小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 11
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 11
「私からあなたに一つ重要アドバイスをしよう」
かなり長い時間の王瑞環の沈黙は、既に胡英華の前の湯のみの中のお湯をすべて無くし、新たなお湯で少し温まってきていた。
「今のまま周同士が国家主席である間は、台湾と日本を自分の手中に収めるまで……。」
「手中に収めるって」
「そう、支配するとか、政治的に統治するとか」
胡英華は、日常であるかのような話である。
「台湾は、もともと中国の一部であるが、完全に敵対している国だ。しかし、日本は今まで中国の統治の下になったことはないではないか。」
「今までなかったなどということは、今の中国に関係ないでしょう」
胡英華は、やはり何事もなかったように言った。王瑞環は、その胡英華の態度に、非常に驚いている。胡英華が言ったことは、日本、そして安全保障条約となっているアメリカと戦争になるということを意味している。
「そのようなことをして、普通で済むはずがないでしょう」
「ああ、世界大戦になる可能性があるでしょうね」
「その覚悟があるのですか」
「覚悟があろうとなかろうと、周同志ならばしかたがないでしょう」
胡英華は、何かわかっているかのように、わらった。いや、自分の呪われた運命を笑うしかないということである。
「仕方がない、ということが、周毅頼同志だけならばいいが、われら皆同罪になってしまうでしょう。それは嫌だ」
王瑞環は、そういうしかない。
日本で死んだ李剣勝と同じ派閥で、なおかつ共産党青年団という中国の官僚集団に属しているので、戦争などはなるべく避ける方向で調整することになる。何とか国内の内政をするしかない状態でなければならないのであるが、しかし、それが戦争になれば、官僚などはすべていらない存在になってしまう。周毅来のままでは、自分たちもすべて戦争の犠牲になる。それは買ったとしても同じだ。結局はアメリカに殺されるのか、または戦場に行かされるのか、または戦争に勝った後、周毅来のどれになるしかないのである。
「いやだって言っても、仕方がないでしょう。それともクーデターか何か起こさないとならないかもしれないでしょうねえ。・・・・・・まさか、クーデターとかするような話ではないでしょうね」
胡英華は、話している途中の王瑞環の目つきが怪しくなったのを見逃さなかった。
「それしかないならば・・・」
「それ以上はやめましょう」
胡は、話を遮った。
王瑞環もそれ以上は何も言わなかった。ただ、王の中で何かが決まった。そして、胡も今まで何も言わなかった内容がそのまま見えてきた気がした。そのまま沈黙が続いた。胡は三回目のお湯を指して、それも三回目になっていた。
「ああ、当然のことを言うが、周同志を敵と思っているのは、王同志だけではない。日本もアメリカも、周同志を敵と思っている。それに、あなたのいる共産党青年団も。敵の敵はどれくらいいるのか、それを見極めることは重要かもしれない。私が言えるのはそれだけだ。」
「胡同志、あなたはすでにそのような人々と繋ぎをつけているのでしょうか」
「王同志、それも私はお答えすることではないでしょう。」
胡は、席を立った。
「胡同志、またゆっくり話をしましょう」
「またその機会があれば」
王は、建物の一階まで胡英華を見送りに出た。
「誰かある」
「はい」
王の近くに、王の個人事務所の使用人である劉俊嬰が近寄った。
「胡英華を調べろ」
劉は何も言わずにそのまま頭を下げると、胡英華の車の後を追った。
「王瑞環はどうでしたか」
謝思文は、車の助手席から声をかけた。
謝思文は、胡英華とは大学の同級生であった。その時からずっと二人で研鑽してきたが、胡の家柄が高いので、謝は胡英華の家柄に自分をゆだね、その才覚をすべて胡にささげてきた。そのことが、謝のすべてである。今では胡英華の秘書となっていた。
「うん、周毅来にたいしてクーデターを考えているかもしれないな」
「そうなりましたか」
「謝さん、実際クーデターをやってどうなる」
「クーデターというのは、それを行っても混乱が残るだけになります。今回、クーデターを行っても、周同志以上の独裁者が出てくるかもしれないし、また、国が分割されるかもしれない。もしかしたら、国がなくなるかのうせいもある。もちろん我々が殺される可能性もあるのです。」
「そうだね。しかし、現状とは変わる。良くなる可能性もある」
胡英華は静かに言った。はっきり言ってしまえば、謝の方が頭がよく、様々な分析ができることがよくわかっている。しかし、立場としては胡の方が上である。
「良くなる。何をもってよくなるということになるのでしょうか」
「謝、もしかしたら変わることが良くなることかもしれない」
「では、王瑞環同志も、多分良くなりたいのでしょう」
「なるほど」
謝は、そのように話しながら、ふとバックミラーを見た。
「つけられていますね」
「王瑞環のところのものか」
胡英華もそのことに気づいていた。
「いや、それもありますが、そのもう一つ後ろに」
「周か」
「いや軍のやり方ですから孔洋信でしょう」
謝は、普通に言った。
「どうする」
胡英華は、謝に訪ねた。この二人の主従については、これが普通だ。胡は、すべてを謝に頼み、そして謝が対処するのである。
「もう少しこのままにしておきましょう。このままにしておけば、我々と王瑞環とが連携していないことがわかるでしょう。王瑞環がクーデターを企画しているのであれば、連携していないことを強調しておけば、クーデターに与していないことになる。そうであれば、周や孔の目は王の方に向かいます」
「王瑞環を、おとりに使うという事でよいのか」
胡英華は、車の中でつぶやくように言った。。
「まさに」
「では、謝さんの言う通りにしましょう」
胡は、傍らに置いてある本を取り出して、読み始めた。何事もなかったというか何も気がつかないかのようなふりをした。
「運転手、少ししたら、横のショッピングセンターに寄ってくれ。」
「謝さん、あそこは庶民のゆく場所ですが」
「そこがよい。ホテルなどではなく、庶民のゆく場所に胡同志とゆっくり歩くことにする」
運転手はうなづいた
「謝、歩くのか」
「ああ、まだ周も人民解放軍もまだ敵ではない。それならば、庶民の真ん中に入って、仲を見ておくことが重要でしょう。そして、そのような中に入れば、軍の諜報部隊も何も見えなくなる。王の使用人も同じでしょう」
胡もうなづいた。
ほどなくして、車はショッピングセンターの駐車場に入った。
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