「宇田川源流」【お盆休みの怪談】 温めてくれる光
「宇田川源流」【お盆休みの怪談】 温めてくれる光
本日から「お盆休みの怪談」として、お盆休みの、政治や経済があまり動かずに、様々な仕事が停滞している時期に、今まで書いていた会談などでその話をしてゆこうということを考えている。このまま20日までこの会談企画をしようと思っているのでよろしくお願いします。
臨死体験をした人の話を聞くと、「苦しみ」よりも「温かさ」や「光」を感じる話のほうが多いような気がします。人間は、死んでしまうときに何か苦しむのではなく、温かいものに包まれるのかもしれません。その光はUFOなのでしょうか。そうかもしれませんし、何か多くの人の思いがそのように守ってくれている印なのかもしれません。私は、いつもの生活も、多くの「光」が見ているような気になるように考えたいと思っております。
温めてくれる光
ひどい目にあった。今から考えるとそれでも助かったから良かったと思わなければならない。
陽子は、普通にいつものように仕事をしていた。仕事も小さな会社の事務仕事であったから、普段と何も変わりない一日だった。いつもの湯呑にいつもの通りお弁当の後の新しいお茶に口をつけた。二時半を少し回ったところであったと卓上の何かの景品でもらったデジタル時計が示していたが、それ以上の細かい数字の記憶はないという。
「三時になったら、少し手を休めておやつを食べよう」
昨日もらったチョコレートを食べながら新しいお茶でもいれようか。そう思ったとき、大きな揺れが来た。
はじめはゴーッという音がして、事務所のガラスが急にガタガタ始めたと思ったら、大きな揺れが来たのだ。目の前につみあがった書類は一気に崩れ落ち、陽子の湯呑を床に転がした。その場で床に座り込んだ陽子のた頭の上にも、書類が落ちてきたが、幸い大きなものがなかったので、けがはなかった。時計は2時50分になろうとしていた。なぜか、そのような細かいところは覚えているが、窓の外の景色などは全く覚えていないという。
「おやつ」
余りの惨状に、片付けるとか、そういうことは一切関係なく、まず陽子が思ったのは「おやつのチョコレート」であったという。引き出しから何の気なしに「今は食べることができないから」としてそれを何気なくポケットに入れて、やっと立ち上がると書類の片づけを始めた。
しかし、少しすると課長が「津波が来るぞ」といって上に上がるように指示した。たまたま事務所が二階でビルは四階建て、屋上までとりあえず上がることにした。しかし、そもそも狭い階段に多くの人が殺到したので、なかなか上に上がれない。
「助けて…」と下の方で悲鳴が上がったが、すぐに轟音に掻き消されてしまった。一階は完全に波に飲み込まれたのであろう。陽子は、これでも全く現実のものとは思えずに、「湯呑も流されちゃうなあ」などと考えていたと、今になって笑う。余りにも自分の想像とかけ離れたことが起きると、人間は、自分が夢を見ているかのように考えるようだ。焦って上に上がるというよりは、焦っている下から上がってくる人に押し上げられる形で屋上に上がった。しかし、その屋上も安全な場所ではなかった。この時もそうで、下から声をかけた人がどうなったか、普段ならば心配になるであろうが、その時の陽子には全く下の人を心配する余裕がなかった。
海沿いの四階建ての水産工場の建物は、建物すべてが完全に隠れてしまうほどの波をかぶった。陽子は、たまたま屋上に出るところの扉につかまっていたために、流されないですんだが、一緒に屋上に上がった人の多くがそこから流され、また柵などにつかまって流されなくても、目の前を通るがれきにぶつかって骨を折ったり、そのような姿を目の当たりにしたという。
「タイタニックみたい」
不謹慎とかではなく、完全に茫然自失で現実なのか夢の中なのか区別がつかない陽子は、そんなことを思いながら扉のところにつかまっていたという。意識を失わなかったたのは、その扉が空いたりしまったりして、指を挟むために、痛さで商機を保てたと、今になって思う。今も指の骨が数本折れて曲がったまま治らないという。
