小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 12

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

第二章 深淵 12

「荒川さん」

 新橋の居酒屋は、仕事上がりのサラリーマンでにぎわっている。最近では「飲みニケーション」などというのははやらなく、若者は酒から敬遠しているというような話が有るが、このように見ていると、実際はそのようなものではなく、和かっものは若者の期の会ったものとだけ飲みたいわけであり仕事時間が終わってからまで、そして、酒を飲んでリラックスる時間まで、仕事モードで頑張って耐えることができなくなっているだけではないか。

 実際に、安い酒場では、若者の集団が大騒ぎで飲んでいる。そのような観点で見れば、荒川が見渡す限り、世代が様々に混ざっている飲み会は、ほとんどなく、ベテランはベテラン、若手は若手というような飲み会になっているのではないか。それも、若者の方は、男性と女性がいるがベテラン組は基本的には、男性しかいない。

 昔は酒を飲み、昔話を聞きながら様々なノウハウをもらったり、人脈を開拓するなどということがあったのだが、残念ながら今の若者にはそのようなことはできない、いやそこまでして仕事をやる気がない人が多いのかもしれない。本来ならば、そのようにして人脈を開拓し様々な業界のやり方を危機、苦労話を聞いているから、またはほかの人の経験談を聞き、海外など自分の知らないところのことを事前に、何を気を付けなければならないかがわかるから、仕事を辞めて他の職場に行っても即戦力になるしまた、同じ職場にとどまっても、様々な経験ができるのであるが、残念ながら、そのようなことで「他人の能力を吸収する」ということができなくなっている若者が多いのではないか。

「聞いてますか」

 目の前にいるのは安斎武である。

 先日、日比谷公園で行われたドイツビールフェスで、東御堂信仁直々に中国への潜入の手引きを頼まれてしまったので、荒川の申し出を断れなくなっていた。安斎武の父は、元警察庁長官であり、安斎武ももとは地元で県会議員を行っていたくらいの人物であり、なおかつ県会議員になる前は外務省の官僚をやっていたのであるから、それなりに人脈は存在する。当然に旧宮家である東御堂信仁との関係は、父からの引継ぎではあるものの、皇室の警備等ではなく、その人脈などから、様々な情報を得るということを行っていた。

「ああ。しかし、このようなところに、死の双子がまかれたらパニックだろうな」

「荒川さん、でもね、日本人というのは非常に警戒心が強く自衛心が強い。以前に新型コロナウイルスの時もそうであったが、日本人は何かそのようなことが起きると、自主的に家に籠るようになるし、また、それに合わせた行政になるんじゃないのか。店の経営者が困るだけで、人の命が失われるのは、海外に同じ状態が行くよりは少ないのではないかな」

 目の前に運ばれたハイボールを半分くらいあけた。目の前にはフライドポテトと、鶏のから揚げが並んでいた。安斎は、箸を一本だけ掴むと、鶏のから揚げを刺して口に運んだ。まだあげた手なのか、かじった肉からは少し白い水蒸気が上がった。

「そんなものかな」

「しかし、当然に犠牲者は出るし、何よりも、すでに東京と長崎で死人が出ているんだろ」

「ああ、そうだ」

 荒川は、どこか上の空な感じである

「何を考えている。」

 安斎は、荒川に向かっていった。

「いやいや、正直な話、日本を守らなければならないのはよくわかるのだが、しかし、この状態を維持することが必要なのかと思ってね」

 荒川は、少しうんざりした顔で居酒屋の中を見回した。安斎もそれに合わせて居酒屋の中を見回した。なんとなく疲れたサラリーマンと、今を刹那に生きている若者たちの集合体である。改めて荒川に言われてみれば、何か日本も変わらなければならない状態になっていることは明らかなのである。

「これを守らなければならない話と、今の日本を変えなきゃならない話は別じゃないのか」

「ああ、そうだ。しかし、たまに見ているだけで割り切れないこともあるんだよ」

 荒川は、なんとなくそんなことを言った

「話すぞ」

「ああ」

 荒川と安斎は、意外に長い付き合いである。しかし、荒川は自分の過去をあまり語りたがらないので、過去のこの二人がどのようなつながりがあったのかを知るものは、本人同士以外は数が少ない。しかし、関係が深いことから、阿吽の呼吸があり、意外に話がうまく進むところが面白い。

「中国共産党の上層部、常務委員は、今、分裂しているようだ。」

 荒川は、その言葉を聞いて眉根を潜めた。

「要するに、今回の『死の双子』の使用は、中国の総意ではないということなのか」

「どうもその様だ」

 安斎は、ハイボールを飲みながら周囲を気にした。最近では、このようなサラリーマンの居酒屋に中国人が混ざっていることは少なくない。そして、その中国人たちは、どこでどの様に中国の上層部とつながっているかもわからない。どこで聞き耳を立てているかもわからないのだ。

「使ったのは軍だな」

「ああ、それは間違いがない」

「ならば、孔洋信か」

 中国の常務委員の出自などは、さすがにこの二人ならばわかっている。

「そうなるな」

「対立軸は共産党青年団、つまり王瑞環」

 軍部と官僚が対立しているのは、何も中国だけのことではない。古今東西、吏僚と軍人は、仲が悪い。

「そうなるな。しかし、こっちには違う人間がアクセスしてきている」

「こっちとは」

「まあ、そう深いことを聞くな」

 あっ、ハイボール一つ追加で、、、安斎はそう言って近くを通る女店員を遠ざけた。周辺は、会社の愚痴を言っているサラリーマンと、すでに酔っぱらって、正体不明になっている若者がうるさく騒いでいる集団でしかない。

「要するに、孔が周と結んでいて、王が対立軸になっているが、そうではないもの、例えば、どこにも属していない胡英華辺りがうごいているという事か」

「相変わらず、察しがいいな」

 安斎は、そういった。

「要するに、中国国内の民主派が君の窓口という事か」

 安斎は、新しく届いた、水に近いハイボールをまた半分くらい飲み干した。

「まあ、その辺は想像にお任せするよ」

 安斎は、その人脈から様々な動きに精通はしている。

「どこに行けば会える」

「一人でいくのか」

「まさか、安斎も行くだろ」

「そういう意味じゃなくて、東御堂のおっさんのメンバーは誰が行くのかと聞いているんだ」

「ああ、葛城君に言ってもらおうと思っている」

 荒川は、またここに心あらずな感じで言った。何か感じるところがあるらしい。

「わかった。それで準備しておこう」

 居酒屋を出た荒川は、安斎と別れたあと、そのまま虎ノ門のほうに歩いた。

「いるかい」

「あら、荒川さん」

 中にいたのは今田陽子であった。いつもきりっとしている。

「さて、中国に行ってこようと思っているんだが」

「そうね。葛城さんの偽造パスポートなんかはすべて用意してある。名前は下の名前だけ変えているけど、データをすべて変えてあるから」

「ありがたいね」

「ところで・・・」

 今田は、もう一人、その隣に座らせた男性を紹介した。

「こちらが、通称ハリフさん。ウイグル人。」

「これは安斎には隠したほうがいいのか」

「もちろん、世界で手配されているテロリストよ」

 今田は、笑った。

宇田川源流

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