小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 28
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 28
「大沢から青山に電話があったらしいですよ」
菊池綾子は、すぐに嵯峨朝彦のところに報告にきた。
大沢三郎の方が政治の世界では大物であったが、菊池の感情として大沢三郎は呼び捨て、そして青山優子には敬称を着けているところが興味深い。
「そのまま大沢とコンタクトするように言ってくれるか。多分大沢が中国側と何らかの話をしたのに違いない。大沢の性格上、自分で何かを動いたり、政府に依頼するということはしないであろう。大沢は命令するときは居丈高に話をしてくるが、それ以外は部下に何かをやらせるからな。」
「わかりました。その後またここに呼びますね」
「ああ、あと、その内容は国家安全保障会議議長の北野に問い合わせるように話をしてやれ」
「北野さんですか。今田さんではなく」
「ああ、いまだは警戒されているのに違いない。元警察庁長官であった北野滋ならば、あまり怪しまれることもないだろう。今だから、北野にはそのように伝えて置くようにしよう。敵をだますには、まず味方からだ」
「ここ」とは菊池の店「クラブ流れ星」の個室のことである。
「よろしく頼む」
嵯峨はすぐに今田陽子に話をした。
菊池は、逆に嫌がる青山に、大沢のところに行かせるということが必要であった。何かとうるさい三田由紀子に行かれると面倒である。もちろん「そのような事実はなかった」というように話をさせるのであるが、三田であれば他の役所にもうるさく話をし、国会の予算委員会辺りで大声で隠蔽して利うと叫ぶ可能性がある。青山であれば、こちらでコントロールがある程度できる。
しかし、青山優子は以前大沢三郎に手籠めにされ、そのうえテロリストの松原隆志に「供物」にされたことから、男性不信、そして大沢を嫌っていた。まさに、セクハラなどというものではなく強姦である。そのような犯罪を平気で行い「人身売買」を行うような大沢には近づきたくなかったのである。しかし、政治家になって多くの人に囲まれ、そして親や兄弟が喜ぶ顔を見ていれば、自分御わがままで議席を失うわけにはいかない。自分自身が我慢すればよいというようなことで納得すればよいのであり、また、自分の身体は政治にささげたとあきらめることもできるのであるが、しかし、生理的にはどうしても許せないものでしかなかったのである。
そのような青山を菊池は説得した。青山の電話は大沢からまた身体を求められるのではないかという不安からの電話であった。そして菊池に説得され、涙声で大沢のところに行くということで電話を切ったのである。
「おい、優子。最近冷たいんじゃないか。」
麹町の大沢三郎の小料理屋「時の里」で、大沢三郎は青山優子を待ち構えていた。いつものようにカウンター席の一番奥に座り、一番端の壁に寄り掛かるようにして入口を見ている。ちょうど照明が上になく、影になっているので、狭い店ではあるが、入口からよく見なければ大沢の顔はわからない。しかし、少し入ると、ちょうど今度は照明が当たって脂の浮いた大沢三郎の顔が見える。
「そんなことはございません。大沢先生」
青山は以前のことがあるので、奥の座敷を気にしながら言った。以前はそこに松原隆志がいて、大沢とこの時の里のママである佐原歩美に騙され、そして薬を盛られてその部屋に入れられたのである。青山優子にとっては苦い、黒い歴史である。
「まさか、松原に抱かれたのを恨んでいるのか。やはり俺の方が良かったか」
青山優子にしてみれば、政治家としては大沢の主張や政策を尊敬できるところがあった。しかし、女性に対する見方などはとても受け入れられるものではない。一度生理的に嫌いになってしまうと、近くによるだけで虫唾が走る思いだ。そしてもっと気になるのがカウンター越しに見ている佐原歩美の、獲物を狙う蛇のような目である。この女性は、前回も薬を盛って、青山優子の動きを封じたのだ。
あの日、青山優子は家に帰ってから泣きながら身体を何度も洗った。奴らが触った全ての肌をはぎ取りたいほどであった。何度涙を流しても、悔しさは流れなかった。その悔しさややるせなさを癒してくれたのが菊池綾子であったのだ。
「まあ良い、こっちに来て座れ」
なぜこの男は命令しかできないのであろうか。しかし、ここでは大沢と佐原二対一である。
「はい」
青山優子の態度は何気なくぎこちなかったが、大沢から見れば、以前の身体の関係があったから仕方がないことと思っていた。そのことが青山がすでに菊池を通して自分を裏切っているなどということは思いもしなかった。
「優子は、奉天苑は覚えているか。最近言っていない様だが」
「はい、飯倉交差点のところでしたね」
「ああ」
大沢の前に佐原がお猪口を出した。そしてそのお猪口に自分の徳利から酒を注ぎ、青山の前に出した。
青山は、一瞬たじろいだが、しかし、大沢が今まで飲んでいた徳利の酒であることから、薬が混ざっていないと判断して、一口口付けた。さすがに全てを飲み干す気にはなれない。
「あの奉天苑の陳オーナーから調べものを頼まれてね」
「はい」
「先週羽田近くの公園で中国人の死体があったようなのだが、その行方を追ってほしいのだ」
「そのようなことならば、警察に問い合わせればよいでしょう」
「いや警察では発表していないらしい。」
何かがおかしい。いや、これは青山優子でなくてもおかしな話だ。大沢三郎がそれを見ているのであれば、わからないではないし、また、何か関わっているのであれば、やはり有って不思議はない。実際に、大沢と陳は、同じ仲間であったはずの岩田智也を多分殺しているのである。事故死になっているが、あれは殺人に違いない。それに、もしもかかわっていないのであれば、なぜ一目見ただけでそれが中国人とわかるのであろうか。白人や黒人の様に肌の色が違ったり、見た目によほど特徴があるならば、一目でわかるのかもしれない。しかし、それがわかるのは何かがおかしい。もちろん大沢がその中国人とかかわりがあるかどうかは不明だ。しかし、大沢に依頼した陳文敏は何かかかわりがあるのかもしれない。
「大沢先生、どうしてその死体が中国人であるとわかるのでしょうか」
「どうも、過去のかかわりがあった人と顔が似ていたらしい」
「そんなにゆっくりご遺体を見ていたという事でしょうか」
「さあ」
大沢は声を濁した。
「青山先生は、あまり深く詮索しないで大沢先生の話を聞いてその通り動いていたら良いのでしょ」
横から何もわからないはずなのに、佐原歩美が声をかけた。この女性は何か偉そうに上から目線で話をしてくるのが、青山優子にとっては気分が悪い。
「わかりました。」
青山は、そういうと横に置いたかばんをもって立ち上がった。
「もう行くのか」
「そうよ、ゆっくりしていらっしゃいよ」
大沢がそのように声をかけたが、その声を背なかで聞いて、青山は店を出た。
「なんだか照れてるだけだろう。三田由紀子を呼んでくれ」
「はい」
また大沢は聞こえよがしにそのように言っている。青山優子は戻って大沢の頬を張りたい気分であったが、そのまま店を後にしてタクシーに乗った。
「菊池ママ・・・。」
自然と涙が出ていた。車は東銀座に向かっていたのである。
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