「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 佐久間信盛・林秀貞の追放は本能寺の前哨なのか

「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 佐久間信盛・林秀貞の追放は本能寺の前哨なのか


 毎週水曜日は、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」について好き勝手に書いています。実際に、前回の予告編では「本能寺」という単語が出ていますので、そろそろ本能寺の変が近づいてきているということになり、また、その内容は今の織田信長の演技からかなり様々な伏線を出してくれているということになります。

今回はその中で佐久間信盛と林秀貞、安藤守就の追放ということになっています。なんとなく相撲大会での追放というのは違う気がしますが、その辺の史実を見てみましょう。

天正8年、西暦1580年の8月に、織田信長が古参の筆頭家臣である佐久間信盛とその息子の信栄、そして同じく古参の林秀貞を突如として追放した事件は、当時の織田家だけでなく、戦国界全体に大きな衝撃を与えました。

 まず、織田家の筆頭重臣であった佐久間信盛の追放理由についてです。信盛は織田信秀の時代から仕える超古参で、信長体制になってからは水野信元の旧領や三河・尾張の一部、さらには近江や畿内まで任されるなど、名実ともに織田家臣団のトップに君臨していました。しかし、信長がもっとも執念を燃やしていた大坂本願寺(石山本願寺)との10年におよぶ過酷な戦争において、信盛は総大将を任されながらも、積極的な攻勢に出ず、包囲を維持するだけの膠着状態を何年も続けました。1580年にようやく朝廷の仲介で本願寺との和睦が成立し、戦争が終結した直後、信長は信盛に対して19箇条にわたる猛烈な折檻状を突きつけました。そこには、長年の怠慢や、他国の優れた武将たち(それこそ羽柴秀吉や明智光秀など)の目覚ましい活躍に比べて何一つ戦果を上げていないこと、さらには蓄財に励んで部下を労わらなかったことなどが容赦なく書き連ねられており、弁明の余地も与えられないまま、親子ともども高野山へと追放されてしまいました。

 同じ時期に追放された林秀貞もまた、織田家の最高幹部の一人でした。秀貞の追放理由は、かつて信長の青年時代に、信長の弟である織田信勝を家督に据えようとして信長に謀反を起こしたという、実に20年以上も前の過去の罪でした。信長はこれまでその罪を不問にして最高位の席を与え続けていましたが、このタイミングで過去の不忠を持ち出して一気に清算した形になります。

 この大粛清の背景には、織田家の組織改革という絶対的な方針がありました。信長が求めたのは、家柄やこれまでの功績といった過去の遺産ではなく、現在進行形でどれだけ成果を上げられるかという、完全なる能力主義と結果至上主義です。本願寺という巨大な敵を打倒し、いよいよ天下統一の最終段階に入った織田家において、成果を出せない前線指揮官や、戦う意思の薄れた老臣は、もはや不要であるという信長の冷徹な意思表示でした。

 この衝撃的な事件は、当時の羽柴秀吉と秀長の兄弟にとって、身の引き締まるような強烈な警告として響いたはずです。

 当時の羽柴兄弟は、中国地方の毛利氏を攻略するための「中国方面軍」の主力を担っており、播磨国を中心に泥沼の攻防を繰り広げていました。まさに信長が折檻状の中で信盛と比較し、「秀吉らのように必死に領土を広げてみせよ」と絶賛した当事者たちです。しかし、どれだけ重用され、どれだけ褒めちぎられていようとも、一瞬でも成果が止まれば、かつての筆頭重臣たちのように明日をも知れぬ身に落とされるという現実を、秀吉と秀長は目の当たりにすることになりました。信長の信頼を得続けるためには、勝ち続け、成果を復命し続けるしかないというプレッシャーは、それまで以上に跳ね上がったと言えます。

 さらに、この追放劇は羽柴兄弟にとっての「チャンス」と「組織的な変化」をもたらしました。佐久間信盛という近畿一円を束ねていた巨大な軍閥が消滅したことで、織田家の中でのパワーバランスが激変します。これにより、新興勢力である羽柴秀吉の存在感と発言権はさらに高まり、名実ともに織田家のエースとしての地位を確立していくことになります。

 また、秀吉の異母弟であり、実務や軍事の要として兄を支え続けていた秀長にとっても、この事件は大きな教訓となりました。秀長は羽柴家のナンバーツーとして、前線の秀吉を支えつつ、領内の統治や調略、補給路の確保など、極めて緻密な裏方仕事を一手に引き受けていました。信長が佐久間信盛を「部下への配慮を怠り、戦術も工夫がない」と批判したのに対し、秀長が得意としたのは、まさにその逆である「徹底した根回し」と「家臣たちのケア」です。秀長は、信長が求める完璧な成果を兄・秀吉に上げさせるため、羽柴家の中の組織管理をより一層強固なものにし、信長から絶対に隙を突かれないような、完璧な官僚組織・軍事組織を作り上げる必要性を強く実感したと考えられます。

