日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第四章 風の通り道 10

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第四章 風の通り道 10


「爆弾じゃ効かないか。さすが天皇様の乗る車だね。」

 松原隆志は、そう言うと、またひとつスイッチを押した。天皇の乗った車の向かう方向の道路に仕掛けた爆弾である。これで道路に穴をあけて車の通り道を塞ごうというのである。この周辺に崖などがあれば、がけ崩れを起こさせて道を塞ぐということができるのであるが、そのような道にはなっていない。しかし、道路に大きな穴が開けば、普通の自動車であれば、通ることはできなくなるのである。

「あれ」

 目の前の道が爆発するはずであるが、スイッチを押しても全く爆発はしない。

「やられたか」

 通常、何か仕掛けをしてそれが作動しないと、「おかしい」と言ってその原因を調査しようとする。しかし、松原はそのようなことはしなかった。彼のような「過激派」と言われる人々にとっては、仕掛けをしても、その仕掛けが警察などに解除されてしなったり、何か他の事情で作動しないことは日常なのである。実際に、起爆装置などの爆弾に使う道具も正規品を使っているのではなく、全てありあわせで作っているのであるから、途中で故障してしまうことも少なくない。その様に考えれば、何も爆弾の位置や仕掛けがばれたというものばかりではない。とにかく作動しないということ、そしてそれは計画通りにはいかなかったということだけの話なのである。

 このようなときに、その原因を調査しに行くということは、爆発がいつ起こるかわからない危険物の中に、自分自身がゆくということになり、同時に、敵というか警察などが調査している中に入ってゆくということで、二重に危険を冒すことになる。単純に言えば、たった一つの仕掛けがうまくいかないからと言って、そこまで自分自身が危険の中に身を投じる必要はない。それよりは次のチャンスを狙った方が良いのである。

 そのように考えて周辺を見てみれば、爆発した警察車両や、この設備関係者の車両などを見て、多くの人が集まってきている。また駐車場の空きスペースでは、松原の仕掛けた爆弾で怪我をした人々の治療が始まっている。そのような人の波の中に、自分が入ってゆくことは、かなり大きなリスクを伴うのである。

「引き上げるか」

 松原は、もう一つのスイッチを押した。

 ふと、駐車場の隅の方に目を向けると、大友と樋口がまだにらみ合っている。

「大友、引き上げるぞ」

 松原はインカムに向かって話しかけた。しかし、大友は全く反応しない。

「インカム外したのか。俺だから元々の国家の犬は困るんだよな」

 松原は苦笑いをすると、そのままその場を立ち去った。大津伊佐治にしても、松原隆志にしても、過激派と言われる人々で生き残っている人物は、共通の項目として逃げ足が速く、そして諦め蛾が速い。本人たちは「見切りが良い」という言い方をするのであるが、いずれにせよ、一つの内容にこだわらず、次の機会を狙うようなことになっている。そうでない者は皆逮捕されてしまうのである。その意味では「ズルい」ともいえるのであるが、この世界は「生き残る」方が価値があるとされているのだ。

「大友さん。今回は決着を着けさせてもらいますよ」

 松原の投げ込んだ爆弾をよけて、樋口が壊れた自動車の陰から出てきた。目の前には当然に大友がいる。もちろん、大友は傷一つない。松原隆志の爆発物の技術はかなり正確である。

「樋口、お前にできるのか」

 大友は、腰からサバイバルナイフを取り出して、不敵な衛を浮かべた。

「大友さん」

 樋口は、近くにある鉄パイプを取り上げた。護衛をするという事ではあったが、当然に武器などは持っていない。武器の携帯許可などは全く得られていないのである。

 長さ、つまり大友と樋口の間での武器の距離は樋口の方が有利である。しかし、さっしょうりょうということと、その武器が慣れているということについては、当然に大友の方が有利だ。

「腐った日本に仕えているお前は、心底まで腐っているからな」

「テロリストは、所詮テロリストでしかないですよ」

 大友の売り言葉に買い言葉、樋口がその様に口を開くと、その間に大友は、足を大きく蹴り上げた。舗装されていない駐車場の砂が舞い上がり、いくつかの砂礫が樋口に掛かった。そしてその意思と同じ速さで、砂埃の中から大友の繰り出すナイフが樋口の方に突き出された。

