小説 No Exist Man 2 (影の存在) 序 足音 6

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

序 足音 6

 陳文敏は不満の中で日本行きの飛行機に搭乗した。

 そもそもなぜ、自分に関しがつけられなければならないのか。孔洋信同志は、「君を疑っているわけではない」といっていたが、そのように言葉が出るということは、当然に「疑っている」ということなのである。そうでなければ、彼らが先に言い訳のようなことを言うはずがない。

 しかし、疑われているということ自体がおかしいのである。そもそも、今回の天皇暗殺は、共産党からの指令のはずだ。少なくとも人民解放軍参謀本部からの指示で動いているのであり、また、日本の人々には多額の予算も出てきているのである。そのうえ、命令通りに動き、そして逐一報告していた。最後の部分で何かが狂い、そして結果的に失敗に終わったもののすべて指示通りにやっていたはずである。それが罪人や裏切り者のように監視が付くなど、信じられるような内容ではない。

 もちろん、少し離れたところに座る若い男は、自分が監視であるなどということは言わない。あくまでも「協力するように上司から命令が出ています」ということを言っている。しかし、そのような命令が出るはずがないし、また、もしも本当に協力するという事ならば、前回の失敗は陳文敏自身の力不足であったという事であろう。そして若い一人が来ればできるくらいのことであったということになるのであるから、それも心外な話である。

 もちろん、中国共産党とは「失敗した」などということが許される組織ではない。そもそも国家や政府というようなものではなく、国家主席が周毅頼になってからは日本で言えば「暴力団組織」のような感じの組織になってしまっている。共産主義、労働者のための国家、平民平等などとうたっているが、それは国家主席という人が「外向き」に行っていることでしかなく、基本的には「一握りの幹部が、中国人民の資産を搾取するための組織」でしかない。それを上納金というか共産主義の共有制度というかの「呼び方の違い」でしかなく、跡はシステムは同じである。そのように考えれば「失敗したにもかかわらず命を長らえている」ということ自体に、ありがたさと運の良さを感じなければならないのかもしれない。そう考えれば、一人監視が付いたくらいは我慢するべきなのかもしれないのだ。

「しかし、なぜ失敗したのであろうか」

 無事に離陸した航空機は、安定飛行になり、機内サービスが始まった。中華人民航空のファーストクラスではバーコーナーがあり、レミーマルタンコニャックやヘネシーなどのブランデーから中国なのにワイルドターキーなどのアメリカバーボンまでが楽しめるようになっている。チャイナドレス仕様の客室乗務員の制服を着用した若い女性が、陳文敏に近づいてきた。

「何かサービスいたしましょうか」

 共産主義国特有の全く感情の入っていない、ほぼ無表情といっても過言ではない笑顔で、乗務員の女性が近づいてきた。

「日本の山崎はあるかな」

「はい、一緒におつまみはいかがでしょうか」

 マニュアル通りなのか、澱みのない言葉はある意味でプロフェッショナルを感じる。このような女性がファーストクラスとはいえ航空機の中にいて政治の世界にいないのは、国際的な看板としてはよいが、残念でもある。陳文敏は、そう思って何気なく、女性の左胸に目をやった。名札には「林青」と書いてある。

「チーズがあれば、それが欲しいな」

「はい、盛り合わせで用意いたします」

 林青という女性は、にっこり笑うと、そのまま次の席の方に移った。さすがに北京=東京便でファーストクラスを使う人は少ない。搭乗時間が4時間しかないのに、ファーストクラスを使うほどのことはないからだ。実際に日本の航空会社などはファーストクラスを廃止してしまっている。それほど利用者がない。この時も陳文敏ともう一人日本人の会社員、多分役職のある人物と思えるような人が乗っているだけであった。監視の高鋼は、カーテンを隔てたビジネスクラスにいる。そのような状態であっても、ファーストクラスの客室乗務員は三人、女性二人と男性一人が搭乗しているのである。

「ところで、どうして失敗したのだ」

 まさか、青山優子という、大沢三郎の部下の議員が裏切っているとは全く思っていなかった。何しろあの事件の日も青山自身は京都において大沢の代わりに立憲新生党の支持者の相手をしていたのである。ましてや、その青山優子が、大沢三郎の命令で枕営業をさせられていて、それに反感を持っているなどということは全く考えていなかった。

「どこから情報が漏れたのだ」

 京都の事件の当日、暗殺犯側の計画はすべて漏れていた。陳文敏は現場にはいなかったものの、インカムですべてが聞こえていたので、そこに待ち伏せしていた警察官が多くいたことや自衛隊の出動が早かったことなど、様々あことから情報が漏れていたことだけはわかっている。

「今回の計画は、大津伊佐治の娘山崎瞳が考えたものだ。その山崎瞳は、自信を持っていたし、現場にはいなかったが、そこから漏れることはないだろう、。そもそも自分の計画を漏らして中を荒らす必要はない。それに父の大津伊佐治自身が計画が漏れていたことで危なかったのだ。ということはこのラインではないはずだ。」

 こうやって見てゆくしかない。陳文敏は、メモを取りながら、当時のことを思い出した。

「北朝鮮の連中も、自衛隊出身の大友も、最後まで戦っていた。あれが演技には見えないだろう。ということはこのルートもない」

 実際に北朝鮮のグループである金日浩も、自衛隊出身の大友佳彦も逮捕されている。

「大沢三郎は、現場にいたし、また自分が天下を取るという欲がある。それに自分の部下の岩田智也まで殺しているのだから、そこまでして裏切る必要はない」

 この時点でも、青山のことは考えていない。

「そうなると、松原かその先の野村昭介ということになるが、あそこもやる必要はない。そうなると……」

 陳文敏は周囲を見回した。日本人の関係者はほとんど出尽くしている。もちろん下っ端の人物などは見えていないが逆に、下っ端は計画の全容をわかっているはずがない。あと、計画の全容をわかっているとすれば、自分が報告していた中国人民解放軍の参謀本部ということになる。しかし、ここは中国人民航空の飛行機の中である、周辺にいるのはすべて中国人であり、当然に中国の国土省と人民解放軍の管轄の人物である。ちなみに、航空機は基本的に民間の航空機であっても人民解放軍の管轄だ。その為に、ここにいる女性客室搭乗員であっても、所属は国務院かあるいは人民解放軍の軍人である可能性がある。もちろん民間の採用の人もいるが、そのような従業員はすべてエコノミークラスに入っている。自分がファーストクラスに座らされているのも、自分がVIPだからではなく、軍が自分のことを監視しているからに過ぎないし、また、そのようにほかの監視の目があるから高鋼という監視の人物はここにはいないのである。

 要するに、自分が失敗したのは、人民解放軍が何らかの形で、日本で活動していた自分を失脚させようとし、そのことから、あえて人民解放軍からどのようなルート高はわからないが、日本側に情報をリークしたのではないか。要するに自分は人民解放軍と中国共産党に嵌められたということになる。

「それならばそれで考えがある」

 陳文敏は、そういうと、今までメモをした紙を、胸ポケットにしまった。

 もちろん、林青は、そのような陳文敏をずっと見ていたのである。

宇田川源流

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