小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 27
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 27
「ほう、死体があったのに報じられない」
大沢は林青の言うことに違和感を感じた。
単純に事件があるということは当然のことで、そのことが身近な空間であるということも見える。しかし、例えば交通事故などを見ればわかるが、交通事故などは、小さなものを入れれば数百件の事件数がある。もちろん人身事故や大きなもの、またはたまたまテレビカメラが近くにあって、著作権の問題のない映像があったものなどがあれば、その内容を報じることはあるが、しかし、新聞もインターネットも、そして、テレビも報じるには限界がある。言葉で「枚挙にいとまがない」という言葉があるが、まさにそのようないとまがないほどの事件件数があるので、事故を報じるということは「その報じる内容に関して報じる価値がなければ報じることができないということになるのである。
では、何故林青は、そのウイグル人の遺体に関して「報じられていないことを疑問視しているのか」ということなのである。
大沢は、そのことから林青との会話を始めることにした。
「その死体の方は、林少尉のお知り合いか何かなのでしょうか。」
林青の、何もしなくても美しく白い肌に青筋が一瞬浮き上がった。聞かれたくない内容であったのであろう。
「いや、ああ、多分ウイグル人のハリフという人物に似ている感じがしたのだ。いや、なぜそのようなことを聞くのだ」
「いや、一瞬顔を見ただけで、ハリフという人物に似ているというのもなかなか面白いですね。何でしょう。それほど顔をよく知っていたということなのでしょうか。」
林青によれば、車で通りかかった時に公園を何気なく見たら、人が横たわっていて、周辺で人が騒いでいたという。その騒いでいたので死体なのであろうというように確信したということなのである。しかし、そもそも車の中から見ているといっても、その内容ですぐに相手がハリフであるというようにわかるというのは、よほど特徴のある顔なのか、またはかなり毎日見てみ慣れているということでしかない。ましてやそこにあるものが死体であるということは、顔色妙に青白くなったり、または肌の張りがなくなっていたりする。また、そのようなところで横になっているという事ならば、単純に酔っぱらって、または何か体調が悪いなどの事情で寝ているということもあるのだ。その様に考えれば、車の中から見ただけでハリフという人物の死体であるというように断定すること自体がおかしな話なのである。
「それで、そのハリフという人とは・・・」
「大沢先生、今の中国政府とウイグルの関係はよく知っているでしょう。ウイグルの者たちは、中国共産党政府のおかげでしっかりと平和に統治し、楽園のような生活を送りながら、その恩を感じることなく、自分たちの政府を作り独立するなどということを主張しているのである。そしてハリフはその独立運動の日本における中心人物の中の一人として、何度も中国大使館に対してデモを行ったり、または、多くの中国人を迫害するなどのことを行っていた。そのようなことからハリフの顔は見忘れるはずがない。」
「それですぐに死体であると」
「日本人ならば酔っぱらって寝ているということもあろう。しかし、ハリフなどのウイグル人はイスラム教徒であるから酒を飲むことはない。我々、中国政府としては、あのものが死んでいるかどうかによって、これからのウイグル人の運動方針も変わってくるということになる。私などは、死んでほしいと常に願っていたので、あのような場所で不自然に横になっていれば、死んでいると希望的に思うことも不思議なことではない。もちろん、大沢先生はそのようなことを思わないのかもしれないが、中国では、田舎町にあのように道端に転がっていれば、半分の確立で死んでいる。そのようなものだ。」
「なるほど、田舎町ですか」
一応話の筋はできている。しかし、よほどの視力があり、なおかつ中国的な習慣で、田舎町ならば死んでいてもおかしくはないということもなんとなくうなづけない話ではない。しかし、日本の東京はそのような場所ではないし、また、日本国は、中国の田舎ほど治安が悪いわけではない。
「それで警察に問い合わせてみたら、そのような遺体はなかったと」
「そうなのだ。不思議であろう」
「要するに、そのハリフという人物が死んだか、死ななかったかということで、これからの林少尉の動き方が・・・」
「いや、中国政府の対ウイグル人の政策が変わるということだ」
かなり大きな話になった。日本国内のウイグル政策ではなく、中国政府のウイグル人政策が変わるということなのである。
「要するに、私に、政府に問い合わせろと」
「そうだ。頼めるか」
大沢にとっては困ったものである。その遺体を見ているならばなんとでも聞きようがある。しかし、実際に大沢は見ていないのである。つまり「なぜそのようなことを聴いたのか」ということを言われれば、大沢が何かを知っているということになり、参考人ということになってしまうのである。そのハリフという人物がもしも死んでいれば、殺人罪の参考人になるし、もしも誘拐されていれば誘拐罪ということになる、また失踪しているということであれば、「捜索願」が出ているであろうから、そのことで事情を聴かれてしまうことになるのである。一方、何事もなければ、大沢自身とウイグルとの関係が何かあるのかということになってしまう。もちろんウイグルの人物が、身近にいてもおかしな話ではない。
そしてここまでの話を聞いていれば、そして、林青の自身を持った「死体」という言葉を考えれば、多分、林青またはそれに近い大使館の人が「ハリフを殺した」ということなのであろう。要するに、自分自身がハリフを殺した参考人になってしまうという可能性が高いのだ。
しかし、ここで無下に林青の要求を拒むというのはあまり良い選択肢ではない。今の政局から考えれば、中国の力や資金を得なければ、自分たちが与党になり総理になるということはあり得ないであろう。その様に考えれば、自分の政治的な欲望を考えれば、そして自らの所属する立憲新生党の将来を考えれば、林青との関係を良好に保つ必要がある。
「やはり大沢でも難しいか」
林青は、『先生』という敬称をいきなりはずした。ある意味で最後通告ということなのだろう。
「いや、林少尉。大丈夫、もちろん政府が隠していることを全て調べることはできなくても、一応聞いてみることにしましょう」
「それは助かる。
「いや、林少尉、大沢先生が受けてくださってよかったですね」
完全に林青のたいこもちになってしまっている陳文敏が、嬉しそうに言い、手を二回鳴らした。すぐに料理と酒が運ばれてきたのである。
「青山君かね」
その中で、大沢は青山優子に電話をかけた。
「はい、あっ。大沢先生ですか」
「ああ、大沢だ」
「何か、今地元で会合をしているのですが」
「いつ東京に戻る」
「明後日には」
「では戻り次第すぐに事務所に来てくれ」
「はい」
青山優子は、その電話を切るとすぐにクラブのママ菊池綾子に大沢から電話があったことを報告した。
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