 人間は言葉を発している間は、その言葉そのものに注意を取られてしまい、一瞬ではあるが、周辺の状況把握などが遅れる。何か話しながら危機に瀕した人が、そのことばが途中で途切れてしまったり、あるいは危機に対応するのが遅れるのはこのためである。そのうえ、瞬間に状況を把握してもその注意力は砂埃や砂礫などに向かってしまい、よほどの訓練を積んでいなければ大友の方に向くものではない。大友はその人間の本能をうまく使って、わざと話しかけ、そして買い言葉が着た瞬間に砂を蹴り上げたのだ。しかし、樋口の方もその手口は十分に知り尽くしていた。大友が砂を蹴り上げた瞬間、既にその様にナイフを繰り出してくることはよくわかっていて、話をしながら左に避けていた。左に避けたのは、そのまま右手で持っている鉄パイプをそのナイフの方向に繰り出すためである。

 果たして、出てきたナイフを握った右手を、樋口の鉄パイプはしたたかに打った。しかし、そのことを予想していたのか、大友も右手の甲でそれを受け、ナイフを落とすことはなかった。ナイフそのものに鉄パイプが当たっていれば、ナイフを落とすところであったろう。右手の甲、それも手首に近いところであれば、ナイフを落とすことはない。

「大友さん、その手は古すぎますよ」

「そうか」

 大友は、苦笑いをした。自衛隊にいた頃の樋口ならばだまされていたかもしれない。しかし、さすがにあれから何年もたっていれば、お互いに様々な変化を迎えている。そう思った大友はわざともう一度砂を蹴り上げた。あまり成長をしていないならば、当然に樋口は再度右に避けるはずである。そう思い大友は今度は右側にナイフを繰り出した。

「大友さん、二回も同じことをしてもだめですよ」

 今度は樋口は前に踏み出して、そのまま鉄パイプで殴りかかってきた。大友は、右側にナイフを繰り出していたために、左腕にしたたかに鉄パイプを喰らってしまった。

「おっと」

 樋口はそのまま、あまり大きく振り上げもせず、すぐに引いて大友に衝きを喰らわせようとしたが、さすがに大友はそこはよくわかっているようで、後ろに引いた。そのうえで、大友はその横にあった松原の爆弾を樋口の方に投げると、その爆弾に向けてナイフを投げた。

「あっ」

 爆弾は空中で爆発をした。それほど大きな爆弾ではなかったようだが、その爆発音と同時に、もう一つ破裂音がした。

 樋口は、痛みを感じる腹を抑えた。樋口の左手には、生暖かい液体がヌメリとした感触を持った。

 血である。

「樋口、切り札は最後まで取っておくものだよ。」

 大友はナイフを投げた後、腰の後ろに刺していた銃を取り出し、それで樋口を撃ったのである。そしてその銃を構えたまま樋口の方に近寄ってきた。

「大友・・・・・・」

 樋口は、膝の力が抜けてゆくのを感じた。下腹部から骨盤に向けて銃弾は抜けているのであろう。咄嗟に撃った割にはうまく急所に当たっている。そのような中で樋口は右手の鉄パイプを振り上げた。

「まあ、結局お前は俺を越えられなかったな。樋口」

 大友は、怪我をしていない右足をもう一発撃ちぬくと、そのまま地下より、鉄パイプを蹴飛ばした。樋口は、そのままその場にうずくまるように倒れ込んだ。

「大友、お前だけは」

「まあ、あの世からでも恨んでいるんだな」

 大友は、銃口を樋口の頭に向けた。

 ドン

 大きな音がして、大友の体が数メートル吹き飛んだ。

「すぐに救急隊を呼べ」

 大型のバスが、大友を吹き飛ばした。そのバスの中から今田陽子が出てくると、すぐに布で樋口の腰を抑えた。バスは、嵯峨朝彦の司令車である。そこには阿川首相とその護衛数名、そして今田陽子が乗っていたのだ。護衛を務めていた警察官は、すぐに大友のところに行くと、大友を取り押さえた。

「今田さん」

「樋口さん、大丈夫だから」

「いや、もう駄目でしょう」

 今田は、すぐに駆け付けた救急隊に、來りそうな笑みを浮かべる樋口を引き渡すと、そのままバスに乗り込んだ。

宇田川源流

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