小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第三章 動乱 13
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第三章 動乱 13
「橘大臣をお連れしました」
橘は、防衛省でもなく、また、そもそも官僚組織でもなんでもない東銀座の雑居ビルの中に、今田陽子が入ってゆくことに疑問を感じていた。これが阿川首相からついて言って作戦を立てるように言われなければ、このようなことはなかったのであろう。
それにしても、このように何もない場所で作戦を立てるなど何を考えているのだ。橘はそう思うしかなかった。
部屋に入ると大きな机と応接セット、そして会議用のテーブルがあ営、その大きな机には、老人が一人座っている。多分70代であろう。そして、その老人は水割りを昼から飲んでいる状態である。その横にはいかにも水商売の女性。その女性がずっと水割りを作っている状態であるが、それだけではなく、その女性も一緒に飲んでいる。そもそも酒を飲みながら、今回の件を話すことができるのであろうか。
何しろ、中国で内戦が起きたという状態である。橘配下の防衛省の情報う哉アメリカの衛星画像から見れば、間違いなく、南部戦区の第71軍と71軍が戦っているということになるのである。要するに、中国人民解放軍の中の南部戦区の軍同志が対立しているということだ。
内戦であり、なおかつ一般の市民に関してはその戦争の対象外である。そのような意味では、市民が狙われて戦争の巻き添えを食うということは確率的に少ない。しかし、人民解放軍の戦いであり、なおかつ中国は人権などは全く考えていない。その様に考えれば、市民がいようと、そこが市街地であろうと、全く関係なく戦争を行う。つまり、「狙われるということはないが、市民の被害があることなどは関係ない」ということになるのである。
そのような中で日本人を救出する、少なくとも内戦地域から邦人を避難させなければならないということになるのである。それをこのような半分以上の酔い心地の人々が入っていること自体がおかしいのである。
「今田補佐官。ここは」
「君が橘重蔵かね」
今田が話す前に、老人が口を開いた。
「はい。」
「君の父君にも、そしてその父、つまり君の祖父君にも大変世話になった。」
「父をご存じで」
「ああ、早くに御病気で亡くなられたのは非常に残念だった。お父様は非常に素晴らしい政治家であり、なおかつ優秀な防衛大臣であった。」
そういうと老人、つまり嵯峨朝彦は昔話をした。
「父をご存知でしたか。」
橘からすれば、自分の父を知っているということは、当然に政治の関係者でありなおかつ、自分にも好意的であるということになる。
「橘大臣、こちらにいらっしゃるのは、旧皇族で天皇陛下の情報を扱っている嵯峨朝彦殿下です。」
「皇室情報」
「はい、陛下も世界情勢などをお話しするということになります。そのことから、情報を得なければならないのです。しかし、政府は様々な意味で政権が変わってしまったり、または、情報が不正確であるので、そのことから、東御堂信仁殿下と嵯峨朝彦殿下が中心になり、専門の情報機関を作っているのです。そして、私今田陽子も、そのメンバーで阿川首相もその内容をよく理解していただいております。今回、橘大臣が飯島外務大臣の前で行った特別な情報網、それは阿川首相からそのように言うように頼まれたものと思いますが、その情報網の中心がここになります。」
「えっ」
「まあ、酒飲んでる爺さんが、何か言ってもわからんだろうがな」
嵯峨はそういった。そして近くにいる青田博俊に合図をした。
青田は目の前のコンピューターを操作すると、カーテンが締まり、そして壁に画面が移された。
「これは」
「今現在の厦門市内の中継映像と衛星画像です」
目の前には、戦車が街中を通り、路上に駐車している自動車を糞でつぶしている映像が、そしてその横の画面には、ミサイルが厦門の空の上を飛び交っている映像、反対側には71軍の駐屯地とみられる徐州からミサイルが飛ばされていて、厦門の上空で対空砲や対空ミサイルで迎撃している映像が映っている。
「これは誰が撮影を」
「大臣、衛星画像はアメリカの衛星画像です。そして残り二人は我々の情報網からの映像です」
青田が応えた。
「では・・・・・・。」
「はい、厦門の市内にすでに数名の日本人が入って情報を出しています。」
「その人々に、邦人の保護を」
「それは無理でしょう。彼らも必死です。そんな余裕はないと思います。しかし、現地の中国人を動員すればできないことはないと思います」
今田の答えは明確であった。
「ではそれで・・・。」
「一つ条件があるんだが。」
嵯峨朝彦である。
「はい。」
「協力者の中国人に関しては、一切何の条件も付けないし、その情報は開示しないということでどうでしょうか」
嵯峨は、あえて丁寧に言った。相手は一応大臣である。今田も横で聞いていてほっとした。
「わかりました。私は情報網とだけをいうようにしましょう。」
「ではそれで」
嵯峨はうなづいた。それを合図に、青田はスイッチを押した。画面に「
マイクON」と表示された。
「荒川君、救出作戦開始。」
「援軍は」
荒川の声がスピーカーから出た。
「葛城と藤田を向かわせる。それと青田にもこちらから援助させる」
「あ、私、防衛大臣の橘ですが」
「橘大臣ですか」
荒川は驚くこともなくそのまま話をつづけた。その感じにも橘は驚区を禁じ得ない。普通大臣といえば、少しは敬意を表すものだ。もちろん、今戦場の厦門の中でそのようなことができるはずがない。しかし、それでも意外な内容は全くないというような感じになるのである。
「こちらから協力できるようなことはないですか」
「何かすれば、日中の国際問題になります。葛城さんと藤田さんに、充分な装備を与えるだけで十分です」
「わかった」
そこで青田は通信を切った。
「橘大臣、そういうことです。」
「わかりました。」
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