小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 2

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

第二章 深淵 2


 長崎という街は、真ん中に海がありその海を中心に両側の山までに街が広がっているという印象がある。見方によっては、大きな山によって海が外敵から守られているようにも見えるしまた、山に閉じ込められた独立の海の要塞があるようにも見える。それほど閉塞感はないものの、やはり大きな山の壁に囲まれた街であることは間違いがない。

 その閉鎖された街の中に、「死の双子」が入ってきたという。

「東京から参りました」

 移動中に今田陽子から連絡をまわしてもらい、長崎市の民政課に勤める松尾拓郎課長が対応してくれていた。まだ、「死の双子」に関しては、公にはなっていないものの、中央から命令が来る前に、その症状が出た患者をすべて隔離病棟に移し、そのうえでその周辺にいた人もすべて隔離してしまった敏腕である。

 まだ年のころは40代であろうか。しかし、苦労をしているのか頭にはところどころに白いものが混ざっていた。全く気にするところがないのか、髪の毛を染めるなどのことはなく、荒川があった時も寝癖が残っているような人物である。

「東京からわざわざありがとうございます」

「いや、あまり今まで前例のない事項なので」

 普段は、あまり敏腕な部分を見せない人物なのであろうか。長崎市の民政課は、何か和やかな雰囲気で、課長の松尾を気にしているような感覚は全くない。民政化の人々がすべて自分の仕事を持っており、その仕事を行ってい松尾のことなどを気にしているような余裕はないということの様である。

 そんな民生課の課長席の隣の打ち合わせテーブルに荒川は座った。ベテランの女性が、熟れたしぐさで紙コップに入ったお茶を出してくれたが、お茶くみというよりは、自分のお茶を淹れに行ったついでに荒川の分も出してくれたような感じである。

「東京では大変なのですか」

「いや、海外で事例が報告されていて、その内容が日本で出ないかと思って心配していたところ、その奨励と同じような症例が出てきましたので、ちょっと気になりまして。ところで松尾課長は、どうして症状を見ただけで隔離を決めたのでしょうか」

「見ればわかりますよ」

 松尾はそういうと、部下に何かを言伝た後、ホワイトボードに「長崎市民病院別院」と走り書きをして、荒川を誘って地下の駐車場に行った。

「すみません。あまり部下たちにも、というか、うちの民政化の部下は皆知っているのですが、隣の産業課などは、そんな変な病気が来たら団業が滅びてしまうなどといって抵抗するものですから、あまりいろいろなことを話せなくて。でも、まさか今田官房参与のご紹介で、応接室などをとれば大げさになってしまいますし、青のような形で、あるべく早く出て車の中で詳細をお話しするという感じでよいかと思いまして。失礼お詫びします」

 このような気遣いが、この松尾という男の白髪の原因なのであろう。かなり細かく気を使い、それも自分の部下だけではなく、周囲の部署など声が響くところ、いや、その口コミで広がることまで気を使わなければ、この街では生きてゆけないということなのであろう。

 長崎の町に降り立った荒川が感じた「閉鎖された大空間」という感じのその中のコミュニティには、やはり日本特有の「ことなかれ主義」があり、その内容がそのままそこに存在しているということになっているのである。

「ところでどのような状態なのでしょうか」

「まず患者の一人は、20代の女性。あまり素行がよい方ではなく、売春婦というような商売ではないのですが、夜な夜な街に出て、男友達を誘って酒や閨を共にするというような、いわゆる不良という感じでしょうか。見た目は、金髪で化粧が派手でということもあるので、まあ、東京にもそのような女性はいるでしょう。その女性が、ホテルから119をかけて、とにかく体調が悪いということだったようです。ホテルの人と一緒に救急隊員が入った時には、目や耳から血が流れていて、助けてと言っていたということなのです。」

「その救急隊員はどうなりました」

 荒川は、羽田の倉庫で取り締まりを行った警察官のことを思った。結局3名もの犠牲を出し、そしてまだ2名が入院したままである。長崎市の救急隊員にそのようなっ状況にしてはよくない。

「救急隊員がベテランであったことと、たまたまですが海外での難民支援のボランティアなどの経験があったので、その症状を見ただけで何かの感染症であるということを見抜きましたので、言葉で説得し、そのうえで、外部から部屋の中の換気を行った上で、防護服の着用と、海上自衛隊への協力要請をしてきました。その時に合わせて私どものところにも連絡があったのです。」

 荒川は、何となくほっとした。長崎は港町であり救急救命士も少ない。そのように考えた場合には、ここで救急救命士などに感染があった場合には、長崎市全体が感染に覆われてしまう危険性があるのだ。

 しかし、逆にそのようなベテランの救急救命士がいるということは、逆に、福岡や大阪などではなく、長崎で起きたことが日本にとっては幸運であったのかもしれない。もちろん、このような事件は起きない方がよいに決まっているのであるが、しかし、事件を起こしたいと思う人々がいる中での対応としては、このような状況なのであろうか。

「その後どうなりました」

 車は、大きな曲がり角を曲がらずに、黄色信号で止まった。まだ少し話たりないようだ。

「部屋が、かすかに麻薬の匂いがしましたので、警察にも連絡し、その後防護服を着たのちに対処して血液検査や尿検査を行ったところ、覚せい剤と見たことのない病原菌が発見されたという事でした。そこで、女が止まってたホテルを閉鎖し、そして病院を隔離病棟にしたのちに、女性の家族や交友関係の操作を警察に依頼しているところです」

「いや、素晴らしい対応です」

「いや、そんなことはないですよ」

 松尾は、謙遜してそのように言った。

「警察の捜査で、罹患女性が違法薬物を持っていないことが明らかであったことと、搬出後の調査で、ホテルの部屋にはほかにもう一人男がいたということが明らかになっています。」

「要するに、その男も感染している可能性があるという事でしょうか」

 荒川は、二つの可能性を探った。

「その可能性もありますし、または、その男性が麻薬とともに何らかの形で女性にウイルスなどを感染させた可能性があるということではないかと思います。」 

 荒川が想定した二つの可能性を、二つとも松尾は言った。なかなか優秀な人物なのではないか。

「さあ、付きました」

 山の上のあまり周辺に建物のない、古い石造りの建物である。特に「病院」などと大きな表示はなく、門柱に「長崎市民病院別院」と書いてあるだけであった。ある意味で「隔離病棟」というよりは、建物そのものが完全に街から隔絶されているという感じである。入り口で防護服を着用し、そのうえで内部に入る。思ったよりも広い建物の奥に病棟はあった。

「ガラスの中に入れないようになっています」

 6畳程度の真っ白な部屋のこちら側には、すべてガラスになっていて、中のベッドルームが見えるようになっているだけではなく、カメラで様々な角度から見ることができた。そしてそのベッドの上の女性は、完全に、羽田倉庫の時と同じ症状であった。

「このカメラの映像を今田参与に送っていただけますか」

「はい、DVDに録画して。ネットなどではハッキングが怖いので」

 松尾は、そういうと、あまり部屋の中を見たくないというようにそそくさと玄関の方に出て行った。

宇田川源流

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