小説 No Exist Man 2 (影の存在) 序 足音 5

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

序 足音 5

 元自衛官で海外派兵の経験のある樋口義明がこのメンバーに入っていたが、京都事件の時にテロリストに銃で腰を撃たれ、下半身不随になってしまっていた。その樋口は、まだ入院してリハビリをしている。東御堂信仁と嵯峨朝彦の情報組織が、天皇の意向によって極秘ではあるものの好適な資金があてられるようになったにもかかわらず、実際の軍の経験者がいないということになってしまったのだ。

「その樋口の代わりですが」

 ソファで飲んでいる二人の前に、荒川義弘が表れた。

「おお、荒川君か」

 荒川義弘、元々は商社マンとして海外経験があった。しかし、どうもその商社マンとしての仕事はあまり彼には会っていなかったようだ。そのまま彼は情報の仕事に邁進してゆくことになる。

 実際に、日本のインテリジェンスということに関しては、第二次世界大戦までは高く評価されていた。そもそも、イギリスの当時のチャーチル首相は、代位次世界大戦初期、おいわゆる「日本の100日」と言われる戦争の時に、二つのことに驚愕し、イギリスは日本に負けるのではないかというようなことを真剣に悩んでいた。一つは、日本の航空機運用である。真珠湾攻撃において、航空機が戦艦を沈没させるということはわかっていたが、それでも真珠湾の選管は全て停泊している戦艦であり、いうなれば、「錨に繋がれた浮砲台」でしかない。そのように動かない戦艦であれば、鎮められたとしてもそれほど驚くようなものではない。しかし、イギリスは最新鋭の戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスが、作戦行動中に航空機の集中運用によって沈没した。

 一方、もう一つはシンガポールが早々に陥落したことである。この時に日本の銀輪舞台という自転車部隊が活躍したことと、日本のインテリジェンスがかなり活躍して東南アジアの多くの現地の人々が「植民地解放・八紘一宇」にのっかり、日本の見方をしていたことに驚いた。チャーチルは、日記に「日本のインテリジェンスに敗北した」と記載している。この当時、この地区で情報特務を行っていたのは、藤原岩市大佐であり、いわゆるF機関という組織を作り、現地の人々を大量に採用して、独立運動を指揮している。その動きに負けたといっているのである。

 さて、このように優秀な日本のインテリジェンスは、戦後当然のように解体された。根拠は憲法9条で、情報を得ることは軍事につながるというような内容になっている。そのうえで、地政学とインテリジェンスは基本的には日本の学校では学べないようになっているのである。そのような中で、日本のこれらの情報収集力が活かされ、「戦後の日本のインテリジェンス」と言われたのが、JICAと日本の商社である。JICAは、公式に世界の経済状況と通貨為替状況、そして文化などの情報を入手していたし、また、日本の商社マンは、世界の他の国の人が誰もいかないような地の果てまでも、場合によっては海底であっても、買い付けに行くのである。それも、現地の言葉などはわからず、堅苦しい文体の英語と日本語しか話せないような日本人が、現地の人と笑顔で取引の話をしていることを、多くの国の人が驚愕のまなざしで見ている。

 ちなみに、アメリカの情報機関は、第二次世界大戦の藤原岩市大佐のF機関に関して、「アメリカの現在の技術で、コンピューターなどを使って行ったとしても、F機関の内容を行うには最低でも3年半掛かる。それでも成功の確率は50%程度であろう。しかし、日本の藤原は、その内容を3カ月で行い、それも完ぺきな成果を残した」というように言われている。

 さて、そのような商社マンとして動いていた荒川は、その後海外の新聞社に勤め、情報を得られる立場ん入った。そして、様々な技術を学び、同時に人脈を作ってたところ、海外を旅行していた東御堂信仁一行に見いだされ、そして一緒に帰国することになったのである。そのようなことで、東御堂の下で動いていたので、その信頼は高く、また、東御堂に言われて天皇陛下の外遊行幸の時には、影に回って随行することも少なくなかった。ある意味で、京都の平木正夫、東京の荒川義弘という形であったのだ。

「樋口さんの代理は、今、京都に行ってただいております」

「京都」

「はい、小川洋子さんのところに行って、まだこちらの事務所ができていませんので向こうで活動をしていただきながら、京都の今回の天皇襲撃事件の跡を見ていただき、相手の次の手を予想していただくようにしております」

 荒川は、何事もないかのように言った。はっきり言って、この荒川に関しては、東御堂などが考えるよりも先に、もう一つ先を動いている感じがある。さすがに海外仕込みのインテリジェンスは違う。

「次の手を調べさせているということは、荒川、次の手をある程度予想していると言ことだな」

「はい。ある程度の情報が入りましたので、その内容を確定させようと思いまして」

 嵯峨朝彦も、何か先を越されて悔しいような、それでいて安心したような表情をし、そのうえで、思い出したように水割りを飲んだ。

「では、その次の予想を披露してもらおう」

「はい。それでもまだ不確実なので」

「言い訳は良い」

「はい、それでは申し上げます。京都事件の後に、日本を抜け出した陳文敏は、先日中国共産党の常務委員会にオブザーバー出席をしております」

「常務委員会にオブザーバー出席か」

 東御堂は、荒川の言葉をそのまま繰り返した。普通常務委員会に、外部の人間が出席するなどと言うことはない。そこに外部の人間が出席するというのは、よほど大きなことを忌めるにあたり、その資料を望んでいるということに他ならない。つまり、今回の京都事件に関して、それを中国共産党が計画していたかどうかは不明であるが、しかし、今後は共産党が中心になってこの事件の後を受けて行動を起こすということになる。ではその共産党の起こす行動とは何か。そこが大きな問題だ。

「その後、陳文敏は一人で中国に言ったにもかかわらず、二人で日本に来ております。」

「要するに誰かが付けられたということか」

「あるいは、監視がついたのかもしれません。そして監視がついたのであれば、多分別行動でもう一人陳文敏の代わりに行動をするものが来ていると想定できます」

 荒川は、事務的にその様に報告した。海外経験の多い彼にとっては、そのようなことは当然の事なのかもしれないが、逆に言えば、東御堂たちはだれを注目するべきか難しくなるということを意味している。

「その工作を見るのは良いが、共産党はその後どうする」

 嵯峨朝彦は結論を急いだ。

「結論から言えば、最終的には戦争を仕掛けてくるということになります。今回の内容を見て、多分、大沢三郎を主犯に指名し、そのうえで天皇陛下及び皇室を崩壊させて中国の傀儡政権を作るつもりでしょう。その為に戦争をするのか、あるいは日本の政界に何らかの工作をするのか、そこはよくわかりません。」

 東御堂はため息をついた。

「要するに、戦争にならないように我々は動かなければならないということだな」

 嵯峨は、そう言って周囲を見回した。

宇田川源流

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