「宇田川源流」【日本報道検証】 世界の大学ランキング下落の東大で総長選挙結果に反発が起きる怪
「宇田川源流」【日本報道検証】 世界の大学ランキング下落の東大で総長選挙結果に反発が起きる怪
毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます
さて今回は、「世界の大学ランキング下落の東大で総長選挙結果に反発が起きる怪」と題して、今日本の最高学府であるはずの東大で起きていることを見てみたいと思います。
ところで、先日何気なくテレビを見ていたら、煌々だったか学習塾であったか、そのうたい文句が「東大合格者数」ではなく「海外大学進学者数日本一」といううたい文句になっていたことに驚きました。要するに、今の優秀な高校生たちは、「東京大学」を目指すのではなく「海外の大学」を目指すということではないでしょうか。すでに日本の高校生からも見放されつつあるのが東京大学ということではないかと思い、少々恐れを感じています。これが今の日本の大学をめぐる現実なのです。
このことをまずは概説的に見てみましょう。
まず、大学ランキングの順位下落については、単に個々の大学の教育水準が低下したというよりも、論文の被引用数や国際性(外国人教員・留学生の比率)といった世界的な評価指標に対し、資金面や体制面の整備が追いついていないことが主因として挙げられます。海外の主要大学が莫大な投資を行って国際化と研究力の強化を進める中、日本は雇用制度の柔軟性や英語での教育・研究環境の構築において遅れをとっており、それが客観的な数値となって表れているとの分析が一般的です。
一方で、総長選考などの組織運営における意思決定プロセスに関しては、構成員による事前投票の結果と最終的な決定との乖離が透明性の欠如や形式主義として批判を浴びる事例が見られます。ダイバーシティの推進や改革の姿勢を対外的に示すこと自体は現代の組織にとって重要な要素ですが、そのプロセスが納得感や明確な基準を欠いたまま進められると、本質的な組織の強化や改革の理念が置き去りにされているのではないかという不信感を招くことになります。
<参考記事>
東大27位、京大62位に下落 世界大学ランキング
9/30(水) 8:01配信 共同通信
https://news.yahoo.co.jp/articles/4c1d114342a0af65ae0b980bdb95376602d0c034
ダブルスコアから「謎の逆転」、東大初の“女性総長”選出に「何のための投票」OGも強烈苦言
9/30(水) 10:00配信 週刊女性PRIME
https://news.yahoo.co.jp/articles/6ab66fd08b605f8abbb22530cefb50ac873f3ade
<以上参考記事>
さて、この内容に関して考えるべきことを見てみましょう。
まずは、世界の大学ランキングについてです。
知識の暗記や選択式問題への過剰な適応が、社会で求められる課題解決力と乖離しているということ、日本の教育制度に対する批評として非常に本質的な側面を突いています。与えられた前提を疑い、正解のない問いに対して独自の答えを導き出す力は、世界水準の研究成果やイノベーションを生み出す上で不可欠な要素です。
まず入試制度の改革策としては、単なる記憶力や計算速度を試す選考から脱却し、受験生の思考プロセスや課題発見能力を評価する仕組みへの転換が求められます。具体的には、既存の論文や複合的なデータを読み解き、自らの仮説と解決策を論理的に提示させる記述・論述形式の評価や、探究学習の実績・面接を通じた総合的な意思決定メカニズムへのシフトが考えられます。こうした入試の変化は、中高教育の現場における学習方法そのものを「答え合わせ」から「探究と討議」へと変化させる強力な動機付けとなります。
一方で、世界大学ランキングにおける下落の要因は、入試制度という入口の課題にとどまらず、大学に入学した後の教育・研究環境や経営基盤にも根深く存在しています。主要な世界ランキングの評価指標では、研究成果の影響力や国際性が非常に大きな比重を占めています。そのため、大学改革においては、学問領域の垣根を越えた柔軟なカリキュラム設計や、学生が自主的にプロジェクトを立ち上げて研究を深められるような教育手法の導入が不可欠です。
さらに、国際的な研究力を引き上げるための構造的改革も欠かせません。研究者が手続きや雑務に追われることなく研究活動に専念できる環境の整備や、若手研究者が安定した職を得て長期的な課題に挑戦できる雇用構造への転換が急務となっています。加えて、国外から優秀な研究者や留学生を惹きつけるための英語による教育環境の拡充や、国際共同研究を強力に支援する体制の構築も重要です。
形式的な条件や既存の正解に固執する姿勢を改め、入口となる入試から出口となる研究・就職支援に至るまで、自発的な問いを立てて行動する人材を育て評価する構造へと転換することこそが、世界からの評価を取り戻し、社会に貢献する大学へと脱皮するための根本的な解決策となります。
