小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 1

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

第二章 深淵 1


 しばらくは何もないまま時が過ぎた。津島組や日本にある香港マフィア汪獏会の事務所に対する家宅捜索も空振りに終わった。いや正確に言えば、麻薬取引に関する証拠はあり、逮捕者も出したが、しかし、松本洋行組長やアレックス・ヤンの逮捕、そしてあの正体不明のウイルスの存在は全く確認されなかった。

 日本の警察組織は、松本組長やヤンの行方を捜索し、また、今田陽子の息のかかった警視庁内の特別チームは、中国大使館周辺から、正体不明のウイルスの内容を追った。

 防衛省の科学学校では、ウイルスを解析した。彼らの解析に寄れば、元々の毒性の強さはエボラ出血熱のウイルスであろうと推定された。しかし、エボラ出血熱だけでは、このような症状にはならないので、もう一つ何か別な病原菌が混ざっているようである。多分炭疽菌の系列の内容であろう。その為に、このウイルスに感染した人は、一つは出欠が止まらなくなりながら、呼吸器が完全に侵されるような症状が出た。体力の弱い人にとっては、多分、どちらかの症状が出てしまうだけで、死に至るというような状況であろうと予想される。この時に、内出血が原因なのか、または炭疽菌の感染の影響なのか、いずれにせよ、肌に赤い斑点が確認されることがマウス実験で確認されている。このウイルスが人口のウイルスであるということは、二つの毒性の強い病原菌をうまく結合させたうえで、周辺に感染しやすいようなたんぱく質の幕を付けたようなウイルスということが見えてきた。まだあまり変異をしているわけではないので、このウイルスが出回れば、どのような変異になるのかは全くわからない状態である。

 いつしかこのウイルスを「死の双子ウイルス」と呼ぶようになっていた。

 日本政府は、表向きには香港のマフィア経由で日本の暴力団が販売する違法薬物ということで、その捜査を行い、そのうえで、注意喚起のためにその報道を行った。しかし、実質的には「死の双子」の捜査を行ったのである。この事を伏せたのは、世の中がパニックになることを恐れてそれ以上の内容を出さなかった。

「どこかにあるはずだ」

 嵯峨朝彦は、焦っていた。

「殿下、そんなに焦っても、探せないですよ」

 荒川は、その頃の倉庫のビデオを繰り返して見ていた。

「いや、絶対にあの倉庫の中であると思うのだが」

「私もそう思います。このビデオの中には、中国人民解放軍の参謀本部に所属する楊普傑がジェラルミンのケースを持って入る姿、そして、その扉の陰には、林青がいることも見えている。ここに参謀本部情報工作部の将校が二人も出てくるということは、この倉庫に何かがあるということだ。そのうえ、中国の民間企業が借主であり、中国大使館は全く関係がない。つまり、そのような場所に人民解放軍が入ることも別におかしくはないのだ。また事件になった場合、中国大使館が直接関わっているで国際問題になる。しかし、民間企業が入っているだけで、なおかつ人民解放軍が出入りしているだけでは、マフィアが出入りしているのと同じである。そのように考えれば、この倉庫が「震源地」であることは間違いがない。

 しかし、日本の法律では、捜査令状がこの状態で出るわけでもなければ、不法侵入をしても、ウイルスに感染させられるリスクがある。そのように考えれば、青田博俊が、コンピューターをハッキングすること待って見るしか方法はない。残念ながら、元自衛隊の人々は、潜入捜査などをすることも出来なければ、泥棒のようにどこかから潜入することもできないのである。逆に、ヤンや松本洋行をうまく泳がせることができなかったことが、かえって、相手の痕跡を消してしまったかのような状況になったのである。

「殿下、私がそれとなく聞いてみましょうか」

 先ほどから水割りを作っている菊池綾子が言った。元々羽田の倉庫での麻薬取引を教えてくれたのは、菊池綾子の旦那である太田寅正である。そのように考えれば、菊池が調べることが速いのかもしれない。

「いや、菊池。君ならば、すでに何か調べているだろう。逆に何も今まで言わなかったということは何の調べもついていないか、太田組長でも何もわからないということではないのか」

「殿下、そうなんですよ」

 菊池綾子は、今までのような夜の女という感じではなく、しっかりとした情報の主というような感じで、話し始めた。

「うちの組も、間違いなく、少なくとも津島組はしっかりと調べ上げました。もちろん、蛇の道は蛇というように暴力団は暴力団同志が最も情報を持っています。しかし、津島組の松本は、全く姿を消してしまったんですよ。」

「ヤンと一緒に香港に行ったのではないか」

 荒川は、横から口を挟んだ。考えてみれば、羽田の銃撃戦では、ヤンと松本が、一緒にいなくなっているのだから、完全に姿を消すには、日本から逃亡するというのが最も考えやすいところであろう。

「私たちも当然にそのことを考えたんです。香港の汪獏会に対立する筋を使って、調べてみたんですが、香港の汪獏会の本部もヤンの事を探しているらしく、全く消息がつかめないということなんですよ。いや、それどころか、まず日本を出や形跡がないという感じなんです。」

「ということはまだ日本にいるのか」

「はい、多分」

「多分とは何だ」

 嵯峨は、目の前の水割りを煽りながら言った。

「一つだけ考えられるのが、中国の大使館や領事館にかくまわれているということが考えられますし、そのまま中国で全く異なる戸籍を与えられて、そのままいなくなるということも十分に考えられるのです。」

「ふむ」

 嵯峨と荒川は、頭を抱えるしかなかった。戸籍などをすべて変えられてしまえば、政府系の調査では全く引っかからないということになる。全て諮問調査をするわけにもいかない。ではどうやって調べるのか。まさか、中国大使館や領事館に強制捜査もできるはずはないのである。

「国家の壁か」

「だから、改めてその線を含めて我々で調査をすべきでしょう」

 その時、扉が開いた。そこには青い顔をした今田陽子が立っていた。

「殿下、大変です」

「どうした」

 普段ならば失礼しますという言葉で入ってくるはずの今田が、その挨拶もできないほどの慌てようである。

「『死の双子』と思われる感染者が出ました」

「なに」

「どこで」

 室内は騒然とした。

「長崎です」

「長崎」

 津島組は北九州が本拠である。長崎と言えば、特に津島組とも汪獏会とも何の関係もない場所だ。そんなところで「死の双子」が出てくるというのは何故なのか。少なくとも誰かが持っていったということに他ならない。

「すぐに隔離措置はしたんだろうな」

「はい、長崎市長や長崎県知事にも全て了解をっとって、日本では本来は許されていない戒厳令を敷いてもらっています」

「佐世保ではなく長崎」

「はい、佐世保ならば自衛隊や米軍基地を狙ったものと思いますが、長崎市というのはどうしてもよくわかりません。」

「しかし、いよいよ始まったな。すぐに調査しなければ」

 荒川はすぐに旅支度をして部屋を出ていった。

宇田川源流

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