば「陛下が臣民に対して敬語を使う」などということはあり得ない話であろう。逆に、敬語などで話されてしまうと、例えば社長が平社員に対してわざと敬語を使うなどという場合は、何か失礼なことをして嫌味や皮肉で使っているか、あるいは、その敬語の後に解雇などがあって、最後の言葉として敬語を使うというような状況になる。つまり、目上の人が部下や下の人間に対して敬語を使うというのは、何かそこに隠された意図があるのではないかというようなうがった見方をしてしまうのがふつうである。

しかし、陛下の場合はそのようなことは全くない。

本当に国民に対して敬意をこめて、そして何らかのうがった見方をするというのではなく、皮肉も何もなく、本当に天皇陛下の国民を思う心がそのまま「敬語」という表現で出ているということになるのではないか。

もちろん、世界各国を見て、そのような王族はいない。さすがに歴史の中でローマ時代などを含めてその言葉遣いなどまで詳細に記録に残っているわけではないので、何とも言いようがないが、まあ、そのようなことはなかなかなかったのではないかという気がするのである。

陛下「皆さんとご一緒に」…敬語で呼びかけ

 天皇、皇后両陛下をお迎えし、2日に愛知県尾張旭市で開かれた全国植樹祭。即位後初の地方行事で、天皇陛下は国民に敬語を使い、一緒に緑化活動を推進するよう呼びかけるなど国民目線のお言葉を述べられた。

 お言葉の冒頭、陛下は「皆さんとご一緒に植樹を行うことを喜ばしく思います」とあいさつされた。

 世界的な環境問題に関心を寄せる陛下は、健全な森林が地球温暖化防止などの役割を果たしていることに触れ、「私たちに様々な恩恵をもたらしてくれる国民共通の財産」と強調。植樹などを通して森林を造ることは「私たちに課せられた大切な使命」と述べられた。

 続いて皇后さまとともに計6種類の苗木を植え、クワで丁寧に土をかけられた。皇后さまは介添えをした地元の中学生に「元気に育つといいですね」と声をかけられたという。

 その後、両陛下は岡崎市の「三河青い鳥医療療育センター」を訪れ、肢体不自由児らが切り絵や車いすダンスに取り組む様子を見学。「よくできましたね」などと笑顔で声をかけられた。

 両陛下は2日夜、空路で帰京された。2日間の訪問中、沿道には切れ目のないほど歓迎の列ができた。

 近代天皇制に詳しい瀬畑源・成城大非常勤講師の話「天皇陛下が『皆さんとご一緒に』と国民に敬語を使われたことに驚いた。陛下はこうした丁寧な表現を皇太子時代から使われているが、天皇の言葉としては過去にはなかったのではないか。陛下は、国民の中に分け入るという考えを示されており、今回のお言葉も国民の目線に立つという意識の強さを感じさせた」

2019年06月02日 21時55分 読売新聞

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12213-20190602-50190/

 さて、この天皇陛下のお言葉を聞いて「天皇陛下が敬語を使ったから国民の方が偉い」などというような気になった人はいるであろうか。もちろん、イデオロギー的に、元から天皇陛下の存在に反対している人はいるし、また日本にいる一部の在日外国人の中に、日本の天皇陛下に対して、反発する感情を持っている人がいる。しかし、今回の陛下のお言葉をもとに、そのようなことを考える人はいないのではないか。もっと言えば、そのようにもともとの思考からある人は別にして、今回の天皇陛下のお言葉をもとに、天皇陛下の地位や権威が下がったということを言う人はいないのである。

つまり、天皇陛下のお言葉や態度とは関係なく、多くの日本人の天皇陛下に対する敬意や尊敬の念は基本的には変わらないということを意味している。天皇陛下は、もちろん立場であるから国民に対して敬語をつかわなければならないような立場にあるものではないことは当然のことであるが、しかし、逆に天皇陛下が国民のことを大事に思っていてくださるということを「敬語」を使って表現してはいけないというようなこともないのである。

そして、日本人は、その天皇陛下を見て「天皇陛下のお人柄を思う」ということになり、基本的には、天皇陛下のお言葉をありがたく心にしまうということになる。

ある意味で天皇陛下が国民に対して思っているのと同じかそれ以上に、国民は天皇陛下と皇室のことを思い、お互いがお互いのことを「慮る」ということが、日本の美しい主従関係または人間関係になってきてるのではないか。

このことは、現在の「国民の象徴である天皇陛下」ということから考えることができる。単純に、日本人の最近の親御殺しや子殺し、人を大事にしない事件などは、まさに、この天皇陛下のお言葉に見られるような「相手のことを思う」「相手に対して敬意を払う」ということ、それが天皇陛下から国民に対するものであっても「敬語を使うように敬意を払って相手に対応する」ということができなくなってきているのではないか。天皇陛下が、率先して「相手のことを思う」ということを行い、人々の模範として動いてくれるということは、実にありがたいことであり、日本人は、このお言葉から、自分たちの普段の行動や生活、そして人間関係を省みなければならないというような感覚になってくるのではないかという気がするのである。

実際に、「教育勅語」というのは、明治天皇が自ら「朕想うに」から始まる言葉で、自分がこのようにするということを率先して宣言し、そのことを国民に対して示した。実際に国民に強制しているわけでも何でもないのである。そのような内容を毎日唱和することによって、日本国民はほかのアジアの国々とは違い、欧米の植民地になることなく、また、その後不平等条約を解消し、世界に比肩する大国として発展したのである。

まさに、今回のお言葉に関しても同じような状況で「天皇陛下自らが国民に模範を示す」という形になる。そしてそのことを実践することで、再度日本は、令和の発展をするのではないか。そのようなことを考えさせるための陛下の大御心ではないかという気がするのである。

陛下のお言葉に関して、このような陛下を仰げることを幸せに思うとともに、その陛下のお言葉でさらに敬意を深める日本国民の「国民性」も素晴らしいと感じるエピソードではないか。

宇田川源流

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