小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 31
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 31
さすがに中国の共産党の指導者が集まる中南海の食堂には、超一流の素材に超一流の料理人が贅を凝らした料理である。どこにでもあるようなクラゲの前菜が、一つも二つも味が違うように思える。実際に味は全く違った。しかし、それが「美味」というのではなく「高級」でしかない状態であったのは、日本人と中国人の味覚の違いなのであろうか。
「先に攻撃をする。それがあのウイルスということなのでしょうか」
荒川は、食事会で世間話をするように言った。
「また日本が攻めてくる前に、守りを固めるのではなく、攻撃をすべき、という中国人の攻撃があの程度で終わるというお考えでしょうか。」
胡英華は、近くにあるジャスミン茶を飲みながら、眉をしかめた。そして、近くの給仕を呼ぶと、ビールを持ってくるように言った。
「いやいや、失礼しました。お茶だけでは話が進みませんね。今ビールを持ってくるように言いましたので」
「ビールですか」
「ここの食べ物や飲み物には、変なウイルスは入っていないから、ご安心を」
謝思文は、日本語で言うと、運ばれてきたビールを飲んだ。
前菜の次に燕の巣のスープが運ばれてきている。日本ではあまり燕の巣のスープを食べる機会がないので、その味の違いはよくわからない。日本人でもあまり嫌味がなく飲めるスープである。
「さて、攻撃と言えばウイルスなんてものではないということは、ミサイルを撃つとか、そう言った攻撃が今後ありうるということでしょうか」
荒川は、一人ビールを飲みほして、そのまま答えを求めた。給仕はすぐに次のビールを持ってきている。荒川は、その女性を一瞥した後、また向き直って最も重要なことを話した
「一般の中国人ならば、そのように考えるでしょう。ただ、ここにいる四人は、そのように考えていないということなので、こうやって話しているのです。」
「そのように考えていない。というと」
「要するに、少なくとも日本が何もしていない間に攻撃をするなどということはあまり良くはありませんし、また、ミサイルを撃っても、日本の防空技術を考えれば、撃ち落とされる可能性がある。つまり、核ミサイルを無駄に一発撃って、そのうえ国際社会の非難を受けることになるということになるのです。そのようなことをするのは政治的におかしいと思っています。」
胡英華は、いきなり話し始めた。これを解釈すれば、つまり、中国共産党の常務委員の中には、日本を核ミサイルなどで攻撃をしようとしている人々がいるということであり、一方で、ここにいる胡英華と王瑞環は、日本攻撃の反対派であるということであろう。そしてその意見をうまくリードしているのが、二人の秘書の謝思文と、劉俊嬰であるということなのであろう。
「では、そのようなおかしな政治を正すためにはどうしたらよいでしょうか。」
食事は、次々と料理が運ばれてきている。しかし、安斎はそれらの料理が全く喉を通らないかのような感じで、箸が進んでいない。そのような状態では、彼らに甘く見られてしまうと、荒川は意識して食べるようにした。会話の間には、料理の誉め言葉などをしっかりと入れて、雑談を交えながらの話にしたのである。
「まずは、協同しましょう」
「異存はありません」
「日本からきている他の人々も同じように考えていると言ことでよいのでしょうか」
「日本からきているというと」
当然に共産党の幹部であれば、太田寅正などが来ていることも十分に承知しているのであろう。しかし、それだけではなく、当然に津島組の松本洋行等も日本から中国に来ているはずだ。胡英華や王瑞環は、そのような日本国内の対立はどこまで把握しているのであろうか。
「どうも、日本の国内にも対立があるようですからね。そこまで神経質になる必要はありません。謝から我々の内情をお知らせしましょう。」
胡英華はそう言った。
そう言えば、今日は、手を細かく動かすあの癖がない。要するに、今日はありストレスのない話を胡英華はしているということであろう。それは、今までのように不確定要素がある状態ではなく、自分の考えたストーリー通りに物事が進んでいるということなのであろう、つまり、荒川や安斎が自分たちに協力をすることも、そして日本国内にも対立の芽があることも、全て知った上での会話ということなのである。見ようによっては、胡英華の掌の上で遊ばれているというような、西遊記のお釈迦さまと孫悟空の関係のように見えるかもしれない。しかし、今回は遊ばれていようと、彼らの予定通りであろうと、彼らの言を信じて対応するしかないということなのである。
「それならば」
「要するに中国国内で日本の対立と、中国共産党の中の対立を解決しよう問うことになります。日本人はこのようなときに、戦争という表現を使いますが、そのように物騒な物とは異なります。しかし、やはりある程度は戦わなければなりませんが、しかし、なるべくそのようなことはしたいとは思っていないということになります。」
胡英華は、そう言うと、初めて王瑞環の方を見た。王瑞環も深く頷いている。
「わかりました。では我々はその作戦に従うことにしましょう。」
「良かった。我らとすれば、強い見方ができたという感じがします」
中南海の食堂にはちょうど杏仁豆腐が、話の熱も冷ますかかのように運ばれてきていた。
「荒川、どうするんだ」
安斎は、ホテルに送られてから荒川に言った。部屋の中も全く信用できない。カメラと盗聴器があるので、何の連絡もできないということになる。荒川は、ホテルに荷物を置くと、安斎を連れて外に出た。
「取り敢えず、太田さんたちを北京に呼ぼうと思ったが、しかし、それは危険だ。まずは我々が上海に行こうと思う」
「そうだな」
「まあ、今日はゆっくり休もう」
外で少し飲み物を買って、荒川は早々に部屋に戻った。
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