小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第三章 動乱 12
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第三章 動乱 12
内閣官邸の応接室での非公式な対応会議は紛糾していた。何よりもまず、この内容を公開するべきかどうかということからが議論であった。厦門周辺が内戦状態なのか、または演習なのか、そして一般の住民に被害が出ているのか出ていないのか。何よりも厦門にいる日本人に危険が迫っているのか、被害が出ているならば被害者の中に日本人がいるのかということなどから大きな問題になったのである。
中でも「親中派」と言われている飯島悟外務大臣は、中国共産党の発表をそのまま行うべきであり、中国を刺激するべきではないというような主張を行った。
「しかし、飯島先生、既にマスコミは市民に被害が出ている映像を出してしまっています。」
今川秘書官は、飯島外務大臣に反論を出した。
「そんなことを言って中国政府を刺激すれば、後の対応は難しくなるし、それにいま中国国内にいる他の日本人にも影響が出ないとも限らない。外務省としては、中国国内の同法人の安全を守る義務がある」
「義務があるならば、当然、正確な情報を日本国内に出す責任もあると思いますが」
「こざかしい。だいたい、厦門が本当に危険だとして、では救出する手立てがあるのかね。・・・ないだろう。・・・それならば刺激をせずに内々に共産党に打診して日本人の保護を求める以外・・・・・・。」
「本当にないのですか。橘さん。」
阿川首相は、橘重蔵防衛大臣に声をかけた。
「総理、なぜ橘みたいな若造に・・・・・・。」
飯島は口を挟んだが、阿川は厳しい目で飯島を見て口を開いた。
「外務省は共産党政府に保護を求める以外には手立てがないと考えているのでしょう。何もしないうちにそのように諦めて真実をゆがめる外務省に聞いても意味はないでしょう。日本を守るのは防衛省の役目ですので、防衛大臣の見解を得るのに何か問題でもあるのですか。」
「・・・・・・」
飯島は黙って阿川をにらみ返すしかなかった。
「私から申し上げます。中国とは言え、主権国家に対して日本の自衛隊を通常の兵装をもって突入させることは、そのまま戦争になってしまいますし、また憲法9条にも抵触するということになってしまいますので、かなり難しいかと思います。しかし・・・。」
橘は、その場で言葉をいったん止めた。大先輩であるベテランの飯島を少し気に下からである。何しろこれからいうことは飯島が出来ないということをそのまま覆す結果になるのである。若い橘に取っては気にするなという方が無理な事であろう。阿川は、そのような橘を見ながら、やはり飯島の方に気を使った。首相である阿川にとっても、飯島は先輩である。
「続けてくれ」
「はい、各大使館領事館には駐在武官があり、そして駐在武官は外務省とは別に中国国内であってもそれなりのネットワークがありますので、それをうまく使って実情を探ることや、場合によっては救出を行うことも可能です。過去に、中国国内で反日デモが起きたときなどに活用した実績があります。」
「そんなネットワークが使えるはずがないだろう」
飯島外務大臣は吐き捨てるように言った。外務省は、外国におけるネットワークの構築は外務省だけの特権であるというように感じていた。もちろんJICA等など経済関係のネットワークが別にあることはよく知っていた。またJICSなどのODA関連の内容も発展途上国ではある程度のネットワークを持っている。しかし、基本的にが日本の国外においては外務省の独断場であるというのが外務省のプライドでもあるし、またそうであるから外務省には「うまみ」があるのである。
しかし、この場で橘防衛大臣が言った言葉は、その外務省のプライドを根底から覆すものでしかなかった。そんなものは容認できるはずがない。
「しかし、実際に反日デモが起きたときには、外務省は中国政府にというようなことを言っていましたので、防衛省のネットワークで対処した実績があります。外務省は今回のような厄介ごとが起きたり、軍事的なことが発生するとすぐに逃げて現地政府に任せるというようなことを言いますが、現地政府がしっかりしているのであれば内戦などが発生するはずはありませんし、また、日本政府から依頼しないでもしっかりと外国人の保護をしてくれるはずです。結局内戦などの事態になるまで放置していたということは、その政府に問題があるということですし、また外務省はそれだけの緊急情報を放置していたということにほかなりません。」
橘は、普段飯島に感じていたうっぷんをすべて晴らすようにまくし立てた。
「うるさい、外務省まで批判するのか。この若造が」
「飯島大臣、会議の場です。そのような恫喝ではなく、どのような手段で対処できるのかということを議論してください。実際にマスコミから真実が漏れれば、阿川内閣のスキャンダルになりますし、今のような外務省の情報機能がうまく機能していないということを一億総国民から突き上げを喰らうことになります。」
北野国家安全保障会議議長が口を挟んだ。実際位飯島の親中的な発言に、この北野議長もあまり快く思っていなかったことが、そのまま言葉になって出てきた。
「飯島さん、実際に、既にマスコミが厦門に入っていますから、なんらかの救出作戦をすることが重要かと思います。とはいえ、防衛大臣の指揮で救出作戦を行うということになれば、それは大きな問題になりますので、実質的な内容を防衛に任せながら、作戦の統括を飯島先生がおこなうということでいかがでしょうか。まずは副大臣か政務官を北京に置区というのはいかがでしょうか。防衛大臣のネットワークも基本的には大使館の外交武官ですから、外務省が統括しても問題はないかと思います」
今川秘書官は折衷案を出した。自分の手柄になると思っていた橘は不満そうな顔をしたが、しかし、今川秘書官は手で心配するなというジェスチャーをしてその批判を口に出させなかった。
「皆がそれでよいならば、そうしようか」
「飯島大臣の許可も取れたということで、橘大臣の指揮で救出作戦を行うということでよろしいでしょうか。」
ここで初めて今田陽子が声を上げた。橘が今田陽子というか、嵯峨殿下の人脈を期待していることは間違いがない。この場はそのようなことは何も言わず単純に、親中派の飯島を黙らせるということができればよいのである。そのようなときには凛とした今田の声が最も良い。
その凛とした声に撃たれるように、皆その方針で固まった。
飯島悟は、苦虫をかみつぶしたような表情で頷くとそのまま応接室を出て行った。北野もそのまま一緒に出てゆくしかなかった。
「総理、これで良かったでしょうか」
「ああ、橘君にしては上出来でしたね。後は今田君のところが協力してくれるでしょう。」
阿川は、にっこり笑いながら言った。
「はい、頼りにしています」
「ところで、嵯峨殿下の所には連絡は入っているのかな」
「いえ、何も」
「やはり言質は混乱しているということですね。」
「そうなります。」
「では、何とかしないとなりませんね」
「はい」
今田は、頭を下げると、また東銀座の事務所に向かった。
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