「宇田川源流」【年初放談】 当たるも八卦当たらぬも八卦で今年の日本政治を占う

「宇田川源流」【年初放談】 当たるも八卦当たらぬも八卦で今年の日本政治を占う


 改めまして新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

さて、今年も正月は「年初放談」をお届けします。

基本的に、予想やも占い師でもない私が、今年を占うというのであるから、まあ、正月気分で酒に酔った勢いでなければできないということなのですが、まあ、正月なので許されるでしょう。

この「年初放談」もすでに10年を超えてというか、このブログの年数と同じだけやっているので、なかなか歴史が出てきたというような感じがあるのだが、まあ、いつも当たるのか当たっていないのかもわからない状況であるので、その内容をあまり検証したいとは思っていないのである。

さてまずは昨年令和7年はどのように予想していたのであろうか。物事は復習と反省が必要であるので、その内容をまずは見てみよう。

<令和7年の政治の予想>

・ 石破内閣は国民に支持を得ることがなく、自民党内の「石破おろし」で5月連休明けに総辞職、その後岸田派が内閣を担うが信認を得ることができず、参議院選挙で自民党公明党が惨敗する。そのまま、下野して野党の政権となる。

・ しかし、野党政権も安定せず、参議院の多数も衆議院の多数を得ることができず、このことから、短期間の政権となる。

・ 国民民主党の指示上昇はしばらく続くものの国民民主党に立憲民主党から多数の議員が入り込むようになり、以前の「希望の党」のような形で野党がまた混乱を引き起こすことになる。国民は政治不信をますます高めるが、同時にそのようなことを引き起こしたメディア離れが起きる。

<昨年のブログより抜粋>

 さてさて、まずは石破内閣が5月の連休明けには総辞職することはなく、また自民党が下野することもなかった。石破内閣が総辞職したのは、9月の事であり、それまでよく粘ったというか、まあ、最後はひどいものであったという気がしないでもない。その後参議院選挙の惨敗はそのままであったが、下野することもなかったという事であろうか。

2項目目は、そもそも野党が政権を取れなかったのであるから、当たるも外れるもない。

3項目目は、国民民主党そのものの支持率がまったく上がることはなく、参政党が出てきて、そちらにお株を奪われた感じになっている。ある意味で「参政党」という新たな政党が台風の目になったことは間違いがないが、逆に国民の政治不信とメディア離れはそのまま当たっていたという事であろうか。

要するに、昨年の予想は「大外れ」であったという事であろう。

改めて謝罪いたします。

さて気合を入れなおして考えてみよう。今年はどうなるのだろうか。

正月というのは本来、希望や夢を語る場でございますが、日本の政治について夢を語ると、だいたい途中で現実が割り込んできます。そこで本日は、2026年の日本政治を、夢と現実の境目が最初から曖昧な形で予想してみたいと思います。

 まず2026年の政治を一言で申し上げるならば、「誰も大失敗はしないが、誰も大成功もしない年」になるでしょう。これは偶然ではなく、非常によく設計された結果でございます。失敗しないことが評価され、成功しないことが安全とされる。日本政治が長年かけて磨き上げてきた、いわば“無難力”が、2026年には完成形に近づきます。

 政権中枢では引き続き、「検討する」「注視する」「丁寧に説明する」という三種の神器が活躍します。2026年にはこれらの言葉がさらに進化し、「検討した結果、検討を続ける」「注視した結果、引き続き注視する」という、永久機関のような政策プロセスが完成するでしょう。エネルギー問題が叫ばれる中、政治だけは外部エネルギーなしで動き続けるのです。

 国会では、相変わらず鋭い追及が行われます。ただしその鋭さは、相手を切るためというより、「ちゃんと切れ味がありますよ」と示すためのものです。答弁は長く、質問も長く、結果として何が議論されたのか分からないまま時間だけが経過します。2026年、日本で最も消費される資源は、間違いなく「国会の時間」でございます。