問題はこれからだった。雪の少ない太平洋側といえども、冬三月の東北の寒さは身に沁みる。特に室内の暖房をつけた環境の服装で、外にいるのだ。その上津波の影響で体中完全に濡鼠である。その濡れた服に、東北の冬の風が容赦なく吹き付けていた。どんどんと体温が奪われてゆく。しかし、まだまだ津波の次の波が来るかもしれないので、風をよけるところのない屋上から出ることもできない。
もう何時になったであろうか。腕時計も水をかぶって全く動かなくなっていた。日が陰っているので夕方だが、正確な時間はわからない。事務所は完全に骨組みだけになっていて、もう少し津波が続けば建物ごと倒れて流されていたかもしれない。階段は鉄でできた部分だけが残っており、何とか降りることができたが、下に降りても、風をよけるものは何もなかった。壁はほとんど破られていた。全てが水にぬれ、そして風に冷やされて、冷蔵庫の中のような感じであった。
何とか歩いて避難所日ていされた場所に来た。しかし、避難所のはずの小学校には誰もいなかった。事務服のまま彼女たちは高台にある高校を目指した。しかし、途中寒さで動けなくなってしまった。
「あっ。チョコレート」
陽子は、先ほど何気なく入れたチョコレートをポケットから出して口に含み、みんなに分けた。
「ありがとう」
「なんかほっとするね」
女性数名の集団は、少しほっこりした。
「なんだかマッチ売りの少女みたい」
こんな緊急事態。みんな唇は紫で肌も以上に白くなっていた。そんなときに、くだらない話で盛り上がる。
「だったら、私たち天国に行けるかなあ」」
「何言ってんの」
「でも、もう動けない」
「少し休んだら…」
そういった陽子自身も、もう気力しか残っていなかった。
その時、ちょうど真上から光の玉が降りてきた。
「あれ?何」
動けないといった娘が一番初めに立ち上がった。なんだ、動けるんじゃない。陽子は上の光の玉にはなんとも思わずに、そちらが気になったという。
その光の玉は、ゆっくり落ちてくると、彼女たちを包み込んだ。マッチ売りの少女だったらこのまま天国に行けるんだ、陽子は完全にそのまま死んだつもりになっていたという。また、あんなに気持ちよく死ねるんだったら、死ぬのも悪くないと思ったともいう。真冬にぬれた体で冷え切っていたろ頃に、ちょうど温泉に入って体を温められたような感じだったという。
「大丈夫ですか」
いつのまにかみんな寝ていた。身体をきつく揺り動かされて、心地よい眠りから目を覚ますと、そこには自衛隊の人の真剣に呼びかける顔があったという。あとから聞けば、低体温症で死ぬところであった、ひょっとしたら仮死状態だったかもしれないという。しかし陽子たちは全員「光の玉の中で暖をとってて気持ちよくなって眠ってしまった」という。
避難所まで車で連れていかれ、そこでけがの治療をした。陽子も指の骨が三本折れていたという。
「冬山で遭難すると、よく、暖かい中にいるように錯覚するというじゃないですか。この話をすると、その現象だろうと笑われるんです。でも、冬山と違うのは、光の玉であったことと、そこにいた女性たちみんなが見ているということなんです。そして光の玉に入った時から暖かくなった。だから、たぶん誰か、マッチ売りの少女みたいにチョコレートを分け合っていたから、それで神様が暖かい光を届けてくれたとそう思っているんです。他の人が何と言っても、私たち、その光を観た人は、みんなそう思っているんです。だから、神様にまだ生きるように、そして、町を元に戻すようにそういわれていると思うんです」
陽子は、そういうと改めて言った。
「だから、頑張らないと。でも、三時のおやつは今でも忘れないようにしているんですよ」
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