小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第三章 動乱 1
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第三章 動乱 1
上海は北京とは全く異なる雰囲気だった。中華人民共和国、実際にはその前の中華民国の時代からの格言で「北京は国を守り、大連は国を売り、上海は国を出る」というものがある。北京のいる中国人は、秩序や法律を守る。しかし、大連にいる中国人は、基本的には北京の内容とは異なり、国の政策に反対することをしてしまう。そして、上海にいる中国人は、基本的に北京とは異なり中国という国家に所属している帰属意識や愛国心がなく、不満があれば、すぐに中国という国を見捨てて出てしまうということなのである。
もちろん、この内容にはその裏がある。北京が国を守るというのは、北京の人々は基本的には、中国の中心的な民族である漢民族の中心地であり、首都である。その首都に集う人々は共産党や政権に近しい人々であり、そのことから、政府は北京の人々の望むような法律や秩序を作っているということになる。もちろん、北京にいる人々と言っても、浮浪者や下層民衆の事などは全く考えていない。しかし、北京には官僚なども多く、また共産党の中心的な人々も多いので、そのように政府に直結する人々が多い。「国を守る」とは逆に「彼らが守りやすい、従いやすい法律や秩序を作っている」ということになる。一方大連は、東北三省の象徴である。東北三省は基本的にはモンゴル族や満州族というような感じの「騎馬民族」である。古くは匈奴・渤海という民族であり、漢民族とは対立していた人々である。北京が漢民族の中心であれば、当然に、そこに対抗するというような感じになってしまう。その上、大連は「北の香港」と言われるように外国の情報が入る。これは日本というだけではなく、朝鮮半島を通して欧米の、そしてロシアなども情報が入る。民族が異なるということも含めて「国を売る」なのである。そして上海。もともと中国は長江から南は北の支配を受けないというような状況になっていた。金という騎馬民族王朝が北朝になっていた時に軟禁を中心とした宋(南宋)が王朝として栄えた。また日本人の多くが好むところでは、三国志で曹操の魏が勢力を伸ばしても、孫権の呉は独立を保っていた。昔は船などが発展していないので、北の騎馬民族や王朝の歩兵勢力が、南を支配するのは難しかったということになる。そのような意味で、上海の人びとは「北の政府を頼らない」ということになる。つまり「国を出る」という文化になる。もちろん「初めから同じ国というような感覚がない」ともいえるのである。
さて、このように考えれば、上海は北京政府がかなり強硬な締め付けをしても、ある程度従っているふりをして「自由」に動いてしまう。「面従腹背」という言葉は、多分北京政府と上海の関係のためにあるような言葉であろう。そのようなことから、荒川も安斎も北京ほどの緊張は強いられなかった。
「親分」
荒川は、花園ホテルのロビーで太田に声をかけた。
「おお、荒川君か。来るならば連絡をくれればよいのに」
上海にいながら和服を着用しているのは、やはり日本の暴力団組織の「親分」と言われる人だ。
「どうえすか」
「ああ、津島組みの事か。松本は香港だよ」
「それならば親分は何故上海に」
「香港は敵の縄張りだろ。それに、王獏会のヤンの野郎もいるからな。こっちも味方を付けないとな」
ヤスが、レセプションで荒川と安斎の分のカギを持ってきた。特に部屋を予約していない荒川達にはありがたい内容であった。
「王獏会に対抗している連中がいる。もちろん香港にもいる。それは当然だが香港のホテルなどでは危なくて作戦会議が出来ねえだろう。そこで、西園寺と一緒に上海に来て、香港の組と連携取っている上海の組に繋ぎを着けているところだ。まあ、繋ぎを付けるより先に、ちょっと遊んできたところだがな」
太田寅正は、そう言うとにやりと笑った。女遊びなのか、それとも博打なのか、何かはわからないが、何かをしているのであろう。そこを深く詮索する必要はないことくらい、荒川も心得たものである。
「その上海の組は信用できるのですか」
「荒川君、だいたいね。中国のマフィアと取引しているのは、津島組だけじゃないんだよ。というかあいつらよりも、こっちの方が古くから繋ぎを取っている。ただね、新しい奴らの方が、過激なことをやるから、勢いがあるように見えてしまうということだ。」
太田は荒川をロビーラウンジに連れて木ながらそのように語った。
「その上海マフィアは」
安斎が聞くと、太田はウイスキーの水割りを頼みながら、メニューを投げてよこした何かと行動が乱雑なところは気にかかるが、何も悪気があったり敵対するような気があるわけではない。
「安斎さん、慌てる何とかはもらいが少ないというでしょう。日本と香港の連合軍と日本と上海の連合軍で戦うんだ。戦力はしっかりと整えてから戦うものだ。それには時間がかかる。もちろん、何日もかかるわけじゃない。しかし、そんなに慌てて、準備も何もできないうちに飛び出せば、こっちが負けてしまうのよ。だいたい、戦争なってものは、余裕がある方が勝つと、昔から相場は決まってらあな」
氷は水当たりの心配があるので、氷なしの水割りを、あまりおいしくなさそうに口をつける。暴走族上がりのヤスは、喫茶に入ることも許されずに、ロビーに立ったままである。
「何か北京で話はあったのか」
「はい」
「良い話か」
「はい」
「後で、マフィアと一緒に聞く。今はしなくてよい」
太田は、ウエイトレスの方を顎で指した。もちろんウエイトレスなどがスパイというわけではない。しかし、盗聴されているということを示唆しているのである。
「十分承知しております」
荒川は、丁寧に言った。
太田は大きく頷くと、あとは上海市内の遊び場について話をしていた。今回の件とは全く関係のない話である。
「親分」
ロビーからヤスが入ってきた。
「来たか」
「はい」
そのヤスの後ろから来たのは、西園寺公一と暴力団の組長である西園寺よりもガラの悪そうな中国人三人であった。
「おう、ワンさん」
「おお、トラさん」
中国人の一人は、太田の所に来て握手をした。ロビーからワンと言われたマフィアの部下が、太田たちの飲んだ喫茶代を払っている。
「西園寺さんも来ていましたか」
「おお、荒川か。北京ご苦労。土産話は後で聞くことにしよう」
「後でというと」
「場所を変えて、食事をしないとな」
西園寺もにこりと笑った。
「では、食事の準備ができております。皆さん是非」
ワンは流ちょうな日本語で皆を誘った。ホテルのロビーには、黒塗りの車が難題も列をなしていて、そこに分譲する形で太田も、西園寺も、そして荒川や安斎も、ヤスまでも、皆が車に乗ったのである。
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