 このように、佐久間信盛と林秀貞の追放は、織田家が「血縁や古参の情」を完全に捨て去り、「結果を出す実力者」だけを残す組織へと変貌した象徴的な事件でした。秀吉と秀長の羽柴兄弟は、その信長の苛烈な期待の最前線に立たされ、恐怖と野心を背中合わせに抱えながら、毛利攻略というさらなる過酷な戦いへと突き進んでいくことになります。

 大河ドラマの後半戦に向けたターニングポイントとなる、非常に重要な歴史的一幕です。

<参考記事>

【大河ドラマ 豊臣兄弟!】第25回「変事の予兆」回想 「信長を討ち取るべし」 “天下一統”に向け歩み早める信長、苛立つ光秀に届いた手紙は?

美術展ナビ 2026.06.28

https://artexhibition.jp/topics/news/20260628-AEJ2936115/

<以上参考記事>

 今回のテーマは、ズバリ「疑心暗鬼」であろうと思われます。疑心暗鬼とは、(心に疑いをもっていると、暗やみの中に、ありもしない鬼の形を見たりするの意から ) 疑う心があると、何でもないことまで、恐ろしく思えたり、疑わしく思えたりすることにいいます。

この疑心暗鬼というのは、現代の人々の間でも様々にあり、そのことで、様々なことがあると思いますが、結局、疑心暗鬼を生じたものは、その相手も、そして自分自身も不幸な結末が待っているということを、このドラマでしっかりと見えるのではないでしょうか。実際に、会社の中の派閥争いや、または恋愛関係などもすべてそうですが、疑心暗鬼を扱ったドラマなどではハッピーエンドはありませんし、また、この読者の中にはそのような経験をした人もいるのではないでしょうか。

さて、安土城の完成で、佐久間信盛(菅原大吉さん)・林秀貞(諏訪太朗さん)・安藤守就(田中哲司さん)が、相撲で森乱(市川團子さん)に敗れて追放されるということそしてその内容は、裏切りや内通の噂があったということになります。

ここで問題なのは「噂」でしかなく、本当にその人々がやったのではなく、調べていけば、安藤守就の場合は息子の安藤定治(森優作さん)が実際は武田に内通していたということになるのです。ある意味で織田信長(小栗旬さん)は、噂だけではなくある程度の調査をしていたということ、同時に、信長の立場からすれば、しっかりとした証拠があれば、謀反ということになるので、今までの松永久秀(竹中直人さん)などのように、私財にしなければならないので、何らかの理由で追放するということの方が人命を助けたという意味では温情をかけたということになるのでしょう。実際に、市(宮崎あおいさん)との会話でそれらしいことをにおわせる演出もしていたのですが、このことで、逆に家臣の間には信長に対する信頼が薄れ、疑心暗鬼が生まれるということになります。

その最たるものが明智光秀(要潤さん)であり、最後にそのような内通が追放の原因になっているにもかかわらず、自分のところに「信長を討て」と足利義昭(尾上右近さん)から密書が届くということになります。要潤さんの中には、最終的には信長を討つか自分が疑われるかという疑心暗鬼が生まれることになったのでしょう。そのことが「変事の予兆」ということになるのかもしれません。

そしてもう一つ、ここで織田信澄(緒方敦さん)の問題です。父が織田信長を裏切った織田信勝(中沢元紀さん)であり、またその妻は明智光秀の娘ということになっています。今後の本能寺の変(これはすでに予告編などで出ているので出しても問題ないと思いますが)のことを知っていれば、将来的に「疑心暗鬼の中心」はこの人になるのでしょう。史実では「津田信澄」といわれるこの人物は、ある意味で悲劇の人ということが言えるのかもしれません。

途中長宗我部元親(磯部寛之さん)も登場し、巷にある本能寺の変はなぜ起きたのかという様々な説を全て混ぜ込んだような話になっているのも特徴ですが、少し、史実として多くの人が知っている内容とは話が異なる感じがあります。まあ、ドラマとして「疑心暗鬼」の種を全て混ぜ込むということになれば、このような物語になるのかもしれません。

その代わり、ある意味でテーマはしっかりと伝わるようにできているような気がします。

宇田川源流

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