 野党に目を向けますと、2026年も「次こそは政権交代」という言葉が元気よく聞こえてくるでしょう。ただしこの言葉は、年賀状の「今年こそは会いましょう」と同じ性質を持っています。書かれる頻度は高いが、実現率は低い。政策よりも理念、理念よりも立場、立場よりも内輪の調整が優先され、結果として国民からは「いないよりはいるが、いるから安心とも言えない存在」として認識される可能性があります。

 一方、国民の側はというと、2026年にはさらに成熟します。成熟しすぎて、怒らなくなります。かつては不祥事で内閣が揺れましたが、2026年には「またか」で終わります。支持率が下がっても驚かず、上がっても期待しない。政治を信じていないわけではなく、「最初から過度な期待をしない」という、ある意味で非常に合理的な国民性が完成します。

 外交に関しては、日本は引き続き「極めて重要な存在」でありながら、「決定打を打つ役」にはなりません。会議では常に真ん中の席に座り、発言は穏健、主張は正論、しかし結論が出る頃には、別の国が拍手を浴びています。2026年、日本外交は「怒られないが、驚かれもしない」という理想的な評価を獲得するでしょう。

 そして最大の特徴は、2026年が「問題が山積しているのに、なぜか緊張感が薄い年」になることです。少子化、財政、防衛、エネルギー、どれも深刻ですが、どれも緊急ではない扱いを受けます。例えるなら、家の天井から水が漏れているのに、「とりあえずバケツを置いたから大丈夫」と言っている状態です。2026年、日本政治はバケツの置き方だけは非常に上手になります。

<令和8年の日本政治の予想>

・ 高市内閣はなんとなく続くが、さすがに支持率は下がってくることになる。支持率低下の要因は経済政策で、物価高対策やコメ政策がうまく回らなっくなるということになるのではないか。また外交も中国の妨害からうまく回らなくなるので夏以降はかなり苦戦し、また高市首相の健康問題などから退陣が取りざたされる(さすがに退陣するとは言い切れないなあ)

・ 野党は「○○の一つ覚え」と一緒で「政権交代」を言い続けるが、支持率は低いままで何の話にもならない。国民民主党が「ゆ党」(与党と野党の間)化し、野党の統一などということは夢のまた夢。立憲民主党や共産党は「中国の出先機関」化してしまい、野党の二分化が目立つようになる。

・ 外交は、対米追従外交になり、また安全保障でオーストラリアやインドとの関係がクローズアップされる。意外に小泉進次郎が評判を上げて時期総理大臣の呼び声が高くなり茂木外務大臣とポスト高市で争うことになるのではないか。

 最後に、2026年の日本政治を総括するならば、「誰の責任かは分からないが、何となくこうなった一年」となるでしょう。そして年末には、また同じ反省が語られます。「本来やるべきことは分かっていた」「環境が厳しかった」「国民の理解が必要だった」。これらの言葉がそろった瞬間、2027年への準備は完了です。

そして2026年の最大の政治テーマは、実は「改革」でも「成長」でもなく、「現状維持をどう説明するか」になる可能性があります。変えられない理由を、いかに前向きに語るか。やらない決断を、いかに責任ある判断として見せるか。これは怠慢ではなく、ある意味で高度な政治技術です。2026年は、その技術が過去最高レベルに達する年になるでしょう。

 最後に、2026年の日本政治を一言で表すならば、「劇的な展開はないが、見逃すと後で効いてくる一年」です。正月の初夢のように、起きた直後は忘れてしまうが、年の終わりに振り返ると「ああ、あれが伏線だったのか」と気づく。そんな政治の一年になるのではないでしょうか。

宇田川源流

「毎日同じニュースばかり…」「正しい情報はどうやって探すのか」「情報の分析方法を知りたい」と思ったことはありませんか? 本ブログでは法科卒で元国会新聞社副編集長、作家・ジャーナリストの宇田川敬介が国内外の要人、政治家から著名人まで、ありとあらゆる人脈からの世界情勢、すなわち「確実な情報」から分析し、「情報の正しい読み方」を解説します。 正しい判断をするために、正しい情報を見極めたい方は必読です!

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