小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第一章 再来 19
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第一章 再来 19
「羽田の倉庫ですね」
嵯峨朝彦の水割りを作っていたクラブのママ菊池綾子が、つぶやいた。
「何か妙案があるのか」
暫く誰からも何の発言もない状態で沈黙が続いていたんので、菊池綾子の言葉は、何か救われたような形になった。
「いえ、妙案と柯じゃないんですけど」
「なんでもいいから話をしてくれ」
「いえ、その辺ならば主人から最近聞いたことがあって」
菊池綾子は、広域暴力団銀龍組の組長、太田寅正の愛人であった。銀座のクラブの出資金もすべて太田の資金である。その太田の妻が亡くなったことで、菊池綾子が「事実上の妻」となっている。籍は入っていない。
綾子の話によれば、数日前に太田寅正が綾子のクラブ「流れ星」に着て、他の組幹部と話をしていた。もちろんそのような秘密の話をするための個室も、クラブにはある。その個室の中で、銀龍組に対立する香港のマフィアが近々、羽田沖で麻薬と銃の密輸を行うということである。その様な取引が成立してしまえば、当然に日本の広域暴力団と最近侵入してきた香港のマフィアとの間で力関係がおかしくなり、そして、そのうち日本の暴力団は壊滅してしまう。その様な話をしていた。
暴力団の世界も、様々な意味で国際化・多様化してしまっている。今までは関西の大きな組と関東の組など、国内の勢力争いが出てきていたが、しかし、九州の組の一つが、香港のマフィアと提携して、徐々に勢力を伸ばしていた。太田寅正にすれば香港のマフィアが九州の暴力団を乗っ取り、そして徐々に「全国制覇」を成し遂げようとしているというのである。太田寅正の銀龍組は、東京では大きな組であり、少なくとも香港のマフィアと抵抗するということで、綾子のクラブで主だった暴力団の幹部が集まったのである。
香港のマフィアは、東京湾で取引をしたのちに、今回の倉庫に持ってくるという。綾子は、今回の内容とは関係がないので、今まで黙っていたのであった。
「それは同じ倉庫」
「いや、でも近くというか、同じ倉庫会社の倉庫みたいなんです。なんでも中国人に倉庫を貸すのは、この会社しかないみたいなんです。いや、中国人にも中国企業にも倉庫を貸すのですが、しかし、普通ならば与信の審査をしたり、中国の本社の承諾書を持ってきたりというような感じみたい。」
「そりゃそうよね」
今田陽子は、菊池綾子の話を当たり前のことを話しているかのような話をしていた。倉庫というのは長期間の契約になりまた、途中で破産などされた場合は中に在庫が残ってしまう。ましてや、今回言われているような麻薬や禁止の銃器などの物品を扱うような場合は、倉庫業者の方も問題が発生しているのである。そのことから、倉庫業者は倉庫を貸す店子に対してしっかりとした身辺調査や与信調査を行うということになるのである。逆に言えば、その様な調査をしないような「ダメな」倉庫業者であるから、中国大使館もそこを使っているのであろう。
「いや、今田さん。ちょっと待ってください。」
葛城博久である。
「要するに、その麻薬取引を捜査するとなれば倉庫の中に入ることができるということですよね」
「まあそうなります」
官僚として、普通の法律知識を言った。
「ましてや、中国大使館の倉庫にその麻薬犯が逃げ込めば、場合によっては中に入ることができるし、そうでないにしても、その倉庫を包囲しておくことはできるというころになる」
「確かに」
荒川が、横で聞いていてうなづいた。
「もう少し詳しく話を聞かせてもらえるか」
「えっ」
クラブのホステスというのは、普段は何も知らない感じであっても、その客に合わせて基本的にはすべての話を聞いている。その話を外に持ち出さないことが最も重要であり、秘密を守るということが、敷いては店の信用につながる。逆に、すべての内容を話せば、かなりの企業のトップがクラブに来て話をしているのであり、また、女性的な魅力をもって、その内容を見ることができるようになるのである。その様に考えた場合、ホステス、特にそのクラブのママがすべての情報を持っているといって過言ではない。
その様な意味で、菊池綾子がもたらす情報は、ここでも重要視されている。今回の内容も同じ倉庫であるというだけではなく、その倉庫会社そのものの警備体制やチェック体制が「甘い」ということが明らかになっている。
このことから太田寅正などの銀龍組は、他の組と一緒になってここで香港フィアと戦うという。個々には京都の虎徹会の西園寺公一の人々も来るという。
「まずその九州の組の名前は」
「津島組といいます。組長は松本洋行という男で、もともとの津島組長の娘婿であるといわています。ただどうもこの松本という男は、中国人のハーフかまたは中国人の帰化した人であるということで、そのことから香港のマフィアとつながりが深いということのようです。」
「その津島がなぜ東京湾でやるのか」
菊池の話に、荒川が質問をした。
「横浜沖で取引をするということのようです。しかし、横浜沖は彼らにとって都合が悪いようで……」
「都合が悪いとは」
「あまりよくわからないのですが、警察の見回りが強いとか、あるいは都合の良い倉庫が見つからないとか」
菊池綾子は普通に言った。
「いや、そうじゃなくて、横浜は神奈川県知事が変わってから、暴力団追放ということで港の周辺の倉庫を行うのと同時に、海上での警備を強化しているのです。何しろ神奈川県警は最近不祥事が多くて評判が悪いから、神奈川県知事は選挙公約として神奈川県警の綱紀粛正と検挙率のアップを行ったんです。そもそも神奈川県警の不祥事の中の一つは、横浜の暴力団の組員に捜査情報を漏らして、麻薬の取引や捜査を甘くさせるような話になっていたということもあったので、神奈川県知事は特に暴力団の麻薬取引を強く取り締まるように支持したの。そして、警察庁と直談判して神奈川県警本部長ばかりか組織対策課の課長や捜査一課の課長、警邏課の課長もすべて入れ替えたんです。」
今田陽子はそう説明した。
「部長ではなく課長を変えるっていうのは、なかなかすごいことですよね。実働部隊のトップを変えるというのは操作方法も、現場の士気もすべてが変わってくるってことでしょ」
暴力団側に立っている菊池綾子の反応は、その指摘も実務に沿ったものである。
「まあ、そうよね。そのことだけではなく横浜の倉庫も、倉庫内そのものは入ることができないけれども、その出入り口ですべて検問を作るなどをしたので、横浜の倉庫にある禁止薬物などもすべて取り締まったのよ」
「なるほど、それでも、すでに出ている船の先を変えるわけにはいかないから、横浜港から小型船で東京湾に出てきて荷物を写すという事なんでしょうね」
「なるほどな」
「今回は、その禁止薬物や銃はどうでもよいが、まあ、大使館の倉庫の中身の方が問題なんだ。」
「わかりました。警視庁には私の方から指導を・・・」
今田陽子はさすがに早い。しかし、それを荒川が止めた。
「いや、陽子さん。そうではなくて、それで銀龍組や虎徹会が逮捕されては意味がないんですよ。今回は毒を併せのむ必要がある。要するに・・・・・・。」
「わかったわ。その旨を考えて警視庁・・・」
「いや、自衛隊を使いましょう。」
葛城が荒川と今田を遮った。
「自衛隊の特殊部隊も、たまには活躍させないとなりませんからね。
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