小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 23
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 23
「どういうことだ」
東京湾の羽田近くの倉庫街、その中の一つで、ハリフの声が響いた。
「どういうことって、何が」
ハリフの前にいるのはすらっとしたスレンダーな身体にタイトスカートのスーツをしっかりと身に着けた、背の高い女性である。その長い髪が特徴的だ。
「沖田、いや、荒川は日本に戻ったのではないと、今田が言っていたぞ」
元自衛隊の藤田伸二は、ハリフが来た時点で事の次第を飲み込んだ。そして、隣の倉庫で上層階に上がり、そのうえでその安全な場所から専用の盗聴器と、望遠鏡で事の成り行きを見ていた。
盗聴器というのは、いくつかの種類がある。通常は小さなマイクを仕掛け、そのマイクが拾った音声を電波などで受信機に飛ばして聞くというタイプである。しかし、盗聴器というのはそれだけではない。拡声器のような州恩期の真ん中に高性能のマイクをツケ、遠くの小さな音を収集するタイプ、そして、壁などに広く振動をキャッチする設備を簡易に取り付けて、その壁の振動や窓の振動で音声を合成して会話を収集するタイプなど様々に存在する。そもそもハリフの上着のポケットにマイク型の盗聴器をつけてあるので、それほど心配することはないが、それはそれで別に録音しておいて、うh自他は別途、拡声器型の州恩期で話を聞いていた。
「ふー」
林青は、深くため息をついた。腕を組んでうつむいているさまを見れば、ハリフの言動に呆れていることは明らかだ。しかし、藤田の位置からは正確な表情はしっかりみえるわけではない。しかし、そのような個人的な興味で音を立てて気づかれるのもよくないので、藤田は見たいという欲を抑えた。
「これだから、ウイグルみたいな劣等少数民族と一緒に仕事をするのは嫌なのよ」
林は、小声で言ったつもりであったが、感情を表に出したために、少し大きな声になってしまった。
「何といった」
ハリフも、しっかりと聞こえてしまったためか、色を成した。
「聞こえたの?あんたみたいな劣等民族が、よく高尚な中国語を理解できるとは思わなかったんだけど。まあ、もう一度わかりやすく言ってやれば、あんたみたいな劣等民族で思慮が少ない人と組むと、うまく仕事が進まないといったのよ」
「何が劣等民族だ」
「当たり前でしょ。」
林青は、目の前でハリフが今にもつかみかかりそうな雰囲気であるにもかかわらず、落ち着いて話をした。しかし、藤田の利いたところ、その声の雰囲気は、かなり感情的になっているようだ。一生懸命抑えているのはわかるが、多分、細面で色白の林青のこめかみには青筋が立っているのに違いない。
「そもそも、今田も荒川も、日本の官憲の連中でしょう。そんなもの適当な嘘も言うし、あんたを試したに違いない。当然に、ここに誰かが尾行してきている可能性もあるでしょう。あんたは、これだけ中国人が数十万人いる日本の中で、ウイグル人というだけで中国共産党に反対する活動を行い、多少ヤラセのいやがらせはあるものの、このように生きて普通に生活ができているのは、こうやって裏で共産党とつながって情報を共有しているからでしょう。それならば、当然に日本も同じことをしているというように想像ができないかな。自分たちだけが特別で、自分たちと同じことを敵がしないというような、特権階級か、テレビのヒーローみたいな思想をしていることが、問題なの。そもそも普通のことをしているだけで、そのように特権階級高、何か特別なスパイにでもなったような感覚になっていると言ことは、それまでが劣等民族だったからでしょ。だから、根本的に何もわかっていないからいやだといったのよ」
