「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 決選桶狭間の戦い
「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 決選桶狭間の戦い
毎週水曜日は、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」について好き勝手な感想を書かせてもらっています。この時代、戦国時代はある意味で日本の中では下克上が許された「実力主義」の時代であったのではないでしょうか。このように記載すると武力の強い武将ばかりが注目されることになりますが、そのような中で知恵と機転で天下を取った豊臣兄弟は、天下人として面白い存在ではなかったかと思います。そのような中で今回はその兄弟の飛躍のきっかけとなった「桶狭間の戦い」です。
その桶狭間の戦いに関してみてみましょう。
1560年、初夏の湿った空気が漂う尾張の国で起きた「桶狭間の戦い」は、日本の歴史を語る上で避けては通れない、文字通りの歴史的転換点となりました。当時、駿河・遠江・三河の三か国を領し「東海道一の弓取り」と称された大大名、今川義元が、数万という圧倒的な大軍を率いて尾張へ侵攻したことからこの物語は始まります。
これに対し、迎え撃つ織田信長は、当時はまだ尾張一国すら完全に掌握しきれていない新興勢力に過ぎませんでした。誰もが今川の勝利を確信していたこの状況で、信長は清州城で「敦盛」を舞い、わずかな手勢とともに飛び出していきます。この戦いの実態は、長らく「山間での奇襲」と信じられてきましたが、近年の研究では、激しい雷雨という天候を味方につけた信長が、油断していた今川軍の本陣へ真っ向から突撃を敢行したという説が有力視されています。結果として、総大将である今川義元が討ち取られるという、当時としてはあり得ないほどの大金星を挙げたのです。
この一戦の意義は、単なる「弱者が強者に勝った」というカタルシスに留まりません。最大のポイントは、それまで絶対的な権威を誇っていた足利将軍家を支える有力守護大名の没落と、実力主義を掲げる新時代の到来を告げたことにあります。
今川氏がこの敗戦を機に急速に衰退したことで、その従属下にあった松平元康(のちの徳川家康)が独立を果たしました。これにより、信長と家康の間に「清洲同盟」が結ばれ、信長は背後の憂いなく上洛へと突き進むことができるようになったのです。もし桶狭間で信長が敗れていれば、その後の天下統一の歩みや、江戸幕府による平和な時代も、全く異なる形になっていたか、あるいは訪れていなかったかもしれません。
さて、皆さんが気になっているであろう木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)と、その弟である小一郎(のちの豊臣秀長)の活躍についてですが、ここには少し「歴史のリアル」と「物語のロマン」のギャップがあります。
当時の藤吉郎は、まだ信長の身の回りの世話をする「草履取り」や、足軽の小頭といった非常に低い身分でした。後世の創作物では、彼が偵察兵として今川軍の動向を鮮やかに報告したり、裏工作を仕掛けたりする姿が描かれますが、当時の確かな史料に彼の名前が英雄的に刻まれているわけではありません。しかし、彼がこの戦場にいたことは間違いなく、命がけで主君の馬の隣を走り、情報の伝達や戦場での雑多な任務を超人的な機転とバイタリティでこなしていたであろうことは想像に難くありません。この極限状態での「現場経験」こそが、後の天下人としての嗅覚を養ったと言えるでしょう。
一方で、弟の小一郎(秀長)については、この時点ではまだ武士としてデビューしておらず、故郷の尾張で農業に従事していたというのが定説です。彼が兄に呼び寄せられ、織田家に仕えるようになるのは、これよりも少し後の「墨俣一夜城」などのエピソードが語られる時期からになります。しかし、この桶狭間での兄の「大化け」を目の当たりにし、あるいは噂に聞いたことが、後に彼が兄を支える最強の補佐役として表舞台に立つ大きな動機になったはずです。
桶狭間の戦いにおける藤吉郎の真の功績は、武功そのものよりも、この戦いを通じて「信長という男の底知れぬ可能性」を誰よりも早く確信し、自身の忠誠を決定的なものにしたことにあるのかもしれません。
戦国時代のパワーバランスを一夜にして塗り替えたこの戦いは、野心あふれる若き兄弟にとっても、夢を現実にするための「最初の号砲」となったのです。
<参考記事>
「豊臣兄弟」ジャイキリ桶狭間 一番手柄は?「恐るべき種明かし」信長にネット戦慄…もぐもぐ元康も話題
1/25(日) 20:46配信 スポニチアネックス
https://news.yahoo.co.jp/articles/7bfddeb601899157a38916dc85e9c3295ff7c479
<以上参考記事>
今回は桶狭間の戦いの「新解釈」であった。ある意味で猛将佐久間盛重(金井浩人さん)の裏切りとその裏切りに同調しながらそれを信長に告げる簗田政綱(金子岳憲さん)という構図から、桶狭間にいた今川義元の居場所が明らかになり、そのことで丘へざまに対する奇襲が成功したということになっている。その時に雨が降ったことで、進軍の足音を消したということ、また、雨で今川軍の鉄砲が使えなかったということなどが加わっている。
一方、桶狭間の戦いに参加した木下藤吉郎(池松壮亮さん)と木下小一郎(仲野太賀さん)は、父の敵としている城戸小左衛門(加治将樹さん)を戦に紛れて殺してしまおうとしていたが、元来人殺しを嫌っている小一郎が、本気で殺そうとしていた藤吉郎を諫める。その間に、城戸は敵に殺されてしまう。
そして、その城戸が取った対象首で褒美をもらう時に、木下兄弟は正直に実は城戸が首を取ったものと告白し、織田信長(小栗旬さん)に気に入られ、「秀吉」という名前をもらうという展開になる。
ある意味で、信長は自分と弟の信勝(中沢元紀さん)との関係を思い出して「兄弟が協力すべきである」ということを心の中に思い起こし、木下兄弟の協力関係を非常にうらやましく、そしてその兄弟の絆を斬ってはならないと考え直す。その考え直すシーンはなかなかうまくできており、二つの兄弟を対比的に映し出しているところが面白い。
ある意味で、自分の裏切り者である佐久間盛重に対する厳しいというか冷徹な態度は、信勝を切った時に芽生えたということではないか。信勝を殺した時の信長は、ある意味で悲しい目をしていたが、簗田を「第一」と評した冷徹な信長の目、そしてその直後に「勝った―」といって安心の表情をしている人間らしい信長とは、同一人物ではないのではないかとも思えるキャラクターづくりになっている。もちろんそれを演じ切る小栗旬さんがすごいのであるが、一方で、そうやって信長自身もつらい経験をして人間が変わってゆくということをうまく書いていたのではないか。
また、信長は小一郎の才能を見抜き、近習に取り立てようとするが、信長は藤吉郎と小一郎の兄弟の絆を優先したのである。まさにそれこそ、信長の人を見る目のすばらしさではなかったか。その「人を見る目」が信長の家臣団を強くし、そして、天下を取らせることになるのである。そのような強さの秘密などがすべて今回の話の中にあり、そして桶狭間の戦いこそが、信長の飛躍の戦いになった、もう一つの面を見せてくれていたのではないか。それをドラマとしてうまく描いていたのではないか。城戸をめぐる人間性や佐久間盛重をめぐる冷徹さなどが、全て描かれていて、信長等の主要キャラクターの思考の一面を見せるようにできていた。もちろん、寧々と直もその一面が見えたのではないか。
次回は秀吉の盟友となる前田利家が出てくる。豊臣家を語るうえで欠かせない人物の登場は、楽しみである。
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