小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第一章 再来 22
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第一章 再来 22
「警察官二人が、発熱後、目から血を流して亡くなったらしい」
「すぐに真相を今田陽子に聞け」
「はい」
荒川は、嵯峨朝彦の言葉に反応して、受話器を取った。
東京湾、羽田の倉庫会社での捕り物はうまくいった。警察は、麻薬取引をしている現行犯を追いかけるということで、その犯人の香港マフィアが明けた扉の中に入った。実際に現行犯逮捕であり、そのうえ、扉を開けたのも警察ではないということであること、同時に、そこは中国大使館が実質的に使っているとはいえ、名義的には中国企業の契約になっているので、当然に中国大使館による治外法権などは全く主張できない。そのうえ、元の倉庫会社が許可している場合h、当然に「土地施設の所有者」の権限がありまた契約によって、公的な機関が必要な場合や犯罪が行われていることが明らかな場合はいつでも臨検できるという契約になっているので、その契約を示したことで、中国大使館側も一応の協力をせざるを得なかった。
倉庫に入ってすぐのところで何人かを逮捕し、そして奥に逃げた者も、鉄格子の手前で逮捕した。マフィアは6名。そして取引相手の福岡の津島組の人間が8名、合わせて14名がこの倉庫の中で逮捕された。この逮捕された者たちは何か液体がかかったようで、身体の一部が濡れていたが、警察官はこの倉庫が港湾部であり海水などの水も少なくないということから、あまり何も気にしないて、そのまま逮捕をしたのである。
一方倉庫内は一応「他に逃げたものがいないか」ということから警察官が臨検をするということになった。当然に、中国人もそれに立ち会うということになる。もちろん今回はこの倉庫内の荷物が問題であるというような状況ではなかったので、中国人の立ち合いを求めるということになった。しかし、鍵がかかっている鉄格子の向こう側は、今回の犯人たちも逃げ込むことができないということから、臨検できなかった。この辺がやはり法律の限界である。しかし、ここに初めて警察が入ったということは、ある意味で意味があったのではないか。一応現場であることから、写真などもその場で撮影をし、当然に鉄格子に関しても写真で撮影している。その奥にコンテナが多く重なっていることまでは、写真で確認することができたのである。
葛城や藤田は、この時に中国大使館が何らかの抵抗を示した場合に備えて、武器を構えたまま大気をしてた。そのうえで速水等には、サーモセンサーで倉庫の中の動きを察知し、それを伝えた。ここで中にある銃などを検挙してもよかったが、日本の警察はそこまで事を荒立てることを望んではないかった。嵯峨や荒川は、そんな警視庁に対して非常に不満を持ったが、しかし、政府内の今田陽子の立場もあるので、それ以上言うことはできなかった。また、太田寅正にしてみれば、香港マフィアのボスといわれた男と、津島組の松本洋行組長は、結局逮捕できていない。日本の警察が大挙して乱入し、14人の逮捕者ができたこと、そして銃撃戦をしたのに、自分たちが逮捕者もなく処理されたことは満足であったが、しかし、やはり組長などが逮捕されないということは、完全な満足を得られるものではなかった。なお、この件に関しては、逮捕者が「外から銃弾が飛んできた」というような供述をしたが、警察はそれらを無視して、麻薬取引で条件が折り合わず、香港マフィアと津島組が撃ち合ったということで処理されたのである。なお香港マフィアは「他のところから撃たれた」と話していたが、その様な供述は「他の場所に人がいた形跡がない」として、無視されたのであった。
その逮捕劇から4日後、まずは香港マフィアの一人が体中から血を吐いて死んだ。いや、毛穴などからも血液が噴出したというような感じである。
「エボラ出血熱に近いみたい」
今田陽子は、その死体の写真を持ってきてそのように言った。
「エボラ出血熱であれば、体液の媒介で感染する可能性がある。あの時の警察全員を隔離させなければならないな」
「マフィアだけではだめですか」
「ああ、何しろ警察官は彼らに折り重なって逮捕しているからな」
今田陽子は、すぐに政府に行って遺体の解剖と、今回逮捕した容疑者の隔離、そして、警察官で、倉庫内に入ったものの隔離を行った。厚生労働省はすぐに病原菌の特定を行うということになったが、同時に今田陽子は、防衛大臣の橘重蔵に依頼して防衛科学大学にも分析を依頼したのである。
その結果が出る前に、14人の逮捕者のうち11人が死亡、そして今回逮捕をした警察官が、やはり体中から血が吹き出るようになって死亡したのである。その症状は、拘束中に死んだ香港のマフィアと全く同じ症状である。少なくとも外形上は、この二人が同じ病気で死んだということになる。
「もちろん、この事件以前にこの二人に接点はないということになります」
「それは確実なのか」
嵯峨は、一つ何か思うことがあったが、その悪い予想を振り払うように首を振った。手に持っている水割りのグラスが、からからと氷の当たる音が響く。
「はい。一応警察官のここ二週間の行動を全て調べましたが、基本的には接点はないということになります」
「では、香港のマフィアの方が、たまたまアフリカか東南アジアどこかに旅行した後で、感染したまま東京に上陸した。そして羽田の倉庫で警察官がそれに感染したということになる。では、感染は体液感染ということになるが、その警察官は傷か何かがあったのか」
傷口から血液や唾液が入るという事であれば、ある意味で不可抗力であろう。少しの擦り傷のようなものであれば、さすがにケガなどとは言えず現場に出てしまうことは十分に考えられる。そうでないとすれば、目や鼻や口の粘膜から感染したということになる。もちろんその場でくしゃみか何かをしてということであれば、それを吸引したということになるであろう。しかし、その場合はほかの警察官もすべて感染している可能性が出てくることになる。
「いや、今報告が入りました」
コンピューターの画面を見ていた荒川が、一言いった。
「何だ」
「防衛科学大学からの報告書を、今田さんが送ってくれました。あの病原菌は、空気感染をするエボラ出血熱という感じの全くの新種の病原菌で、多分、人為的に作られたウイルスであろうということです。」
「人為的」
「はい、それも、今後人から人に感染する間に変異する可能性があるということのようです」
「要するに生物兵器」
「はい、そういうことになります」
嵯峨朝彦の予感はあたった。概して悪い予感というものは当たるものである。嵯峨朝彦は、深いため息をついた。
「政府はどうすると。」
「これから緊急会議だそうです」
「警察官をすべて隔離しているが、その警察官の罹患状況に注目するように伝えてくれ」
嵯峨は一言いった。
「逃げた二人は」
「多分、中国大使館の倉庫で、何かに触れたことが原因であろう。逃げた二人は感染して菌をバラまいているのではなく、感染せずに助かった、つかまりもせずに二重の意味で助かったという事であろう」
「なるほど」
「では、政府の会議の方にその情報を流しておきます」
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