「宇田川源流」【日本万歳!】 【訃報】コンビニエンスストアという日本の文化を作った鈴木敏文氏
「宇田川源流」【日本万歳!】 【訃報】コンビニエンスストアという日本の文化を作った鈴木敏文氏
さて、「万歳!」としながら訃報をお届けするのは、かなりの不謹慎であると思うが、「万歳!」はコーナー名(連載名)であるので、外せないのでお許し願いたい。
以前にも和泉雅子さん大山のぶ代さんの逝去の時には、その訃報をこのコーナーでお届けしたが、その人の功績が日本を大きく発展させたとか、日本の文化に寄与したというようなことの場合には、やはり訃報であっても扱ってゆきたいと思うのである。今までこのコーナーでは大山のぶ代さん、渡辺恒雄さん、そして長嶋茂雄さんと多くの皆さんが知っている人ではなかったかと思う。今回は、元セブン&アイホールディングスの名誉顧問であった鈴木敏文氏である。
鈴木敏文氏に関しては、小売業などに詳しい人は皆知っていると思うが、しかし、経営者であまり有名な人ではない。もちろん経営者だからあまり知られていないというものではない。経営者であっても、例えばソフトバンクの孫正義氏や、故人でいえば松下電器の松下幸之助氏、本田技研工業の本田宗一郎氏、小売業でいえば楽天の三木谷浩史氏など、有名な人は少なくない。しかし、鈴木敏文氏はあまりメディアなどに出ることはなく、それでありながら関係者の間では尊敬を集め、また、先進的な経営及び企業改革を成し遂げ、そのうえで、コンビニエンスストアという、現在では我々日本人だけではなく、韓国や台湾、シンガポールなどにおいて生活になくてはならない「文化を作った人物」ということができるのではないだろうか。
ちなみに、私からすれば中央大学の大先輩であり、また、何度か中央大学の駅伝を強くする会等、大学関係の会合でご一緒させていただいたことがある。もちろん、私のマイカル時代は、ライバル企業としてまた、大学の先輩として何回かお話をさせていただいたことがあるのだが、残念ながら私のような「ガサツな性格」はあまりお好みではなかったようで、大学の関係の方がざっくばらんにお話しいただけたような気がする。
さて、その鈴木敏文氏がお亡くなりになられた。まずはご冥福をお祈りするとともに、個人的には生前の失礼をお詫びするとともに、様々なご指導をいただいたことを深くお礼申し上げたい。
<参考記事>
セブン&アイ名誉顧問の鈴木敏文氏が死去、93歳…日本のコンビニ業態発展に大きく貢献
2026年5月25日 10時39分 読売新聞オンライン
> https://news.livedoor.com/article/detail/31363251/
<以上参考記事>
鈴木敏文の功績は、単に一企業を成長させたというレベルを超えています。彼が作ったものは「コンビニエンスストア」という新しい生活文化そのものであり、さらに日本の小売業の構造そのものを変えてしまったと言ってよい存在でした。
高度経済成長期の日本では、大型スーパーこそが時代の主役でした。広い売り場に大量の商品を並べ、多く売ることが合理的と考えられていた時代です。その中で鈴木氏は、むしろ「小さい店」に未来を見ました。アメリカのセブン-イレブンに着目し、日本の都市構造や生活様式に合わせて再構築し、日本型コンビニを誕生させました。1974年、東京都江東区豊洲に第1号店を開いた時、多くの流通関係者は「小型店は大型店に勝てない」と考えていました。しかし鈴木氏は、「人は必ずしも大量の商品を求めているのではなく、必要な時に必要なものをすぐ手に入れたいのだ」と考えていたのです。
これは単なる店舗形態の違いではありませんでした。日本人の生活時間を変えたのです。24時間営業、年中無休、住宅地の近く、駅前、郊外ロードサイドなど、生活導線の中に店を埋め込むことで、コンビニは「買い物のために行く場所」ではなく、「生活そのものの一部」になっていきました。
特に重要なのは、鈴木氏が「便利さ」を単なる営業時間の長さで終わらせなかったことです。おにぎり、弁当、総菜、ATM、公共料金支払い、宅配便、チケット発券など、本来は別々の場所に行かなければならなかった機能を一つの店舗に集約しました。つまりコンビニとは、小売店であると同時に、社会インフラでもあったのです。日本社会では、深夜でも明るく開いている店舗が「安心感」の象徴になりましたし、災害時には地域インフラとしても機能するようになりました。
また、鈴木氏の真の革新性は、POSシステムと単品管理にありました。現在では当たり前になっていますが、当時の小売業は「何が売れたか」を正確に把握していないことが多かったのです。経験や勘、あるいは過去の慣習で商品を並べていました。
しかし鈴木氏は、「売れた結果」ではなく、「なぜ売れたのか」を徹底的に分析しようとしました。POSレジによって、いつ、どこで、誰に、何が、どの天候で売れたのかを細かく収集し、その情報を商品開発や発注に反映させたのです。これは単なる機械化ではありませんでした。「勘と経験の商売」を「情報と仮説の商売」に変えた革命でした。
さらに重要なのは、単品管理という思想です。それまでの小売業は「カテゴリー」で商品を見る傾向が強かったのですが、鈴木氏は「一つ一つの商品」を徹底的に見ました。例えば同じおにぎりでも、地域、曜日、時間帯、気温によって売れ筋が変わる。その変化をリアルタイムで読み取り、店ごとに最適化する。つまり全国チェーンでありながら、実際には地域密着型でもあったのです。
これは現在のビッグデータ経営の原型とも言えます。今ではスーパー、ドラッグストア、百貨店、ECサイトまで、すべてがPOSデータ分析を行っていますが、その原点を日本で本格的に築いた人物の一人が鈴木敏文氏でした。現代の「データ駆動型経営」は、コンビニの現場から始まったと言っても過言ではありません。
また、鈴木氏の特徴は「常識を疑う」ことにありました。例えば「おにぎりは家庭で作るもの」という時代に、コンビニで販売することを推進しました。当初は反対も強かったと言われます。しかし共働き世帯の増加や都市生活の変化を読み取り、「家庭の中の機能」が外部化される未来を見ていたのです。結果として、おにぎりはコンビニの象徴的商品となりました。
彼の経営思想には、「お客様のために」ではなく「お客様の立場で考える」という有名な言葉があります。これは単なるサービス精神ではなく、「消費者本人すら気づいていない不便」を先回りして解決するという発想でした。だからこそコンビニは、時代の変化に合わせて次々と機能を増やしていったのです。
現在、日本のコンビニは世界でも特殊な存在です。海外では「雑貨店」や「ガソリンスタンド併設店」に近いものも多いですが、日本のコンビニは食、金融、物流、行政サービスまで担っています。この「日本型コンビニ文化」を作り上げた中心人物が鈴木敏文氏でした。
彼が亡くなったことで、一つの時代が終わったとも言えます。しかし実際には、私たちの日常の中に彼の思想は今も生き続けています。深夜に明るい店があり、ATMがあり、弁当があり、荷物を受け取り、公共料金を払い、必要なものがすぐ手に入る。その「当たり前」を作ったことこそ、鈴木敏文氏の最大の功績だったのです。
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