一方その総長選挙というか、すでに、大学の構造全体に及んだ「密室性」についてです。
組織内部での権力闘争や意思決定プロセスの不透明さに対するご指摘は、現代の日本の高等教育機関が直面している構造的な不全を象徴的に示しています。国際的な競争力を失いつつあるという危機的な状況下でありながら、本来向き合うべき教育や研究の抜本的改革を後回しにし、内輪の不透明な手続きや対立に時間を費やす姿は、まさに議論ばかりが続いて明確な結論や実行に至らない状況を表す言葉そのものです。
このような現状の背景には、大学という組織が長年にわたって抱えてきた特有の統治構造の限界が存在します。かつての大学運営は教員を中心とする自律的な合意形成を重視してきましたが、社会の急速な変化や国際化に対応するため、近年では学長のリーダーシップを強化する方向へと法制度の改正が進められてきました。しかし、その結果生じたのは、現場の構成員との対話や意思決定の透明性が失われたまま権限だけが集中するという不全状態であり、事前の意向調査結果と選考委員会の決定との乖離といった形で摩擦が表面化する要因となっています。
大学組織の抜本的な再構築を図るためには、まず意思決定プロセスの徹底的な透明化と説明責任の確立が不可欠です。選考の基準や理由を明確に公表し、構成員や社会からの納得感を得られる仕組みへと改めることが、不信感を払拭するための最初の第一歩となります。また、単に一部の幹部に権限を集中的に委ねるのではなく、外部の多様な視点を取り入れながらも、現場の教育・研究の声を公正に反映させるようなチェック・アンド・バランスの効いたガバナンス体制を再構築しなければなりません。
さらに、組織全体の風土として、内向きの権力闘争や形式的な手続きに汲々とする姿勢を捨て、大学が果たすべき本来の社会的使命に資源とエネルギーを集中させる必要があります。入試制度の改革をはじめとする時代の変化に応じた学びの提供や、世界に通用する研究環境の整備といった課題に対し、全学的な危機感を共有して迅速に行動できる組織へと変革することこそが重要です。形式主義や密室性から脱却し、開かれた透明な統治のもとで本質的な改革を推進することだけが、大学という組織の信頼を取り戻し、国際社会の中で再び存在感を示すための唯一の道筋となります。
日本の大学が直面する国際的評価の低下と組織統治の機能不全は、大学内部の論理だけで解決できる段階を過ぎており、当事者である大学自身の強烈な危機感と、それを支えかつ厳しく見守る社会全体の眼差しが不可欠です。日本が再び世界から敬意と憧れを集める国であり続けるためには、教育という国の根幹を成す営みにおいて、目先の形式や過去の成功体験にとらわれない抜本的な意識改革が求められています。
まず大学側に求められるのは、学内の内向きな権力争いや形式的な手続きに終始する姿勢を完全に捨て去り、本来の使命である知の創造と人材育成に対する圧倒的な危機感を持つことです。正解をなぞるだけの従来の入試や教育システムから脱却し、多様なバックグラウンドを持つ学生や研究者が激しく議論を交わし、未知の課題に挑む挑戦的な環境を整備しなければなりません。また、組織の決定プロセスを透明化し、なぜその指導者を選び、どのような理念のもとで改革を進めるのかを社会に対して明確に示し続ける説明責任を果たす必要があります。自らが世界の厳しい変化に晒されているという当事者意識を持たない限り、どれほど制度の形を変えたところで本質的な再生は果たせません。
一方で、国民の側もまた、大学を単なる受験の到達点や就職のための通過点として捉えるのではなく、国の将来を左右する重要な社会共通の財産として強い関心を寄せる必要があります。不透明な統治や事務主義的な改革に終始する姿勢に対しては厳しい監視の目を光らせる一方で、真に開かれた挑戦を行う大学や優れた研究教育に対しては、資金や人材の循環を含めて社会全体で支える土壌を育てなければなりません。大学が社会の課題と向き合い、社会が大学の成長を後押しするという相互の健全な緊張関係と信頼こそが、大学改革を実効性のあるものへと変形させます。
国家全体として目指すべきは、画一的な価値観で型にはめる教育ではなく、異質な思想や発想を尊重し、自由で多様な知性が芽吹く文化を国全体で育むことです。世界が日本に憧れを抱く瞬間とは、表面的な形を整えた時ではなく、卓越した独自性と深い探究心、そして開かれた意志決定によって新しい価値が次々と生まれている姿を目にした時です。大学が真の危機感を糧に内部革新を断行し、国民が関心を持ってそれを支え監視するという双方向の構造を創り出すことこそが、日本の高等教育を再生させ、世界から真の敬意を集める未来へとつながる確固たる道筋となります。
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