林青は、周囲にいる男たちに、ハリフを抑えさせた。どうも数名が林青解いたみたいだが藤田の場所からは見えていなかった。そしてその男たちに両腕を抑えさせ、林青は、ハリフの上着のポケットを調べ始めた。胸ポケットの内側から、マイク型の盗聴器が出てきた。そのコードをぶら下げてハリフに見せている。藤田は、盗聴マイクの方の録音機につながったイヤホンを耳から外した。まもなく、盗聴マイクを踏んで壊したのか、音声グラフが大きく振れ、その後音声グラフは横一線を描いている。
藤田は、拡声器型収音マイクの方に集中するしかなかった。
「こ、これは」
「盗聴マイクでしょ。今田に頼まれた」
「まさか」
「じゃあ、誰かに仕掛けられたのを気づかなかったという事でしょう。つまり、ハリフさん、あなたと私たちのつながりは、すでに日本側にばれているという事でしょう。」
林青は勝ち誇ったように言った。
「そんな、仕掛けられたのはちょっとしたミスで」
「そのちょっとしたミスが全体を狂わせるのですよ。それくらいのこともわかりませんか。要するに、あなたに誤った情報を掴ませて、そしてその背景を探るために自由にさせた。そしてこうやって盗聴して・・・誰か、この近くにこのマイクの電波を拾っている人がいるはずだから、見つけていらっしゃい」
林の声で数名の中国人の、警備服を着た男が倉庫から出て行った。
「さて、ハリフさん。周毅頼主席は、あなたのような劣等民族の失敗者には、しっかりとモノを教えなければならないとおっしゃっているのです。」
そういうと、林は自分の肩に下げたカバンから何かを取り出した。
藤田は、この隣の倉庫に中国人が探しに来るとは全く考えられなかったので、そのままそこから見ていた。間違いなく、カバの中から出したのは、拳銃である。もちろん、林とは言え、外交官ではないのであるから銃の所持は違法だ。しかし、林はまったく躊躇することなく、そのまま銃をハリフに向けて撃った。
パン・・・・・・パン・・・・・・
乾いた破裂音が二回、そしてハリフの悲鳴が聞こえた。
「失敗をしてここに尾行が来たということは、あなたが歩くことが問題なの、だからあなたの脚を両方とも撃たせていただいたわ。これで、あなたは足が治るまで今回の失敗を考える時間ができたというものよ」
ハリフは、痛そうに顔をゆがめながら、一方で絶対に殺されると思っただけに、内心安心していた。
「脚の治療は、病院なんかに行かれると困るので、毛博士に頼みましょう。病院に行って銃創となれば、すぐに警察が来てどうしてこんな傷になったかわかってしまいますから。あなたみたいな劣等民族は、間違いなく何でも話してしまいますからね」
毛永漢がスポイトとガーゼを持ってきた。なぜか手袋をして、ピンセットでガーゼをはさんでいる。
「治療は言い、病院にはいかないから、止めてくれ」
ハリフが必死に言っている。
藤田は毛永漢の顔などは知らないが、林の奥から出てきた白衣を着た初老の男が多分、毛博士という人物であろう。その男が近づくと、ハリフは、両足を撃たれているので立つことができず、匍匐前進の様にして逃げた。しかし、すぐに横にいる男たちににつかまってしまった。彼らもどうも黒い手袋をしているようだ。
そして毛永漢が、多分その傷口に試験管の液体を浸したガーゼをあてた。
「や、止めてくれ」
「何を言ってんのよ。その荒川という男が、感染したまま北京に潜伏しているというから、そんなことができるかどうか、あなた自身で体験してもらっているんじゃない。貴重な体験よ」
しかし、その言葉の後半は、多分ハリフは聞くことができていなかったであろう。望遠鏡の小さいレンズの中でも、ハリフが口や鼻から血を流し、そして顔が赤くなって、『死の双子』に感染した症状が出ていた。そう、毛永漢は、ハリフの銃創の傷口にたっぷりと死の双子を塗りつけたのである。
「他の人が感染しないようにビニールに包んで・・・いや、近くの公園にでも捨てていらっしゃい」
警備を担当していると思われる人々は、防護服に着替えた後、何も言わずに、というか口を開かずに、ハリフを倉庫から持ち出した。
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