「宇田川源流」【大河ドラマ 光る君へ】藤原伊周・藤原惟規の「死」を対照的に描いた意図
「宇田川源流」【大河ドラマ 光る君へ】藤原伊周・藤原惟規の「死」を対照的に描いた意図
毎週水曜日は、大河ドラマ「光る君へ」について、小説家として好きなことを書かせていただいている。「光る君へ」について、過去の少女漫画などの影響で「御簾と扇が少なすぎてあり得ない設定」などということを言う人もいるが、実際に、御簾などの内容を含めて平安時代の貴族社会などは伝聞の世界でしかないということになる。かなり強烈な身分社会の中において、その一点で「歴史考証ができていない」と断じてしまうのは、物語を見る側として、何かもったいないのではないかという気がする。もちろん、ドラマの出あり得ない設定というのは様々なものがあるし、自分の想像しているものと違うからという違和感を感じるのはいかがなものであろうか。
絵画の世界で、ゴッホの「ひまわり」という傑作といわれたものがある。残念ながら私は絵画や美術に関しては、出席日数は足りているにもかかわらず、5段階評価で2以上執ったことがないほどの門外漢であるので、なんとも言いようがないのであるが、そのような門外漢の私でも、ゴッホの描いた「ひまわり」が現物のひまわりとは全く異なることはよくわかる。当然に写真などの作品とは全く異なる。しかし、その黄色の使い方や絵の構図などが素晴らしいということで「傑作」といわれ、今から40年位前に日本の保険会社が高額な値段で落札したことが話題になった。ドラマなどの創作物も同じで、「現実と同じ」ことを求めるのであれば、歴史書を読めばよいのであり、小説やドラマを見る必要がないのである。
そもそもドラマや小説は、その作者の世界観と物語の展開や人間関係を楽しみ、同時にその視聴者の見ている環境に風刺して訴えかけるものであり、その世界観が変わったり、「良い価値観」になるものが無ければ、その内容は面白くないということになるのである。
そのような意味で、今回の大河ドラマは物語の展開や設定、そして、今の社会との「関連」がなかなか面白く書かれている。
<参考記事>
「ハッピーエンドであれ!」まひろの弟役・高杉真宙 軽く明るく、家族思い 「光る君へ」
2024/10/13 産経新聞
https://www.sankei.com/article/20241013-IOSH6LY5YJDMJCTFGLYBXQM23U/
<以上参考記事>
今回の内容では二人が退場した。一人は藤原伊周(三浦翔平さん)である。前回に呪詛事件を起こし、そのまま刺客して失意のうちに亡くなってゆく。ある意味で、「自分は藤原家の長男の息子であり、本来藤原家を告野は自分である」というプライドが最後まで彼の行動や精神を支配していた人物であろう。そのために「叔父ではあるが三男である道長(柄本佑さん)に支配されている環境が許せない」ということであり、それが、息子への最後の言葉「出家せよ」という中に込められている。ある意味で、現在でもそうであるがプライドやあるべき論に支配されてしまい、現実と乖離してしまった人というのは、なぜか徐々に現実から乖離し続け、そのまま孤立化しいてしまう。孤立化するからなおさらおかしな方向になってしまい、そして一部のカルト的な動きになってしまう。
この物語では、もともと定子皇后があり、そしてそこにつき従う清少納言(ファーストサマーウイカさん)があって、道長の対立軸として書かれている。主人公の対立軸であるから、どうしても悲劇の方向に向かってしまう。その悲劇に対照的に、道長の苦労とともに成功と幸福が際立つということになる。しかし、道長はその為に何か努力をしていない。ある意味で「自然体」で、そのまま現実に身をゆだねているという「対象」が、物語として非常に面白く書かれているのではないか。
もう一人が藤原惟規(高杉真宙さん)である。あまり注目はされていないが勅撰和歌集に選ばれるほどの和歌の名手であるが、若くして越後で亡くなってしまう。このドラマの中では、少し抜けていて、明るく、「きっとうまくいくよ」ということが印象に残るセリフのまひろ(吉高由里子さん)の弟である。ある意味で「明るく」「軽いノリ」で、貴族の邸宅に不法侵入しながらなんとなく切り抜けてくる。そして、あまり場の雰囲気を考えないで、まひろと道長の良い仲を言ってしまうという役柄である。
ある意味で「道長とまひろ」を憎見続けた伊周と、道長とまひろに守られながら精神的に支えていた惟規という、二人の「対照的な人物」の死は、ある意味で物語の新しい展開を予言させる内容になっている。この二人がいたことで「物語が道長を軸にしていた」時代であったが、ここからは「道長」というよりは「中宮彰子(見上愛さん)」と親王の争いが中心になってゆくということになる。当然に中宮付きの女房であるまひろは、その争いにいやでも巻き込まれてゆくことになる。
一方、惟規のような「少し天然で二人を支える存在」として、予告編などを見れば和泉式部(泉里香さん)が良い役で出てくるのではないか。支える役柄というのは、意識しない存在で、そのままでいながらなんとなく良い雰囲気を作り出す。和泉式部をそのような役柄で使うということが、このドラマの面白さなのではないか。同時に、まひろと敵対というか、対抗する存在で、清少納言と、もう一人、まひろの娘であり、またドラマの中では道長の娘でもある藤原賢子(大弐三位:南沙良さん)が出てくるのではないかという感じがする。
いずれにせよ、「一つの時代が終わった」という感じがする。もう10月であり残りも少なくなってきて、あといくつかの波乱がまた待っている予感が、なかなか興味深いのではないか。
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