日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第四章 風の通り道 14

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第四章 風の通り道 14


「陛下、到着いたしましたが、お迎えが来るまでしばらくお待ちください。」

 荒川は、そういうと、そのまままた車を動かした。

「荒川君、何故車を動かすのかな」

 東御堂は、疑問に思ったままに声を発した。

「止まっていれば、標的になります。もちろんこの車の装甲などはしっかりしているので問題はないと思いますが、しかし、先ほどあれだけ爆発に巻き込まれていますので、用心には用心を」

「なるほど」

 天皇は黙って座っているままであった。誰が狙っているかわからない。今回は、主要なメンバーはわかっているものの、それだけではない可能性もある。そのことから用心しなければならないところは少なくなかったのである。

 車は、朱雀門の広場からまた車を出して、そのままその広場を一周するような動きをした。実際に狙われているとわかってインながら、一般国民の住宅地などにゆくことはできない。巻き込まれて犠牲を増やしてしまう可能性があるからだ。一応、すでに木津川の会場でテロがあったことはニュース速報などで流れているが、必ずしもすべての人々がニュースを見ているとは限らないのも事実なのである。また木津川は少し距離があるので、自分たちとは関係ないという人もいる。そのように考えれば、何か問題があっても、一般の国民は全く関係なく普段の日常をそのまま楽しんでしまうということになる。

 実際に、すでに今田陽子などが手配しているにもかかわらず、朱雀門の広場には、多くの家族連れなどが遊びに来ていた。もちろん日曜日であるということもあり、広い芝生の広場では、そこが歴史的な地点であるということは関係なく、その場で遊び、子供を遊ばせるような場所なのである。そして、日本はどんなに危険が迫っていても、その危険に対して「命令する」ということはできない国なのである。何しろ「行動の自由は憲法で保障された人権」であるので、命令して強制して国民を動かすということはできない。そのために、警察や自衛隊が出てきても、危険があることを告知したうえで「勧告」するしかない。実際に、災害などにおいても「緊急避難勧告」はあっても「避難命令」がないのが日本なのである。

 この時も、すぐに今田陽子の支持を受けた警察官が来たが、その警察官が説明しても全く遊んでいる人々は動かないで、そのまま警察の勧告を無視して遊んでいる状態であった。何しろ初めに到着したのは近くの交番の巡査が自転車で来ているだけであるから、それではどのようなことが起きているのかなどは想像できるものではないのかもしれない。

 しばらくして、警察の大型車両や、機動隊などが到着し、自衛隊の車両なども到着するにあたり、やっと、朱雀門のところに来ていた人々は何か特別なことが起きたに違いないと考えるようになったようである。しかし、それでも一部の人々はそこを動こうとはしなかった。

 自衛隊は、そのような中で、最低限ヘリコプターが着陸できる隙間を見つけ、そこを車両やフェンスで囲った。

 ヘリコプターの着陸というのは、実際にはプロペラの可動範囲を維持できれば、それで何とかなる。しかし、このような時は、そのプロペラの風圧によって、地面にある小石などが飛び率可能性があるので、その小石などで周辺の人がけがをしないように、プロペラの可動域から離れたところまで立ち入り禁止にするのが、一般的である。それは同じ自衛隊員が近くにいる場合と、今回のように一般人がいる場合とで全く異なる。当然に一般人のほうが広く、ヘリコプターよりも遠くにしなければならないのである。

「ヘリが付いたようですね」

「うむ」

 自衛隊のヘリコプターが到着し、朱雀門の広場のところに着陸しようとしていた。荒川はその近くまで車を寄せるために、ハンドルを切った。

 その時、ヘリコプターの前で強烈な閃光が光、そして、ヘリコプターがバランスを崩して、まるで木の葉が風に揺られるように、ゆらゆらと揺れながら、一度舞い上がった。さすがに自衛隊のパイロットである。何とかバランスを戻して無事に着陸しようとしたのであるが、しかし、その時にもう一度閃光がヘリコプターを照らし、そして、何か大きな腕によって払いのけられたような形で、閃光の源から遠ざかるように飛ばされてヘリは落ちてしまった。

「爆弾か」

「もう一度よけます」

 閃光の源が、爆弾であることはよくわかった。ヘリは、その近くに護衛のために泊まっていた警察の車両にぶつかった。ただ、爆発炎上をしなかったので、のちにわかったことだが、中のパイロットはけがをしただけであったようだ。

「これでヘリはなくなったか」

 松原は朱雀門の建物の近くから爆弾を投げていた。一般人に紛れて、まるでごみを捨てるように投げているので、あまり多くの人に気づかれなかったようだ。そのうえ、その爆弾はヘリコプターの風圧によって軌道がずれたので、松原隆志のいる方もあまりよく見えなかった。何しろ急ごしらえの警備であり、普段は自転車で住宅の警備などを行っている交番勤務の巡査などが来ているので、警備などは専門ではない。奈良県警や京都府警の警備の部門は、ほとんどが木津川に応援に行ってしまっているのである。この場には、今田陽子の要請で手の空いているもの、つまり、交通課などが中心になってきていたのだ。

「さて次は、天皇陛下様を車から引きずり出さなきゃならないな」

 松原は、古めかしいアタッシュケースの中にある爆弾の残りを見た。松原にとってはこうなることはなんとなく感じていたのか。予備の爆弾を持っていた。しかし、あと3個ではそうそうたるものではない。「松原、これを探しているのかな」

 そんな松原に後ろから声をかける人がいた。

「誰だ」

「先輩に向かって誰だは、ご挨拶だね」

 そこにいたのは、野村昭介であった。野村は、松原が使て散る西早稲田のアジトの隣の「赤鳥居」の店主である。もともとは、学生運動の闘士であったが、一度逮捕され、出所後は普通にサラリーマンを、そして退職後に焼鳥屋を始めたのである。しかし、松原隆志とは、昔の志が一緒であっただけではなく、そもそも、もともと一緒に活動していた時期もあったのだ。そして、今回の天皇殺害計画に関しても、非常によく理解していた。

「野村さん」

「松原さん、俺は引退しているから知らないが、店に忘れ物があったから届けに来ただけだよ」

 そういうと野村はアタッシュケースを二つ渡した。

「久しぶりに一緒に戦いませんか」

「まさか。負け試合に手を入れる気はないよ」

「負け試合」

「すでに相手がこちらの手の内を知っている。そんな内容では勝てるはずがない。京都の大津君もすでに手を引いているじゃないか。次の機会を狙ったほうがいいのではないかな」

 すでに70歳に近い野村は、それでも毎日店に出ているためか、かなり筋肉もついている。頭は白髪が混じっているものの、まだまだ大沢や陳などよりもはるかに「闘士」として役に立ちそうである。その野村が「負け試合」といっているのである。確かにそうかもしれない。

「まあ、あと少しやったら」

「無理すんなよ」

 野村は、西早稲田から連れてきた数名の若者を松原に任せると、そのままヘリコプターのほうに、野次馬にまぎれに行った。

「さて、もう一泡吹かせてから帰るか」

 松原は、若者に爆弾を手渡すと、細かく指示をした。

宇田川源流

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