「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 山崎の合戦と秀吉の飛躍をどう描いたのか
「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 山崎の合戦と秀吉の飛躍をどう描いたのか
毎週水曜日は、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」に関して好き勝手な感想を書いている。政策の人々は本当に大変だと思うのであるが、私からすればそんなことは他人事で、肝炎に見る人の立場で、感想を書いているのである。本当に無責任というのは気楽なものである。
さて、ドラマに入る前に、吉岡里帆さん演じる慶の子供で、仲野太賀さん演じる小一郎の養子となる、大西利空さん演じる羽柴与一郎についてみてみよう。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』に登場する羽柴与一郎(はしば よいちろう)は、秀長(小一郎)の家庭や豊臣家の運命を語るうえでとても重要な人物です。
ドラマにおける与一郎は、秀長の妻である慶(ちか)が前夫との間に儲けた連れ子として描かれています。祖父母のもとで育ったのちに秀長に引き取られ、羽柴家の嫡男(跡取り)として迎え入れられました。血の繋がりこそありませんが、秀長は深い慈愛をもって彼を受け入れ、実の息子と同等に慈しみながら、後継者として大切に育てていきます。温厚で誠実な秀長と、懸命に家督を守ろうとする与一郎の絆は、ドラマの温かな見どころのひとつです。
史実における与一郎は少し解釈が異なり、江戸時代に記された文献などでは秀長の「実子(嫡男)」であったと伝えられています。三木合戦の際には城主として名を連ねるなど成長した姿も見られますが、本能寺の変が起きた天正十年(1582年)前後に惜しくも早世してしまったとされています。ドラマでは「妻の連れ子を養子として育てる」というドラマチックなアレンジを加えることで、秀長の包容力や家族の物語をより鮮明に表現しています。
秀吉や秀長ら羽柴家は、天下を狙う影で常に「跡継ぎに恵まれない」という大きな苦悩を抱えていました。後継者として期待を集めた与一郎の存在とその辿る運命は、のちに豊臣一族全体を揺るがす後継者問題の影を落とす、切なくも重要な要素となっています。
<参考記事>
【大河ドラマ 豊臣兄弟!】第29回「天下への道」回想 間違ったこの世を「わしが変える」 天下一統を自らに課した秀吉、ストーリーの一大転換点を迎える
美術展ナビ 2026.07.26
https://artexhibition.jp/topics/news/20260726-AEJ2956238/
<以上参考記事>
今回は「山崎の合戦」ですが、今まで見てきたものとはかなり異なっていたと感じるのではないでしょうか。前回も書きましたが、山崎の合戦に関して、山崎の合戦に参加しなかった、柴田勝家(山口馬木也さん)や徳川家康(松下洸平さん)などがしっかりと書かれているのは非常に珍しいのではないかと思います。ただ、この人々を書いておくことによって、次の清須会議が非常に核やすくなることは確かです。とくに、柴田勝家の悔しがる姿は、その後の賤ケ岳の合戦までしっかりと路線を引くことができることになります。
もう一つの特徴が、羽柴秀吉(池松壮亮さん)と明智光秀(要潤さん)の対話を作ったことでしょう。多くの人は「そんなのありうるはずがない」「光秀は小栗栖の竹やぶで農民に殺された」と考えていますが、しかし、今回のように「対話がなかった」ということも言い切れないのも事実です。2020年の「麒麟が来る」の時は、明智光秀が生きているというような最後になっていましたが、その時はあまり反発がなかったのに対して、今回のように明智光秀が秀吉と話したということに関しては、そのような内容になるのです。
ここまで多くの人々が「秀吉と光秀の直接の対話」とくに「光秀がなぜ信長を殺したのか」ということが、最も多くの謎になっていましたが、今回のドラマはその内容をしっかりと書いてしまったということになります。そして、明智光秀は「信長に奪われたものを今一度取り戻したかった」ということを話したということになります。ただ、史実帝にこのようなことになるのはどうかと思います。私が2018年に書いた本の中では光秀は全く異なることにしたのではないかと思います。
さて、今回の代めは「天下への道」です。つまり秀吉が天下をめっざすということになります。しかし、山崎の合戦の前は、織田家の三男織田信孝の指揮に従っていたということになります。要するに山崎の合戦では織田家が中心であるということになります。しかし、その織田家が織田信雄(山脇辰哉さん)と織田信孝(結木滉星さん)で対立しているということになり、黒田官兵衛(倉悠貴さん)はこのままでは織田家が分裂するということを言います。これは、そのまま織田信雄や織田信孝では、織田家を束ねることができないということになります。
そしてもう一つが羽柴与一郎(大空利空さん)の死でしょう。織田信孝は、自分を守ってもらったにもかかわらず、与一郎が死んでもとくに褒美がないということもあったのです。ドラマとしては与一郎の死は非常に大きな出来事になります。しかし、実際には、「この世の何かが間違っている、とお前がわしに言った」「だから小一郎、わしが変える」ということばが最も大きな言葉になるのではないでしょうか。秀吉は、この与一郎の死の前に、実際には、秀吉は自分で天下を取ると決めていたでしょう。実際に明智光秀が「公方様の世の中を見たかった」といった時に、秀吉は「信孝や信雄の天下を見たいとは思わなかった」ということを考えたのでしょう。ただし、その内容を口に出したのは、小一郎だけということになります。
「(織田)信雄さまでもなく、(織田)信孝さまでもない。このわしが上様の思いを継ぐ」
この言葉が、秀吉の天下取りの始まりということになります。そしてこの時に小一郎には直(白石聖さん)の時の姿がしっかりと見ていたのです。直のことが伏線になって、秀吉の天下につながるということになります。そのことがしっかりとドラマの中で伏線を回収しながら見えていたのではないでしょうか。
山崎の合戦ということは、今までの概念とは全く異なる内容であったことは間違いがありません。しかし、秀吉が天下を取ろうと思ったのはいつなのでしょうか。そのことをこのドラマの中ではしっかりと答えを描くことができています。そしてこの内容がしっかりとドラマの中で様々な内容を書くようになっているのです。
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