小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第三章 動乱 3
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第三章 動乱 3
「ひどい目に遭った」
荒川は頭を抱えていた。
中国のマフィアのいう「しゃぶしゃぶ鍋」とは、鍋の中に傷をつけた芥子の実、いわゆる「芥子望主山」といわれるものが入っていて、その鍋のお湯全てに芥子の成分が含まれている。当然に沸騰させた鍋の水蒸気にもその成分が含まれるのである。
芥子の実を傷つけて、その傷から出る樹液を乾燥させた「白い粉」のことを「ヘロイン」という。つまり麻薬だ。当然に、乾燥させる前の樹液が多分に含まれている鍋の水蒸気を吸い、その中で煮た野菜や肉を食べれば、当然に魔やっくを摂取しているのと同じことになる。そのうえで、たれの中に「調味料」という名の「白い粉」が含まれている。要するにその「調味料」こそ「ヘロイン」そのものである。
鍋の中の「しゃぶ」と、たれの中の白い粉「しゃぶ」で「しゃぶしゃぶ鍋」だそうだ。朝目が覚めたら、金庫室のような地下の宴会場に、基本的には服も来ていない男女が入り乱れるようになっている。鍋の火は消えていたが、そこで乱交が繰り広げられていたことは容易に想像がつき、また、その乱交に自分たちも参加していたことは明らかであった。
ただし、かなりの頭痛と強烈な吐き気にさいなまれ、また立って歩くことができない。強烈な二日酔いを、数倍にして、そのまま気分が悪くなって動けない状態が、このじょうたいであろう。
「麻薬ってもんは、やるもんじゃねえな」
やっとの思いでホテルに戻ったが、そのままダウンして何も話すことができない状態であった。そのまま一日部屋で休み、一日を空費しやっと起き上がって二人で喫茶をしている状態であった。
その間にすでに太田や西園寺は、上海のマフィア達と話しを進めていた。彼らは別段初めての麻薬でもなく、少し二日酔いをしたくらいのものでしかなかった。そのために、荒川や安斎のような動けない状態ではなく、翌日から精力的に仕事ができるのであった。
「お二人さん、おはよう」
すでに午後二時を回っている。しかし、やっと永い眠りから覚めたようなものであるために、笑いながら近づいてくる太田は、そんな挨拶をしていた。
「おはようございます」
まだはっきりしない頭で、やっと挨拶をした。
「まあ、あんたらが眠っている間に、こっちはかなり話を勧めたよ。王獏会の連中をつぶすために、まずは上海の王獏会の支部をたたくことにして、その手はずを整えた。重慶や貴州の連中が先にやってくれるそうだ」
「そうですか」
何を言っているのかはよくわかるが、実感としてまだ、雲の上を歩いているような感じだ。
「ところで、お二人さんはしゃぶしゃぶ鍋は初めてだったっけ」
「はい」
「荒川さんが、しっかりと挨拶してくれたおかげで、上海のマフィアもお互いの抗争なんかではなく、場合によっては軍と戦わなければならないということを認識してくれた。何が敵で何が味方なのか、そういうことを見てくれるようになったよ。ワンさんも、しっかりと働いてくれておる。すこし上海に滞在して、その結果を見なければならないが、まあ、大丈夫だろう」
太田は、周辺に聞こえないような小さな声で話をした。大きな音を出されたら、まだ頭ガンガンと響くような感じだ。そのことも気を使ってくれているのではないか。
「ヤスは」
「あいつは、実際の戦争を見せておきたくて、ワンさんと一緒に行動させている。まあ、あんたらも、数日ここで待っていればよいよ。」
太田はそういうと、煙草に火をつけた。中国のホテルはまだ禁煙の場所の方が少ない。タバコを吸うことは一つのステータスになっている。まあ、そもそもしゃぶしゃぶ鍋などというような非合法な食材を使った鍋が存在しているのであるから、煙草を公共の場で吸うことくらいはなんとも思っていないという事であろう。
「具体的にはどうなるのでしょうか」
「数日のうちに、王獏会の上海の事務所が襲撃される。それだけではなく、王獏会に関係する店とかも・・・」
「店」
「そうだ。女の子がいて酒を飲む店とか、非合法なものを売っている店なんかがあるが、まあ、そんな店だ」
「ああ。そうですか」
あまり何の感動もない。しかし、太田がセカンドバックの中から出したものを見て、荒川も安斎も一気に目が覚めた。
「そんな中の一つから、出てきたのがこれだ」
「それは」
「君たちが『死の双子』と呼んでいるものだ。まあ、わしらも羽田の倉庫で見たけどな。」
黙るしかなかった。まさに、死の双子なのであろう。試験管のような入れ物に液体が入っているだけである。透明ではなく褐色であるのも特徴的だ。
「どこで」
「試しに襲った、薬屋でな。その一番奥の金庫の中に入っていたよ」
ここでいう薬屋とは、ヘロインなどの麻薬を売る店であり、風邪薬などを売る普通の薬局とは全く異なる。太田やワンは、王獏会の資金源を探るということをしていたが、その中で、麻薬の精製所と販売をしているルートを探り当てた。そしてその中心的なところを、あくまでも「麻薬がらみの抗争」であるかのように襲撃したのであった。しかし、その中に死の双子があるのであろうということを察知もしていた。実際は死の双子を強奪することが今回の最大の目的なのであったのだ。
「どうせ王獏会の連中も、そして、あっち側についている軍の連中もこれを持っているんだ。武装は対等じゃなきゃ戦争は始められねえよ」
「使うんですか」
荒川は、声を潜めた。もう完全に頭がさえてきている。
「日本で使われたんだ。こっちの連中にもどんなものか見せてやらなきゃならねえだろ。」
「しかし」
荒川は躊躇した。
「心配するな、無差別な使い方とかはしねえよ。それにしても、大型の金庫二つ分、ため込んでいるとは思わなかったな。他の薬屋にも同じものがあるかもしれねえから、使われなうちにこっちで奪っておかなきゃならねえな。まあ、しゃぶの方はありがたく今回の報酬として中国の連中と山分けにするが、まあ、そんな感じだ。お前らは、知らなかったことにしておけ。それと、これが広がるかもしれねえから、このホテルから出ねえことだ。」
「は、はい」
荒川も安斎も、生唾を飲み込んだ。
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