小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 30
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 30
「車を帰らされているならば仕方がないですね」
荒川と安斎は、仕方がなくしゃのくるまにのった。天壇公園から出た車は、天壇公園の近くにあるトンネルの入り口に入った。
「ここは」
「面白いところに連れてゆくといったでしょ。まあ、危険は基本的にはありませんが。大丈夫です。」
トンネルは、途中に機関砲を道の両側に一定期間備えていた。その機関砲がその車を追いかけている。そのまま発射すれば車は間違いなく「ハチの巣」になってしまう。その中を全く関係なく、車は走っていた。そして、体感としてかなり長い時間走った気がした。その間に機関砲が片側6機くらい見た気がする。
「この先にあるのが、中南海です。」
「中南海」
安斎は言った。中南海というのは、中華人民共和国政府や中国共産党の中枢の建物群がある場所である。古くは、元の宰相であった耶律楚材の屋敷跡であったが、その後明帝国以降は皇帝の離宮であった。観光客で賑わう故宮や天安門広場のすぐ近く、高さ6メートル余りの赤い壁で囲まれ、一般人の立ち入りが制限された区画であり、約半分は中海と南海と呼ばれる池が占める。その広さは東京ドーム25個分、東京ディズニーランドと東京ディズニーシーを合わせた面積に相当する。
当然に中華人民共和国というよりは共産党政府の中枢である。その中枢に向かっているという。
「そのようなところに行けば、我々は殺されてしまうのでは。」
「殺されてしまうような、何か悪いことをしているのですか」
謝思文は何事もないかのように言った。
「まだ」
「『まだ』ということはこれからするということですね。」
「未来ことはわかりません」
荒川は、真面目に答えた。前回彼らと会った時に、正直に話をした方が良いということを学んだ。今回も全く同じに、普通に思ったように答えたのである。
「確かにそうですね」
謝は笑った。
「もう着きますから。」
そういった瞬間にトンネルが終わり、左側にテニスコートがあった。そこでは何人かがテニスをしていたあ。車はそのテニスコートを超えた駐車場に車は止まった。その外側には、テニスウエアを着た胡英華がいた。
「食堂で食事をしませんか。」
「はい」
荒川は、そのままついていったのである。
「荒川さん、秘密の話は、敵の懐の中で話をするということです」
「はい」
食堂の個室の中に入った。一人に二人ずつの給仕がつく。さすがに武装した警備員などはいない。そもそもこの中南海の中にそのような人物が入ってくることができないようになっている。つまり、この特熱な領域である中南海の中にいる人は「全て安全」という前提で物事が動いているのである。
「まさか、ここでこのような話をするとは思えないでしょう。ところでもう一人同志を呼んでもよろしいでしょうか」
「はい」
胡英華は、近くの給仕の女性に声をかけると、給仕の女性は音を立てずに出ていった。そして戻ってくると、そこには王瑞環とその秘書の劉俊嬰が入ってきた。
「通訳は私が勤めましょう」
謝思文が、そういって二人を席に案内した。日本人のイメージでは、中国共産党の常務委員、いわゆる「チャイナセブン」は、かなり特権階級であり、その秘書などは奴隷に同じではないかというように考えていた。もちろん、そのような部分もある。しかし、荒川と安斎の前に出てきた二人は、そこまで偉そうな状況ではないし、秘書とは友人の様な関係性を保っているように見える。給仕の数はそのままなのでもともとの8人、そこに座っているのがチャイナセブンの胡英華、王瑞環、二人の秘書の謝思文と劉俊嬰、そして荒川と安斎の6人である。
「こんなところで日本人を交えて話をするのですか」
王瑞環が、疑問の声を上げた。その間に、給仕たちは、円卓の6人にお茶、いや白湯を注いで回った。中国式の茶は、湯呑の中にジャスミンの花が入っており、そこにお湯を入れることによってお茶を湯呑の中で作るようになっている。茶葉が口の中に入らないように、蓋をしてその蓋をずらして飲む。蓋を開ければ、しっかりと華が開いたお湯の中のジャスミンの花が見える。目と味と香りで楽しむことができる。このようにきれいな茶葉は、さすがに中国共産党の中心中南海の食堂で鹿出てこないのではないか。
「周同志もまさかこのようなところで話をするなどとは思わないでしょう」
「それはそうだが」
「まあ、人も多いことですし、控えめの話をしましょう」
謝思文が主張してその場を収めた。
「さて日本人の方々、とりあえずお茶でも飲んで、くつろいでください」
まさかここで毒を入れることはあるまい。荒川も安斎もお茶を飲んだ。
「この後食事になります。ささやかなランチですが、ご一緒しましょう」
胡英華は、給仕の中で最も年長と思われる女性に指示をすると、給仕たちは二人残して、皆外に出た。食事の準備をするのであろう。残っている二人は、何か飲み物の注文などがあった場合に対応するのか、飲み物のおいてあるサイドテーブルの近くに控えている。
「今回は日本から何故中国にいらっしゃったのですか」
「観光です」
「おお、観光」
荒川の答えに、謝は驚きの声を上げた。
「はい、ですから空港から降りてすぐに万里の長城を身に行きました。そして二つ目の観光地である天壇公園で謝先生にお連れいただいたということです。」
事実である。その観光という目的だけが完全な嘘ということになる。
「それはそれは、では、八達嶺は良かったですか」
「いや、壮大な中国らしい雄大な景色でした。」
「中国というのは、王朝の名前が変わって、時代が変化しても、敵に攻撃されると、もろく、そのことから、敵に攻撃される前に攻撃をする。そしてその攻撃が効かない場合は、守りを固めるということをします。そこが中国人の知恵です。アメリカは攻撃ばかり。そして日本は海が広く長く守ることができません。中国も海は広くありますが、しかし騎馬民族との間には、万里の長城で守るということになるのです。」
「しかし、それでもモンゴル帝国に負けてしまったということですか。」
荒川は、普通に言った。安斎はそのような荒川の言動に、相手が怒りださないか、ずっと肝を冷やしていた。なにしろ、敵の本拠地である。そのうえこのような場所で抵抗しても周囲はすべて的であるし、逃げようもない。ここで殺されても、見つかることなく処理されてしまうのである。
「そうですね。中国の歴史では、守りを固めても、それ以上の力で攻めてきてしまえば、負けてしまう歴史です。日本は、日清戦争、そして、日華事変、満州事変と中国を攻撃し、中国は負けてきました。ですから、普通の中国人はまた日本が攻めてくる前に、守りを固めるのではなく、攻撃をすべきと考えてえいます。」
「なるほど、それを止めるにはどうしたらよいでしょうか。」
「それは難しいですね」
その時に、食事が運ばれてきた。
円卓の上に、クラゲなどの前菜の盛り合わせが並んだ。
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